ルイセイネ最強説

「とうとうルイセイネがミストラルを越えちゃった!?」

「あらあらまあまあ、エルネア君もようやくお目覚めですね。ですがまだ寝ぼけまなこなのでしょうか?」


 ふふふ、と微笑むルイセイネだけど、けっして笑って流せるような状況ではないと思うんだよね。

 だって、これまで「竜眼は竜気を扱う者にとっての天敵」と言いながらも、ミストラルはルイセイネと手合わせをして一度だって負けたことはなかったんだ。


 それなのに……


 ミストラルは力尽きたように倒れ伏しているし、ルイセイネは倒れたミストラルの前に悠然と立っている。

 しかも、手にした武器は戦巫女いくさみこが持つべき薙刀なぎなたではなくて、あの霊流剣なんだ。


 僕だって試行錯誤の末に構えるのがやっとだった霊流剣を、ルイセイネは軽々と持っているように見える。

 ううん、実際にルイセイネは霊流剣の超荷重なんて受けていないかのように、軽く扱っているよね。

 確認するように、僕が「ルイセイネ、霊流剣が重くないの?」と聞くと、ルイセイネは苦もなく双剣を振ってみせた。


 ふふふ、と楽しそうに微笑みながら霊流剣を扱ってみせるルイセイネの姿に、僕とライラは絶句してしまう。

 そんな僕とライラに、頭上からスレイグスタ老の声が降ってきたのはその時だった。


「ふむ。今し方転移してきたばかりの汝らの目にはそのように映るか。確かにミストラルもまだ未熟ではあったが、汝の目も節穴ふしあなであるな?」

「おじいちゃん? あっ、おはようございます!」

「失礼しましたですわ。スレイグスタ様、おはようございますですわ」


 僕とライラは慌ててスレイグスタ老に朝の挨拶と転移のお礼を言った。


「ところで、おじいちゃん。僕が節穴とは?」


 そして、改めてスレイグスタ老の言葉を振り返ってみる。

 確かに、僕とライラは転移してきたばかりだよね。その目に飛び込んできたのが現在の惨状なんだけど……。

 さてはて、僕は何を見落としているのかな?


 倒れ伏したミストラルたち。

 霊流剣を軽々と扱ってみせるルイセイネ。

 スレイグスタ老はいつものように苔の広場の中心に泰然たいぜんと身体を横たえていて、小山のような黒い身体には霊樹の木漏れ日が降り注いでいる。

 ミストラルたちの状況以外は、至って普段通り……ううん、違った!


 僕はそこでようやく、足りない人物に気づく。


「ルイセイネは霊流剣を持って立っていて。倒れているのは、ミストラルとユフィーリアとニーナと、セフィーナ。でも、マドリーヌが足りない? マドリーヌは禁領に残っているのかな? いいや、違うね。マドリーヌだけみんなと別行動なんて考えにくいからね。それと……」


 と、そこで僕とライラはスレイグスタ老の足もとに立つもうひとりの人物をようやく認識した。


「リード様が苔の広場に来ている?」

「あら、あらあらあら、こんばんわ」

「はわわっ。リード様、今は朝なのでおはようございますですわ」


 早速のけっぷりに、ライラが苦笑した。


「リード様がこの場にいるということは、みんなも霊流剣を使って修行をしていたのかな?」


 リード様は剣聖ファルナ様の四護星だから、苔の広場に入る資格を持っているんだろうね。

 だから、リード様がこの場にいることに違和感はない。

 そして霊流剣は、なにも僕の修行のためだけに貸し与えられたものではないから、妻たちが自主的に修行に使っても問題はないよね。


 そして、ここから導き出される新たな事実は!


「もしかしてミストラルたちが倒れているのは、霊流剣に竜気を根こそぎ吸収されて衰弱してしまったから?」


 ニーナには竜力がないけど、双剣の霊流剣を扱うなら竜力を持つユフィーリアと絶対に一緒だったはずだから、双子仲良く衰弱したのかもしれないね。そしてセフィーナは、普段は格闘主体の戦い方だけど、竜脈の基礎を学ぶために霊流剣を扱って、そして竜気を全部吸われちゃったのかな?


