緑翼のスラスタール

 有翼族の村は、山をひとつ越えた先にあるらしい。

 僕たちは、有翼族の男たちに武器を向けられたまま、山道を進んだ。

 そして、山腹の途中で休憩をはさんだ時だった。


「今回は俺が偵察を出す。よし、あの鳥にしよう」


 と言ったのは、灰色の翼の小柄な有翼族の男。


 硬く目を閉じて、近くの木の枝に止まる小鳥に向けて両手をかざす。

 ぶるっと、小鳥が震えた。


「……視界切り替え完了。山脈の方に、飛ばせるだけ飛ばしてみる」


 どうやら術を使って小鳥を使役し、レヴァリアが近辺を飛んでいないか調べるみたいだね。

 見た限りでは、自分の視覚と鳥の視覚を切り替えることによって、遠くの様子を観ることができるみたいだ。


 ちなみに、有翼族の固有の術は「翼術よくじゅつ」というらしい。

 翼やはねを持つ者を操るし、自身も翼を持つからみたいだね。


 灰色の翼の男は、小鳥に向けてかざしていた両手を空へ振る。すると、枝に止まっていた小鳥も合わせて飛び立った。


「おい。人族の分際でじろじろと見るな」


 僕が灰色の翼の男を観察してると、背後から野太い声が降ってくる。

 巨躯の男が、僕を睨み下ろしていた。


「ごめんなさい。つい、珍しくて」


 有翼族が翼術を使う様子は、初めて見たからね。今後のためにも、もっとじっくり観察したいところです。

 だけど、有翼族をこれ以上刺激しないように、僕は仕方なく灰色の翼の男から視線を逸らす。

 そして、次にこっそりと様子を伺ったのは、有翼族の一団の中で唯一、身なりの良い緑色の翼の男性だった。


「スラスタール様、どうぞ、水です」


 茶色と緑色の斑模様まだらもようが入った翼の男が、倒木に腰掛けた緑色の翼の男性に水筒すいとうを差し出していた。

 どうやら、緑色の翼の男性は、スラスタールという名前らしい。

 スラスタールはお礼も言わずに水筒を受け取ると、ごくごくと水を飲む。


 有翼族の国にどのような身分制度が敷かれているのかはわからないけど、少なくともスラスタールは周りの有翼族の男たちより身分が高いようだね。

 休憩している、といっても、正確には倒木に腰掛けたスラスタールと地面に座る僕たち以外は、立ったまま周囲を警戒していた。


 有翼族の人たちは、誰かからの断れない依頼で天上山脈の麓の方へ向かっていたという話だったけど。正確には、スラスタールが依頼を受けて、その護衛として他の有翼族の男たちはついて来たんじゃないのかな?

 ということは、村に行くとスラスタールに命令を下した、より身分の高い者が待っているということかな?


「けっ。人族の分際で、呑気に休憩なんぞしやがって」

「まあ、良いじゃないか。村に帰ったら、その分たっぷりと楽しませてもらえばよ」


 黒い翼の男ともうひとりが、相変わらず妻たちに不愉快な視線を向けながら、下品な話をしていた。

 よし、決めたぞ! 何か騒動になった時には、この二人を真っ先に倒してやるからね! と鼻息を荒くする僕とは違い、女性陣は下品な視線を軽く受け流していた。

 それでも、いつものように騒いだりはせずに、静かに休憩している。


 有翼族の男たちは、下品な視線こそ無遠慮に向けてくるけど、手を出す様子は今のところない。

 これは、レヴァリアの功績だね。

 有翼族の男たちはレヴァリアの存在に精神をとがらせていて、だから村へ戻るまでは余計な行動に気を向ける余力がないんだ。


 まあ、少しでも手を出そうとしたら、僕は後先なんて考えずに反撃するけどね!


 そんなわけで、今のところは目立った衝突もなく、僕たちと有翼族の男たちは一緒に行動していた。

 そして、灰色の翼の男が空からの偵察を終えると、休憩は終わる。


「飛竜の姿は見えませんでした。きっと、山脈の方へ飛んでいったんでしょう」

「それなら、このまま村へ戻っても安全だな」


 出発しても、有翼族の男たちの話題は、やはりレヴァリアだった。


「しかし、なんだってこの時期に飛竜が飛んできたんだ?」

「いや、考え方を変えてみれば、良かったのかもしれんぞ? あの飛竜のおかげで、俺たちは無駄な苦労をせずに済んだ」

「しかも、土産まで見つけられたしな」


 土産とは、女性陣のことだろうね。

 本当にいらつくよ!


