オズは離宮を散策中

「殿下が戻られたぞ!」

「全員、整列!!」


 近衛騎士団このえきしだんが出迎えるなか、グレイヴ様とルビアさんを乗せた青い鱗の飛竜が離宮の中庭に着地する。

 続いて、僕たちの乗ったレヴァリアが荒々しく羽ばたきながら降りる。

 空では飛竜騎士団が旋回しながら王太子の帰還を喜び、地上では地竜騎士団も整列していた。


「出迎えご苦労。グレイブ、ただいま帰還した」


 グレイヴ様は慣れた様子で出迎えた人たちをねぎらい、ルビアさんに手を差し伸べる。


「うわぁ。あんた、本当に王子様だったんだべ?」

「昨日も話しただろう。俺はヨルテニトス王国の第一王子だと」

「だども、実感とかなかったべ」


 グレイヴ様に手を引かれながら飛竜から降りるルビアさんは、右に左に、更には上空へと忙しなく視線を巡らせる。そしてそのたびに、感嘆かんたんのため息をらしていた。


「すんごい人だべ。この人たち全員があんたの家来なんだべ?」

「正確には違う。彼らは国王と国に仕える家臣たちだ。俺はまだ国主こくしゅではないからな」


 九尾廟きゅうびびょうからヨルテニトス王国までは、二日の旅になった。

 レヴァリアだけなら二日もかからずに飛べるんだけど、青い鱗の飛竜には少し荷が重すぎたみたい。

 まあ、初めて飛竜に騎乗したルビアさんの体力面なども考えての、余裕を持った行程だったんだけどね。


「マドリーヌ様!」


 グレイヴ様とルビアさんに続き、僕たちもレヴァリアから降りる。

 すると、出迎えに現れていた巫女様が駆け寄ってきた。


「長らく留守にしてしまい、心配をかけました。ですが、私は無事に務めを果たしてまいりましたよ」


 言ってマドリーヌ様は、大切に抱えていた大錫杖を出迎えの巫女様に見せる。


 ヨルテニトス王国大神殿の至宝しほうに相応しい装飾の錫杖には、これまた素晴らしい宝玉がめ込まれている。

 巫女様は修復された錫杖を目にして、感涙を流す。


「それと私は、将来のヨルテニトス王国の民を導く者を連れて帰ってきました」


 そこで、マドリーヌ様はルビアさんを紹介する。

 グレイヴ様と共に帰ってきた美女は誰だ、と痴話ちわで騒いでいた人たちが、一様に驚きをみせた。


「マドリーヌ殿、詳しい経緯などはまた後ほどでよかろう? 俺は陛下に帰還を知らせねばならない」

「それでは、私も国王陛下へ挨拶に参ります」


 権力の象徴である王様と、信仰の中心に立つ巫女頭みこがしら様は、ある意味対等な地位だと言える。

 とはいえ、マドリーヌ様は長期に渡って王国から離れていたんだから、戻ってきましたと王様に挨拶しなきゃいけないよね。

 まあ、魔族の国で顔を何度も合わせているし、お互いの事情を把握はしているんだけど。

 体裁ていさいを整える形式は必要です。


「それじゃあ、あたいは……?」

「ルビアさんも一緒に行きましょう。大丈夫、王様はいい人だから」

「エルネア君、相手は国王陛下なのですから、もう少しうやまった方が……」

「そういうルイセイネも、るんるんでついてきているよね?」

「ふふふ、気のせいですよ?」


 グレイヴ様とマドリーヌ様に続いて離宮へと入る僕たちを止める人はいない。

 もちろん、見慣れないシャルロットや怪しげなきつねが同行しているけど、突っ込む人もいません。

 むしろ、ライラの姿が見えないだとか、今度はどんな騒ぎになるやら、なんて楽しそうな会話が聞こえてくる。


「はえぇ、すんごいなぁ」


 硝子戸がらすどから陽光が差し込む廊下に入ると、ルビアさんは豪華絢爛ごうかけんらんな離宮を見渡してはため息をつき、先導するグレイヴ様をれとした様子で追う。


 もう、すっかりグレイヴ様のとりこだね。

 でも、それは仕方がない。

 僕以外で初めて出逢った身内以外の男性が、貴公子然とした容貌のグレイヴ様だった。しかも、グレイヴ様は本物の王子様で、連れてこられた場所がこれまでの人生で見たこともないほど豪華な場所なんだから。

 これで心が揺れない女性なんて、いないんじゃないかな?


 だけど、ルビアさんは冷静な一面もあわせ持っていた。

 回廊に並ぶ豪華な装飾品や硝子が嵌められた窓の横を彩る生け花を見つめ、隅々まで掃除の行き届いた大理石の床に感動しながらも、疑問を口にする。


「でもなんで、でっかい街の中でなく、離れた場所に住まいが在るんだべ?」

「ええっと、それはね……」

「ルビア殿も上空から見ただろう。本来であれば、王都の中心に広がる空き地に王宮があったのだ。それを根こそぎ破壊しただけでなく、地下に迷宮なんぞを創ったのがそこのそいつだ」

「誰のことかな!?」


 プリシアちゃんはこの場には居ませんよ?

