暴走地竜の群

 地竜といえば、今もミストラルの村の近くに滞在しているむれを思い出す。彼らは、僕が突然来訪しても怒ったりはしなかった。

 威嚇はされたけど。

 そして話に耳を傾けてくれて、竜峰同盟結成にも一役買ってくれたような、ふところの深い竜族。


 生息する地域で性格が大きく異なるようなことはないだろうから、そういう温厚で知的な地竜が暴れるのは、よっぽどのことなんだろうね。


 暴君とユグラ様に急いでもらい、僕たち一行は王都北部に広がるという山岳地帯を目指す。

 途中で魔獣の大鳥と遭遇したけど、暴君が爪に引っ掛けて一瞬で退治してしまった。


 そして、急行する僕らの前方に山の起伏が見え始めた頃。


 そろそろ、どの辺りで地竜が暴れているのか見つけなきゃ。と思い目を凝らすまでもなく。


 山岳の麓の一点が、何やら騒がしい状況になっていた。


 近づくと。

 地上からは重力を無視したように大小様々な岩が飛び上がり、空で爆散していた。

 上空には飛竜、というか飛竜騎士団が二十騎以上飛行していて、下から飛んでくる岩石を迎撃している。


 そしてさらに近づくと、地上にも地竜騎士団が五騎構えていて、土の壁を築いて地竜の暴走を阻止しようと、行く手を阻んでいた。


 すでに、随分と大事おおごとになってました!


 地竜は群で動いているのか、土煙でよくは確認できないけど、相当数が暴れている。


 地に響くような咆哮をあげ、竜術を手当たり次第に放っている。


『そこを退け!』

『我らの邪魔をするなっ』

『邪魔をするようならば、容赦せぬ』


 咆哮とともに、怒り狂う地竜の叫びが届く。


 いったいなぜ、地竜は暴走しているのか。


 暴君とユグラ様は戦況を確認するためか、上空の雲近くまで上昇する。

 この高度までは、さすがに地竜の竜術は届かない。


 眼下で飛び回る飛竜騎士団と地上の地竜たちを見下ろし、ぐるると喉を鳴らす暴君。


『竜騎士団は攻撃をしておらぬな』


 言われてみれば、飛竜騎士団も地竜騎士団も、地竜の群に対しては攻撃していない。


 飛竜は火炎を放ったり竜術を使用はしているけど、あくまでも飛来する岩石を迎撃するためで、地上の地竜に向けては攻撃をしていないように見える。


「どういうこと?」


 状況がよくわからない。


 地竜の暴走を止めたいけど、攻撃はしたくない?

 じゃあどうやって、彼らは地竜の怒り狂っている現状を打破しようとしているのだろう。


 竜騎士団の意図を探り観察する。だけど、竜騎士団には手立てがないように見えて、ただ地竜の猛攻と暴走を止めているだけのように感じる。


『まどろっこしい。皆殺しで解決するのが手っ取り早いではないか』


 暴君らしい発言をありがとうございます。

 でも却下!


 ばしりと暴君を叩くと、ぐるるると不満そうに喉を鳴らされた。


 遥か上空から観察していると、僕たちが一向に参戦しないことに気付いたのか、飛竜騎士団の何騎かがこちらへと昇ってきた。


「そこの竜よ、いつまで傍観しているのだ! さっさと加勢に降りてこいっ」


 先ほど会ったアーニャさんとは、態度が大違い。いかにも高慢こうまんな態度で叫ぶ竜騎士。


 だけど低空から叫んでも威厳なんてないですよ。


 案の定、暴君とユグラ様は冷めた目線で見下ろすばかりで、悠然と高高度を旋回している。


 飛竜はこちらほどの上昇能力がないのか、僕たちのずっと下で上昇が止まってしまっていた。

 そして、そこから竜騎士は叫ぶけど、暴君もユグラ様も取り合おうとはしなかった。


『さぁて、どうしたものか』

『ふんっ。つまらぬ争いだ。こんなものに加勢をするだと? 馬鹿馬鹿しい。愚かな者は滅びてしまえば良いのだ』


 どうも、暴君とユグラ様は乗り気じゃないみたい。

 それはなぜか。

 どうも二体は、なぜ地竜が暴れているのか、理由がなんとなくわかっている様子だね。

 だけど、それを安易には僕たちに教えてくれない。

 自分で考えろ。ということなのかな。


「どうするのかしら」

「このまま傍観するだけかしら」


 双子王女様が困ったように僕を見る。


 参戦する気のない暴君とユグラ様の態度に、双子王女様だけではなくて、ライラも不安そうな表情を見せていた。


「ねえ、レヴァリア。地竜とお話がしてみたいんだけど、群の中に降下してくれないかな?」

『貴様は馬鹿かっ。飛来する岩石や竜術に当たったら痛いではないか』

「あ、やっぱり。ですよねぇ」


 さすがに無謀すぎか。

 苦笑する僕。


 ところで、今は軽く流したけど、痛いだけ?

