禁領ぶらり旅

「エルネア君、凄く大きいわね……」

「ああ、セフィーナさん。そんな格好で見つめないで……」

「エルネア君、なんていうものを隠していたのですか!」

「はわわっ、マドリーヌ様。大胆すぎますよっ」


 うっとりとした表情を見せるセフィーナさんとマドリーヌ様。

 僕は、顔を真っ赤にして必死だ。

 だけど、二人はそんな僕なんて御構いなしに、ぐいぐいと積極的に迫る。


「ああ、もうだめだっ。お、落ちちゃうーっ!」


 僕は、前のめりになるセフィーナさんとマドリーヌ様を必死に押さえた。


 こ、このままでは……!


「ええい、それ以上前に出ちゃったら、ニーミアの背中から落ちちゃいますからね!」


 そう、ここは空の上。

 そして、セフィーナさんとマドリーヌ様は、ようやく見えた僕たちの新居を目にして、興奮しながら地上を眺めていた。

 僕はというと、二人が落ちないように支えるのでいっぱいいっぱい。


 誰か、助けて!


 振り返って妻たちに助けを求めたけど、ミストラルは安堵あんどの表情で僕を見つめるだけだった。

 そうだよね。二人が落ちちゃうなんて、些細なことだ。本命というか、ミストラルの心配は別のところにあったんだよね。


 そう、それは魔王城を出発する前のことだった。






「エルネア、ちょっとこっちへ」


 巨人の魔王から、禁領へ向かえと指示されたあと。僕はミストラルに呼び出された。


「一応の確認だけれど。貴方は、セフィーナとマドリーヌも向こうへ連れて行く気なのよね?」

「うん、そのつもりだよ!」


 ミストラルの質問に、僕は迷いなく返事する。


 彼女の疑念はこうだ。

 魔獣のオズは、魔王本人から許可を受けたので、問題なく禁領へと入れる。だけど、セフィーナさんとマドリーヌ様、それにユンユンとリンリンは違う。

 四人は、禁領を管理する者からの許しを得てはいない。それなのに、僕が彼女たちを同行させようとしていることに、念の為の確認を入れたんだ。


「ユンとリンは、まぁ、わからないでもないわ。でも、本当にセフィーナとマドリーヌは大丈夫かしら?」

「僕は大丈夫だと信じているよ。あの二人とはこれまで色々と絡んできて、性格や人となりは十分に知っているつもりだから」

「貴方が迷いなくそう言い切るのなら、わたしは支持するけど」

「ありがとう、ミストラル。なにかあったら、僕が責任を負うから!」

「テルルと戦うことになってもかしら?」

「ぐぬぬ……。というかさ、魔王も僕の行動を黙認しているみたいだし、間違ってはいないと思うんだよね」


 巨人の魔王は、僕の心なんて簡単に読んじゃう。だから、僕がなにを考えているかなんてお見通し。だからこそ、魔王はオズだけに入領許可を出してくれたんだよね。


「魔王はユンユンとリンリンだけじゃなくて、セフィーナさんとマドリーヌ様が僕について来ることくらい知っていたよね。でも、あの四人には言及しなかった。それって、僕に任せてくれてるってことだと思うんだ」


 なぜ、魔王がオズだけに触れたのか。

 それは僕が、ユンユンたち四人とは違いオズを禁領に入れても良いものかと考えあぐねていたからだ。


 オズと出会ったのは、つい最近。

 母親連合を警護しながら竜峰を旅行していた最中だ。

 そんなオズは、今でこそプリシアちゃんとニーミアのしもべになっているけど、素性が判然としない。

 自分のことを魔族だと言い張ったり、九尾廟という怪しさ満点の事柄に関わっていたり。


 僕は、ユンユンを含む四人は信頼していて、禁領に入れても問題ない、と確信している。だけど、疑念の残るオズに関しては決断しかねていた。


 魔王は、そんな僕に代わって認めてくれたんだ。

 そして、これを逆に言い表せば、僕が認めている者なら僕の判断で禁領に呼び寄せても良い、ということなんだと思う。


 ミストラルは僕の考えを改めて聞くと、頷いてくれた。






 とはいえ、禁領に入るときはみんなで緊張しちゃった。

 今にも空が割れてテルルちゃんが出てきそうで、びくびくしたよ。

 だけど、懸念していたことは一切起きずに、僕たちはこうして新居へとたどり着くことができた。


 ニーミアは、二つのみずうみを内包する超巨大なお屋敷の正玄関に向かう。


 ……なぜ「正玄関」という表現か。それは、玄関が幾つもあるからです!