「にゃあ」


 ニーミアも、有翼族の男たちの会話は不愉快に思っているみたいだね。

 だって、ニーミアも女の子だもんね


「にゃん」


 ニーミアは子猫のふりをして、僕の頭の上に乗ったまま。

 つのと翼は、僕が有翼族の術に気付いた時点て仮装させているので、上手く誤魔化せている。


 くねくねと曲がった山道を、僕たちは有翼族の男たちに包囲されたまま進む。

 天上山脈の麓からここまで、道にはずっとわだちの跡があった。

 いったい、この轍の跡は何を意味するんだろう?

 有翼族の男たちは今でこそ地上を歩いてはいるけど、レヴァリアがいなかったら空を飛んで移動しているはずだよね。

 だとすると、地上の道と轍の跡がやっぱり気になってしまう。

 しかも、人里離れた辺境の先にまで道は続いているんだよね。

 ううむ、と謎解きに思考を向けているうちに、僕たちはいつの間にか山を越えて、有翼族の村まで到着した。






 小さな村、だと思う。

 最初に目についたのは、山腹のゆるやかな斜面に突如とつじょとして出現した、太い丸太が並ぶ頑丈な外壁だった。

 丸太の壁は高く、それが村の出入り口以外をぐるりと取り囲んでいる。

 ただし、どこまでも続いている、というわけではなく。少し先で壁は折れ曲がり、村のはしを示していた。


「随分と厳重な警戒の村ね?」


 ミストラルたちも、村の異様さに驚いたみたいだ。

 こんな田舎いなか、というか緩衝地帯の中でも辺境と呼べそうな場所にある村にしては、異様な警戒に見える。

 もしかして、魔物や魔獣の襲来に備えて?

 いや、魔物はいつ何処に出現するかわからない生物だから、そもそも外壁なんて意味はなさない。

 では、魔獣かな? それにしては、僕たちはこれまでの道中で魔獣に一度も遭遇していないよね?

 そうすると、この村を囲う厳重な外壁は、何を意味するんだろう?


 僕たちの疑問は、門を潜った先にあった。


「……なんてことだ。奴隷を逃さないための外壁だったんだね」


 有翼族の男たちにうながされて村へ入った僕たちが目にしたのは、道沿いに並ぶ異様な露店だった。

 村自体は、やはり小さい。それでも道幅は広く作られていて、地面もしっかりと踏み固められていた。そして、村の道沿いに並ぶ露店には小さな牢屋が幾つも並んでいて、各牢屋にひとりずつ、くさりで繋がれた奴隷が入れられていた。


 奴隷は、どの人も人族のように見えた。

 しっかりとした服を着た若者もいれば、襤褸ぼろを纏う老人や子供もいた。

 誰もが自分たちの運命に絶望し、深く項垂れている。


 ここは、狩ってきた奴隷を売る村なんだ!

 丸太が並ぶ外壁は、奴隷が逃げ出さないようにするためだったんだね!


