指導の始まり

「それでは、エルネア君に霊流剣れいりゅうけんを渡したことですし改めてお手合わせをお願いします」

「えっ、でも僕はまだこの剣を使い慣れていないですし?」


 それどころか、双剣の重さを両手で感じるのがやっとで、まだ剣をさやから抜いてさえいない。

 そんな状態で手合わせをして、リード様はいったい僕の何を見ようとしているのかな?

 そもそも僕は、この重い双剣を扱えるのだろうか?


「あらあら、ご心配なさらずに。最初は誰でも剣の扱いは不器用なのですから、恥ずかしくはないのですよ? ほら、私なんて霊流剣の重さを克服して自在に扱えるようになるまでに十年以上も掛かったでしょう?」


 いいえ、そんなお話は聞いたことはありませんよ!

 っというか、まともに扱えるようになるまで十年もかかるの!?


 いやいや、不老の僕には時間がたっぷりと有るんだから、基礎に十年くらい……やっぱり長い!!


「はわわっ、エルネア様が混乱していますわ」

「ライラ、大丈夫だよ。リード様のお話にちょっと動揺しただけだから」


 ふうう、と大きく深呼吸を繰り返して、心と身体を落ち着かせる。


「ファルナ様の四護星様でさえも十年。それなら僕は……。でも、どんなに過酷な道であっても最初の一歩を踏み出さないと始まらないからね!」


 それじゃあ、お願いします。と僕は双剣を抜き放つ。

 刃にも特殊な装飾や意匠はなくて、鍔に埋め込まれた色褪せた霊樹の宝玉に気づかなかったら、ぱっと見は普通の直剣だね。

 僕は、右手と左手にひと振りずつ剣を握りしめる。

 ずっしりとした重量感が、両手に掛かった。

 でも、そこで少し違和感を覚える。


「あれ? 気のせいかな……? 剣の重さ自体は見た目通りの重量のような気がするけど……?」


 でも、明らかにそれ以上の重さを腕だけでなく全身で感じていた。


「エルネア様、どういうこてですわ?」


 双剣を持っていないライラにはわからない違和感を、僕は慎重に分析しながら伝えた。


「なんて言うかね? そうだ、まるで呪術によって見えない重りで呪縛されているような……。物理的な重さじゃなくて、重量という制限を受けているような感じかな?」


 僕の言葉に、リード様がまるで子供のような笑顔で喜んでくれた。


「最初からそこまで理解できるのですね。さすがは竜神様の御遣いです。私なんて、森の奥で精霊術ばかり修行していたので、そのことにさえ最初は気づけなかったのですよ?」


 続けて、アーリア様が言った。


「君は既に多くの経験を積み、霊脈や霊樹と深く関わってきた。不器用なリードとは違って、十年も掛からずに基礎を会得するだろう。そして君が基礎を納めたとき、竜剣舞は未だかつて誰も到達したことのない高みへと至る」


 誰が不器用ですか、と霊樹の精霊にお説教を始めるリード様。

 アーリア様はリード様をあやしながら、言葉を付け加えた。


「霊流剣を持つ間、君はこれまで通りに全力の力を振るえ。そして、霊流剣を用いて、霊脈を学ぶのだ」

「これまでのような全力? それって、竜気を練ったり竜術を使ったり、霊樹の術も使うようにってことですか?」


 でも、僕たちは現在……


「あら、あらあらあら? 大丈夫ですよ。なにせその霊流剣は、触れるものの術や力を吸収してしまいますからね?」

「えっ!」

「ほら、鍔の宝玉の中身が空っぽでしょう? 術を使おうとしてもそこに吸い上げられるので、お好きなだけ力を解放しても良いのですよ」

「でもそれって……」


 術を使おうとしても、色褪せた霊樹の宝玉に力を吸い取られてしまう。よしんば術を発動させても、その術も吸い取られちゃう。

 だからといって、竜術の使用などを禁止してきたこれまでの修行を終えても良いのかな?