 死んじゃうとか傷を負う、ではないんですね。この辺に暴君の桁違いの力を感じます。


 それはともかく。さて、困りました。

 竜騎士団には地竜を殲滅するとか撃退するといった意思がない以上、地竜の動きさえ止めてしまえば問題は解決しそうなんだけど。


 ちらり、とライラを見る。


 僕が何を期待したのか瞬時に理解したのか、ライラは瞳をきらきらと輝かせて無言で頷いた。


「レヴァリア」

『却下だ』

「そこをなんとかお願いします。今度レヴァリアのお願いも聞いてあげるから!」


 はたして「お願い」作戦が功を奏したのか、不満いっぱいに咆哮をあげつつも、暴君は降下を開始する。

 と思ったら、翼をたたみ直角に近い角度で急降下をしだす。


「「「「きゃゃぁぁっ」」」」


 全員の悲鳴が重なった。


 暴君は、一瞬で下方を飛び回る飛竜騎士団を通り過ぎ、地上から飛来する岩石を回避しながら急降下をする。


「ラ、ライラ。目を閉じちゃだめ。怖いだろうけど頑張って!」


 悲鳴をあげて僕にしがみつくライラを励ます。強い意思を載せなければ、ライラの能力は発動しない。

 目を閉じて怯えている状況だと駄目なんだ。


 僕に言われ、ライラは涙目ながらもしっかりと瞳を開く、そして、超高速で迫りつつある地竜の群をしっかりと見据えた。


 ライラは、強い意志を乗せて、言い放つ。


「地竜様たち、大人しくなりなさいですわ!」


 ライラの瞳が美しい青色に輝いていた。


 遥か上空から急降下してくるこちらに気付いた地竜が攻撃しようとして。

 そのままの姿勢で、動かなくなる。


 だけど、暴君の急降下は止まらず。


「「「「きゃゃぁぁっ」」」」


 勢いそのままで地上へと突っ込む。


 いくらなんでも、この速度で地上に激突すれば死んじゃうっっ。


 顔を引きつらせて、迫り来る地表をなす術なく見る僕たち。


 そして地上に激突する寸前!

