魚になれ!
「とりゃあ! うわっ、急に重さが!」
「エルネア君、強引な動きは美しくないですよ?」
「それなら、これはどうだっ。やっぱり駄目だった!」
長い冬の試練が始まって、
僕たちの日常には、新たに「竜脈の基礎を学ぶ」という課題が加わった。
そして僕は、来たる日に向けて日々の特訓に励む。
霊流剣を両手に持った僕は、大気に流れる竜脈を感じながら構えをとる。そして、剣を振るう。
だけど、霊流剣を持つまではできるようになった僕でも、振り回すとあっという間に姿勢を崩してしまう。
霊流剣は、竜脈の流れに刃を乗せないと、全身に呪縛のような荷重がかかってしまうんだよね。
水面に霊流剣を乗せる感じで持ち上げることはできるんだけど、振り回しちゃうと途端に竜気の流れを乱してしまって、超荷重が全身に戻ってきちゃうんだ。
「ねえねえルイセイネ、どうすればルイセイネのように霊流剣を自在に振れるようになるの? 僕たちが剣を振ると、どうしても上手く扱えないんだけど?」
大地に流れる竜脈の流れは、僕たちには既に馴染みのある自然な感覚になりつつある。だけど、大気中を風のように流れる竜脈の存在は最近になってようやく感知できるようになった新しい世界の
ましてや、その流れに霊流剣を乗せて振るうだなんて、この上なく難しい技になっちゃうんだよね。
だけど、ルイセイネだけは違った。
竜脈を視認できるルイセイネは、
いったい、ルイセイネはどうやって竜脈の流れを乱すことなく霊流剣を振るっているんだろうね?
僕の質問に、ルイセイネは何もないはずの空間に視線を泳がせながら、考え込むように手を
「そうですねえ。エルネア君は、川や海で泳ぐお魚さんたちをどう思われますか?」
「どう、というと? そうだね、気持ち良さそうに泳いでいるよね?」
「それでは、エルネア君が霊流剣を持ったときは気持ち良く振るえていますか?」
「ううーん。一生懸命に竜脈を読み取るのが精一杯で、気持ち良いだとか楽しいって感覚はまだないかな?」
竜剣舞は、戦うための剣舞であり、女神様や竜神様に捧げる奉納の
だけど、今の僕は美しい竜剣舞を舞うどころか、双剣を振るうことすらままならない。
そんな僕が、霊流剣を楽しく振るえているはずもないよね。
僕の返答に、ルイセイネは困ったように微笑んだ。
「エルネア君、きっとそこに初歩的な間違いがあるのだとわたくしは思いますよ?」
「霊流剣は、楽しく扱わないといけないってこと?」
「いいえ、違います。ほら、お魚さんたちは川や海を楽しく泳いでいますよね? そこには、川や海の流れとともに生きるというお魚さんたちの想いが乗っていると思いませんか?」
「そうだね。水竜もそうだけど、お魚さんたちは水がないと生きられないんだもんね」
「はい。その通りです。では、エルネア君は竜脈がないと生きられませんか?」
「むむむ。その質問は、簡単なように思えて実は心理を突く質問と見たよ! そうだなぁ、普通の答えだと『竜脈を感じなくても普通に暮らせる』だけど……。でも、僕は思うんだ。天と地を網羅する竜脈の恩恵を僕たちは知らず知らずのうちに受けているから、今こうして元気に生きられていると思うんだよね」
よい答えである、と僕たちの修行を見守るスレイグスタ老が頷いてくれた。
僕たちの修行は、苔の広場でも禁領でも、みっちりと行われていた。
僕は毎朝頑張って早起きをして、ミストラルと一緒に苔の広場に向かう。そうしてスレイグスタ老に指導を受けながら、竜脈を基礎から学び直して霊流剣の扱い方を覚えていた。そして禁領では、リード様に修行をつけてもらう。
ちなみに。禁領では流れ星様たちもリード様から指導を受けていた。
流れ星の巫女のひとりであるディアナ様曰く、
「リード様の流れるような動きは、何処となくわたくしたちがお
とのこと。
お慕いするお方とは、きっとあの人のことだよね?
たしかに、あの人の戦う時の動きは水の流れのような優雅さがあったよね。
そういえば、リード様が前にぽろりと零した「八星家」と「ギファレンス家」という存在を、禁領の流れ星さまたちも知らなかった。
そして、リード様もスレイグスタ老も、結局はそのことについて詳しく教えてくれなかったんだよね。
「汝が竜脈の基礎を学び直した時に、褒美として語ってやろう」
とはスレイグスタ老の言です。
ともかく、僕たちは修行を続けている。
そして、どうにかして霊流剣を振るえるように、努力し続けていた。
「ところでですが。エルネア君、お魚さんたちは水の流れに乗りながら自在に浅瀬や深場を行き来していますよね?」
「そうだね?」
「では、お魚さんたちがそうして泳ぐ場所を変えるときに水の流れはどうなっているでしょう?」
「むうむう、それは難しい質問だね?」
お魚が泳いでいる時の水の流れって、どうなっているのかな?
前に北の海に潜った時には、いろいろなお魚が泳ぐ姿を見たよね。でも、泳ぐお魚は見ても、その周りの水の流れを意識したことはなかった。
いったい、お魚の周りの水の流れはどうなっていたのかな?
