旅の準備はもう始まっている

 微睡まどろみから覚めると、僕はぬくぬくのお布団に埋もれていた。


「エルネア様、おはようございますですわ」

「ライラ、おはよう」


 そして、僕と一緒にお布団に埋もれていたのはライラです。


「もしかして、僕は衰弱で寝込んじゃった? ここはライラのお部屋かな?」

「正解ですわ」


 お布団の中で、もぞもぞとライラが近づいてくる。僕は温もりを求めるように、ライラを抱き寄せた。


「わはははっ、お間抜け夫婦め! お前たちの悪行もこれでお終いだ!」

「はわわっ」

「アステル!」


 だけど、すぐに邪魔が入ってしまう。

 僕とライラをぬくぬくと包み込んでいたお布団が、勢い良く剥ぎ取られた。

 アステルに!


「ふふ、ふふふ。お布団の中で楽しそうでございますね?」

「エリンちゃんまで!? というか、ここはライラのお部屋なんだから勝手に入ってきちゃ駄目だよ?」


 やれやれ、困ったものです。

 禁領のお屋敷は長大で、数え切れない程の部屋がある。

 せっかくなので、お屋敷で寝泊まりするみんなには自由に宿泊部屋を選んでもらって、好きなように使ってもらっているんだけど。

 でもそこには、集団生活のための最低限の決まりは存在しているんだ。

 僕たちの家族が使用する区画や、耳長族の人たちが暮らす生活区画、お客様用の区画と分けている以外にもね。

 例えば、たとえ身内であっても個人で使用しているお部屋には無許可では入らない、とかさ。


 そして、このお部屋はライラが個人で使用している場所なので、僕や他の妻たちだって勝手には入らない。

 だというのに、アステルと傀儡の王ときたら……


「くくくっ、だから貴様は馬鹿者なのだ。馬鹿竜王め!」


 はあ、と困ったようにため息を吐いた僕を、アステルが笑い飛ばす。

 どういうこと? と首を傾げる僕と、しゅんと悲しそうに身体を丸めるライラ。


「ふふふ、私と気まぐれ猫娘は、ちゃんと許可をいただいてこのお部屋にいるのですよ?」

「お前たちの悪行を監視する役目を私たちは請け負っているのだ! 残念だったな!」


 お布団を剥ぎ取られた寝具の上で身を寄せ合う僕とライラを楽しそうに見つめる傀儡の王と、上機嫌のアステル。


「ええっと、ライラ?」


 アステルと傀儡の王に説明を求めても、明確な答えは期待できそうにない。ということで、このお部屋の占有者であるライラに説明を求めましょう。

 僕の視線を受けて、ライラは後ろめたそうに目を伏せる。

 どうやら、何かしらの事情がありそうだね?


「さあライラ、言ってごらん?」


 僕はライラがどんな理由を抱えていたとしても怒らないよ。と優しく伝えると、ライラは寝台の上で丸まりながら話してくれた。


わたくしも、衰弱で昨日まで寝ていましたわ」

「ライラも? どうして?」


 聞けば、僕は三日間も寝ていたらしい。そしてライラも、昨日までの二日間、衰弱からの眠りに伏していたのだとか。


「はわわっ、エルネア様が衰弱で意識を失った後に、私も霊流剣を使ってみたのですわ」

「なるほどね。それで竜気を吸われて衰弱しちゃったわけか」

「は、恥ずかしいですわ」

「恥ずかしがることなんてないよ。僕なんて何度も竜気を吸収されてライラより長く寝込んじゃったんだからね。でも、何でライラまで霊流剣を?」


 ぐるりとライラのお部屋を見渡してみたけど、霊流剣は見当たらなかった。

 アステルと傀儡の王も持っていないということは、どこかに保管されているのかな?

 ちなみに、僕がライラからお話を聞いている間、アステルと傀儡の王は楽しそうにライラのお部屋を物色していた。


 他人のお部屋探求って楽しいよね!

 ではなくて!

