呪いの館

「ルドリアード兄様の陰謀いんぼうだわ」

「ルドリアード兄様の謀略ぼうりゃくだわ」


 ユフィーリアとニーナいわく。

 ルドリアードさんはこの旅館で起きた異常事態を事前に知っていたのではないか、ということらしい。それで、問題を僕たちに押し付けて、自分は厄介やっかいごとから手を引いた、と。


 ありえる!

 あのルドリアードさんならね。


 とはいえ、今は陰謀論を話している場合ではない。

 まずは、この危機的状況をどうにかして打開しなきゃね。


「エルネア。ここは一旦、退くべきじゃないかしら?」

「うん。僕も、ミストラルの意見に賛成だよ」


 生命や身体に異常はなかったとはいえ、身内に犠牲者が出ている状況だ。このまま旅館に残って問題解決に挑むよりも、みんなの身の安全を確保することが優先だよね。

 それに、もしも本当にルドリアードさんがこの旅館の問題を知っていたとするなら、彼から情報を聞き出さなきゃいけない。

 まあ、そもそも僕たちが旅館の異常事態の解決に乗り出す必要すらないかもしれないしね。


 ということで、僕たちは早速動き出す。

 気を失っているルイセイネとライラを、ユフィーリアとニーナが抱きかかえる。ミストラルと僕でみんなの荷物を集めて、お部屋の中心に集合した。

 そして、全員が僕に触れる。


「それじゃあ、行くよ!」


 緊急離脱だ!


 僕は、空間跳躍を発動させた。


 わざわざ、来たときと同じように玄関から出て行く必要性はない。なぜなら、僕は空間跳躍が使えるのだから。

 一瞬で、宿泊するお部屋から旅館の敷地外へ!


 だけど、僕の思惑は失敗に終わってしまった。


「そんな……まさか!」


 僕はたしかに、空間跳躍を発動させた。

 気配こそ探れないけど、意識を旅館の敷地外へ向けて。

 本来であれば、ほんの一瞬で僕たちは外に移動しているはずだった。


 それなのに……


「エルネア君の空間跳躍が失敗したわ」

「エルネア君の空間跳躍が発動しなかったわ」


 そう。ユフィーリアとニーナの言葉通り。

 お部屋の中心で一瞬だけ存在を消した僕たち。だけど、次の瞬間に出現した場所は、空間跳躍発動前の位置だった。


「変だな、もう一回!」


 改めて、僕は空間跳躍を発動させる。

 でも、結果は最初と一緒だった。


「お部屋に急行したときは問題なく発動したのに……」


 念のために、短距離の空間跳躍をひとりで発動させてみた。

 お部屋の中心から、廊下まで。

 すると、今度は問題なく空間跳躍が発動して、僕は廊下に出現した。


 では、みんなと一緒ならどうだろう?

 今度は、みんなをともなって、短距離の空間跳躍を発動してみる。

 前回と同じように、お部屋の中心から廊下へ。

 そうしたら、今回も問題なく空間跳躍は成功した。


 ならば、と改めて緊急脱出を試みる僕たち。

 次こそは、旅館の敷地外へ。


 だけど、結果は変わらなかった。


 なぜか、お屋敷の敷地外へ向けて空間跳躍をしようとすると、失敗してしまう。

 空間跳躍自体は発動するんだけど、跳躍先が予定の場所ではなく、元の位置から動かない。

 なおもためしたところ、空間跳躍はお屋敷の敷地外どころか、建物の外に出ようとすると失敗してしまうことが判明した。


 さらに、事態の深刻さはそれだけに留まらなかった。


「はあっ!」


 空間跳躍が駄目なら、力技!

