知らぬ振り

 グエン! と反射的に叫びそうになった僕たち。だけど、僕たちの挙動きょどうに被せるように、グエンの方が先に動いた。

 ごほんっ、とわざとらしい咳払いをしたグエンは、有翼族の注目を集める。


生憎あいにくと、俺は何処ぞの者とも知れない女子供おんなこどもに興味はないのでね」


 そして、僕たちを見たグエンは、いかにも目障りだとばかりに、大仰おおぎょうにため息を吐く。


 酷い言われようだよね。

 神族の国では、たしかに味方とは言えない間柄だったけどさ。それでも、お互いの利益のために密約を交わしている相手に対して、なんとも雑な反応だ。

 言い返してやろうかな、と一瞬だけ思ってしまう。だけど、グエンのわざとらしい態度に違和感を読み取る。


 グエンは、自他共に認める曲者中の曲者だ。

 そのグエンが、なぜこの地にいるのかはわからない。でも、グエンが動いているってことは、つまり艶武神テユがこの地に気を向けている証拠なんだと思う。

 それに、グエンは曲者ではあっても目立ちたがりではないし、いつもいろんなはかりごとを考えながら動いている。

 そのグエンが、今わざとらしく有翼族の注目を集めている。

 逆に言うと、セオールの下品な態度にさらされていた僕たちから注目を奪った、とも言える。

 その僕たちは、グエンの登場に全員が驚いていた。


 つまり、グエンは動揺する僕たちから注目を奪って、こちらの反応を有翼族から隠した?

 ということは……?


 もしかして、グエンは僕たちとの関係を隠そうとしているんじゃないのかな?

 どういう理由かはわからないけど、グエンもこの地での任務があって、僕たちとは初対面だと有翼族に思わせておきたい。

 だから、僕たちの反応から有翼族が何かの違和感を察することを嫌って、わざとらしい態度で僕たちから注目を奪ったんじゃないだろうか?


 グエンの意図がなんとなく読めた僕たち。

 それなら、この場はグエンに合わせておこう。その方が、お互いのとくになるかもしれないし、何より僕たちはセオールの下品さにうんざりしていたからね。


「お前さんが、スラスタールか。セオール殿から話には聞いていたが、随分と優秀な男だな。しかし、さすがに優秀すぎのような気がするが?」

「グエン様。それは一体どういうことでしょう?」


 セオールやスラスタールの態度から、グエンが神族だということを有翼族は知っているように見えるね。

 周りに集まった有翼族の野次馬たちも、グエンの言動を阻まないように静観している。

 セオールも、うやうやしい態度でグエンを迎え、僕たちから注意をらしていた。

 グエンはことさら大仰な態度で輪の中に入ると、僕たちを改めて一瞥いちべつする。

 そして、ミストラルとニーミアでわざとらしく視線を止めた。


 グエンが、なぜこの地にいるのかは知らない。

 だけど、わかっていることはある。

 グエンは神族で、神族は種族を見極める能力があるということだ。


 グエンはミストラルとニーミアを指差して、種族の区別ができない有翼族を馬鹿にするように言った。


「その女性は竜人族で、そのちっこい奴は竜族だ。お前さんは、竜人族と竜族を相手にしても奴隷狩りの成果を挙げられるような力量の持ち主なのかい?」

「っ!!?」


 グエンの言葉に、集まった有翼族の野次馬や、僕たちを連れてきた有翼族の男たち、それにスラスタールやセオールが目を見開いて驚愕きょうがくする。


「ってなわけで、セオール殿。その女性に気安く手を出すと、手痛い反撃を受けると思われるが? 言っておくが、さすがの俺でも竜人族と竜族を相手に事を荒立てようとは思わんぞ?」

「りゅ、竜人族!」


 セオールは、ミストラルに向けて無意識に伸ばしっぱなしだった手を慌てて引っ込める。そして、恐ろしい者でも見るような視線で、ミストラルを見上げた。

 スラスタールや有翼族の男たちも、今まで自分たちが脅していた相手の正体を知って、露骨に顔を引きつられていた。


 グエンは、そんな有翼族たちを見て鼻で笑う。

 神族のグエンから見れば、有翼族は天族よりも下等な存在でしかなく、もっと言えば奴隷対象でしかないんだよね。

 だから、有翼族をさげすむときは容赦なんてしない。

 それが神族であり、種族間の上下関係なんだよね。


 と、グエンや有翼族の人たちの様子を呑気のんきに観察している場合ではないね。

 やれやれ。もう少しミストラルの正体を隠しておきたかったんだけどね?

