魔族なの 魔獣なの
「はい、ルイララ君」
「なんだい、エルネア君?」
僕は、隣に立つルイララに質問する。
「狐さんはああ言ってますが、どうなんでしょう?」
「ううんーん……。どこからどう見ても、あの狐は魔獣だね」
「なるほど!」
「き、貴様っ。儂に対しなんという無礼を!」
魔族であるルイララは、直感で種族を見分けられる。その彼が断定しているんだけど、僕たちの前で寝そべる二股尻尾の狐は、牙を見せて抗議してきた。
「では、ニーミア君」
「にゃん」
「君の見立てを言ってください」
「魔獣にゃん」
「んんっと、ユンユンとリンリンも魔獣だって言ってるよ?」
「はい、魔獣確定!」
「むがぁっ! なんたる言い草か! 儂は
なんなんでしょうね?
自分のことを魔族と言い張る魔獣なんて、初めて出会ったよ。
いったい、どんな
「ところで、ルイララ」
「なんだい?」
「狐さんが口にした大魔王ってなに?」
「ああ、レイクード・アズンだね?」
「ええっと、これまでの常識に照らし合わせると、大魔王の名前を口になんかしちゃうと、大変なことにならないかな?」
魔族って、高位の者になればなるほど、気安く名前を呼ばれるのを嫌うんだよね?
僕の質問に、うんうんと頷くルイララ。
「まあ、大丈夫じゃないかな? 何百年か前に在位していた魔王に、そんな名前があったと思うけど。もう死んじゃってるしね」
「そうなの?」
「僕の生まれる前だから、詳しいことは知らないけどさ。そうだね、
「でもだからと言って、狐さんが側近?」
「それは聞いたことないねぇ……」
駆けつけた全員で、
すると、
「黙って聞いていれば、貴様はなんだ! 見たところ魔族の小僧っ子だが、人族の
「恥ねぇ。僕としては、魔族と言い張る魔獣の
「むがぁっ! 言わせておけば! あまりに無礼が過ぎれば、食ってしまうぞっ」
「どうぞどうぞ」
僕は反射的にルイララを差し出した。
「んんっと、ルイルイは美味しいの?」
「プリシアちゃん、今度かじらせてもらおうね?」
「だめにゃん。変な海産物を食べたら、お腹を壊すにゃん」
「エルネア君の家族は、みんなひどいなぁ」
緊張感のない僕たちのやり取りに、前方で寝そべる狐は前足をばしばしと地面に叩きつけて怒る。
でも、それだけ。
起き上がってこようともしないし、怒って襲いかかってきたり、魔獣の術を使うような気配もない。
あっ、魔族なら魔法か。……まぁ、本物の魔族ならね。
「ええい、いくら温厚な儂でも、貴様らの横暴は見過ごせんぞっ」
「いやいや、最初から怒っていたように思えるけど?」
「ええい、黙れっ。不遜な小童め」
ううーむ、困ったね。
眉間に深い皺を寄せて
竜族に比べれば迫力に欠けるし、本物の魔王や上位魔族の恐ろしさはこんなものじゃないからね。
というかさ。狐はさっきから僕たちを威嚇しているけど、全然強そうには見えない。
きっと、二股の尻尾に気づかなかったりルイララたちが断定していなきゃ、普通の動物と見間違っていたかもしれないね。
「ええっと、狐さん……お名前は?」
「儂の名はオズ。
名付け親云々はともかくとして。
こっちの質問に素直に答えてくれるなんて、素直だね!
「では、オズおじいちゃん?」
「おじいちゃんとは何事か! 呼ぶのなら、大魔族オズ様、もしくは偉大なるオズ老師と呼べっ」
「よし、オズ。ちょっと質問です」
「むがぁっ。貴様は人の話を聞いていないのかっ」
「ええっと、却下で! それでね。なんでこんなところで寝そべっているのかな? 九尾廟なんてものは知らないけど、大魔王に仕えていたのなら竜峰は危険な土地じゃないかな?」
「小童め、なにを聞き間違えておる。仕えていたのは九尾廟の主様であって、儂は大魔王レイクード・アズンの側近であったのだ」
「側近なんだから、仕えていたんだよね?」
「馬鹿者っ。儂は配下として奉仕していたわけではない。
「……つまり、
「むがぁぁぁっっ!」
ばしばしばしっ、と前足を地面に叩きつけて抗議するオズ。
うん、可愛い!
