オズ 石化する

「ま、待ていっ、小僧!」

「オズ、大丈夫だって」

「んんっと、オズは怖いの?」

「ば、馬鹿を言え。儂が恐れるものなど……」

「にゃーん」

「うひいいっっ」


 プリシアちゃんに抱きかかえられているオズが、じたばたと暴れる。

 僕たちはそんなオズを見て、盛大に笑う。


「気をつけるにゃん。リリィの機嫌を損ねると食べられちゃうにゃん」


 ニーミアがおどす。

 オズは眼下に見える巨大な翼竜、リリィを見下ろして震え上がった。


 僕たちはルイララのお屋敷に滞在したあとに、本命である魔都へと向かった。

 ニーミアに大きくなってもらい、いつものように空の旅です。

 今回は、オズもニーミアの背中の上。プリシアちゃんに抱っこされています。

 だけど、魔都に付随する魔王城、その中庭が見え始めだした頃から、オズは怯えきっていた。


 逃げ出そうとしても、ニーミアの背中の上ってことは空を飛んでいるんだから、逃げ場なんてないのにね。と僕たちはオズの反応に笑う。

 でもまあ、本来であればオズの反応こそが正しいんだよね。


 魔王城の中庭から見えるリリィは、ひっくり返っていた。

 僕たちが初めて魔王城を訪れたときも、リリィはひっくり返っていたよね。そして、巨竜がひっくり返っている理由といえば……


「オズはずっと昔に、魔王に飼われていたんだよね? なのに巨人の魔王とは面識がないの?」

「レイクード・アズン様は偉大なれど、巨人のお方は別格。長年仕えていた儂でも、面識なんぞ持っておるものか」

「ふぅん、やっぱり巨人の魔王は魔族のなかでも特別な存在なんだね」

「その陛下相手に平然と接するエルネア君は、誰がどう見ても大物だよ」

「ははは。ルイララにそう言われても、褒められてる気がしないや」


 仕えていたのだ、訂正しろっ。と吠えることを忘れないオズは改めて僕を見ていた。


「貴様はいったい何者なのだ?」

「僕は僕だよ?」


 いろんな称号をもらったり、肩書きもあったりするけどさ。僕はなにも変わらない。

 プリシアちゃんの腕から逃げようとするオズを撫でながら、僕たちはニーミアに任せて魔王城へと近づいていく。


 魔都の守護を担う有翼の魔兵が僕たちを取り囲んで飛んでいたり、魔都の住民がこちらを指差しながら見上げているけど、飛行を阻む者はいない。

 色々あって、ニーミアや僕たちの存在はここの人たちに知られているからね。それに、ルイララの存在もある。


 ニーミアはゆっくりと魔王城へ近づいていくと、リリィが遊んでいる中庭へと降下する。

 リリィはこちらに気づくと、場所を開けてくれた。


「よし、ニーミア。このままあの小さな人影を踏み潰すんだ!」

「怖いにゃん怖いにゃん怖いにゃん!」


 リリィの陰に隠れて見えなかったけど、動いたおかげで中庭に立つ人物が見えた。

 だけど、ニーミアは僕の提案を拒絶し、空いた場所に着地する。


「魔王陛下、このルイララ、戻りましてございます」


 誰よりも素早くニーミアから降りたルイララは、魔王の前に走り寄るとひざまずく。魔王は忠臣の礼に無言で応えた。

 そう。中庭の人影は、リリィを撫でて遊んでいた巨人の魔王その人だ。


「お久しぶりです」


 ミストラルたちも荷物を片手に降りると、魔王へ挨拶をしていく。若干、セフィーナさんが緊張気味に見えたけど、そこはお姫様。しっかりとした態度で言葉を交わす。


「それで、其方は私に挨拶をせぬのか」

「こんにちは!」


 ぎろり、と睨まれて、慌てて挨拶をしたら、ずいっと迫られた。


「踏み潰してほしいとかなんとか聞こえたが?」

「いいえ、絶対にそれは空耳ですよっ!」


 しまった! どうやら、上でのやり取りが伝わっていたらしい。

 巨人の魔王は、その名の通り本当の姿は巨人族も真っ青な大きさだ。その気になると、僕どころかニーミアまで踏み潰されちゃう!