苔の広場の近くを流れる
ううん、それは的外れな答えの導き方のように思えるね。
ルイセイネは、お魚の動きや水の流れを通して、僕に竜脈との関わり方を教えてくれようとしているんだ。
「そういえば、川や海って平面的な存在じゃないよね。浅瀬から深場まで深度があるし、水の底には岩や砂利があったり、水面では波紋や波が立って複雑に動いているよね。そこで泳ぐお魚さんたちは……」
けっして水の流れには逆らわない。
もちろん、川を
そう考えをまとめると、ルイセイネが頷いてくれた。
「エルネア君や他の方々の動きを見ていますと、竜脈の流れに霊流剣を乗せるまでは良いのですが、そのあとはまるで竜脈の流れを否定するように強引に振るっているように見えます。それではすぐに霊流剣の超荷重の呪縛に囚われてしまいますよ?」
「僕たちの剣技は、ルイセイネから見ると強引で荒っぽいんだね。だから竜脈の流れを乱すどころか否定するような扱い方になっちゃっているんだね」
そりゃあ、霊流剣が重く感じるわけです。
霊流剣は、あくまで竜脈に乗せていないと超過剰で扱うことさえできない。あのミストラルだって、持つのがやっとだと言っていたんだよね。
「竜脈を感じるだけじゃなくて、その流れをちゃんと意識しなきゃ扱えないんだね」
「先ずは振り下ろしたりせずに、竜脈の流れに乗せて動かしてみることから始めてみてはいかがでしょうか?」
「ご指導ありがとうございます、ルイセイネ大先生!」
ルイセイネの助言は、僕たちに有益な情報をいっぱい与えてくれる。
これはもう感謝しかないよね!
感謝を込めてルイセイネを抱きしめたら、
「エルネア、それはルイセイネの罠よ」
「はわわ、エルネア様はお渡しいたしませんわっ」
「ルイセイネが悪女になっているわ」
「ルイセイネが痴女になっているわ」
「むきいっ、ルイセイネは巫女としてもっと慎ましくありなさいっ」
「エルネア君の独り占め争奪戦ね? 望むところよ」
わあっ、と僕たちを目掛けて妻たちが迫ってくる!
「ここは、空間跳躍を使って脱出だ! ……ぐええ、霊流剣に竜気を全部吸われちゃった」
「んんっと、プリシアも遊びたいよ!」
「あそぼうあそぼう」
「にゃーん」
そして集まるちびっ子軍団たち。
プリシアちゃんと、アレスちゃん。それとニーミア。
「これは遊びじゃないんだよ!?」
「んんっと、楽しくないといけないんだよ?」
「あははっ。さっきのお魚さんのお話の続きか。そうだね。それじゃあ、楽しみながら修行しよう。でも、その前に」
竜気を全部吸われた僕は、竜脈から力を汲み取る。そうして竜力を回復させると、改めて霊流剣を構え直した。
「それじゃあ、修行の第二幕『楽しく鬼ごっこをしながら竜脈を学びましょう!』の開催だよ!」
「エルネア、これは遊びじゃないわよ!」
と迫ったミストラルの魔の手から、僕は逃げ出す!
ルイセイネも、ユフィーリアとニーナから逃げるように走っていった。
さあさあ、楽しくなってきましたよ。
これこそがイース家の日常であり修行だよね!
そうして、僕たちの冬は過ぎていった。
賑やかな毎日。穏やかな家族との時間。修行に明け暮れる日々。
気づけばあっという間に年末となり、流れ星さまたちが主催してくれた年越しの素敵な祝祭をみんなで楽しみ。
いよいよ、狂淵魔王の国へと向かう日が迫る。
「いいこと、エルネア。絶対に無理や無茶はしないこと。
「ミストラル、心配してくれてありがとう。みんなとは少しの間会えなくなって寂しいけど、だからこそ早く用事を済ませて帰ってくるね。もちろん、全員が元気な姿で!」
「エルネア君、リステア君たちとの合流場所はわかっていますね?」
「はははっ、ルイセイネ、僕が忘れていてもシャルロットから強制的に飛ばされるから大丈夫だよ」
と胸を張ったら、妻の全員から「それでも移動先を把握していないと迷子になるわよ」と突っ込まれた。
そして全員で笑う。
この笑顔を見られるのも、今日で暫しのお預けになるんだね。
僕は愛する妻たちの笑顔をしっかりと記憶に焼き付けると、霊流剣を帯びて出発の準備を終えた。
さあ、行こう!
リステアとスラットンはどれだけあの剣を自在に扱えるようになっているのかな?
聖剣復活の旅以来の、僕たち親友の旅だ。
「土産を忘れるなよ? 狂淵魔王の首で良いからな。わたしを狙ったことを後悔させてやれ!」
「アステルが無茶を言っているよ!」
「ふふ、ふふふ。楽しい舞台になると良いですね?」
「エリンちゃんが密かに何かを企んでいるようにしか感じないよ!」
アステルと傀儡の王も、禁領でのお留守番が続く。
アステルは物質創造という特殊能力を欲する狂淵魔王に狙われているし、傀儡の王はまだ深緑の魔王の国には帰らないみたい。
始祖族の問題児を禁領に残したまま旅立つのは気が引けるけど、なんだかんだといつも騒がしくても、ミストラルには頭が上がらないようなので、二人のことは信頼する妻たちにお任せしておこう。
そして、僕の準備が整う瞬間を待っていたように、移動補助をしてくれるシャルロットが禁領に現れる。
「さあ、エルネア君。頑張って活躍してきてくださいませ」
「視察に行くだけだからねっ」
魔族は僕に何を期待しているのかな!? と突っ込みを入れている最中に、視界が暗転したのだった。
竜峰の麓に僕らは住んでます 寺原るるる @yzf
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