 僕の疑問に、リード様が答えてくれた。


「良いのですよ。何事も、心理を見誤ってはいけません。君達が力を制限した環境で日々を送る理由は、術や力に頼らない新たな道を探すためなのですよね?」

「はい。力を求めれば、より大きな力の波に飲み込まれてしまうかもしれません。だから、力を追求する道以外の未来を目指しているんです」


 それでも竜剣舞を更なる高みに持ち上げたいと願うのは、竜神さまや女神様に最高の奉納を届けたいから。そして、いざという時に家族を守りたいからだ。


 僕の想いを聞いてくれたリード様が「素敵な目標ですね」と心から喜んでくれた。

 そして、問う。


「では、改めて聞きますね? 君達が力を制限している目的の心理とは何でしょうね?」

「力を使わないという表面的な話じゃなくて、その行動の奥に隠された心理……あっ、そうか!」


 自分たちの修行の中身を軽く見ていたわけじゃないよ。

 でも、なぜそういう選択肢に至ったのかという、深いようで単純な「心理」を見落としていたみたい。

 だけど、リード様の問いかけで、僕たちは改めて自分たちに課していた修行の理由を知った。


「試練という名目で自分を縛ることによって、安易な力の行使や術の使用を抑制しようとしていたんだね。……ああ、だからこれからは全力を出しても良いんですね? だって、どれだけ全力を出そうとしても、この双剣が吸収しちゃうから」

「エルネア様、その通りですわ!」


 ライラがまるで自分のことのように喜んでくれる。だから喜びの感情はライラに任せて、僕は改めて双剣を握り絞めると、気合を入れた。


「さあさ、いつでも攻撃してきて良いですよ?」


 リード様の方から仕掛ける様子はない。

 それなら!


 僕は全力で跳躍する。そして、ずしりと重い双剣を振るう。


「うわわっ」


 情けないほどの剣筋で、何とか右手の剣を振り抜く。

 だけど、思い描いた速度は出ないし、狙った場所に剣先は届かない。それどころか、剣の重量に耐えるのが精一杯で、きっさきがふにゃふにゃに揺れる情けない一閃になった。

 スレイグスタ老が今の剣筋を見たら、大きくため息を吐いて僕を叱責していただろうね。それくらい情けない、まさに苔の広場で初めて棒切れを振るったときのような状態だった。


「くっ、それなら!」


 竜気を練っても良いし、竜術も手加減なく使えるのなら、遠慮はしません!


 双剣が重いなら、竜気で身体を強化すれば良いじゃない。と竜気をみなぎらせる。

 だけど、どれだけ身体を強化しても、両手で其々それぞれに持つ双剣から感じる重さに変化はない。

 やっぱり、これは物理的な重さじゃなくて、何かしらの制約や呪縛からくる重さなんだね。


 そう分析していると、身体の内側で変化が起きた。

 空間跳躍や身体強化のために練成した竜気が、根こそぎ吸い取られる。

 それどころか、竜力として潜在的に保有していた竜気まで宝玉に吸い取られて、僕は思わずふらついてしまう。


「もしかして、この剣は力を使ったら容赦なく力を吸い取ります?」

「あらあらあら? だって剣に区別などはできないでしょう? ですので、力や術を吸い始めたら宝玉が感じ取った力は全て吸い取られますよ? そこを上手く制御する修行にもなりますので、頑張ってくださいね」


 そう言ってリード様は、振らついた僕を支えてくれた。

 手合わせと言いつつも、勝負以前にこうして僕の心配をするあたり、実は最初からこういう状況に陥るとわかっていて、剣術や身体能力を見定めようとは思っていないのかもしれない。

 ただ、僕がどういう行動をとるのかや、どう思考するのかを見ているのかもね?


「エルネア様っ」


 ライラが慌てて駆け寄ってきて、僕を支えてくれた。


「ありがとう、ライラ。それとリード様。初っ端から情けない姿を晒しちゃいましたね」


 でも、これで終わらせるわけにはいかない!

 僕の行動や考えが見られているのなら、どんな困難も諦めない姿勢を示さなきゃね。


 急激に竜気を失って、このままでは僕は衰弱すいじゃく状態で意識を失ってしまうかもしれない。

 だけど、竜気が枯渇こかつしたのなら補充すればいいじゃない、というのが僕の考えです!


 ライラに支えてもらいながら、意識を集中させる。そして、竜脈を感じ取る。

 慎重に、それでいて必要な量を素早く、竜脈からみ上げた。

 だけど、それも力の行使になってしまうのか、汲み上げるそばから宝玉に竜気を吸われていく!


「ええい、この宝玉の吸収量は無尽蔵なのかな!?」


 負けるものか、と汲み上げる量を増やすと、それでようやく吸収されていく量を補充量が上回った。

 でも、危険な竜脈の乱用だ。これを通常状態にはしたくないし、今でも油断すれば竜脈の流れにさらわれておぼれてしまいそうになる。

 それでも、これで手合わせを終わらせたくないと思った僕は、竜脈を利用した。


「リード様、もう一度お願いします!」


 ライラの支えから離れて、僕は双剣を構え直す。

 相変わらず、ずっしりと重量を感じる双剣。


 僕はなぜ、この双剣を重いと感じているんだろう?