「にゃんが勝手に巻き込まれてるにゃん」


 小さくなったニーミアは、いつも通りプリシアちゃんの頭の上へ。そしてプリシアちゃんは、オズを抱きかかえたまま魔王へ突進する。


 巨人の魔王を前に、オズが固まってしまっているのは見ないことにしましょう。


「よく来た。ゆっくりしていくと良い。と言いたいところなのだが」


 魔王はプリシアちゃんの腕の中からオズを引き抜くと、放り捨てる。そして、幼女と子竜だけを抱き寄せた。


「言いたいところだけど?」


 きゃっきゃと嬉しそうなプリシアちゃん。

 僕たちは、魔王の言葉に首を傾げる。


「其方らを、こちらの方から呼び寄せようかと思案していたところだ。ミストラルとエルネア、それとそこの巫女二人は案内役とともに城のなかへ入れ」


 言って魔王は、遠くで控える配下を呼び寄せた。

 どういうことだろう? と疑問が浮かぶけど、僕とミストラルとルイセイネとマドリーヌ様の四人は、他のみんなを残して、案内の人に連れられて魔王城へと入る。

 そして案内されるがまま進むと、ある部屋へと導かれた。


「ええっと、ここは……?」


 魔王城の一室。どの魔王よりも長く治世してきた支配者に相応しい部屋は、気品と豪華さという相反する性質を見事に兼ね備えている。

 その立派なお部屋の、陽の当たる素敵な場所に寝台が設けられていて、誰かが寝ていた。


 案内役の人にお礼を言って、部屋に踏み入る僕たち。すると、このお部屋の住人であり寝台に寝ていた人物が、こちらへと振り返った。


「あっ!」


 つい、僕は寝台へと駆け足で寄る。そして、驚いた。


「ウォル、どうして!?」


 寝たきりの状態で僕たちを迎えたのは、八大竜王のひとり、竜人族のウォルだった。

 ウォルは起き上がろうとして、崩れ落ちる。

 見るからに血の気のない顔で、申し訳なさそうに僕たちを迎え入れたウォル。


「やあ、みんな。まさかこんな場所で再会するとは思わなかったよ」

「それは、わたしたちの方よ。どうしたの、ウォル?」


 ミストラルが心配そうに見つめる。


「ははは、心配をかけてしまったか。これは、遅れを取ってしまってね。でも、良かった。こうして竜姫に会えて」

「それはどういうことかしら?」


 ウォルは寝たままミストラルを見つめ、次に僕の知らない名前を口に出した。


「気をつけて。ルガが生きていた……」

「ルガ……。ルガ・ドワン? そんな、まさか!?」


 ウォルの発した名前を耳にしたミストラルの表情が途端に険しくなる。


「ねえ、ミストラル。そのルガって何者なの?」


 僕の質問は、一緒に入室したルイセイネとマドリーヌ様の疑問でもある。

 ミストラルは、僕たち三人を見ると、絞り出すような声で教えてくれた。


「ルガ・ドワン。竜峰の北側に住んでいた戦士よ。そして、オルタと共に騒乱を起こした者のひとり」

「えっ」

「今でこそザンが次の竜王候補と言われているけど、少し前まではルガが最有力候補と噂されていたわ」


 ザンは、竜宝玉こそその身に宿してはいないけど、実力も人望も十分だとして、竜人族の人たちからは時期竜王と名高い。

 だけど、ザン自身はまだ修行不足として竜王の称号を受け取っていないんだよね。


 そのザンの前に、次期竜王と噂されていた人物がルガ。そして、僕たちがミストラルと出逢う前に起きた竜峰の騒乱の際の中心人物のひとり?


「なぜそのルガって人に襲われたの!? それに、あの当時に暴れた人も、現在は大人しく暮らしているんだよね? 最近では監視もなくなったって聞いてたけど……」


 最初の騒乱に続き、僕たちも関わった魔族も絡んだ争いのあと。竜峰の北部に住む竜人族とは和解して、今ではみんな仲良く暮らしている。

 僕の疑問に、ミストラルは少し悲しそうに首を横に振った。


「そう。大体の人は、エルネアの言うように平穏に暮らしているわ。でも、前の騒乱のときに過激だった者のなかには、所在をくらませたままの者もいるの。でも、ルガはあの当時に死んだはずでは?」


 そういえば、初期に聞かされたっけ。

 前の騒乱に加担した人たちは監視されながら生活をしていた。だけど、行方不明の人もいたんだよね。

 とはいえ、ミストラルが言うように、その当時に倒されている人物が今さら現れて、八大竜王であるウォルを負傷させた?


