ひとつの世界

 呪術とはなんぞや、とめぐらせていた思考を一旦落ち着かせる。

 そして、炎の鳳凰を肩に乗せて聖剣を構えるリステアに向き合う。


「くっくっくっ。勇者よ、我が剣を受けてみよ!」

「まるで魔王の台詞せりふだな!」


 苦笑するリステアたち。と、冗談はさておき。

 僕は竜気を練り上げる。

 禁領でミストラルたちとお留守番のプリシアちゃん。それで暇を持て余しているのか、アレスちゃんが顕現する。

 僕はアレスちゃんと融合すると、最初から竜気を解放した。


 リステアも、僕の戦闘態勢が整うのを確認すると、もう一度鳳凰と合体する。


 溢れ上がる竜気に包まれた僕と、炎を身に纏ったリステアは、正面から対峙した。


「いくぞっ!」


 リステアが力強く地面を蹴って跳躍した。

 燃え上がる炎が翼のように広がり、迫り来る。

 僕は霊樹の木刀へと竜気を送りながら、迎え撃つ。


 ごおうっ、と炎のとどろきとともに、聖剣と霊樹の木刀が重なった。

 霊樹の木刀はまさに「木」だけど、リステアの放つ炎にも問題なく耐えてくれる。

 僕は、リステアの初撃を難なくしのぐ。でもそこへ、炎の追撃が襲いかかってきた。


 リステアの炎は呪術の域を超えて、今や現実の火炎となって僕に襲いかかる。

 でも、それが逆に防ぐ手立てになってしまう。


『ちんかちんか』


 アレスちゃんが僕の内側で命じる。

 すると、炎の精霊が動いた。


「なにっ!?」


 意思を持ったかのようにうねり、僕へと襲いかかった炎。だけど、炎は逆に僕から遠ざかっていく。それだけじゃなく、リステアから距離が空いた炎は勢いをいちじるしく弱めると、瞬く間に鎮火ちんかしていく。

 炎に対し自分の支配が及ばないことに、リステアが驚愕きょうがくする。


 よし、これならリステアの炎だって怖くない!


 僕は勢いづくと、白剣をきらめかせた。

 横薙ぎの一閃を、リステアは聖剣で受け止める。

 重い手応えが右手に伝わる。


 強烈な斬撃は、普通だと流すように受ける。その方が相手の力を分散できるし、次の動きに移り易い。

 だけど、正当な剣術を身につけたリステアは、真正面から相手の攻撃を受け止める戦い方らしい。


 そんなリステアとは違って、強く受けられたことにより、こちらの方が次の動きに移れない。

 とはいえ、僕も竜剣舞の使い手だ。

 白剣と聖剣が重なり合った部分を起点として、身体に回転を加える。そして、連撃を繰り出す。


 リステアは、白剣と霊樹の木刀の斬撃を的確に受け、連携して繰り出される蹴撃しゅうげきなどを捌く。

 そうしながら、お返しとばかりに聖剣を力強く振るう。

 炎が乱舞し、瞬く間に僕は炎の海に身を投じることになった。


「そこの勇者さん、これって僕じゃなきゃ丸焼きになっちゃうよ!?」

「だが、お前だからこそ防げているんだろう?」


 リステアは手加減なく炎を放つ。

 火柱が上がり、熱波で景色が揺らぐ。

 でも、確かに僕は防げている。

 炎は僕に到達する前に下火になり、熱は届かない。

 僕の周りに集まってきた精霊さんたちの気配を感じる。

 アレスちゃんの意思を受け取った炎の精霊さんが僕を護っている。そして、水の精霊さんが冷やしてくれる。

 それだけじゃない。竜気の小嵐によって炎は剥ぎ取られ、無力化されていく。


 こちらが完全に防ぎ切る、と確信しているからこそリステアは本気であり、僕も期待を裏切ることなく受けて立つ。

 なんだか、とても嬉しい。そして楽しい。


 リステアは僕を信用してくれている。

 僕も、リステアを信頼している。


 理解しあった僕とリステアの勝負は、一進一退を極める。

 だけど時間が経つにつれ、徐々に僕の攻勢が長くなり始めた。


 リステアが本気で挑んでくれるのなら、僕だって出し惜しみなんかしない。

 本気の竜剣舞の前では、どんな相手だろうと舞の共演者だ!