 渾身こんしんの力を込めて、ミストラルが窓に鉄拳を叩き込む。

 だけど、窓は粉砕ふんさいされるどころか、微塵みじん破損はそんさえも負わない。


 漆黒の片手棍こそ無いものの、竜姫の拳でさえ壊れない建物。それは、異常としか言いようがない。


「つまり、わたしたちは何者かの力によって、この旅館に囚われてしまったということね?」


 その後、幾つかの確認を、残った僕とミストラルとユフィーリアとニーナだけで行った。

 そして得られた結果は、ミストラルの指摘に帰結きけつする。


 僕たちは、ミストラルの指摘に神妙な顔つきで頷く。


「外へと続く窓も開かないわ」

「館内を繋ぐ扉だけは問題ないわ」


 とにかく、外へ向かっての脱出ができない。

 ただし、館内の移動は不自由なくできて、移動を阻害されるような罠も仕掛けられていなかった。


「いったい、何が起きているというのかしらね?」

のろいだわ」

幽霊ゆうれいだわ」

「えええっ!」


 まさか、この旅館は悪霊あくりょうに呪われていて、僕たちはお化けの虜囚りょしゅうになっちゃった!?


 神殿宗教の観念から言うと、命を落とした者は皆等しく女神様のもとに召し上げられて、次の転生を待つ。

 だけど、この世に未練があったり、過去に対戦した死霊使いゴルドバがそうしたように、術によって強制的にこの世に縛られる魂も存在するのだとか。


 すると、僕たちはこの旅館に取りいた悪霊によって、脱出不可能な状態に追い込まれた?

 そして、その後に待つ事態は、全員の昏倒。


 今でこそ昏倒だけで済んでいるけど、果たして悪霊が僕たち全員を眠りにいざなったあとも穏便おんびんでいてくれるのかというと、疑問を持ってしまうね。

 もしかしたら、眠った者たちから少しずつ生気を吸い取ってしまうかもしれない!


 ごくり、と生唾を飲み込む僕。

 すると、ミストラルが肩を落として指摘してきた。


「はいはい、ユフィもニーナも、そんなにエルネアをおびえさせないの。そもそも、貴女たちの指摘には最初から根本的な疑問が残っているわ」


 おや。名探偵めいたんていミストラルは、どうやらこの事態の違和感に気づいたらしい。


「だいたいね。ルドリアードの陰謀だとして。そんな危険な旅館へわたしたちを送るというのは理解できるけれど。そもそも、旅館が危険な場所であるなら、従業員は最初から避難しているでしょう?」

「はっ! そういえば?」

「それに、さっきみんなで確認したけれど。ルイセイネやライラだけじゃなく、従業員も眠っているだけで、命や身体に別状はないのよ? ルドリアードが事前に旅館の問題を知っていたとしたら、従業員を避難させておくのではないかしら?」