「いや、あれは間違いなくルガだったよ。どうやら、仕損じていたらしい。これは僕の責任だよ」

「と言うと?」

「当時、ルガと相対したのは僕なのさ。たしかに殺したつもりでいたんだけど、確認を怠ったのかな」

「でもまさか、貴方ほどの戦士がやられるなんて……」


 ウォルの傷はどうやら深いらしい。上半身さえ起こせなくて、僕たちとこうして寝たまま話している。声も弱々しく、話しているだけで辛そうだ。


「ちょっと拝見」


 マドリーヌ様は布団をぐと、ウォルの傷を検診しだした。


 ひどい傷だ。

 肩口から腹部にかけてばっさりと斬られた跡が残っている。それ以外にも、胸に刺し傷のようなものもある。


「よく、これで生きていましたね。それと、どうやら初期に治療に当たった巫女では力不足だったようですね?」

「それで、わたくしたちも行くように言われたのですね」

「ルイセイネ、守護具しゅごぐが必要になるぎりぎり手前まで回復させますよ」

「はい、お手伝いします」


 ルイセイネとマドリーヌ様は、早速法術を唱えだす。

 ウォルは柔らかい輝きに包まれると、少し表情が和らいだ。


「それで、ルガの実力は?」

「ははは、これは僕の不徳のなすところさ。実力云々の以前に、人質を取られていてね。まともに手出しができなかったのさ」

「人質を!? すっごく卑怯なやつだね!」


 とはいえ、人質を取られる程度でウォルが遅れを取るはずもない。やはり、ルガという男は時期竜王と噂されていただけの実力はあるんだろうね。


「ちなみに、その人質って?」

「魔族の村の住民さ」

「貴方って人は……」


 肩を竦めるミストラル。僕も、ウォルのあまりの人の良さに力が抜けちゃった。

 竜峰に被害が及ぶとか、竜人族の女子供が人質とかじゃなくて、よりにもよって魔族をかばって死にかけるだなんて。

 まあ、ウォルらしいといえばウォルらしいのかな?


「でもまあ、彼らのおかげで命拾いしたわけだしね」

「いやいや、その人たちが人質じゃなかったら、そもそも負けてないよね?」

「いやぁ、危なかったね。あのとき、ルガともうひとりの女に急ぎの用事でもなかったら、今頃は竜宝玉を奪われて殺されていたよ」


 ウォルは人ごと風に言うけどさ。それって、とても重大なことじゃない?

 ルガは竜宝玉を狙っている。そして、もうひとり仲間もいるの!?


「その女性って、なにか特徴はなかった?」


 なるべく情報を掴んでおいた方が良いかもしれない、と質問したら、ウォルは考え込んだ。


「なにせ、月明かりだけの夜だったからね。竜気も出さないように要求されていたし……。そうだね、大きな杖を持っていたよ。ほら、人族の偉い巫女が持つような。暗くてよくわからなかったけど、輪郭くらいはね。そうそう、なぜか巨人の魔王も似たような物を持っていたような?」