「エルネア君、そろそろ休憩が終わるわ」
「エルネア君、そろそろ戻るわ」
みんなも、この可愛いオズに笑顔を見せていたけど、いつまでも構ってあげている場合ではないみたい。
そうだよね。僕たちは母親連合の旅のお供をしなきゃいけないんだ。
狐魔獣のオズがなぜ竜峰の東側に現れたのかは知らないけど、これだけ邪険にされているのなら、そろそろ
「それじゃあ、オズ。またねー」
お元気で、と全員で手を振って、来た茂みへと戻る。
さようなら、オズ。
また会いま……いや、もう会わないでおきましょう。
「やれやれ。ユンユンとリンリンは変なものを見つけたね」
『申し訳ない。変わった気配だったので』
『なーんだ、ただの魔獣か。つまんなーい』
微塵の未練もなく引き返す僕たち。
だけど、背後からオズが慌てたように声をかけてきた。
「待て待て、小童どもよっ」
「いいえ、待ちません」
「お願い、待ってちょうだい!」
なんだか、急にしおらしい声になっちゃった!
さっきまでの勇ましい言葉遣いはどうしたのさ、とつい振り返ってしまう僕。
すると、前足をもじもじとさせるオズが困ったように、僕たちを上目遣いで見ていた。
「ここで会ったのもなにかの縁だ。よろしい。不遜な小童どもだが、儂のお供を許そう」
「お断りします!」
さあ、戻りましょう。
足の止まったみんなを促す。
「ま、待て待ていっ!」
だけど、僕たちを引き止めるオズ。
やれやれ、ともう一度だけ、僕たちは振り返った。
「あのうだな……その……。なんだ……」
お祈りをするように手揉みをする狐は可愛いね。しかも、困ったように視線を泳がせながらも、僕たちに威厳らしきものを示そうとしている態度が、これまた可笑しい。
「にゃんの方が可愛いにゃん」
『わたしの方が可愛いよっ』
『リームは格好良いんだよぉ』
「プリシアが一番だよ?」
「うん、みんな可愛いね」
いやいや、そうじゃない。
幼少組で誰が可愛いとかじゃなくてですね。
僕たちは、引き止めておいて言い
だけど、オズには変な誇りでもあるのか、なかなか要件を言ってこない。
「エルネア君?」
ルイセイネが
「うん。わかっているんだけどね。でもさ、なんとなく、ここは
なんのことか、それはオズの口から言ってもらいましょう。けっして、こちらから口に出してはいけない。
オズ自身に言わせることで、お互いの立場をはっきりさせなきゃね。
僕とルイセイネの会話で、オズは自分の置かれている状況がこちらに露見しているとようやくわかったみたいだ。
「お願いがあるのだ。儂のお供になれ!」
「さようなら!」
「待て待て、待てーいっ! すまんかった、
オズは観念したのか、二股の尻尾を動かす。
これまで、散々怒ったり威嚇してきたのに寝そべったままで、動かすのは頭と前足だけ、その理由が、尻尾で隠れていた部分にあった。
「これを、どうか外してほしい。助けてはくれまいか」
右後ろ脚。そこにがっちりと食い込んでいたのは、
仕掛けを踏むと、両側から金属の
鋭く尖ったぎざぎざの虎挟みの先端がオズの右後ろ脚に深く食い込み、痛々しい状態になっている。
罠から抜け出そうともがいたのか、傷口は広がり、血が黄金色の体毛を濡らすだけでなく地面を赤く染めていた。
どうやら、オズはここで、誰かが仕掛けた罠に掛かって、身動きが取れなくなっていたんだね。
「ううーん……」
でも、と思案する僕。
「助けたいのは山々なんだけどさ。罠が仕掛けられていたってことは、誰かがこの辺で猟をしているんだよね?」
「そういうことになるね」
「ならさ。オズを助けちゃうと、猟師の人の獲物を横取りすることにならないかな?」
ここは竜峰なので、猟師は竜人族で間違いない。そうすると、僕たちがオズを助けるということは、竜人族の狩りの邪魔をしていることになっちゃう。
竜人族の人たちとは仲良くしていたいし、狩猟の邪魔をするのはどうなんだろう?