「つまり、僕とライラはミストラルたちが衰弱で倒れた直後に転移してきたってわけだね? ルイセイネは、そんなミストラルたちから霊流剣を回収したところだったのかな?」

「エルネア様。ルイセイネ様は竜眼によって竜脈が視えますわ」

「だから、大気を流れる竜脈に霊流剣を乗せて超荷重を克服するという僕たちの苦労をルイセイネは難なく克服できた?」


 さらにルイセイネの竜眼であれば、竜脈の流れに逆らうことなく霊流剣を自在に扱える!


「ルイセイネお師匠様!!」


 僕たちの遙か先をいくルイセイネが、大師匠に見えてきました!


「やれやれ、汝は節操がないのぅ」


 そして苦笑するスレイグスタ老。

 さらに、僕の歓喜に対して怒りを見せる人物がもうひとり現れた。


「むきぃっ、ルイセイネは戦巫女ですから剣は扱ってはいけませんよっ」


 ばっ、とスレイグスタ老の陰から走り出してきたのは、これまで姿の見えなかったマドリーヌだ。

 そして、マドリーヌはプリシアちゃんを背負っていた。


「ま、まさかプリシアちゃんまで霊流剣の餌食えじきに!?」

「今日も汝の妄想は飛躍しすぎておるな。マドリーヌは、ミストラルたちが修行している間に小娘を退屈させぬようにあやしておっただけだ」

「そうですよ。プリシアちゃんがリード様の精霊たちと遊び疲れて眠りましたので、お散歩から戻ってきたのです。そうしたら」

「僕たちが騒いでいたわけだね?」


 うんうん、と何度も頷くマドリーヌ。

 プリシアちゃんを背負っているので、癇癪かんしゃくを起こしたりはしない。


「ふふふ、エルネア君が起きると賑やかになりますね?」


 そして、ミストラルの手から霊流剣を回収したルイセイネは、双剣を鞘に戻しながらこちらへとやってきた。


「マドリーヌ様が仰る通り、わたくしは戦巫女ですので剣は扱えません。ですので、エルネア君のお師匠にはなれそうにないですよ?」

「それは残念だなあ。でも、ルイセイネの竜眼の補助を受ければ、僕たちは思っていたよりも早く竜脈の基礎を収められるんじゃないかな?」


 竜脈や竜気を感じることしかできない僕たちとは違い、ルイセイネは力やその流れを視認できる。ということは、僕たちの動きや感じ方の間違いを見て、指摘できるんじゃないかな?

 と、興奮気味に僕が力説している側に、マドリーヌとリード様もやってきた。

 そして、リード様が思わぬことを口にした。


「あら、あらあらあら? 伝え聞く八星家はちせいけのなかには、剣技を極めた家系があったと記憶していますよ? たしか、せいはギファレンスでしたでしょうか?」

「八星家? ギファレンス?」


 初めて聞く名前に、僕だけでなくルイセイネとライラと、マドリーヌまでもが首を傾げた。


「ええっと。神殿宗教のなかで有名な家柄って、聖四家せいよんけだよね? ルアーダ家、ノルダーヌ家、ヴァリティエ家、ユラネトス家だっけ? リード様、また呆けちゃいました?」


 それに、聖四家のなかにギファレンス家という家系は存在しなかったはずだよね。

 僕がそう指摘すると、リード様は困ったように眉根を下げた。

 そして、頭上から思わぬ声が降ってくる。


「ほほう、やはり時代を経て聖地から遠ざかれば、薄らいでいく伝承も存在するようであるな」

「スレイグスタ様?」


 スレイグスタ老の言葉に誰よりも困惑の表情を見せたのは、ヨルテニトス王国の元巫女頭であるマドリーヌだ。

 神殿宗教を取り纏める立場まで登り詰めたマドリーヌでさえも知らない伝承だからね。スレイグスタ老の言葉を聞き流すことなんてできるはずがない。


「おじいちゃん、リード様、その伝承ってなんですか?」


 世界にあまねく浸透している人族の宗教文化。

 神殿宗教は世界各地で、統一された教えと伝統を人々にいている。

 それはひとえに、ルイセイネやマドリーヌや禁領に滞在しているような流れ星さまたちが、隔たりや間違った改変がないように世界を旅しながら導いてくれているからだよね。

 だけど、それでも完璧ではない。


 マドリーヌがかつてアーダさんに請い願ったように、地域によっては伝わっていない法術や逸話があったりする。

 きっと、八星家やギファレンス家の伝承も、そうした失われた歴史なのかもしれない。

 僕たちは、そういう秘密にすごく興味があります!