「むきぃーっ。それは私のです!」


 回復法術を施しながら怒るマドリーヌ様。

 とはいえ、重要な情報だ。

 大きな杖を持つ女性には気をつけておこう。


「ああ、それと……」


 重傷者にあまり無理はさせられない、ということで、施術せじゅつが終わると退出しようとした僕たちに、思い出したようなウォルの声がかかる。


「赤い布。ルガが腕に巻いていたんだけど、気になったんだ。あいつは無駄な装飾なんてしない男だから、目に付いたんだよね」

「っ!?」


 赤い布、という特徴に、僕たちは敏感に反応する。


「まさか?」

「まだなんとも言えないわ。でも、可能性はあるわね」

「おや、どうやら何かの手がかりになったようで?」

「ウォル、ありがとう、助かったよ。ゆっくりと養生してね」


 僕たちは「またお見舞いに来るね」と声を掛けると、魔王のもとへと戻った。






「ほう、赤い布か」


 ルイララが集めた、盗賊たちが身につけていた赤い布を手に取り、面白そうに笑みを浮かべる巨人の魔王。


「この布って、なにか意味があるの?」


 僕の質問に、巨人の魔王は布を小さな雷で焼きながら教えてくれた。


「布自体に意味はない」

「そうなの? それじゃあ……もしかして、赤色に意味がある?」

さとい」


 よくできました、と魔王は僕を見る。

 きっと、僕か誰かが「赤」という色に気づかなかったら、教えてくれなかったに違いない。


 魔王は、ルイララでさえ知らない昔のことを話す。


「今でこそすたれた禁忌きんきではあるがな。昔は、魔王の色を身につけてはならぬ、とされていた」

「魔王の色?」


 首を傾げる僕に、魔王は自らの衣装を示す。

 魔王に相応しい豪奢ごうしゃな衣装は、深い青を基調きちょうとした美しいものだ。

 ただし、今はプリシアちゃんとニーミアにお菓子で汚されてしまっている。


「そういえば、支配者の側近のあの幼女は、鮮やかな赤い衣装でしたね」


 僕の言葉に、魔王は頷く。


「あの方々はあか。私は青。遥か昔に魔族を統一していた大魔王は紫だったか。魔王やあの方々の好む色は禁色きんしょくとされ、特別な色とされていた」

「……ああ、ちょっと待ってください! ということは、まさか魔族の支配者が!?」


 あえて赤を選び、わざとらしく目につくように全員が所持している。それって……!


「支配者の企てかしら?」

「支配者が黒幕かしら?」


 ユフィーリアとニーナが僕の推理を奪う。

 だけど、魔王は笑って否定した。


「違う、逆だ」


 魔王は、抱いたプリシアちゃんにお菓子を与えながら言う。


「随分と古い習わしを知る者がいたものだ。あえて赤を身につけ、魔族の支配する領域で騒動を起こす。これは、方々かたがたに対する宣戦布告だろうよ。彼の方々を示す禁色で国土を荒らす。随分と恐れを知らぬ者たちだ」

「でも、それって意味があるのかな?」

「ほう?」

「いや、だってですよ。ルイララさえ知らないような昔の決まり事なんですよね、禁色って? 現代でそれを犯すようなことをしても、意味がないというか、誰も気づけないというか……」

「いや、気づいたではないか。其方そなたらも」

「いやいや、僕たちは魔王に教えてもらったからでしょ?」

「つまり、私は気づいた。私が気づいた事を彼の方々が気づかぬとでも?」

「……そうか!」


 自分の間違いに気づく。

 僕の閃きに、みんなの視線が集まった。


「つまりさ。ルガたちは魔族全体に喧嘩を売っているわけじゃないんだ。あくまでも、魔族を支配する者に対抗しようとしている? でも、なんでだろう?」


 魔族の真の支配者は、巨人の魔王でさえもひれ伏す相手だ。そんな存在に喧嘩を売るなんて常軌をいっしている。

 と、そこまで思考して、新しいことに気づく。


「バルトノワール……」

「何者だ、其奴そやつは?」


 僕の零した名前に、魔王が聞き返した。

 僕はそこで、竜峰で起きた騒動とオズのことを話す。

 オズは、僕たちが話し込んでいる間中、端っこで固まっていた。


「……九尾廟きゅうびびょうか」

「もしかして、知ってます?」


 魔王は、緊張と畏怖いふで視線さえ動かせないオズを見た。


「竜王の件もあるから、ゆっくりしていけ、と言いたかったのだがな。其方らは禁領へ向かえ。その、オズという魔獣の侵入も許す」

「えっ!?」


 突然の命令に戸惑う僕たち。


「あのぅ、九尾廟関連のことを知っているなら、教えて欲しいんですけど?」

「それは、シャルロットに聞くのだな」

「シャルロットに? なぜ!? そして、彼女は今どこに?」


 魔王は、スレイグスタ老のように親切に色々とは教えてくれない。こちらが的外まとはずれな意見や思考をすれば、助言をしてくれない。そして、こうしてたまに意味深なことだけ示して後を言わず、僕たちをもてあそぶ。


「シャルロットは、現在は忙しい。残念だったな。それよりも、禁領へ行け」

「行ってなにをすれば良いんです?」

「それは、其方自身がすでに答えを持っているだろう?」


 なにもかもお見通し、と僕を見る巨人の魔王の瞳は語っていた。

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