 落ち着いて調べてみれば、はっきりとわかる。

 この旅館で昏倒した誰もが、眠っているだけなんだよね。

 生命力が減少しているだとか、悪夢にうなされているというようなことさえない。

 まあ、僕たち全員を昏倒させてから徐々に悪さをする、という可能性は捨てきれないけど、ミストラルの指摘はまとていた。


「ということはさ。これはルドリアードさんが僕たちに押し付けた問題じゃなくて、突然起きた異常事態で間違いないってことだよね? それじゃあ、犯人の目的は……?」


 いったい、この異常事態を引き起こした者は、何を狙っているのか。

 でも、推理すいりを進める前に。


 もぞもぞと、ユフィーリアとニーナが少し恥ずかしそうに股を押さえて、困ったように僕を見つめてきた。


「お手洗いに行きたいわ」

「おしっこに行きたいわ」

「まったくもう、貴女たちは。あんなにお酒を飲むからです」


 やれやれ、と苦笑するミストラル。

 身内ではルイセイネとライラが昏倒している状況だけど、今のところ、これ以上悪い状況になる可能性は低い。それで、心に少し余裕ができたのかな。

 ユフィーリアとニーナらしい実も蓋もない言動に苦笑しつつも、ミストラルは怒ったりしない。


「二人で行動なら、安心かしら? ほら、行ってらっしゃい」


 とはいえ、単独行動はやはり危険だ。ということで、ユフィーリアとニーナは二人でお手洗いに行き、僕とミストラルがお部屋で待機することになった。


「みんなでお手洗いに行った方が安全だわ」

「みんなで行動した方が安全だわ」


 というユフィーリアとニーナの発言はあったんだけど。

 まあ、僕は男の子です。それに、誰かのお手洗いを覗く趣味はありません。


 それで、二組に別れて行動することになったんだけど……






 活動する人の気配がない、静かな旅館。

 僕とミストラルは、ルイセイネとライラを見守りつつ、お手洗いに行ったユフィーリアとニーナの帰りを待つ。


 だけど、一向に帰ってこない二人。


「お腹でも壊したのかな?」

「あの二人に限って、それはないわ」


 僕やミストラルとは違い、お酒にめっぽう強い双子王女様。その二人が、長湯と少量のお酒だけで体調を崩すなんて考えられないよね。


 それじゃあ、なかなか戻ってこない原因は……


「ミストラル!」

「ええ、油断ならないわね!」


 僕とミストラルは互いに頷きあうと、急いでお部屋を飛び出す。

 そして、女性用のお手洗い場を目指して走る。


「そんな!」

「まさか、ユフィとニーナまで……」


 長い廊下の途中だった。


 お手洗いから戻って来る途中だったのかな?

 それとも、向かう途中?

 それはともかくとして。


 僕たちが駆けつけたとき。

 すでに、ユフィーリアとニーナは廊下で昏倒してしまっていた。

 二人仲良く抱き合ったまま。


「まるで、何かに怯えた直後のようね?」


 言われてみると、そうかもしれない。

 ユフィーリアとニーナは、双子とあってとても仲が良い。

 だけど、お手洗いの道中で抱き合うような趣味はないはずだ。

 もしも二人が廊下で抱き合うとすれば。それは、何らかの脅威が突然襲ってきて、怯えたときじゃないかな?


 それじゃあ、襲った相手とは何者なんだろう?

 ユフィーリアとニーナを怯えさせるだけじゃなく、抵抗させないままに昏倒させるだなんて。


「考えるのはあとよ。先ずは二人を部屋へ連れ帰りましょう」

「うん。僕たちも、気をつけて戻ろう」


 きつく抱き合ったユフィーリアとニーナを引き剥がす。そしてミストラルと僕で、二人を抱きかかえて部屋へと戻った。


「ねえ、ミストラル。どうしよう?」


 まさか、ここまで一方的に僕たちが被害を出してしまうだなんて。

 不意を突かれたであろうルイセイネとライラだけじゃなく、異常事態が発生していると認識していたユフィーリアとニーナまでもが倒れてしまった。

 こうなると、次は僕か、ミストラルか。

 二人とも倒れてしまうと、もう問題を解決する者がいなくなってしまう。


 外からの応援は、難しいかもしれない。

 なにせ、今後も数日間に渡って、旅館は僕たちの貸切になっているのだから。

 新たなお客さんがやってきて、異常事態に気づく、という可能性は皆無だ。

 そうすると、やはり僕とミストラルだけでこの事態を切り抜けるしかないね。


「ともかく、単独行動は禁止よ。警戒もおこたらないこと」

「それと、犯人を探し出さなきゃね」

「ええ、それが大切ね」


 僕でさえ、気配を探っても怪しい存在を確認できない。

 ということは、相手は相当な手練れなのか、それとも異常現象なだけで、そもそも犯人は存在しないのか。


 いや、もうひとつだけ、可能性があったね!

 僕はここで、あるひらめきを思いつく。


「そもそも、外部の者の犯行ではないのかもしれない」

「と言うと?」


 倒れた四人を布団ふとんに寝かしながら、ミストラルが聞き返す。


「あのね、僕だけじゃなくてミストラルも犯人の気配を探っているはずだけどさ」


 竜王である僕と、竜姫であるミストラルの二人から完全に気配を隠せる者なんて、そんなに存在するはずがない。

 もしもそんな者がいたとしたら、相当な手練れであって、武器もない僕たちには到底太刀打ちできない。

 ただし、この可能性は低いんじゃないかな?