 なんだか、いつもより身体が軽やかに動く。

 僕は自在に竜剣舞を舞う。

 舞踊のひと幕を演じているかのように繰り出される剣戟けんげきや体術は、聖剣と炎の間をってリステアに迫る。

 リステアは後退あとじさりしながら必死に受ける。


「お前らだけ楽しそうだなっ!」


 だけど、そこへ闖入者ちんにゅうしゃが!


 ようやく呪いがはらわれたのか、スラットンが強襲してきた!

 大剣を青白く輝かせ、僕に肉薄してくる。


 ええい、邪魔者めっ。


 僕は素早く白剣を左腰へ納めると、右手をスラットンへ伸ばす。


「なにをするっ!?」


 僕はスラットンが反応できないほどの速さで、彼の腕を掴んでいた。


「だってさ。まともにその剣を受けたら、すり抜けしちゃうじゃないか」


 と言いつつ、スラットンを投げ飛ばす。

 スラットンは、僕の片手の投擲とうてきだけで明後日あさっての方角へと飛ばされていった。


 はて、僕はこんなに力強かったっけ?

 そりゃあ、竜気で強化された肉体は強靭きょうじんだけどさ。

 長身のスラットンは体格もしっかりしている。だから、体重もある。それをああも簡単に投げ飛ばせたことに、僕自身が驚く。


「あっ、違うか!」


 でも、そこで気づいた。

 僕は、クリーシオから身体強化の呪術を受けているんだっけ。

 呪術と竜気の相乗効果なのか、僕の肉体はどうも普段より強化されているらしい。


 スラットンが退場したことによって、またリステアが間合いを詰めてきた。

 僕は白剣を抜き直すと、竜剣舞を再開させる。


 そして舞いながら、少し意識を内側へと向けてみた。


 いったい、今の僕はどんな感じなんだろう?


 外側から内側へと意識を切り替えると、竜気が激しく全身を巡っていることがわかる。

 それだけじゃない。

 アレスちゃんの頼もしい気配に満たされている。

 そして、一挙手一投足を支援してくれるような外部からの干渉を感じ取った。


 なんだか、不思議な感覚だ。

 三つの力は全く別のもののように思えるけど、反発しあっていない。それどころか、それぞれの影響を意識するまでもなくお互いの力が協調しあい、上手く混じり合っている。


 今日初めて呪術の支援を受けたけど、これは素晴らしいものだ、と確信できた。


 そして、ふと思う。


 呪術は、見えない影響から可視化され、現実の事象へ至ると教わった。

 でもこれって、呪術にだけしか言えないことなのかな?