 リード様は、基礎が成っていないからだと言った。

 では、その基礎とは何なんだろうね?


 竜剣舞の基礎?

 リード様も、かつて修行を積んでいた時にこの双剣を使用していたという。

 でも、リード様は竜剣舞の使い手ではないよね。

 ということは、竜剣舞の基礎という意味じゃないはずだ。


 では、竜術の基礎?

 リード様は耳長族だから、竜術の基礎でもない。さらに言うなら、リード様は元々精霊術の修行を積み重ねていたけど、この双剣をまともに扱えるようになるまで十年も掛かったと言っていたところから、何かしらの術の基礎という意味でもないと思う?


 それじゃあ、本当に一体何の基礎なんだろうね? と思考して。僕は基本に立ち返った。


 この双剣の名前は、霊流剣なんだよね。

 それに、霊樹の精霊のアーリア様は、この霊流剣で霊脈を学べと言った。

 つまり……?


 霊流剣と竜脈には何かの関係性があって、僕はそのことに気づけていない。

 だからリード様にも基礎ができていないと言われてしまった?

 では、僕は何に気づけていないんだろう?

 気づけていない、見落としている、そもそも意識できていない。そういう頭にさえ浮かんでこない「何か」を自分で気づくのはとても難しい。

 現に、ここまで思考できているというのに、僕は答えを見出す手掛かりさえ掴めていなかった。


「今は、考えるよりも身体を動かした方が良いのかな?」


 思考にばかり気をとられていて、せっかく抜いた双剣を持つ手が止まってしまっていた。


「リード様、改めてお願いします!」


 言って僕は一歩を踏み出すと、重い霊流剣を全力で振るう。

 情けなくてもいい、無様でもいい。今はとにかく霊流剣を少しでも多く振るって、リード様と手合わせをしよう!


「はあっ」


 上段から振り下ろした霊流剣は、リード様の構えた細身の剣に軽々と弾かれた。

 僕はそのまま姿勢を崩して、次の一撃に繋げられない。

 リード様は、そんな情けない僕にどこまでも付き合うように、とどめになるような剣は振るわない。

 僕が体勢を整えるのを待ってくれて、情けない剣戟を受けてくる。


「はあっ、やあっ!」


 何度となく霊流剣を振り回す僕。そのことごとくを真正面から受けるリード様。

 どれだけ力一杯に剣を振るっても、リード様は細身の剣で華麗に受けきってしまう。


「はぁはぁ、ちょっとの衝撃で折れそうなほど細い剣なのに、僕のどんな攻撃も受けきるだなんて……」


 両手どころか全身で霊流剣の重さを感じている僕。この重みが霊流剣の重量ではないので、超重量による衝撃は実際には生まれないし、だから相手の武器を破壊するような威力も出ていない。

 それでも、中剣と長剣の中間くらいの長さを持つ刃が全力で振られれば、それなりの威力になるはずだよね。それなのに、リード様の細身の剣は折れるどころかしなりさえしていないことに僕は気づいた。


 そして、ふと思い出す。

 僕は前にも、似たような状況に陥ったよね?

 こちらが意図する攻撃が、なぜか相手の思惑通りの動きにしかなっていない。

 こちらの剣の方が重いし威力はあるのだから、細身の剣では正面からは受けきれないと思うのに、なぜか簡単にさばかれてしまう。


 そうだ!


 飛竜の狩場での結婚の儀の時に、ファルナ様と手合わせをした時に似ているんだ!

 僕たちがどれだけ攻撃しても、ファルナ様には一切通用しなかった。それどころか、僕以外のみんなは気持ちよく攻撃させられていることにさえ気づいていなかった。

 今の僕も、リード様の思惑に乗せられて霊流剣を振り回しているだけじゃないのかな!?

 だから、こちらの一撃はリード様の細身の剣で軽く受けられてしまっているんだ!


 考えてみれば、それは不思議なことではないんだよね。

 だって、リード様はファルナ様の弟子なんだから。


 ふう、と僕は改めて一度落ち着く。

 やっぱり、このまま無闇に剣を振り回すだけでは、何の意味もないんだね。

 リード様の思惑の外から、霊流剣の意味を示す剣を繰り出さなきゃ、せっかくの手合わせが意味のないものになることにようやく気づく。


「あら、あらあらあら? 君はやっぱり成長が早そうですね?」

「リード様の期待を裏切らないように努力しますね!」


 僕は、霊流剣を構え直した。

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