竜騎士アーニャ

「むぐぐ、ぷはあっ」

「く、苦しいですわっ」


 天国なのかな。地獄なのかな。たぶん、ヨルテニトス王国の王都に着いたら地獄が待ってます!


 僕とライラは、窒息死する前になんとか巨大な双丘から抜け出すことに成功した。

 というか、なんでライラまで捕まっているんですか!


「あら、遠慮する必要はないわ」

「ライラは恥ずかしがり屋さんだわ」

「いやいや、やりすぎですっ」

「恥ずかしがりとこれは関係ないですわっ」


 僕とライラはそれぞれ、双子王女様によって愛の抱擁という名の拘束を受けていた。

 もがけばもがくほど、双子王女様のお胸様へと沈んでいく。ライラも僕と同じように拘束から抜け出そうともがくけど、暴君の背中の上で思い切り暴れるわけにもいかず、思うように脱出できない。


 これは、予想すべきでした。


 ミストラルとルイセイネの手が届かないところで僕と双子王女様が一緒になれば、こうなることは容易く予想できたのに。


 ううん。予想は少しだけできてました。だけど期待というか、楽しみにしていたというか……


 いやいや。煩悩がなかったわけではないけど、その後の恐怖を考えると困りものです。だけど、最近は双子王女様が大人しかったので、油断していただけです。


 少し離れたところで飛ぶユグラ様の背中で、ミストラルとルイセイネが拳をあげて何か叫んでいるけど、見ないことにしよう。


 ともかく、今はこの状況を打開しなきゃ。


 僕とライラは別々で双子王女様に拘束されている。だけど、どっちが姉のユフィーリアで、どちらが妹のニーナなのか判別はできません。


 そうそう。

 カルネラ様の村でフィレルと話し、打ち解けあったあと。僕は彼の名前を呼び捨てるようになった。フィレルたっての希望ということもあったけど、様付けで呼び合うのは友達じゃない、と思い知らされたんだよね。

 それで、家族として迎え入れた双子王女様も様付けなんて変だと思うようになって。二人の許可をもらい、今では呼び捨てにさせてもらっている。

 まぁ、二人まとめてだと、ついつい「双子王女様」と今でも言ってしまうんだけど。


「ユフィ姉様。次は私にエルネア君を抱きしめさせてください」

「ニーナ、次は私にライラを抱かせてね」


 好機です。


 姉と妹がどちらかわかったことを喜んでいるわけじゃない。二人がお互いに僕とライラを交換しようとした隙に、抜け出そうと試みる。


「むぐうっ」

「離してくださいませっ」


 しかし、さすがは双子。見事な連携で僕とライラを交代した双子王女様は、きつく抱きしめてくる。


 今、僕を抱きしめているのは、妹のニーナだね。


 でもなぜだろう。女性であるはずの双子王女様の拘束を、僕はまったく解くことができない。


「抵抗しても無駄だわ」

「エルネア君は正直だわ」


 ぐぬぬ。それはまるで、僕が本能に負けて拘束を解けないみたいじゃないですか。けっしてそうじゃない。それを証明するためにも、このお胸様から脱出をしなきゃ。


「ユフィ姉様。お尻を触られたわ」

「ええ。私もさっき触られたわ」


 不可抗力です!


 もがけばもがくほどにお胸様に沈んでいく頭。視界が真っ暗で、何を触っているのかわからないんです。


 ああ、だけど……

 この暖かく柔らかい、そして良い匂いのお胸様はなんて素敵なんでしょう……


 はっ!


 意識を失いかけていた。


 なんとかニーナのお胸様の上に顔を出し、大きく息をする。と思ったら、ニーナの顔が近づいてきました!