 ミストラルが必殺技を放つと、片手棍は流星のような尾を引く。

 ザンは竜気を銀炎に変える。

 そもそも、竜術とは竜気を変質させたもので、自由な見た目や大きな破壊力という事象を発生させる。


 それだけじゃない。


 精霊術もそうだ。

 精霊たちは己の属性を自在に操り、森羅万象しんらばんしょうに干渉する。

 リステアの炎が僕に届かないのも、現実化した「炎」であれば精霊が干渉できる、という発想を逆手に取った手法だ。


 呪術の基礎を学ぶことによって、僕は種族ごとに違う術の意外な共通点に気づいた。


 そして、はっとする。


 クリーシオは教えてくれた。

 目に見える世界も、瞳を閉じたときに視える色も、同じ世界なのだと。


 それなら……


 僕の意思を受け取ったアレスちゃんが嬉しそうに、さらなる力を解放させた。


 僕の内側に、新たな力が溢れていく。

 精霊たちが楽しそうに踊る。

 世界が波打つ。


 僕の意識は、世界の境界を越えた。


 ふわり、と浮遊感が体を支配する。

 まるで、水中にただよっているかのような感覚が全身を包み込む。

 手足を動かすたびに、全身にまとわりついた気配が世界を攪拌かくはんしていく。


 景色が一変していた。

 まぶしい虹色ではない、優しく淡い色彩が世界を満たす。

 クリーシオが話してくれた世界とはまた違った、色が支配する風景。

 万色の世界は僕が動くたびに、風が吹き炎が揺らめくたびに、複雑に混じりあい、変化していく。


 そして、僕はる。


 普段は顕現してくれないと視ることのできないお友達たち。

 炎の精霊さんが踊っていた。

 水の精霊さんが手拍子をし、大地の精霊さんが足踏みしている。

 いろんな属性の精霊さんたちが僕の周りで楽しそうに遊んでいた。


 僕は前に一度、この世界を訪れたことがある。

 夢のようで、夢ではない不思議な空間。

 東の大森林でユンユンとリンリンを救う際に、僕は精霊の世界に足を踏み入れた。


 そして今、僕はまた精霊たちのことわりが支配する領域へと来ていた。


 だけど、全てが前回と同じではない。


 身体が不思議な感覚に包まれているけど、現実を見失ってはいない。

 僕は確かに地に足をつけ、両手に武器を持っている。

 そしてリステアと時間を共有し、炎を払いながら竜剣舞を舞っていた。


『これは……』


 現実の視界と精霊たちの世界が綺麗に重なっていた。


 僕はクリーシオの話を聞いて、不思議に思ったんだ。

 この世界は、創造の女神様が創ったと人族はう。

 それなら、普段僕たちが見ている世界も、クリーシオのように特別な資質を持つ呪術師が視る世界も、精霊たちが住む世界も、実は全てが同じ「世界」なのではないかと。


 見えている。感じている。知っている。という当たり前の世界。

 逆に、見えない。感じられない。知らない。という世界もある。

 だけど、これらは全て女神様の創ったひとつの「世界」であり、全く別の空間ではないのではないか。


 それなら。


 僕はアレスちゃんだけの力を借りて、もう一度精霊の世界に足を踏み入れた。


 そして、確信する。


 僕の考えは間違っていない。

 やはり、目に見える現実の世界も、呪術師が見える色の世界も、精霊たちの理が支配する世界も、全ては同じ世界なんだ。


 リステアが聖剣を振るう姿が見える。

 精霊たちの世界に漂う淡い色が聖剣を中心に赤く変色し、攪拌されて広がっていく。

 それを、炎の精霊さんたちが踊りながら払う。

 払う、というよりも、衣のように赤色を纏い、着飾って遊んでいるかのようだ。


 リステアの炎は、炎の精霊さんたちの遊び道具になっちゃっているわけだね。


 炎の精霊さんたちは、鮮やかな赤をひらひらと舞わせながら嬉しそうに踊り、離れていく。

 すると、聖剣によって赤く変色していた空間にぽっかりと無色の領域が出来上がった。

 そこへ、水の精霊さんたちが水色と一緒に飛び込んでくる。


 水の精霊さんたちは無色の空間を水色で満たし、楽しそうに歌う。

 周囲に水なんてないはずなのに、僕の肌はしっかりとした湿度と冷んやりとした感触を知覚していた。


 精霊の世界を満たす濃密な気配のおかげか、世界に起こる些細ささいな変化や影響まで手に取るように感じ取ることができる。

 とても不思議な感覚だ。