 お屋敷は巨大すぎるせいで、お風呂や台所、お手洗いだけじゃなく、玄関まで何箇所にも設置されていた。

 僕たちはそのなかで最も立派な玄関を「正玄関」もしくは「正面玄関」として、普段はここを中心に利用しましょう、と決めているんだよね。


 ニーミアの背中から今にも落ちそうなくらい身を乗り出してお屋敷を見下ろすセフィーナさんとマドリーヌ様を乗せて、正玄関前の広場へと降下する。

 上から見た感じ、利用していなかった冬の間に壊れたりはしていないみたいだね。


 禁領の真冬がどれくらいのものになるのか、僕たちも正確には掴めていない。なにせ、冬の間はほとんど利用していなかったからね。

 もしも竜峰くらい雪が積もるとしたら、雪かきをしないと屋根が潰れちゃったりする。だけど、そういった破損は見受けられなかった。


「久々にゆっくりできるわ」

「久々に寛げるわ」

「ユフィ、ニーナ。その前に掃除よ?」

「さあ、ミストの村に帰りましょう!」

「さあ、ミストの村で母様たちと合流しましょう!」

「ユフィとニーナは、よっぽど掃除をしたくないんだね」

「エルネア君は、この大きなお屋敷をお掃除したいのですね?」

「うっ、ルイセイネ……」

「エルネア様、わたくしと二人でお掃除をすると良いですわ!」


 利用していない建物って、なんですぐにほこりまみれになっちゃうのかな?

 ああ、掃除は嫌だー!

 というか、この大きなお屋敷のお掃除なんて、いったい何日かかるんだーっ!


 という僕の叫びは、無駄になった。


 ちょっぴり憂鬱ゆううつな気分で玄関をくぐり、屋内へと入る。すると不思議なことに、毎日掃除されているみたいに綺麗なたたずまいをしていた。


「そういえば、お屋敷を建ててくれた伝説の大工さんが仕掛けをしていたんだよね?」

「そうだったわね、忘れていたわ」


 魔王曰く。お屋敷は、利用していないときでも埃が溜まらないような、清潔を保つ魔法がかけられているのだとか。

 今回の滞在で利用するだろう部屋を見て回り、どこも綺麗に整えられていると確認して、僕たちはほっと胸を撫で下ろす。


「エルネア君、少し見回ってきても良いかしら?」

「エルネア君、探検してきても良いですよね?」

「セフィーナさん、マドリーヌ様。貴女たちはプリシアちゃんですか!」


 きらきらと瞳を輝かせる二人。

 きっと、僕が止めても行くに違いない。


「んんっと、プリシアが案内しますね?」


 そして、幼女も行く気満々です!


「ユンユン、リンリン、お子様たちのお守りをお願いします」

『任せなさいっ』

『任せよ』


 気のせいかな。リンリンだけじゃなく、ユンユンの声も弾んでいたような気がする。


 お屋敷探検隊は、早速プリシアちゃんを先頭に建物の奥へと向かおうとする。

 だけど僕は、プリシアちゃんの頭の上で寛ぐニーミアと、腕のなかで二本の尻尾を振っていたオズだけは忘れずに確保した。


「んにゃ?」

「貴様っ、何をするかっ!?」

「オズ、君はここへ遊びに来たんじゃないんだからね」

「?」


 首根っこを掴まれたオズは、不思議そうに僕を見ていた。

 ニーミアも、首を傾げている。


「ミストラル、悪いけど、僕たちはこれからちょっと出かけてくるね」

「はい、行ってらっしゃい。遅くなるかしら?」

「ううーん、そこまではわかんないや。でも、日暮れ前には帰ってくるよ」


 ミストラルは、どこへ行くのかとは聞いてこない。

 まあ、出発前にオズを禁領へ連れて行く理由も話していたからね。


 プリシアちゃんは、ニーミアとオズに元気よく別れの手を振って、お供を連れてお屋敷探検へと出発する。

 普段だと、浮かれる面子めんつたしなめるミストラルだけど、制止の声はかからない。彼女も理解しているよね。こんなに大きくて素敵なお屋敷に来たら、誰だって見て回りたいものだ。

 かくいう僕たちだって、最初は探検したしね。


 そして僕は、当然のように僕たちについて来ようとする双子王女様やライラをなんとかなだめてお屋敷を出ると、もう一度ニーミアに大きくなってもらう。そして、禁領の空へと舞い戻った。