 とぼける僕を、目を丸くして見つめるルビアさん。


「ルビアさん、安心してください。隣国のアームアード王国なんて、エルネア君に王都ごと消し飛ばされたと聞き及んでおります」


 と、マドリーヌ様が。


「それだけではありません。魔王陛下の住まう魔王城を半壊させたのもエルネア君でございます」


 当たり前のように僕たちについてくるシャルロットも、ここぞとばかりにとんでもないことを言う。

 僕はたまねて、身振り手振りで二人の暴言を阻止する。


「マドリーヌ様、それは言っちゃ駄目ですよっ。というか、魔王城を半分消しとばしたのは、貴女だからね!?」


 まったくもう。

 この極悪魔族は、魔王城の件も僕の罪にしようとしてますよ!


「エルネア君は、怒らせると怖いんだべな?」

「あらあらまあまあ、そんなことはありませんよ。エルネア君が怒ることなんて滅多にありませんから」


 活気にあふれた王都。ぜいの限りを尽くした離宮。そして、そこに住み、働く多くの人々。

 ルビアさんにとって、全てが初めて目にする光景だろうね。

 だけど、浮かれていても要所ようしょはしっかりと見ているし、自分の意見も持っている。

 これから、新しい環境に慣れながら修行を積んでいけば、きっとルビアさんは素晴らしい巫女様になれると僕も確信する。


 とはいえ、それはもう少し先の話で、今は純粋じゅんすいに新世界を堪能たんのうしてもらいたい。

 僕たちはいろんな場所や物に目移りするルビアさんの歩調に合わせて、王様が待つ場所へと向かう。

 グレイヴ様も、ルビアさんに離宮を案内したいのかな。遠回りをしながら移動をしていることくらい、何度も訪れて泊まらせてもらっている僕たちにはわかります。


 そして、時間をかけて離宮を周り、僕たちは最後に、人工池のほとりに建つ建物に入った。


「グレイヴよ、よく戻った。それとマドリーヌ殿、お勤めご苦労であったな」

「陛下、勝手な留守をお許しください」

「国王陛下、お久しゅうございます。顔色もよく、お元気そうで何よりでございます。このマドリーヌ、長らく留守にしておりましたが、このたびようやく帰還いたしました」


 身分の高い人たちらしい挨拶を交わし合う。

 だけど、王様は形式ばった挨拶をすぐに切り上げると、期待を込めた目で僕を見た。


「ええっと、ライラは今回はお留守番なんです。代わりに、お手紙を持ってきました」


 ライラが来ていないと知り、王様が露骨に顔色をくもらせる。だけど、僕が手紙を持参していることを知ると、すぐに機嫌を取り戻した。

 やれやれ、王様が見せるライラへの想いは、笑えるくらいの溺愛できあいっぷりだね。


 僕は早速、懐から手紙を取り出す。

 たしか、この辺に……


 落としてなんかいないからね?

 手紙を取り出す僕。すると一緒に、もう一通の紙切れが僕の懐から落ちた。


「なんだ?」


 何気なくそれを拾うグレイヴ様。


「それは、プリシアちゃんからの欲しいもの一覧ですよ」


 こっちも、忘れてなんかいません。

 王都で色々と用事を済ませたら、禁領でお留守番をしているみんなやプリシアちゃんへのお土産みやげを買わなきゃね。

 手持ちの資金は、少しだけあります。


「ふぅむ、愛らしいものばかりだな。よし、貴様らへの日頃の礼もある。土産の件は俺に任せておけ」

「ええっ、良いんですか!?」

「当たり前だ。に対しれいを返せんようでは、王族の名折れだ」


 言ってグレイヴ様は、王様への挨拶もそこそこに退室する。

 どうやら、家来の人たちに任せるのではなく、本当に自らの手で準備をしてくれるみたい。


「良い人だべなぁ」

「そうですね」


 ルビアさん、瞳が夜空のお星様のように瞬いてますよ!