 グエンが暴露してしまっては、仕方がない。


「ええっと、これで信じてもらえたかな? 僕たちは流れ星様の運命を探すために、天上山脈を越えて来たんですよ?」


 竜人族と竜族の護衛がいれば、僕たちにだって旅はできるでしょ? と、笑顔を浮かべる僕。

 だけど、有翼族の人たちに僕の笑顔を受け止めるだけの余裕はなかった。


「ス、スラスタール、これはどういうことだね!?」


 セオールの瞳には、もうミストラルは恐ろしい女性としてしか映っていないんだろうね。

 及び腰でスラスタールに詰め寄るセオールは、完全に動揺していた。

 スラスタールも驚愕に硬直したまま、僕たちを見つめていた。それでもセオールに問い詰められて、なんとか口を開く。


「こ、この者たちは、山脈の手前で捕らえました。……いや、それはこちらの誤認か。なるほど、そちらの女性がその気になれば、私たちはいつでも倒されていたというわけか。道理で、どのような状況でも全員が落ち着いていたわけだな」


 こちらが何かを言う前に、スラスタールはこれまでの経緯を理解したらしい。やはり、かなり頭が回る人みたいだね。

 スラスタールは、僕たちのことを誤解していたということを踏まえて、順を追って話す。


 依頼を受けて、天上山脈へと向かっていた矢先。赤い飛竜が山岳地帯の上空を飛び回っていることに気付き、鳥を使って偵察を出した。そうしたら、道沿いを僕たちが呑気に歩いていた。

 何処かから逃げ出した奴隷か何かだと思ったスラスタールたちは、飛竜を警戒しながら僕たちと接触し、捕らえた。

 まあ、正確に言うと、捕らえたつもりでいた。


 ただし、ルイセイネの巫女装束やこちらの話を聞いて、スラスタールは僕たちが脱走した奴隷じゃないと理解してくれていたらしい。

 それでも、やはり有翼族が支配する地域を自由に歩き回る僕たちに少なからず疑問を持っていたため、村まで連れてきた。

 この村で事情をもう少し聞き出し、怪しいと思ったら奴隷として処理するつもりだった。と話すスラスタール。


 淡々たんたんと語るスラスタールだったけど、耳を傾けていたセオールや他の有翼族の人たちは顔を蒼白そうはくにして震え始めていた。


「ひ、飛竜が!?」

「スラスタール様、その飛竜は今どこに?」

「山脈の奥へ飛んでいったことは確認している」

「でも、飛竜の翼ならこの村にも飛んでくるんじゃないのか!?」

「そうなったら、終わりだ!」


 ミストラルとニーミアの正体を知って驚きに満たされていた気配は一変して、大騒動になる。

 有翼族の人たちは我先にと輪から散り散りに離れ、自分の住まいへと駆け込む。

 きっと、飛竜がいつ襲来してもいいように、大切な荷物や食料をかき集めているんだと思う。


 騒ぎ始めた村人の様子に、道沿いに並ぶ牢屋に入れられた奴隷の人たちも怯えた様子を見せていた。

 奴隷の人たちは、この村で何か騒動が起きれば、自分たちは真っ先に見捨てられると知っているんだ。


「ええい、騒がしい!」


 すると、さっきまでミストラルに怯えていたセオールが、なぜか急に威勢を良くする。


「お前たち、神族様の前で騒ぎ立てるなど、失礼にも程があるぞ!」


 しかし、と困惑する有翼族の男に、セオールは鼻息を荒くする。


「そうだ、そうなのだな、スラスタールよ。この竜人族の娘に、飛竜退治を依頼するのであろう?」


 やれやれ、と全員で肩を落とす。

 セオールという男は、スラスタールとは違って随分と小物染みているね。

 さっきまで下品な視線を向けていたのに、種族がわかった途端に怯えだし、終いには自分勝手な解釈で話を進めようとしている。


「言っておくけど、わたしだってあの飛竜と戦いたくはないわよ?」


 だって、赤い飛竜の正体はレヴァリアだからね!

