世界を満たす聖なる流れ

 少しでも油断をすると、霊流剣に全ての力を根こそぎ吸収されてしまう。

 全くもって使い勝手の悪い双剣。

 それでも、この霊流剣を今の僕が持つことに意味が隠されているんだろうね。


 霊流剣が吸収してしまう竜脈の力と、自分の身体に残る竜気が拮抗きっこうするように、汲み取る量を調整しながら、ずっしりとした重みを感じる霊流剣を構える。

 そういえば、吸収する勢いに限度があるのなら、それを上回る放出力の術なら発動するのかな? という疑問が浮かんで、早速試してみる。

 僕の最大の竜術といえば、嵐の竜術だよね!


 吸収されなかった余剰よじょうの竜気を素早く練成して、竜術に変換する。

 僕を中心に、小さな嵐の種が生まれた。

 物質的な重さ以外の、呪縛のような重量を感じる霊流剣を両手に持って、竜剣舞を舞うのは難しい。だけど、竜術の嵐くらいなら! と思った直後だった。

「絶対に術は発動させない」という霊流剣の強い意志でも存在しているかのように、嵐の竜術のために練成した竜気が一瞬で根こそぎ吸い取られた。


「ぐぬぬ、どうあっても術は発動できないんですね?」

「あらあらあら、試してしまったのですね? 実証されて既にご存じかとは思いますが、術は使えないので好きなだけ全力を出しても良いですよ?」


 リードさんは嘘偽りなく、まさに真実を言っていたのだと、今の試みで確信できた。

 では、次はどうしよう?

 霊流剣の力や術を吸収する能力は、思っていた以上に強力だった。大術を使おうとすれは、それを一瞬で吸い取ってしまうだけの吸収力を本当は備えている。

 きっと、霊流剣を持つ者の状態に合わせて、吸収する力が変化するんだろうね。

 ただし、吸収する力の種類の判別を霊流剣はできないので、吸い始めたら術だろうと内在する力だろうとお構いなしに、それこそ根こそぎ奪っていく。

 もちろん今回も、僕は回復しかけていた竜気を全て吸収されてしまっていた。


 霊流剣は、所持者の力と術を全て吸収すると、反応しなくなる。

 僕は、空っぽになった竜力を改めて回復させていきながら、さらなる思考を巡らせた。


 僕はどうすればいいんだろうね?

 両腕だけでなく、全身で重さを感じる霊流剣。

 このまま、何も思いつかないのに剣を振り回しても、絶対に意味は見出せない。

 リード様も、情けない僕の姿を観察いたいわけじゃないはずだよね。


「うーん。霊流剣……。竜脈を学ぶ剣。……あっ、そういえば?」


 スレイグスタ老と運命の出逢いを果たしてからこれまで、僕は竜脈に触れ続けてきた。

 ある時は瞑想の中で。ある時は竜剣舞を通して。そしてある時は、霊樹を通して。

 それと、つい最近も新たな触れ合いを感じたよね?


 アリスさんたちと共に、北の海の深海を訪れた時。

 巨大な貝の奥にひっそりと生えていた霊樹が教えてくれた。

 大地の奥深くに流れる大河のような竜脈。だけど、実は大地の奥深くだけでなく、地上や空や海のなかにも、竜脈の流れは存在していたんだ。

 僕が未熟だったからなのか、竜脈は大地の奥深くに流れているものだという先入観があったからなのか、それとも空気のような当たり前すぎる流れとして意識の奥に落とし込んでしまっていたからなのかはわからない。

 だけど、意識すれば確かにその流れを感じることができた。

 それも、とても身近に。


 霊樹ちゃんが竜脈を元気いっぱいに吸い上げて、広げた枝葉の先から霊樹の力を振り撒くとき。風とは違う、澄んだ流れが世界に広がっていたよね。

 あれは間違いなく、大気中の竜脈の流れだったんだ!


 大地の奥底に流れる大河のような竜脈は、まるでこの世界を満たす生命の流れのように隅々すみずみまで広がっていて、聖なる気で生きとし生けるものをはぐくむ。

 もしかしたら、地上や海や空に流れる竜脈の恩恵も、僕たちは知らず知らずのうちに受けているのかもしれない。

 そう考えて、ふと過去の経験を思い出す。


 そういえば、天馬てんまたちは竜脈の流れに乗って大地の下を移動したよね?