 あとで、二人をしかりましょう。

 それはともかくとして。


「私も竜脈を学びたかったですわ」


 ライラの告白に、僕は嬉しくてつい抱きしめてしまう。


「そうだね。竜脈に関わる修行なら、僕だけじゃなくてみんなでやった方が良いよね! ライラは自分から率先して頑張ってくれたんだね」

「ですが、失敗しましたわ」

「最初は誰だってそうだよ。あのリード様だって、竜脈の基礎を納めるまで十年も掛かったんだからね」


 僕だって、ほんのさわりの部分しか掴めていない。

 修行はこれからなんだ。


「それで、そこからアステルとエリンちゃんの監視にどう繋がるのかな?」


 待ってました! とばかりにアステルが笑みを浮かべてこちらを振り返る。


「仕方ないから教えてやろう。私と傀儡は、凶悪ミストたちが不在の間に二人が抜け駆けをしないか監視を任されたんだ。残念だったな。お前たちの悪行は未然に防がれているんだ!」


 威張るように言うアステルの横で、傀儡の王がため息を吐く。


「ふふ、ふふふ。嘘でございます。お二人が寝ている間に四護星しごせいを利用して遊ぼうとして、阻止されて監視の命令を受けたのでございますよ」

「あの大呆おおぼけリードめ!」


 僕とライラは揃って笑ってしまう。


 つまり、衰弱で寝ていた僕とライラをまとめて介抱するために、二人でライラのお部屋に寝かされた。

 でもそうなると、ライラが先に目覚めたときに抜け駆けする危険性があった。

 そこで、リード様に悪巧みを働いて見事に撃退されたアステルと傀儡の王が、ミストラルから監視役を命じられたわけだね。


 それにしても。

 僕たちに対して悪巧みはできないからと、新しいお客様であるリード様に速攻で悪巧みをくわだてるなんて、この二人は本当に悪いことが好きだね。

 それと。

 始祖族の二人が連携した悪巧みをあっさりと退けたリード様はさすがだね。


「それじゃあ、二人に役目をお願いしたミストラルたちは?」

「知るものか。まだ朝だからいつものように何処かで凶悪さを磨いているのじゃないか?」


 アステルの言葉で今がまだ朝方なのだと知る。


「それじゃあ、僕たちもそこに行こうかな? くっくっく、アステルとエリンちゃんには行けない場所だよ」

「ふふ、ふふふ、それは興味深いお話でございますね。ですが、恐ろしいお歴々が居並ぶ場所には行きたくございませんので、どうぞ遠慮なくお二人で行ってらっしゃいませ」


 竜の森の苔の広場には、スレイグスタ老が認めた者しかたどり着けない。しかも、この禁領から向かうためには、スレイグスタ老の大竜術で転移させてもらわないといけないんだよね。

 でも、僕とライラが苔の広場に向かおうとしたら、アステルと傀儡の王は絶対に邪魔をしてくるはずだ。そう予想していた僕の意表を突くような傀儡の王の言葉に、僕たちの方が驚いてしまう。


「やはり大馬鹿竜王だな。わたしたちがこれまで朝の予定を邪魔したことがあるか?」

「言われてみると?」


 確かに、ミストラルや僕たちが苔の広場に向かうときに、二人から邪魔をされたことはないような?

 まあ、向かう前から騒いでいる場合はっその延長で悪さをされることはあるけどさ。だけど、ミストラルなどからアステルや傀儡の王の悪さの苦言を聞いたことはないよ?


「ふふふ、お歴々の方々も怖いですが、ミスト様も怖いですものね?」


 なるほど! と手を打ちかけて、僕は自制する。

 そんなことで同意でもしていたら、ミストラルに愛想を尽かされちゃうよね。

 ミストラルは、理不尽に怒ったりはしない。だけど、それでも怒るときって、大概は相手に非がある場合だからね。

 きっと、傀儡の王たちも僕の目が行き届いてないところで、ミストラルに怒られたんだろうね。


「ふんっ、巨大な竜が怖いからじゃないからな! わたしは朝が苦手なだけだ」


 そういえば、アステルは寝起きが悪いとトリス君が言っていたっけ。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 僕はそこでようやく、ライラの手を取って起き上がった。


