天然育ちのリード様

「はわわっ、エルネア様」


 ライラが慌てた様子で僕の服の裾を掴む。

 細い獣道以外の周囲の森には深く雪が積もっていて、逃げ場は限られていた。


 でも……


「いざ、尋常にお願いいたします」


 金髪の耳長族の女性は、ずずいっと一歩間合いを詰める。

 突然現れて、突然剣を向けられた僕たちには、選べる選択肢が僅かしたない。


 だけど……!


「……あら? …………あらあらあら?」


 金髪の耳長族の女性はそこで、ようやく僕の違和感を読み取る。


「ええっと、勝負を受けたいのは山々なんですが……」


 ははは、と緊張感なく苦笑を浮かべる僕。

 だって、ねえ?


「どうしましょう? 武器をお持ちでない?」


 そうなのです!

 僕もライラも、愛用の武器はスレイグスタ老に預けているからね。

 尋常にお願いしますと言われても、打ち合うための剣がありません。


 でも、剣を向けられている状況で、そんな言い訳で相対しないのは間違っているって?

 いいえ、大丈夫です。

 何故ならと、僕は改めて金髪の耳長族の女性を見つめた。


 僕とライラが武器を持っていないどころか、敵意も見せない状況に、金髪の耳長族の女性の方が慌てている。


「ウォルゲン?」


 と女性に呼ばれて顕現してきた成人男性姿の炎の精霊さんが、深くため息を吐いた。


「アリスより、先んじて聞いていたであろう? 竜神様の御遣いたちは愛用の武器を一時的に手放していると。だから、お前は剣聖様より代わりの剣を預かってきたのだろう?」

「あら、あらあら、そうでしたね?」


 ぺろり、と子供のように舌を出して笑う金髪の耳長族の女性。


 そう。

 今の会話に答えの手掛かりはあって、僕たちは最初からこの女性の正体を知っていたんだよね。


「ええっと、お会いするのは僕たちの結婚の儀以来ですね? 貴女は剣聖ファルナ様の四護聖しごせいの方ですよね?」


 忘れてなんていない。

 僕たちの結婚の儀のときに、ミシェイラちゃんや竜神さまたちが座る貴賓席で、夢見の巫女様やファルナ様の周りに控えていた人たちのうちのひとりだ。

 あの時は、僕たちも色々と忙しかったり立て込んでいたので、お付きの人たちとの交流まではできなかった。

 それでも、並み居る超越者の周りに控えていた人たちのことを、僕やライラが忘れるわけがないよね。


 僕の質問に、金髪の耳長族の女性はにっこりと微笑んだ。


「あらあら、覚えてくださっていたのですね、嬉しいです」


 言って女性は細身の剣をさやに戻すと、柔らかい物腰で挨拶をした。


「剣聖ファルナ様の四護聖『剣』をつかさどりますリードと申します。以後お見知りおきを。さあ、名乗りましたので、そろそろお手合わせを……」

「待て、リード。お前は今し方のことをもう忘れてしまったのか? 竜神様の御遣いは武器を持っていないという話だっただろう? お前はそれで、一旦剣を納めたのではないのか?」

「あら、あらあらあら、そうでしたね」


 ふふふ、失敗しちゃいました。と笑みを浮かべるリード様に、反省の色も羞恥心しゅうちしん欠片かけらもない。


『わあ、天然さんだねぇ?』

『すっごく面白い耳長族さんだねっ』


 リード様の、はたから見ると絶対にすごい人には見えない天然呆けっぷりに、リームとフィオリーナが容赦なく笑う。

 でも、リード様は笑われても気分を害した様子も見せずに、それどころか自分も一緒になって笑いだした。

 リード様の横で、炎の精霊のウォルゲンさんが肩を落としています。

 どうやら、リード様は普段からこんな感じらしい。


「すまんな。この者は終始こういう阿呆な言動なのだ。面倒だが根気強く付き合ってもらえると助かる」

「あらあらあら、ウォルゲンたら酷いですよ?」


 やだもうっ、と隣のウォルゲンをめ付けるリード様。

 ウォルゲンさんは、さらに深いため息を吐いていた。


 うーむ。本当に根気強く対応する必要がありそうですね?