 身近な存在で、僕たちを出し抜ける者といえば巨人の魔王やシャルロットが思い当たるけど、あの二人はもう帰っちった。

 さすがに、年始の忙しい時期に何日間も国を留守にはできなかったみたい。


 二人以外にも、未知の者が存在する可能性はあるけど、犯行の動機が薄くなっちゃうんだよね。

 もしも僕たちと真っ向勝負をしたいのなら、こんなからは取らないはずだ。

 正面から勝負してこそお互いの実力が測れるわけだし、未知の者にいきなり襲撃されるいわれもないからね。


 そうなると、やはり何者かが隠れ潜んでいて、意味もなくみんなを眠らせているという推理には無理があるんじゃないかな?


 では、犯人はどこにいて、何が目的なのか。

 そこで、僕は思い当たったんだ。


「僕たちはそもそも、最初から旅館の人たちを数勘定かずかんじょうにいれていなかったよね?」

「言われてみると、そうね? 気配こそ把握はしているけれど、それは旅館にいて当たり前の人たちだったから」

「そう。そこに、落とし穴があったんじゃないかな!」


 僕たちは、何者かの気配を探れないんじゃない。

 そうじゃなくて、最初から気配には気づいていた。ただし、それが犯人だとは思っていなくて、見過ごしていたんだ。


「つまり、犯人は倒れたふりをしている従業員のなかにいるということかしら?」

「その可能性はあると思うよ」

「それじゃあ、動機は何かしら?」

「ええっとね、これは証拠のない推察なんだけど。もしも僕たちを倒すことができたら、名前が売れると思わない?」


 リステアたち勇者様ご一行ほどではないけれど。

 僕や家族のみんなだって、アームアード王国やヨルテニトス王国では有名なんですよ。

 その僕たちを倒した、というはくは相当に輝くはずだ。


 だけど、そこで問題が生じてしまう。


 僕たちを倒した、という実績は自慢できるだろうけどさ。でも、僕たちを殺したり傷つけちゃうと、箔をつけるどころか、逆にいろんな方面から恨みを買ってしまうかもしれない。

 だから、昏倒させるだけで、命を狙ったり怪我を負わせるようなことはないんじゃないかな?


「良い推察じゃないかしら? 勝負といっても、技を競いあうだけが全てではないのだし。補助や支援を生業なりわいとする者であれば、力で勝つよりも搦め手でわたしたちを無力化したという実績の方が評価されるはずだわ。それに、従業員が犯人であれば、ルイセイネやライラだって警戒していなかったでしょうし」


 僕の考えに、ミストラルが頷く。


「それじゃあ、やっぱり従業員のなかに?」

「確認してみる必要はあるわね」


 僕たちは身内の心配だけで手一杯で、さっきも従業員さんたちの詳しい安否までは調べていなかった。

 だけど、こうなったらひとりひとりしっかりと確認する必要があるね。


「よし。こうなったら、徹底的に調べよう!」


 犯人は、お化けでも悪霊でもない。

 そして、僕たちと力勝負をしたいわけでもない。

 とはいえ、この状況だ。

 油断大敵。

 僕は、身を守るための武器はないかとお部屋を探る。


 棒切れでも良いし、とにかくなんでも良いんだ。

 ミストラルも身を守る手段が欲しいようで、荷物をあさる。

 だから、この瞬間だけ、僕とミストラルはお互いの姿を視界から消した。


 その、僅かな瞬間を狙われた!


「あ、あなたは!」


 切羽詰まったミストラルの言葉に、僕は振り返る。

 でも、遅すぎた。


 力なく崩れ落ちる、ミストラル。

 振り返った先で、ミストラルまでもが昏倒してしまったのだった。

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