 家族と戦いたくない、というのは本当です。


「それに、有事の際は家族を護ることで精一杯で、有翼族の面倒なんて見ていられないわ」


 セオールの態度に心の底から辟易へきえきした様子のミストラルが、釘を刺す。

 ミストラルにきっぱりと断られて、セオールや他の有翼族が絶望する。


「まあまあ。飛竜がこの村を襲撃すると決まったわけではないんだ。それよりも、俺は依頼の成果の方が気になるのだがな? スラスタール、報告をしてくれ」


 飛竜の存在に混乱する有翼族の人たちとは違い、グエンは冷静だった。

 僕たちと同じ時期に現れた赤い飛竜と聞けば、グエンだってレヴァリアを想像したはずだ。そして、レヴァリアは僕たちの家族だからね。有事になんてならないと確信しているんだろうね。


 ところで、グエンの依頼って何なんだろうね?

 グエンがこの地に来た理由。それと、有翼族を使って何をしようとしているのか。気になる僕たちは、報告を求められたスラスタールを見る。

 そのスラスタールは、少し渋った表情を見せた。


「先ほども言いましたが、飛竜の出現とこの者たちの捕縛に関わる事が全てで……」

「いやいや、それでは困るな。俺は言ったはずだぞ。俺たち帝尊府ていそんふが山脈を越えられるかどうか、偵察してこいとな?」


 はあぁぁあっ!?


 グエンが、帝尊府!?


 まさかの展開に、僕たちは白目をいてひっくり返りそうになってしまう。

 いったいぜんたい、何がどうなってグエンが帝尊府になったんだろうね!?

 いや、グエンのことだ。帝尊府に潜入捜査中なのかもしれない。

 でもでも! やっぱりグエンだから、朝廷さえ裏切って本物の帝尊府になったのかも!?


 色々な考えが頭を過ってしまう。

 本当に、グエンは曲者だ。いつも僕たちを混乱させて、自分の都合の良いように物事を進めてしまう。


 僕たちの困惑を知ってか知らずか、グエンはにやりと笑みを浮かべて、スラスタールを見ていた。

 神族のグエンに問い詰められて、スラスタールは余計に表情を曇らせる。

 そして、長い沈黙の後に、重い口をようやく開いた。


 ただし、相手はグエンではなく、セオールに向かって。


「セオール評議長、やはり私は納得いきません。神族派の評議委員ならまだしも、中立派の貴方が神族の方々に肩入れするなど……。これは、重大な規定違反ですよ?」


 神族派? 中立派? どういう意味だろう?

 僕たちは、有翼族の国の制度をまだ理解していない。


 スラスタールに問われたセオールは、だけど平然と反論する。


「何を言うんだね。私とて、中立派の立場はわきまえている。だけどね、スラスタール。それはあくまでも隣接する魔族と神族の国に対して、という話だろう? グエン様は、カルマール神国しんこくの方ではなく、東の遠い国、ベリサリア帝国の御仁ごじんだ。であれば、ここでは外国のお客人ということになるとは思わんかね? 私はただ、神族のお客人のご要望を聞いているだけなのだよ」

「しかし……」


 口籠くちごもるスラスタールに、セオールは続けて言う。


「グエン様や他の方々は、どうしても山脈を越えて西へ行きたいそうなのだ。私たちは、そのお手伝いをしているだけなのだよ。そこに神族派や中立派といった規定は必要ないであろう? わかっておくれ、スラスタール」


 スラスタールを説得するセオールの様子を、グエンが悪い笑みを浮かべて見つめていた。

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