「ななっ。エルネア様、口付けは禁止ですわっ!」

「えっ!? ちょっ……」


 迫るニーナ。

 だけど、僕はようやく顔をお胸様の上に出せた状況で、それ以上の抵抗が取れそうにない。


 風に乗って、ミストラルとルイセイネの悲鳴のような叫びが微かに聞こえる。


「ニ、ニーナ。それは禁止だよっ」


 今はまだ、超えちゃいけない行為です。


 徐々に迫るニーナの唇。

 そして顔が重なり合う。


「「「「きゃぁぁっっ」」」」


 唇と唇が重なり合いそうになった瞬間。ぐらり、と急に足場が激しく揺れた。


 僕とライラ、そして双子王女様の悲鳴が重なる。


 暴君が突如として急降下を始めた。そして地上すれすれで今度は上昇。かと思えば右に左に身体を振り、荒く空を飛び回る。


 目まぐるしく変わる風景に、目を回しそうになる僕たち。

 だけど、全員がライラの竜術で暴君の背中に張り付いているので、落ちることはない。

 そう、ライラが意識を失わなければ……


「ラ、ライラ。絶対に気を失っちゃいけないからねっ」

「は、はいですわっ」


 僕の横でユフィーリアに抱きしめられているライラは、涙目だけど頷く。


 ええい、暴君よ。急にどうしたんだい!?