 あの時の体験は、僕に新鮮な衝撃を与えてくれた。

 まさか、竜脈の流れに溶け込んで魔獣のような移動ができるだなんてね。

 でも僕たちって、実は似たような移動体験を既に数えきれないほど経験していたんじゃないかな?


 地下深くの竜脈の流れに乗って、大地に潜って移動した。

 逆に、地上の、空の竜脈に乗って、大空を移動した。

 そう。古代種の竜族であるニーミアやアシェルさんやリリィ、そしてレヴァリアやユグラ様の背中に乗って。


 つまり……!


 僕たちはずっと前から、空に流れる竜脈に翼を乗せて飛んでいた竜たちの背中の上で体験していたんだ!


 鳥以外の翼を持つ者たちの殆どが、空に浮かぶ雲を限界高度としている。全種族で最も優れた能力を持つ竜族さえも、雲の上を飛ぶことはできない。

 なのになぜ、ニーミアたちのような古代種の竜族だけは雲よりも高い空を飛ぶことができるのか。普通の飛竜や翼竜は雲を越えられないのに、レヴァリアやユグラ様は限界高度を克服できたのか。

 漠然ばくぜんと「古代種の竜族だから普通とは違うんだ」とか「レヴァリアやユグラ様は特別だから」と浅く納得してしまっていて、深く考えていなかったけど。

 僕の考えが正しいのであれば、天馬たちが地下の竜脈に乗って不思議な移動をしたように、ニーミアたちは空の竜脈に乗って特別な移動をしていたんだね!


 それなら、と僕は意識する。


 地上に流れる竜脈を感じ取ろうと、意識を深く集中させていく。

 大地の下に流れる竜脈の大河を感じ取ることには慣れている。

 だけど、地上や海や空に流れる竜脈は感じ慣れていない。

 だから、すごく集中しないと流れは掴めない。


 でも、もしも感じることができたなら……


 天馬を溶け込ませ、巨体の竜族を雲よりも高い大空に舞い上げる流れに、霊流剣を乗せることができれば……!


 最初に、風とは違う、髪のなびかない微かな大気の揺らぎを感じた。

 ふわりと、まるでアレスちゃんが耳もとを飛んでいるときような、柔らかい気配を掴む。

 さわさわと、森の奥に流れていく歌声のような優しい波動が肌に触れる。

 僕は、僅かな手掛かりを慎重に辿っていく。


 意識を深く世界へ溶け込ませていく。

 そうすると、僕の意識と視界は精霊たちの住む色鮮やかな世界を認識しはじめた。

 赤や黄色や緑色の大気が、水面に絵の具を落とした時のように不思議に混ざり合い、複雑に揺れる。その中を、精霊たちが楽しそうに泳ぐ。

 そうすると、さらに世界を満たす色は混ざり合っていく。

 だけど、そこにも流れを感じる。


 大樹の揺らぎ、柔らかい気配、優しい波動、混ざり合う色。そのひとつひとつを辿っていくと、世界を満たす流れに行き着いた。


 僕は、霊流剣の刃をそっと竜脈の流れに乗せた。


「あっ!」


 これまで、振り上げることさえ困難なほどの重さを感じていたのに。地上を流れる竜脈に刃を乗せた霊流剣は、軽やかにきっさきを上げる。


「っ!」


 リード様やアーリア様が驚いたように、僕が振り上げた霊流剣の刃を見つめていた。


「霊流剣の重さの秘密。この双剣は、竜脈の流れに乗せないと振ることのできない剣なんですね?」

「あらあらあらあら、ほんの僅かな時間と手掛かりだけで、そこまで上達なさるなんて!」

「やはり、これまでの経験が君の確固たるいしずえとなっていたか」


 嬉しそうに微笑んでくれるリード様。そして、称賛してくれるアーリア様。

 だけどこの手合わせは、リード様たちを驚かせたり喜ばせることが目的でも終わりでもないんだ。


「地上に流れる竜脈に霊流剣を乗せることができて、ようやく手合わせの始まりですよね? 僕はこれから、この竜脈に霊流剣を乗せたまま剣を振るわないといけない?」

「できますか?」


 にこり、と意味深な笑みをリード様から返されて、僕は苦笑いを浮かべた。


一朝一夕いっちょういっせきでは絶対に無理です! だって、竜脈の流れに霊流剣を乗せたまま振り回す方法が思いつきません!」


 だよね!