 隠そうともしない、というか隠し方を知らないルビアさんの恋心に、僕たちは微笑ほほえみ合う。

 そうしながらも、僕は忘れずに王様へライラからの手紙を渡す。

 もちろん、王妃様宛ての手紙もね。

 王様は、あとでゆっくりと読むつもりなのか、この場で開封することなく手紙を大切そうに懐にしまう。

 そして、話題を見知らぬ女性、つまりルビアさんへと振る。


「それで、エルネアよ。こちらの美しい女性は?」

「そうでした。こちらがグレイヴ様の将来の……。ちがった、マドリーヌ様が認めた……」


 午前中のうちに政務を終わらせた王様は、午後からははなれでのんびりと休んでいたみたい。

 それで、僕たちの話にもゆっくりと耳を傾けてくれた。

 若干じゃっかん、シャルロットの存在に顔を引きつらせていたけどね。


「そうか、そうか。それは難儀なんぎであった」


 マドリーヌ様の錫杖奪還の旅は、王様も大まかに知っている。

 なにせ「夏だ、冒険だ、男旅!」と並行して進んでいた話で、旅の終わりに合流した際に話しているからね。

 それで、ルビアさんの一族の務めなどを中心に話す。

 もちろん、九尾廟の所在やまつられている者がシャルロットだなんてことは秘密だけどね。


 王様は、飲み物やお茶請ちゃうけなどを持って来させると、僕たちに振る舞う。

 ルビアさんは初めて美味しいお菓子を食べたのか、頬っぺたをとろけさせながら堪能する。


「こんなに美味しい食べ物があるだなんて、都会はやっぱり凄いんだべな」

遠慮えんりょすることはない、好きなだけ食べなさい」

「ルビアさん、お菓子で満腹になっちゃうと、もっと素敵な夕食が食べられなくなっちゃうからね?」

「それは楽しみだべ」


 なんだか、プリシアちゃんに言い聞かせているみたい。

 でも、それくらいルビアさんは純心じゅんしんで、眼に映るもの、触れるもの、口に含むものに感動しっぱなしだ。


「これより大神殿にて修行されるという話だが、暇なときはいつでも遊びに来なさい。グレイヴのやつもきっと喜ぶだろう。いや、むしろ通いなさい。そうだ、マドリーヌ殿。ルビアさんの住居はこちらで準備しよう。いかがだろう?」

「王様、暴走しすぎっ」


 王様だって、さっきの様子でルビアさんの心くらいは理解できたようだ。

 それで、不器用な長男の代わりに、早速とばかりに色々と手を回し始めた。


「ふふふ、それでは陛下のお言葉に甘えまして。大神殿にこもっているだけでは、ルビアさんのためにならないと私も思っておりました。毎日、離宮と大神殿を往復することで学ぶことも多いでしょう」

「うわっ、マドリーヌ様がまともなことを言っている!?」

「むきぃっ、エルネア君は私をなんだと思っておいでですかっ」

「ユフィとニーナの同類?」


 うんうん、と頷く僕とルイセイネ。それと、王様まで!

 僕たちの様子が面白かったのか、ルビアさんは楽しそうに笑っていた。


 なんだか、僕が思い浮かべるのもなんだけどさ。ルビアさんって、物怖ものおじしない性格だよね。王様を前にしているというのに、自然体でいられるなんて。

 普通、王国に住む国民の誰かを王様の前に連れて来たら、きっと緊張してかちんこちんに萎縮いしゅくすると思うんだ。

 ルビアさんがこの性格のまま立派になれば、グレイヴ様の隣に立つことになっても問題ないね。

 なんて、僕は勝手にルビアさんやグレイヴ様の将来を想像しちゃう。


「ふふふ、わたくしとしましては、陛下に並び魔王の列に加わるエルネア君を勝手に想像いたします」

「はい、その妄想は現実化しませんからねっ。もう、何度断れば良いのかな?」


 僕は、正式に拒否したんだよ?

 魔族の真の支配者やくれないの幼女だって、僕の立場を認めてくれているんだし。

 なので、その話を引っ張ってくるのは禁止です。


「ねえ、貴女はそろそろ帰った方が良いんじゃない?」

「あら、どうしてでございましょう?」

「この間までずっと職務放棄していたんだし、また何日も不在にしていたら、怒られちゃうよ」

「そのようなご心配は無用でございます。わたくしに敵意を向ける者は、殺して差し上げます」

「いやいやいや、魔王が怒るよってこと!」

「では、陛下も招けば問題なくなりますね?」

「いや、それだけは止めてくれっ」


 僕とシャルロットの会話に、王様が悲鳴をあげる。

 うん、僕も嫌です。ここに魔王を呼ぶと、また騒動が起きちゃいそうだからね。

 せっかく取り戻した錫杖をもう一度奪うなんて極悪なことくらい、巨人の魔王とシャルロットなら笑顔でやってのけそうで怖い。


「それじゃあ、僕たちの方が早めに退散しようかな?」


 うむ、それが良い。

 御鏡おんかがみをきちんと奉納ほうのうしたし、マドリーヌ様と錫杖もヨルテニトス王国に送り届けられた。

 なら、僕たちの役目は無事に終了したってことだよね。

 それに、長居していてはルビアさんの修行に支障が出るかもしれない。というか、マドリーヌ様の起こす問題に巻き込まれる可能性が高い。


 僕と同じ考えに至ったのか、ルイセイネも腰をあげる。

 だけど、そんな僕の手をがっしりと力強く掴む者が。


「エルネアよ、前に言ったではないか。次に訪れるときは、今度は儂が心を込めてもてなそうと」

「きゃーっ。だれか、王様をいましめてーっ」


 にやり、と笑みを浮かべた王様の顔が、とても怖かった。

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