 僕の心を察知したのか、暴君が吠えた。


『お前たちはもう、絶対に乗せんっっ』


 ああ、背中で暴れていたから怒っちゃったんだね。

 落ち着いた後はちゃんと謝ろう。という僕の決意は、ずっと後になって果たされた。


 暴君はわざとらしい飛び方を続けて、背中に乗る僕たちが疲弊しきった後にようやく落ち着く。

 そして僕たちは、暴君の背中でぐったりと横になって伸びてしまっていた。


「ライラ、気を失わずに頑張ってくれてありがとう……」

「いえいえですわ……」


 ライラの竜術がなければ、僕たちはとっくに振り落とされています。


 双子王女様も目が回っているのか、僕とライラを拘束する力もなく横になって荒い息をついていた。


 ちょっと色っぽい。


「まったくもう。レヴァリア暴れすぎだよ」

『ふふんっ。貴様らに比べれば可愛いものだ』


 あれのどこが可愛いのか疑問だけど、背中で暴れていたことはきちんと謝罪する。暴君も許してくれたのか、その後はユグラ様の隣で大人しく飛んでくれた。






 ひと騒動あった後の空の旅は順調で、街道沿いに飛ぶユグラ様と暴君は幾つもの都市や村や街、そして山や川を飛び越えて東へと進む。


 本来であれば何十日もかけて移動する距離をたった二日で通過する竜族の飛行能力の凄さに、改めて驚愕させられるね。


 そして、遥か遠方にひとつの都市が見え始めた頃。

 都市の城塞じょうさいから一体の飛竜が舞い上がった。


 なんだろう。僕の勘が久々に働く。


「レヴァリア、あの飛竜に会って」

『面倒だ』


 と言いつつ、暴君は前方で高度を上げてきている飛竜に向かい飛ぶ。ユグラ様も興味を持ったのか、暴君に続いてくれた。


「そこの解放竜よ、止まってください!」


 上空で、不思議とよく通る女性の声が響いた。

 女性の言葉を一瞬無視しようとした暴君をとがめて、飛竜に近づいてもらう。


 焦げ茶色の綺麗な鱗をした飛竜と、それに跨るのは女性の竜騎士。

 近づいて、暴君とユグラ様の背中に大勢の人が騎乗していることに気づき、女性の竜騎士は仰け反って驚く。


「し、失礼いたしました。まさか殿下が騎乗する竜とは知らず……」


 そしてフィレルの姿を認識すると、慌てて頭を下げる。


『何事だ』


 ユグラ様が、女性竜騎士が騎乗する飛竜に問う。


『まさか、伯でありますか。これは良きところに来てくださいました』


 飛竜はユグラ様を知っていた。だけど暴君は知らないみたい。ちらりと暴君を気にしながら、ユグラ様と言葉を交わす飛竜。


『緊急事態でございます。どうかお力添えをお願いいたします』

「緊急事態?」


 飛竜の言葉に、つい反応しちゃいました。


『むむむ。人族でありながら、竜心を持っているのか』


 あ、気づかれちゃった。


『この者たちが何者であるかは、今はよかろう。緊急事態とはなんだ』

『はい、それが……』

『待て。ここで飛びながらでは辛かろう。一度降りるぞ』


 ユグラ様と暴君は、一定の場所に滞空しながら飛竜と向き合っている。だけど飛竜はひとつの場所に留まっていられないのか、細かく旋回しながら会話を続けていた。


 ユグラ様と暴君が降下を始める。


 竜心のない女性竜騎士は、急に喉鳴りや咆哮を上げだした竜たちに目を白黒させていたけど、僕たちが降下するのに合わせて、慌てて飛竜を着地させる。


 どうも使役は絶対らしく、ユグラ様と飛竜が話して決めたことでも竜騎士の指示がなければ動けないみたい。


 着地すると、女性竜騎士は飛竜から降りて、フィレルを迎えた。


「こんにちは、アーニャ。お久しぶりです」


 どうやらフィレルも女性竜騎士を知っているみたいだね。

 ユグラ様から降りると、フィレルは親しげにアーニャと呼ばれた女性に近づく。


「殿下。ご立派でございます」


 フィレルが騎乗していたユグラ様を見て、アーニャさんは感動している様子だった。


「あはは、じつはちょっと事情があるんですが。それは今は置いておいて。緊急事態とはどうしたのでしょうか」


 フィレルに促されて、要件を思い出すアーニャさん。


「じつはでございますね」


 なんか言葉が変だよ。


「王都の北部で、地竜たちが騒いでいまして」


 アーニャさんの話と、フィレルの補足を要約すると。


 王都の北部に広がる山岳地帯には、地竜が少しだけ生息しているらしい。そこの地竜は温厚であり、普段は暴れるようなことはない。だけど、今回は非常に気が立っているらしく、むれで近隣の人族の村に迫ろうとしている。

 竜騎士団が地竜の進行を阻止すべく活動しているようだけど、状況はかんばしくない。

 それで、退役した野良の竜族を見かけたら協力してもらうように通達が出ていた。

 アーニャさんは、僕とフィレルが所持する通行証を城塞で認識して、飛んできたらしい。


「それで、なぜ地竜が暴れているのか原因はわかっているのですか」


 フィレルの質問に、アーニャさんが困った表情になる。


「ごめんなさいなのです。じつは私も伝令を受けただけですので、詳しい事情までは……」


 アーニャさんはまだ下っ端らしい。とにかく退役した野良を見つけたら、北に向かわせろとしか言われていないのだとか。


「わかりました。急いで向かいます」

「い、いえっ。殿下にこのような案件をお願いするわけではなくてですね。あの、えっと、そのっ……」


 説明はしたけど、まさか王子であるフィレルが動くとは思っていなかったのかも。

 王様が危篤で、それに駆けつけたことくらいは、竜騎士ならば誰もが知っているはずだ。見舞いに急ぐ王子にお願いすることはできない。

 なのにフィレルが二つ返事をしたので、アーニャさんは顔面蒼白になって、慌てて言い繕うとする。


「良いんですか」


 僕の確認に、フィレルは頷いた。


「陛下の容態は気になりますが、地竜のことも気になります。竜族が無闇に暴れるようなことはないと思うんです。それに、竜族にも人にも被害が出てほしくないですし」


 父であり王である人よりも、有事を優先する。フィレルの意志に全員が感心する。


「行くなら、急いだ方が良いわ」

「私たちが行けば、万事解決だわ」


 復活した双子王女様が自信満々に胸を張る。


 貴女たちが動くと大問題に発展しそうなのは、気のせいでしょうか。


「ほ、本当によろしいのですか」


 恐る恐る聞いてくるアーニャさんに、微笑み頷くフィレル。それを見て、アーニャさんの顔に血の気が戻る。


「よ、良かったぁです。やっと正式な竜騎士になれたと思ったのに、王子様に不敬を働いて牢屋行きかと思ってしまいました」

「あはは。そんなことはないですよ。アーニャさん、これからも頑張ってくださいね」

「はいっ。頑張りますっ」


 元気いっぱいのアーニャさんを見ていると、竜騎士の人たちも気位きぐらいの高い人ばかりじゃないのかな、と思えてくる。

 王都の人たちも、アーニャさんのように気の良い人がたくさん居れば良いんだけどね。


 それはともかく。今は急いで北に向かおう。一刻も早く問題を解決して、フィレルとライラを早く王都に連れて行きたい。


 フィレルと頷きあうと、僕たちはまた空へと戻った。

 そしてフィレルとユグラ様の案内のもと、王都の北にあるという山岳部を目指して、進路を北東に向ける。


「いってらっしゃぁいっ!」


 アーニャさんがよく通る声で見送ってくれる。


 いったい、北で何が起きているのかな。

 地竜が暴れるなんて、ただ事ではない。ライラも少し不安なのか、僕の手を強く握りしめていた。

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