「ええっと、それでリード様。手合わせというと?」


 剣聖ファルナ様に仕える四護星が、なぜ突如として僕たちの前に姿を現したのか。

 そして何故、問答無用で試合うような状況に陥ろうとしたのか。

 なんとなく、答えはわかっていた。

 さっきのウォルゲンさんの言葉に、これも答えが含まれていたよね?


 きっと、アリスさんのはからいなんだと思う。


 僕は願った。

 竜剣舞を基礎から学び直すために、竜剣舞を竜人族に授けた伝承者、つまり剣聖様ファルナ様に指導してもらいたいと。

 そしてアリスさんと出逢い、彼女の願いを叶える対価として、ファルナ様への口利きを約束してもらったんだよね。

 アリスさんの願いは結果的には叶えられなかったけど、別の答えを導き出したアリスさんは、僕との約束を果たしてくれたんだと思う。

 だから、ファルナ様に仕える四護星のなかで「剣」を司るリード様が、禁領に来たんじゃないかな?


 ファルナ様自身じゃなくて、お付きの人が来たからちょっと違うって?

 それは、ほら。

 ファルナ様も多忙だろうし、こちらが会いたいと願ったらすぐに来てくれるような立場の人じゃないからね?

 四護星の人が来てくれただけでも、とても有難いことなんだ。


 それで、リード様なんだけど。

 僕との手合わせを希望している?

 それって、つまり……?


「アリスとファルナ様より、まず最初に私が君を鍛えるように指示を受けたのですよ? ですので、取り敢えず君の現在の実力を測ろうと思いまして。さあ、お手合わせを」

「おい、リード……」

「あら、あらあら? 冗談ですよ、ウォルゲン」


 いいえ、絶対に冗談とかではなくて、直前までのやり取りを忘れていましたよね!

 という突っ込みをぐっとこらえる僕たち。


 健忘症けんぼうしょう

 ううん、違う。

 天然すぎて、思考が滅茶苦茶なんだと思います!


 さ、さすがは剣聖ファルナ様の四護星なだけはあるね。……あるのかな?


「ほれ、見たことか。お前を見る少年らの瞳から輝きが失われていっているぞ」

「き、気のせいですよっ」


 慌てて否定する僕。

 でも、ウォルゲン様の言葉も僕の否定も、リード様の思考には何も影響を与えない。

 ふふふ、と何故か楽しそうに微笑むリード様は、別の属性の精霊を呼び出した。


「アーリア、おいでませ」

「ファルナ様より少年の剣を預かった我を呼ばずウォルゲンを最初に呼ぶあたり、完全に抜けていたな?」

「あらあらあら? 何のことでしょう?」


 とぼけたふりをするリード様の傍に、新たな精霊が顕現してきた。

 僕たちは、その存在をひと目見ただけで息を呑む。


 霊樹の精霊!

 それも、成人男性の姿だ!!


 長身のたくましい男精霊。

 当たる光の加減で緑色にも金色にも見える、不思議な色の長い髪。

 霊樹の宝玉のように七色に輝く瞳。

 深緑と若葉色を織り交ぜたような不思議な色合いのゆったりとした衣装を纏った出立ちで顕現した霊樹の精霊は、先に顕現していた炎の精霊ウォルゲン様よりも遥かに高位の存在であると、耳長族でない僕たちにも一瞬で理解できた。