「そうだ。何処どこに行くかは知らないが、これを渡しておくぞ。霊なんとか剣に着想を得て創ってみた。くくくっ、勇者どもめ、これで死ぬほど苦労しろ」


 言ってアステルがこちらに向かって雑に放り投げてきた二本の剣を、僕とライラは慌てて受け止めた。


「ええっと、これは……?」


 一本は、肉厚の直剣。

 真っ赤なさやに、真っ赤なつばつかの、なんとも派手な見た目の、重い剣だね。

 試しに抜いてみたら、刀身まで赤かった。

 そしてもう一本の方は、鮮やかな青色の長剣。

 こちらも全てが青を基調とした全体で、もちろん刀身も青い。

 使用者の想定としては、赤い直剣がリステアで、青い長剣がスラットンかな。


「どういう性能の剣なの? というか、さすがに派手過ぎないかな!?」


 僕が身分を隠して狂淵魔王の国に入るように、勇者とその相棒も正体を隠してもらう。そのため、勇者と特定されそうな聖剣は魔族の国には持ち込めない。

 リステアたちの噂がどの程度くらい魔族の国に届いているかは不明だけど、東の魔術師によって創られた聖剣を所持していたら、上級魔族なんかにはすぐに身元を特定されるかもしれないからね。


 なので、リステアとスラットンには愛用の武器ではない別の剣をこちらで用意すると約束していた。

 もちろん、その武器をアステルに創ってもらうことを前提とした計画なんだけど。

 でも、得体の知れない剣を気軽に渡すわけにもいかないので、不穏な言葉を零したアステルに質問をぶつけてみる。


「馬鹿が馬鹿な質問をしているぞ、馬鹿め。それを教えたら面白くないじゃないか」

「やっぱり、そうなるんだね!」


 まあ、聞く前からわかっていましたよ?

 それでも、僕には聞かないといけない責任があるよね。


「変な呪いとか迷惑な能力とかは付与されていないよね? 霊流剣を参考にしたってことは、何かしらの難しい扱い方があるってことかな?」


 霊流剣は、おそらく竜脈の扱い方を極めなければまともに振るうこともできない性能だよね。

 それと似た能力を、この赤い直剣と青い長剣は秘めているのかもしれない。

 だけど、アステルの口から直接的な答えを聞き出すことはできなかった。


「その剣を渡して来年までに扱えるようになっていなかったら、あの二人は見捨てるんだな。くくくっ、今からあいつらの絶望する顔が浮かんで愉快だ」

「うーん、これはアステルなりの試練と受け取っておけば良いのかな? もちろん、扱えるようになれば凄い性能なんだよね?」

「旧聖剣がなまくらに思えるくらいな」

「それはやりすぎーっ!」


 やっぱりアステルだ。

 こういう所にのちの火種になりそうな問題を埋め込んでくる。

 それでも、僕は二本の剣を有難く受け取った。


「ありがとうね、アステル。リステアとスラットンには、アステルの忠告を伝えて渡すよ」

「そして絶望してしまえ」

「それはどうかなぁ。スラットンはともかくとして、リステアは稀代の大勇者だからね。きっとアステルの思惑を越えた成果を出すはずだよ」

「ふふ、ふふふ。そうなると良いですねぇ」

「エリンちゃんまで不穏なことを……」


 僕はリステアを信頼している。

 アステルの思いつきの試練なんて、軽く乗り越えるはずだ。

 傀儡の王も細工を施しているみたいだけど、きっと大丈夫!


「エルネア様、そろそろスレイグスタ様の所へ行きましょうですわ。皆様がエルネア様のお目覚めを待っていますわ」

「そうだね。アステルもエリンちゃんも、禁領で大人しくしているんだよ? そうじゃないと、ミストラルに怒られるからね?」

「お前が怒られてしまえ!」

「ふふふふふ、怖い怖い」


 僕とライラは、先ずはアステルと傀儡の王をお部屋から追い出す。そうして、二人で仲良く転移のお部屋へ向かう。

 どうやら、僕とライラ以外の家族は全員で苔の広場に行っているみたいだね。

 イース家が使用している区画には、人の気配が感じられなかった。

 僕とライラは手を繋いで、転移のお部屋に入る。

 そこから、スレイグスタ老に苔の広場へ送ってもらう。


 そして、僕たちは見た。


 ミストラルを含む妻たちが、苔の上に倒れ伏している姿を。

 そして、霊流剣を軽々と持つルイセイネがただひとり、悠然ゆうぜんと立っている姿を。


「い、いったい何が……!」


 僕とライラは凄惨な現場を目にして、立ちすくんでしまった。

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