 川に例えてみて。

 川上から川下に流れていく水の流れに葉っぱを浮かべることはできる。

 だけど、その葉っぱを自在に操って、手前の岸から対岸まで渡す方法を見つけ出すのは、容易じゃないよね?

 ちょっと失敗すれば、葉っぱはすぐに川の流れに飲み込まれて、沈んだり、下流へと流されていく。

 それと同じで、霊流剣を竜脈の流れに乗せることはできても、そこからリード様へ向かって剣を振るったりするのはとても難しいと、剣を振る前から直感で感じ取っていた。


「あらあらあら、これからが正念場ですね?」


 リード様は忍耐強く、僕の成長を見守ってくれていた。


「くっ。それでも行動に移さなきゃ先には進めないんだ!」


 と、振り上げた霊流剣を振り下ろす僕。

 鋒が動き、リード様との間合いを詰めるように落ちていく。

 だけど、たったそれだけの動作で、僕は直感を実感してしまう。

 竜脈の流れから外れた瞬間に、またしても霊流剣が重くなった!

 ずしりっ、と手に掛かった荷重に、僕は姿勢を崩して前のめりに倒れ込んだ。


「はわわっ、エルネア様っ」


 ライラが慌てて僕を支えてくれた。


「ライラ、ありがとう」

「大丈夫ですわ?」

「うん、大丈夫だよ。でも、これは難しいね……!」


 霊流剣は、竜脈の流れに乗せれば軽くなる。だけど、ひとたび竜脈かの流れに反するような動きを取ると、たちまち重くなってしまう。

 どうすれば、竜脈の流れに刃を乗せたまま思うように剣を振ることができるんだろうね?


「ニーミアたちは、どうやって竜脈に乗って雲より高い空域まで上昇しているのかな?」


 僕の疑問に、ライラが首を傾げなから答えた。


「翼を羽ばたかせてですわ?」

「うん、そうだね。……そうだね、ライラ!」


 当たり前だけど、見落としがちになってしまう基本中の基本。

 飛竜や翼竜は、空を飛ぶときには必ず翼を羽ばたかせている。

 もちろん、雲の上まで上昇するときだって一緒だよね。

 そして、レヴァリアは雲より高い空へと上昇するときには、翼に竜気をみなぎらせていた。


「つまり、霊流剣に竜気を流して、地上の竜脈の流れを斬るように!」


 と過剰な竜気を漲らせた僕の全ての力を、霊流剣が一瞬で根こそぎ吸収してしまった。


「あら、あらあらあら? それは美しくないですよ? ファルナ様の剣舞はそんなに力任せでしたか?」


 はっ、と息を呑む僕。


 そうだ。

 これも忘れちゃいけない。

 霊流剣は、リード様がファルナ様に弟子入りしたときに使用していた双剣であり、この修行の先は、剣聖ファルナ様のような全ての者を魅了する剣舞に繋がっている。

 ファルナ様は、けっして手荒な動きや技は使用しなかった。どんな時にも、どんな攻撃にも優雅さを忘れずに、最後まで僕たちを魅了し続けた。

 そこには、見苦しい力技なんて存在しなかったよね。


 でも、いま僕が繰り出した一振りは、力任せで竜脈の流れを乱すものだったんだ。


「とはいえ、それじゃあどうやって……?」


 霊流剣を振るうためには、ニーミアやレヴァリアが雲の上に舞い上がるような方法では駄目なんだね。

 一難去って、また一難。

 ううん、これは間違いなく多難だね!


 本日三度目の急激な衰弱に膝を突いてしまった僕は、ライラのお胸様に包まれて情けなく意識を薄め始めていた……

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