「おい、小僧、離せっ。いったい儂をどこへ連れて行く気だ!?」

「テルルちゃんのえさにゃ?」

「こむす……ニーミア殿、そのテルルちゃんとは何者ぞ?」

千手せんじゅ蜘蛛くもにゃん」

「にぎゃーっ!」


 ニーミアの返答に、じたばたと暴れるオズ。

 僕はオズが落ちないようにしっかりと抱き寄せながら、笑う。


「こらこら、ニーミア。弱い者いじめはいけないよ?」

「にゃん」

「それと、オズ。君はいったいなんの目的で旅をしているんだっけ?」


 オズは僕から質問を投げかけられると、急に暴れるのを止めて胸を張り、威張ったように言う。


「儂は、九尾廟に奉納ほうのうされていたかがみを新たに作るという大命を帯び、旅をしているのだっ」

「ですよねー。だから、僕は君を連れてここに来たんだよ」

「?」


 はて、貴様はなにを言っているのだ、とオズは僕を見る。

 やれやれ、と僕はため息を吐いて補足した。


「鏡を作るための条件って、清らかな泉が必要なんでしょ?」

「おお、そうであった」


 鏡の作成には、何百年とけがれを受けなかった泉に沈む石を磨きあげる必要があるんだよね。

 そして禁領は長い歳月の間、穢されることなく管理されてきた。さらに、千を数える湖が点在している。

 禁領はまさに、オズの示す場所に合致がっちする土地で、だからこそ僕はオズをここへ連れてくるか思案していたんだ。


「さあ、オズの言うような湖があるかどうか、探そうか」


 ニーミアにお願いをする。

 空から、数え切れないほど点在する湖を見て回り、条件に合致する場所を探すんだ。


「にゃーん」


 低い高度で飛ぶニーミアは、あっちに行ったりこっちに行ったり。自然豊かな風景がどこまでも広がる禁領の空で、お散歩を楽しみながら湖を巡る。


「むむむ、あの湖は!」

「あれは、毒毒の湖だよ。水質から棲息する生物まで、全部毒です!」

「あっちはどうだ!?」

「あそこには、危険な水棲魔獣が住んでるよ?」

「ややや、あれは……」

「入ってみると良いよ。一瞬できつねの出来上がりです」


 やれやれ。オズは本当に清らかな湖を探しているのかな?

 さっきから、どうも怪しい場所にしか反応していない。


「あっ、そうか。オズは魔獣だから……」

「儂は魔族であるっ」

「はいはい、魔族でしたね」

「それで、儂がどうした?」

「うん。オズって、もともと『魔』の属性だよね。ということはさ、もしかして相反する神聖な場所を見つけられないんじゃ……?」

「っ!?」


 僕のじと目に、オズは大きく目を見開くと、そのままゆっくり視線を逸らしていった。


 大当たりか!


「まったく、やれやれだね」


 ため息しか出ないや。

 オズはこれで、どうやって穢れのない泉か湖を探そうとしていたんだろうね。


「し、しかしだな。逆にだ。儂が興味を示さない場所こそが……」

「反応を示さなかったら、そもそも気づかないよね? でも、そうか。むしろオズが嫌だと思う場所を調べれば良いのかな?」


 魔は邪悪を好む。反対に、神聖なものを嫌ったり遠ざけようとするはず。それなら、オズが嫌悪感を抱く場所こそが、穢れのない目的地になるかもね。


「さあ、オズよ。嫌だと思う場所を示すんだ!」

「ううーむ……。ここは、どこを見渡しても素晴らしい土地だと儂は思うぞっ」

「この、役立たずめっ!!」


 勢い余って、オズを空の上から放り捨てるところだったよ。


「仕方ないにゃん。そもそもエルネアお兄ちゃんの考えだと、禁領に入った直後からオズは居心地悪さを感じていたはずにゃん」

「そうだよね。穢れのない場所って、湖だけじゃなくて禁領全体に言えることなんだもんね」


 これは僕の間違いだったか。

 オズだけを責めるわけにはいかない、と気を取り直して、ニーミアにまた湖巡りをしてもらう。


 だけど、一向にオズが納得するような場所は見つけられなかった。

 そしていよいよ陽が沈み始めたころ。


「今日はもうお屋敷に帰ろうか」

「にゃん」


 西になだらかな裾野すそのを広げる霊山れいざんの先に、太陽が隠れようとしていた。

 僕はニーミアに言って、帰路へと進路を変更する。


「おい、小僧」

「なにかな?」

「あっちにはなにがある?」


 すると、オズが西を指して僕に質問した。


「あっちには、湖はないよ? 霊山の先も禁領だけど、湖は霊山の東側にしかないんだ」

「ふぅむ」


 東に広がる竜峰に沿ってずっと飛んでいたからかな。オズはどうやら西にも興味があるみたいだ。


「じゃあ、最後にちらっと向こうに行って、帰ろうか」

「わかったにゃん」


 一日中飛び続けたニーミアには悪いけど、本日最後のお仕事です。

 ニーミアは、霊山を越えるように西へと向かう。

 だけど、そこで思わぬものを僕たちは目にした。


「こ、これはっ!」


 霊山の山頂は、普通の山とは違って大きくくぼんでいた。

 まるで、アイリーさんが住んでいるりゅう祭壇さいだんのように。

 そして、窪んだ山頂はとても広く、底には薄っすらと水が張っていた。


「間違いない、儂に啓示けいじされた場所はここだっ。小僧、下ろせっ!」


 僕の腕のなかで暴れるオズ。

 だけど、僕はオズとは別の意味でも驚いていて、反応しきれなかった。


 薄っすらと水の張った窪地に立つひとりの人物を、竜気を宿した僕の瞳が捉える。


「女の人にゃん?」


 ニーミアも気づいたようだ。


 あの人は……


「アーダさん?」

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