気のせいです

 遅れて地上に降り立ったフィレルが駆けつけてくる。そのかたわらには、ひとりの白甲冑の騎士が付き従っていた。


「エルネア君、遅れてごめんなさい」


 謝罪するフィレル。白甲冑の騎士は、いぶかしげに僕と周りの様子を伺い、ライラで視線が止まる。


「そちらの方は?」


 質問する僕。

 白甲冑といえば竜騎士なんだけど、今も空を旋回し続ける飛竜騎士団から離れて、フィレルと一緒にやって来たということは、隊長なのかな。


「申し遅れた。私はホープキス。竜騎士団北部防衛隊の隊長をしている。今回、君が地竜の暴走を止めてくれたことに、ヨルテニトス王国を代表して礼を言わせていただきたい」


 ホープキスさんは、高身長の二枚目な男性だった。そして随分と物腰が柔らかい。

 フィレルとともに飛んできたとはいえ、正体不明の僕なんかにうやうやしい態度を取ってくれる。

 柔和な笑みが人の良さそうな雰囲気を醸し出していて、ああ、女性に人気があるだろうな、とひと目でわかります。


 やっぱり、竜騎士といっても、いろんな性格の人がいるんだね。特別な職を鼻にかけた高慢な人から、礼節をわきまえた領主様。ホープキスさんのような物腰の柔らかい人。アーニャさんのような素朴な人もいる。


 某青い人の印象が強すぎて、ついつい偏見の目で見てしまうのは良くないね。


 僕も名前を名乗り、挨拶をする。ホープキスさんは微笑んで反応してくれた。

 ただし、ホープキスさんの瞳はがっちりとライラを捉え続けていた。


「私はライラですわ。お、お姫様ではありませんわ」


 なんという自己紹介ですか。突っ込みたい気持ちを抑え、彼女は大切な家族だと補足する僕。

 ホープキスさんは驚いたように目を見開くけど、何かを察してくれたのか、追求してくることはなかった。


 竜峰で王国騎士の人に会った時から思っていたけど、意外とライラを知っている人が多い。

 上級身分なので王城に出入りしていたからなのだろうけど、居ないという設定の人物をこれほどまでに認識しているのも変な話だよね。


 あ、ライラはお姫様じゃないんでした。そうでした。


「それで、この状況を説明していただけますか」


 フィレルが頃合いを見て話題を戻してくれた。僕は事のあらましを説明して、地竜が卵泥棒捜索と卵の奪還を僕に一任してくれた事で、この場の騒動が一旦落ち着いたことを伝える。


「君はいったい……」


 とホープキスさんは絶句していた。これは最近よく見る風景です。


「それなら、僕も手伝います」


 やる気を見せるフィレル。だけど、僕は頭を左右に振って応えた。


「王子様は、王様のもとへと行ってください。そもそも竜峰を離れたのは、王様のお見舞いに行くためなんですから」

「だけど……」

「一度、王様のご容態を見てから戻ってきても良いじゃないですか。人手は多くあったほうが事件解決は早まるかもしれませんが、王様のご容態も気にかけてあげてください」


 王様、というか身内のことよりも王子としておおやけの問題を優先する姿勢は素晴らしいけど、お父さんは大切だよ。

 危篤状態ということは、いつ亡くなってもおかしくないんだ。だから命のあるうちに、せめて顔だけても見ていたほうが良いと思う。


「そうなんですが」


 と、それでも少しだけ迷いを見せるフィレルに、僕は笑顔を向ける。


「卵泥棒は手練の者らしいんです。だけど、無意味に竜族から卵を盗むようなことはしないと思うんですよね。殿下には、王都の情報網を利用して卵泥棒の手がかりを見つけて欲しいです」

「なるほど。ヨルテニトス王国内の情報は王都に集まります。僕は王都での情報収集担当ですね」


 僕の提案に、フィレルは顔を綻ばせた。


「エルネア君の心遣いに感謝します」

「いいえ。僕たちにできるのはこの程度ですから」


 フィレルと握手を交わしあうと、すぐ側で様子を伺っていた地竜の方へ向き直る。


「少しだけ待っていてください。きっと卵を取り戻してみせますので」

『うむ。汝を信じ、我らは待つことにしよう』


 地竜のかしらは深く頷き、他の地竜たちも同意と喉を鳴らす。

 竜心がなく、地竜と僕のやり取りを理解できていないホープキスさんは、急に地竜の群れが喉なりをし始めたので顔を引きつらせていた。


「エルネア君はすごいですね」

「えっ、なぜですか!?」

「だって、竜族とこうやって簡単に心を通わせて、信頼関係を築いてしまうから」

「それは少し誤解があります。簡単に心を通わせているわけじゃないですよ。ただ、竜族は人族よりも遥かに高い知性を持っているんです。だから誠心誠意に話を尽くせば、きっと解り合えると思って挑んでいるだけです」

「なるほど。僕もその心構えを見習いたいと思います」


 フィレルと軽く言葉を交わすと、僕たちは暴君とユグラ様の待つ場所へと戻る。

 ミストラルたちは僕に一任しているのか、ユグラ様の背に乗って待っていた。

 双子王女様もすでに意識を取り戻していて、仲良く暴君の背中で待っていてくれている。僕が離れたのに大人しく双子王女様を乗せたままだなんて、暴君も丸くなったものだね。


 戻ると全員に事情を話し、ここで一旦フィレルと別れて行動することを伝えた。

 ミストラルたちは了解し、暴君の背中へと乗り移る。

 リームとフィオリーナも。


 おい!