 アーリアと呼ばれた霊樹の精霊様は、アレスちゃんと同じように謎の空間を利用して、二振りの剣を召喚した。

 見た目は、過度な装飾のないちょっと長めの剣。ただし、鍔元に大きめの宝玉が埋め込まれている。あれは輝きこそ失われているけど、間違いなく霊樹の宝玉だね。

 その霊樹の宝玉が埋め込まれている二振りの剣は、同じ見た目をしていた。


「さあ、リード。これをあの少年へ渡せ」


 アーリア様は、二振りの剣をリード様に手渡す。

 リード様はその剣を抱えて、軽やかな足取りでこちらに歩み寄ってきた。


「剣がなければ手合わせも修行もできませんものね? そういうわけですので、こちらをお使いくださいな」


 そして、二振りの剣を僕に差し出す。

 僕は断る理由もなかったので、素直に受け取った。


「うわっ、重い!?」


 だけど、リード様から二振りの剣を受け取った瞬間。思わぬ重量が手に掛かって、僕は危うく二振りの剣を落としそうになった。


「あら、あらあらあら? 霊流剣が重いとお感じになったのですね? それはまだ基礎が身についていない証拠ですね」

「えっ!?」


 天然さんらしい、思ったことがそのまま口に出てしまうリード様。

 リード様の言葉には、悪意やさげすみは欠片も含まれていない。

 ただ、思ったこと、感じたことを、そのまま口にしただけ。

 だけど、僕はリード様の何気ない言葉に衝撃を受けてしまう。


 基礎ができていない!?


 スレイグスタ老に師事し、これまでたゆまぬ努力を続けてきたと、少なからず自負を持っている。

 竜剣舞の正統後継者だったアイリーさんにだって認めてもらえるだけの技術や心構えを会得してきたはずだ。

 それなのに……


 リード様から見れば、僕は基礎さえできていないような未熟者なの!?


「はわわっ、そんなことはありませんわっ。エルネア様は竜剣舞を納めた素晴らしい竜神様の御遣いですわっ」


 ライラが慌てながらも反論してくれる。

 僕の衝撃を受けた様子とライラの慌てた様子に、リード様が慌て出す。


「あらあらあらっ、違うのです。誤解ですよ? そういう意味ではないのです」


 な、何が違うのかな?

 誤解って、どういうこと?


 余計に混乱する僕。

 右往左往するライラ。

 慌てふためくリード様。


「やれやれ」

「やはりこうなってしまったか……」


 ウォルゲン様とアーリア様だけが、全てを予測していたかのように苦笑していた。


「仕方がない。リードに代わって説明しよう」


 そして、アーリア様がリード様を押さえて僕の前に立った。


「エルネア・イース。霊樹の精霊アレスと共に歩む者よ。君はこれから、霊脈を学ばなければならない。より高みを目指すのならば、その双剣を通して基礎を学ぶのだ」

「霊脈……竜脈を学ぶ双剣?」

「そうだ。君が基礎を身につけた時、その双剣は重さを無くすだろう。安心しなさい。リードもファルナ様に師事したてのころはその双剣で修行を積んだのだ」

「リード様が? ということは!?」

「あらあら、言っていませんでした? 私はファルナ様の弟子になります。先ずは私が君を指導して、しかる後にファルナ様が剣の真髄をご指導してくださいます。ですから、最初は私が基礎をお教えいたしますね?」


 四護星「剣」を司るリード様。

 まさか、リード様がファルナ様の弟子だったなんてね!

 僕は、とても恵まれているのかもしれない。

 世界中で、剣聖ファルナ様に指導してもらいたいと願う剣士は星の数ほどいるはずだよね。

 でも、そんな機会はまず得られない。

 ファルナ様は伝説の人だからね。

 僕だって、アリスさんを通して僕の希望がファルナ様に届くといいな、とは願っていたけど、叶ったとしてもそれはずっとずっと先の未来だと思っていた。

 でも、僕は幸運にも、ファルナ様の弟子であるリード様に指導してもらえる機会を得た。


 基礎ができていない?

 そんなことで衝撃を受けている場合じゃないよね!

 こんな機会は滅多にないんだ。

 それなら、僕は全力で指導を受けるべきだよね。


 基礎もできていない未熟者なら、立派な一人前になれるように、リード様に指導してもらおう!


「リード様、お願いします! 僕を指導してください!!」


 ずっしりと重量を感じる双剣を両手で持って、僕は深々とリード様に頭を下げた。

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