僕の疑問に、ルイセイネが言う。
「エルネア君。魔獣のお肉は美味しくないですよ?」
「うん、そうだね」
「儂は魔族……」
「では、こういう案はどうでしょう?」
某魔獣の訂正発言は黙殺され、マドリーヌ様が妙案を出す。
「オズを助ける代わりに、食料の備蓄からお肉を置いていくというのはどうかしら?」
「なるほど、それなら猟師は美味しくない魔獣を手放して、きちんとしたお肉を手に入れられるわけか」
お肉ならいっぱい持ってます。
昨日、夕食前に僕や魔獣が狩りをしたからね。
マドリーヌ様の提案に、ライラが早速地竜たちの方へと走って行った。
「それじゃあ、仕方ないから助けるわ」
「それじゃあ、さっさと助けるわ」
なにをするか決まれば、僕たちの行動は早い。
僕とルイララの二人掛かりで虎挟みを外す。ユフィーリアとニーナがオズを抱いて罠から連れ出す。そして、マドリーヌ様とルイセイネが法術を奏上する。
「おお、二人は巫女であったか。感謝するぞ」
「感謝は私とルイセイネだけではなく、みなさんへ」
「そうですよ。家長はエルネア君なのですから、ちゃんとお礼をしてくださいね」
ああ、ルイセイネよ。こんな場面でも僕を立ててくれるなんて、妻の鏡です。ありがとう!
フィオリーナとリームも協力して、ライラは大きなお肉の塊を持ってきた。
あれは、大猪のお肉だね。
「アレスちゃん。お肉が他の獣に奪われないように、ちょっとだけ協力してくれる?」
「おにくおにく」
お肉の塊をそのまま放置すると、匂いにつられて別の獣が来ちゃう可能性がある。そうすると、猟師の人が困っちゃうからね。ここはアレスちゃんの出番です。
虎挟みの近くにお肉を置くと、アレスちゃんに霊樹の術をかけてもらう。
局所的な閉鎖の術で、匂いを完全封鎖です。
僕たちがお肉の設置をしている間も、オズの治療は続いていた。
淡い月明かりのような輝きが、オズの傷口を包む。すると、血濡れた傷口は徐々に塞がれていく。そして完全に傷口が塞がると、マドリーヌ様とルイセイネは優しくオズを撫でた。
「終わった?」
「はい、滞りなく。ただし、傷が随分と深かったようですので、完治ではありませんね」
「あくまでも傷口を塞いだだけね。治癒で体力も消耗しているでしょうし……」
みなまで言わない、とばかりにユフィーリアとニーナがオズを抱きかかえた。
「感謝してほしいわ。看病してあげる」
「感謝してほしいわ。面倒を見てあげる」
「むむむ、痛み入る。……ありがとう」
オズは、もう無用な挑発や威嚇はしてこなかった。素直にユフィーリアとニーナに身を任せる。
「それじゃあ、今度こそ戻ろうか。いつまでも母さんたちを待たせるわけにはいかないからね」
なんだか、変な同行者が増えた気がするんだけど、仕方がないよね。
高位ではない治癒法術は、自身の自然治癒力を利用する。なのでオズは、傷は癒えても体力を消耗しているはずだ。
あのまま放置して戻っちゃうと、せっかく治療したのに、やってきた猟師にまた捕まっちゃう可能性があるからね。
「オズ、巫女様の二人に感謝してね」
「命の恩人だ。この恩は全霊を持って返させてもらう」
「いえ、結構です!」
「狐の毛皮が欲しいわ……」
「むぎゃーっ!」
ルイセイネの拒否はともかくとして。マドリーヌ様の容赦ない発言に、オズはユフィーリアとニーナの腕のなかで弱々しく暴れた。
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