 リームはともかく、フィオリーナがこっちに来ちゃ駄目でしょう。


『フィオは役に立つ。連れて行け』


 ユグラ様の目が届かないところに連れて行っても良いんですか。と突っ込む前に、ユグラ様にそう言われてしまいました。


『ミストラルが居るなら問題なかろう』

「わかりました。フィオを大切にお預かりします」

『うわん。やっとエルネアとふたりっきりになれるよっ』

「いやいやいや。ふたりっきりじゃないからね。みんな一緒だし、君はミストラルの側に居ることが条件だからねっ」

『リームもいるよぉ』


 子竜二体にもみくちゃにされる僕を、ホープキスさんがぎょっとした表情で見ている。

 お、襲われているわけじゃないんだからね!


 フィオリーナとリームをあやしながら、暴君の側へ歩み寄る。

 そして、ひとつ思いついて足を止め、振り返った。


「殿下、僕たちに命令してください。王子として」

「えっ!? ……ああ! エルネア君、本当にありがとう」


 フィレルは僕の意図に気づき、深く頭を下げた。


「それでは。エルネアとその家族に、ヨルテニトス王国第四王子として命じます。これより、地竜のために卵泥棒と盗まれた卵を捜索してください」

かしこまりました」


 下手くそな僕の礼に、フィレルは吹き出しそうになるのを我慢する。

 仕方ないじゃないですか。こんな改まった礼なんてしたことないんだから。

 二人して目線で笑い合い、暴君に飛び乗ろうと身構える。


「君の心遣いに、私からも感謝をさせてもらう。それと、君たちだけでは動き難いかもしれぬので、こちらからも誰か寄越そう」


 僕たちは、ヨルテニトス王国内での功績を欲しているわけじゃない。それなら、これはフィレルの命令で動いているという体裁をとれば、僕たちが活躍すれば、それは彼の功績になる。

 フィレルの将来の役に立つし、僕たちもヨルテニトス王国内で自由に活動するための名目ができる。なので、お互いが得をするから、お礼なんていらないのにね。


 だけどホープキスさんの申し出は快く受けることにした。

 きっと、僕たちのお目付役も兼ねているとは思うけど、王国側の人がいてくれた方が、僕たちがフィレルの命令で動いていることの証明になるからね。


 僕が快諾かいだくすると、ホープキスさんは少し離れた場所で待機していた飛竜に騎乗し、早々に空へと戻った。


「僕も陛下のご容態を確認したら、すぐに戻ってきます」

「情報も忘れずにね?」

「あ、はいっ!」

「まぁ、フィレルが戻ってくるまでには解決しているかもしれないけどね」

「それが一番喜ばしいことなんですけどね」


 最後にもう一度フィレルと言葉を交わす。そしてフィレルはユグラ様に騎乗すると、大空へと飛び立っていった。


 ちなみに、お付きの三人はフィレル側に残った。彼らはユグラ様のお世話が命題だからね。


 地上で少しだけ待つと、空へ上がったホープキスさんが二騎の飛竜騎士を連れて降下してきた。


「お待たせして申し訳ない。この二人を君たちに預ける。竜騎士ではあるが、君が命令してもらっても構わない」

「よろしくお願いします」

「指示に従わせていただきます」


 ……ホープキスさん。どういう人選をしたんですか。


 恭しく騎士礼をする二人の竜騎士は、若く見目麗しい美人さんだった。


「黒髪の方がザナドゥ男爵家令嬢のメディア。赤髪の方がウルーナ竜騎士爵の跡取りであるトルキネアだ。よろしく頼む」


 言ってホープキスさんは、メディア嬢とトルキネア嬢を残し、また空へと戻っていった。


「エルネア、どういうことかしら?」

「エルネア君、不潔よっ」

「エルネア様、自重してくださいですわ」

「増えるのかしら」

「危険だわ」

「いやいやいや、みんな何を言っているんですか!? この方たちは竜騎士様ですよ。変な風に話が発展するわけがないじゃないですか」

「わたしは竜姫よ」

「わたくしは巫女です」

「私は……なんでもありませんわ」

「私は王女だわ」

「私も王女だわ」

『今更竜騎士など、大した身分ではないな』

「……」


 幼女以外のみんなに変な突っ込みを入れられて、お腹が痛くなってきました!


 メディア嬢とトルキネア嬢は、意味がわからないと首を傾げている。

 こちらの事情は知らなくて良いんです。気にしないでください。


 プリシアちゃんたちはこちらのことなど気にした様子もなく、暴君の背中で楽しく遊んでいる。

 珍しく、新しい出会いに飛び出して行ったりしないと思ったら、ミストラルにがっちりと抱きしめられていた。


 ああ、幼女たちの能天気さが羨ましい……


 とほほ、と肩をすくませながら暴君に飛び乗る。

 すると、地竜が最後に言葉をかけてきた。


『竜王よ。最後にひとつだけ』

「はい。なんでしょうか」


 暴君の背中の上から地竜を見る。


『できれば、その娘の命令を解いていってほしいのだが』


 あああっ! そうでした!!

 ごめんなさい……

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