 暴君は大小四枚の翼を大きく広げ、荒々しく羽ばたく。

 それだけで、急降下の恐ろしい速度が相殺されて、暴君は何事もなかったかのように、いつも通りの荒々しい着地を決めた。


「お馬鹿お馬鹿お馬鹿っ!」


 ばしばしと暴君を叩き抗議する僕。


 ライラは寸前のところで意識を失わずに済んだけど、双子王女様は伸びていた。


 おお、双子王女様が失神しているなんて珍しい。二人で抱き合って昏倒する姿は、どことなく可愛く見えた。


 おおっと、思考が逸脱しすぎています。今は地竜たちの方が優先ですね。


 僕たちの行動が成功したことを確認したのか、上空からはユグラ様が悠然と降下してきている。

 だけど、竜騎士団は何が起きたのか理解不能な様子だ。無理もない。

 飛竜騎士団は困惑気味に上空を旋回し、地竜騎士団は遠巻きにこちらの様子を伺っている。


 僕はみんなが到着するのを待たずに、気絶している双子王女様を残してライラと地上に降りた。


 暴君は、地竜の群の目と鼻の先に着地してくれていた。

 ライラの手を引き、地竜の群へと向かう僕。


「強引な手法を使ってしまって、ごめんなさい。だけど、きちんとお話がしたくって」

『ぐぬぬ、貴様たちは何者だ』


 地竜の群が警戒に喉を鳴らし始める。だけどライラの支配下にあり、暴れる者はいない。


「挨拶が遅れました。僕は竜峰の竜王、エルネア・イースと言います。こっちはライラ」

『人族でありながら竜王……我らの言葉がわかるのか』

「はい。竜心があるのでわかります。そして貴方たち地竜が無闇に暴れるような竜族ではないことを知っています」

『不思議な少年だ』


 やっぱり地竜は温厚で知的なんだ。

 僕が話せる者と理解すると、警戒心を緩めてくれる。

 地竜が落ち着きだして、ほっと胸を撫で下ろしそうとしたとき。


『人め! 我が子を返せっ』


 ライラの支配が続いているなか、怒りを露わに僕たちに迫ってきた地竜がいた。


 見上げる巨体が地響きをあげて迫る迫力に、ライラが怯える。僕はライラを背中に庇い、仲間を押しのけて突進してくる一体の地竜を見据えた。

 竜宝玉の力を一気に全力解放し、障壁を展開しようと竜気を練り上げる。


 だけど、結果から言えば、その必要はなかった。

 一際大きな身体の地竜が僕たちの前に立ち塞がり、突進してきた地竜を止める。

 巨大なもの同士がぶつかる重低音が響いたけど、目の前の地竜は微動だにしなかった。


『落ち着け、フルルアよ。お前の気持ちはわかるが、この竜王ならば話が通じる。まずはこちらのことを伝えるべきだ』


 一際大きな地竜。これまでの経験上、彼がこの群れのかしらかな。

 それと、母らしい突進してきた地竜の言葉で、なんとなく状況が掴めた。


「もしかして、子竜がさらわれたのでしょうか」


 僕の言葉に、フルルアさんの方を向いていた地竜の頭がこちらに向き直る。


『いかにも。汝ら人が、我らの巣からフルルアの子、とはいってもまだ卵であったが、それを盗み出したのだ』


 地竜の頭の言葉に、僕とライラは驚愕した。


 似たような状況の話を知っています。というか、関わっていたような気もします。


 夏前。竜峰で僕たちは竜人族の戦士になる試練を受けた。その際の課題が、竜族の巣から卵を取って村へ戻ることだった。

 だけどそれは罠で、本当はいろいろと自分で考えて、竜人族の戦士たり得る行動をしなさい、というのが試練の目的だった。


 だけど、大馬鹿をやって本当に竜族の巣から卵を盗み、落第した竜人族の人がいたっけ……


 そんな過去の出来事はともかく。

 竜峰から遠く離れたこの地でも、竜族の卵を狙うような愚か者がいたんだね。

 ここで竜人族の試練なんて行われてはいないし、まさに卵泥棒をした犯罪人がいたわけだ。


「ですが、地竜の巣から卵をそう易易やすやすとは盗めないと思うんですが?」


 試練の際、竜人族の人たちが一度真剣に、どうやって卵を盗むか相談したこともある。だけど、彼らでさえ困難だと結論づけていた。

 それなのに盗めた人がいた?


『よく我らを理解しているとみえる。我らとて大切な子を守るために警戒は怠ってはいなかった。しかし、あやつはその警戒網をすり抜け、盗み取っていったのだ』

『巨漢の男だったわ! 貴方の倍くらいの背丈で、頭髪はなかった。そう、髪の代わりに頭部には刺青があったように思えるわ。人とは思えぬほどの筋肉質で、なのに素早かったの!』


 フルルアさんが地竜の頭の隙間から顔を出し、僕に必死の形相で訴えかける。


「犯人を目撃したんですか」

『一瞬だけだ。恐ろしく素早く、かつ手練てだれであった。瞬く間に気配を消され、我らでさえ追跡できずに見失った』


  地竜をけむに巻くほどの手練れ。それだけで、泥棒が只者ではないことがうかがい知れる。


『臭いとわずかな痕跡を頼りに追ってきたが……』


 地竜の頭は、忌々いまいましげに竜騎士団を睨んだ。


 地竜たちは、やはり無闇に暴れているわけではなかった。我が子を取り戻そうと、泥棒を追っていただけ。むしろ、竜騎士団の方が邪魔をしていたわけだね。


 竜騎士に竜心を持った人は居なかったようで、彼らは地竜の暴走の理由はわからなかった。ただ暴れ暴走する地竜が近くの村に迫らないように、防御していたのかもしれない。

 だけど、このままでは地竜たちは泥棒を追って、必ず人里に現れる。

 竜騎士団も、いつまでも防御に徹しているとは限らない。

 なによりも、ここでお互いに手をこまねいていたら、泥棒の思う壺だ。卵は絶対に帰ってこない。


「わかりました。それなら、僕が卵を見つけて取り戻してみせます。だから、みなさんは僕を信じて待っていてくれませんか?」


 僕の言葉に、地竜たちが値踏みするように見つめてくる。


『自信はあるのか?』


 地竜の頭が低く喉を鳴らす。


「正直に言うと、わかりません。手がかりが少ないですし……だけど、みなさんが人族の村や街に行っても、けっして見つからないと思うんです。泥棒は逃げ隠れるだろうし、普通の人は竜心を持っていないので、貴方たちがなぜ暴れているのかさえわからない。それなら、僕のような人が動いた方が可能性はあると思うんです」


 地竜たちは僕の提案に、ぐるぐると喉を鳴らしあって相談する。だけど僕が提示した案よりも建設的な意見は出ずに、最終的には納得してくれた。


『竜王よ、汝に任せよう』

『どうか。どうか我が子を見つけ出して!』


 悲痛な叫びのフルルアさんに、僕は固く頷いた。

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