 瞳を輝かせて、スレイグスタ老とリード様に詰め寄る僕たち!


「ふうむ」

「あら、あらあらあら」


 だけど、スレイグスタ老もリード様も、何故なぜか難色を示す。

 もしかして、これは秘匿ことくしなきゃいけない神殿宗教の黒歴史なのかな!?

 それとも、まだ僕たちが触れられないような、世界に関わる高度な案件なのかな!


「いいや、汝らはそれ以前にもっと大切なものを見落としておる」

「僕たちが見落としている大切なもの? おじいちゃんはまた僕を節穴だと言うつもりですね?」

「残念ではあるが、やはり今朝の汝は節穴であるな。我は知らぬぞ、どうなってもな」

「それって、八星家やギファレンス家の伝承を知ったら後戻りができないということですか?」


 いったい、リード様がぽろりと零した言葉にはどれだけ深い意味が隠されているんだろうね!?


 ごくり、とつばを飲み込んだ僕に、スレイグスタ老は「仕方なし」と黄金の瞳を閉じて、覚悟したように「僕が見落としている大切なもの」を伝えた。


「節穴なる我が弟子よ、心して聞くがよい。汝らは好奇心を満たす前に、先ずは家族の心配をせよ。ほれ、ミストラルがさっきから恐ろしい形相で睨んでおるぞ?」

「きゃーっ!」


 僕たちの好奇心は、一瞬で凍りついた!


 苔の広場に倒れたままのミストラルが、恨めしそうに視線をこちらに向けている姿にようやく気づく。

 それだけでなく、ユフィーリアとニーナとセフィーナも、倒れているけど意識はあるようで、文句を言いたそうに視線で抗議していた。


「みんな、ごめんなさいっ」

「はわわわっ、大変ですわっ」


 僕とライラは慌ててミストラルたちに駆け寄って、介抱を始める。

 ルイセイネはもとからミストらたちの状況を把握していたようで、苦笑しながら僕たちを手伝ってくれた。

 もちろん、マドリーヌもね。


「……エルネア、ひどいわ?」

「ミストラル、ごめんなさい」

「ライラ、あとでお仕置きだわ」

「ライラ、あとでお説教だわ」

「はわわわわわわっ」

「まあ、私たちって自分から霊流剣を使って衰弱したのだから、二人を責められないのだけれどね?」

「ううん、セフィーナそれは違うよ。家族を大切にすることこそが僕たちが最も重視しなきゃいけないことだよ。だから、本当にごめんなさい!」


 素直に反省です!

 どうやら僕は、スレイグスタ老の言う通りの節穴な未熟者だったみたいだね。

 なんでも視えるルイセイネの竜眼を頼る前に、僕は目の前の状況をもっと深く考察しなきゃいけないようです。

 このままの節穴で狂淵魔王の国に入っちゃったら、情勢を正しく見抜くこともできないし、せっかく協力を申し出てくれたリステアやスラットンたちを窮地きゅうちに立たせてしまうかもしれない。


「気負いすぎるでないぞ。所詮しょせんは老婆の無理難題な要求である。汝が深入りする必要はないのだ」

「はい。そこも見誤らないように心掛けます! おじいちゃん、リード様、それとルイセイネ。僕たちをこれからもご指導お願いしますね」

「あらあらまあまあ、エルネア君たちをわたくしが指導ですか? それは身の引き締まるお役目ですね」


 真冬になっても、苔の広場は極寒にはならない。

 ミストラルたちを日差しが届く苔の上に移した僕は、改めてリード様から霊流剣を受け取った。


「さあ、これからが修行の本番だ!」

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