「なんて酷い!」


 ルイセイネが咄嗟とっさに動こうとした。だけど、それを巨躯の男が槍先で牽制する。


「巫女といえど、余計な行動はつつしむんだな。お前やもうひとりの巫女が動けば、俺たちはこの国の聖職者どもにも容赦はしなくなるぞ?」


 世界中、普遍に広まる暗黙のおきて

 聖職者は、いかなる政治や種族の慣習などに介入しない。その代わり、様々な種族も聖職者をなるべく大切に扱う。


 魔族の国でも神族の国でも、巫女や神官は保護されていた。

 理由は簡単だ。この世界には多くの人族が暮らしていて、その殆どが神殿宗教の信者なんだよね。

 だから、人族がうやまう聖職者に手を上げてしまうと、世界中の人族を敵に回してしまう結果になる。

 だから、どんなに酷い身分制度がある国や種族でも、聖職者だけには手を出さない。

 逆に、聖職者は政治や慣習に介入しないことによって、中立の立場を貫いてきた


 だから、巫女のルイセイネがこの場で奴隷に手を差し伸べることはできない。

 ルイセイネが有翼族の政治経済に介入してしまえば、有翼族だって聖職者に容赦しなくなって、緩衝地帯に住む他の巫女や神官たちに大きな迷惑が掛かってしまうからね。


 だけど、理解はしていても納得はできないよね。

 ルイセイネやマドリーヌ様だけでなく、女性陣は村の異様な光景に心を痛めて悲痛な表情になっていた。


 僕だって、辛い。

 たとえ知らない人たちだったとしても、こういう扱いを受けている人がいるなんて、見るにえない。

 きっと、魔族や神族の国でも、こういう光景は当たり前に存在するんだよね。

 だけど、僕たちは聖職者と同じように、こうした政治や文化には介入しないと決めていた。

 介入してしまえば、最後まで責任を持たなきゃいけない。それこそ、国の根幹をひっくり返して全ての人々を導くくらいの覚悟がなきゃ、絶対に手を出して良いものではないんだと理解しているから。


 だけど……


 それでも、現実を見てしまうと、何もできない自分にいきどおりを感じてしまう。

 どうにかして、少しでもこの人たちの役に立てないだろうかと、つい考えてしまう。


「レヴァリアなら……」


 突然、恐ろしい飛竜が村に襲来して破壊のかぎりを尽くすなんてことは、まれにあるかもしれないよね?

 その結果、牢屋や外壁が壊されて、奴隷の人たちが逃げ出すかもしれないね?


「にゃあ」


 僕の不穏な呟きに、みんなが小さく苦笑していた。


「おい、さっさと歩け! なんなら、今すぐにでも貴様らをあの牢屋にぶち込んでも良いんだぞ!」


 牢屋が並ぶ露店の前で立ち尽くしていた僕たちに、有翼族の男たちが息巻く。

 僕たちは仕方なく、かされるままに村の奥へと進む。


 道沿いは、どこも奴隷を売る牢屋が並んでいた。

 なかには空の牢屋もあった。だけど、奴隷狩りをしてきたらあそこにも誰かが入れられて、売られていくんだろうね……


 有翼族が住んでいそうな家々は、村の中心に集中していた。

 木造の建物はどれも立派で、田舎の村にしては随分と羽振はぶりが良いように見える。

 奴隷を売ったお金が潤沢じゅんたくにある証拠だ。


 そして、村の中心には広場と大きなお屋敷がいくつか建っていて、僕たちはその広場まで連れてこられた。

 村の有翼族の人たちが集まってくる。

 僕たちを無遠慮にじろじろと見つめ、どれくらいで売れそうかとか、下品な会話をしている者たちもいた。


「おや、スラスタール。山脈越えができるか見てくるように依頼をすれば、新たな奴隷を狩ってくるとは。お前は、本当に優秀だね」


 すると、有翼族の村人たちの輪を割って、ひとりの男が現れた。

 スラスタールと同じくらいか、もっと高価そうな衣裳を身に纏った恰幅かっぷくの良い中年の男。

 薄い白髪は、本来なら翼と同じ赤色をしていたのかもしれない。そして、寂しくなった頭髪と同じように、赤い翼も細くなっていて、体型からしてこの人はもう空を飛べないだろうな、と思わせた。


「セオール評議長ひょうぎちょう。ただいま戻りました。この者たちは、少し事情がありまして」

「ほほう、事情とな? おやおや、随分と美しい女どもではないか。どれ、私にひとりかふたり、先んじて味見をさせてみよ」


 セオールと呼ばれた中年の有翼族は、ミストラルたちを見つめて嫌らしい笑みを浮かべる。

 だけど、スラスタールや他の誰も、セオールを止めようとはしない。

 どうやら、身分が高そうなスラスタールさえ歯向かえないような大物らしい。

 でも、だからといって僕たちが素直にセオールの下品な行動を見過ごすなんてことはしないよ。

 もしもセオールが妻たちに手を出そうとしたら!


「セオール殿、たわむれはその辺にしては?」

「っ!!?」


 セオールがミストラルに手を伸ばそうとした、その時。

 有翼族の輪を割って新たに現れた男の姿に、僕たちは息を呑んだ。


「おや、グエン殿。どうです? 貴殿も味見をされては?」

「いや、辞めておこう」


 セオールの下品な誘いを断った人物。

 青い髪の、いかにも曲者風くせものふうな容姿をした若い男を、僕たちはよく知っていた。


 グ、グエン!?


 あの、艶武神えんぶしんテユの配下のグエンが、なぜ緩衝地帯に!?

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