 僕は、聖剣の一撃を受けようと、霊樹の木刀を振るう。

 すると、世界がさらなる変化をみせた。


 左手に握られた霊樹の気配を、普段よりも強く感じる。

 それもそのはず。

 僕から竜気をもらった霊樹は、上機嫌で歌っていた。

 涼やかで優しい歌声が世界に広がっていく。

 それと同時に、霊樹の放った気配が世界を包み込んでいく。いや、重なっていく。


 これも、不思議な感覚だった。


 霊樹の放つ気配は、決して世界を侵食しない。

 言うならば。現実に見える世界。精霊たちの世界。そこに、そこにもうひとつ。霊樹の放つ気配が創りあげた世界が重なったように感じる。

 淡い色と濃密な気配が漂う精霊の世界、瞳に映る普段の景色、草木や風、空や大地や建物の全てに霊樹の気配は優しく重なる。

 そして、その重なり合った世界に一本、筋を通すように霊樹がりんと存在していた。


 何層にも重なった世界。だけど、これらは別々の空間ではなく、ひとつの世界であることを、僕は認識していた。


『じゃあさ。このひとつの世界の全てに影響を及ぼすことができたら……?』

『すてきすてき』


 アレスちゃんが喜んでいる。

 まるで、僕がようやくそのことに気づいたんだね、と祝福するように。


 僕は、意識を深く深く世界へ溶け込ませていく。

 すると、今まで以上に全ての世界が重なって視えた。


 世界を意識しながら、霊樹の木刀を振るう。

 気負いすることなく、優しく身体を動かす。でも、それだけでリステアの鋭い動きについていくことができた。


 リステアの放った聖剣と霊樹の木刀が交差する。


『あっ!!』


 咄嗟に、僕は手を止めてしまった。


 駄目だ。

 これ以上、踏み込むことが怖い!


 突然、言い得ぬ不安感に襲われたせいで意識が乱れたのか、一瞬で精霊の世界も霊樹の放つ気配も認識できなくなった。

 そして、目に見える現実だけが瞳に映る。


「エルネア、どうした?」


 リステアが聖剣を止めて、僕を心配そうに見ていた。


「エルネア君、貴方……?」


 クリーシオは、とても不思議そうに僕を見ていた。


「ええっと、集中力が途切れちゃった」


 てへっ、と誤魔化すように笑ったら、リステアがため息を吐いた。


「やれやれ、お前なぁ」


 と言いつつ、聖剣をさやへと納めるリステア。

 どうやら、手合わせは終わりみたい。

 僕も白剣と霊樹の木刀を納めて、深呼吸をする。


 今の感覚はなんだったんだろう?

 アレスちゃんの警告などはなかった。むしろ、とても嬉しそうにしていたよね?

 だけど、僕の本能は踏み込むことを躊躇ためらってしまった。

 いったい、あの先になにがあったのか。

 とても興味はあったけど、なぜかすぐにもう一回試そうと思えるほどの勇気は湧かない。


「なんだかさっ。エルネアっちの最後の方は、まるで別人のような気配というか動きだったよね? というか、目がすっごく綺麗に光ってた!」

「そ、そうかな?」

「はい。あのう。こう言ってはなんだけど。途中から、エルネア君の色がわからなくなっていたわ?」

「えっ、色が?」

「ええ。言い表せない色というか、気配というか」

「俺も、最後は負けたと思ったんだがな。ああ、この一手で俺は負ける、となぜか確信していた。だから、お前が急に手を止めて驚いたんだ」

「ふむむ……」


 竜力も呪力のないネイミーが、なにかしらの気配を僕から感じていた。それと、僕の瞳がいつも以上に光っていた?

 アレスちゃんと融合すると、僕の瞳は金色に輝く。でも、いつも以上に輝いていたってこと?

 クリーシオはその特別な資質で、僕が感じていた不思議な世界を視たのかもしれないね。

 そしてリステアは、打ち合っただけの剣戟を見て、なぜか負けを確信したという。


「リステア、途中で集中を切らせちゃってごめんね。でも、僕はなにかを掴めたような気がするよ?」

「そうなのか。それなら良かった。勝負の決着は、また今度だな。次はもう少し張り合えるように、俺も努力しておくよ」

「ああっ、勇者様がさらに人外を目指してるよっ」

「人外はお前だっ!」


 リステアの突っ込みに、僕たちは笑う。

 だけど、ひとりだけ叫んでいる男がいた。


「エルネア、俺はまだ負けたわけじゃねぇからなっ!」

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