お付きの三人はユグラ様の背中で待機です

 フィレルが名乗り出たことで、物事は一気に前進する。


 王族、王子様ってやっぱり凄いんだね。と思い知らされて、双子王女様が僕の側に居てくれることがどれほどの事なのかを改めて実感させられた。


 そもそも僕の周りには、破格の者ばかりのような気がする。

 竜の森の守護竜であり、伝説の竜であるスレイグスタ老。竜人族で最高位の称号を持つミストラル。巫女であり竜眼を持つルイセイネに、竜を支配する能力を持ったライラ。古代種の竜族のニーミアと、次期耳長族の族長予定のプリシアちゃんと、霊樹の精霊のアレスちゃん。そしてアームアード王国第一王女と第二王女の双子王女様。


 今も、フィレルの知り合いというだけでなく、双子王女様と縁のある者として、僕たちは思いもよらないほどの待遇を受けていた。


 フィレルが挨拶を交わした竜騎士は、カッド砦と周辺の都市を統治する領主様だった。

 カッド砦は国境の要所で、代々貴族出身の竜騎士が領主を務めているのだとか。


 カッドの港街と対岸にあるアームアード王国側の港街は東西を繋ぐ主要な街道の継ぎ目であり、大河に面する都市の中で最も繁栄している。すると経済力も非常に高く、カッド砦の中は外見とは裏腹に豪華な宮殿のような造りになっていた。

 そして、その中で最も豪華で、王族や高級貴族が来訪した際にしか使用されない一室へと、僕たちは案内された。


 堅牢な石造りの砦のなかに、木目の美しい木造りの部屋があるなんて驚きです。琥珀色こはくいろに磨かれた床板は足を乗せるのも躊躇ためらわれるくらいに輝いている。壁際には落ち着きのある調度品が並べられ、配置自体が芸術のようにさえ感じられる。

 応接用の脚の短い平机や長椅子も全て木造で、部屋のなかだけ異空間なように感じて逆に居心地が悪い。


 部屋に入って早々に、プリシアちゃんとアレスちゃんが長椅子に飛び乗った。

 寝台の上でやるように飛び跳ねて遊ぶつもりだったのかな。だけど身体が深く長椅子に沈み込んで、驚いたようにこちらを見た。

 高級なものって、なんでこんなにふかふかなんだろうね。身体を沈ませたプリシアちゃんたちを見て、長椅子に座ることさえ躊躇ちゅうちょしてしまうよ。


 だけど、そんな僕たちとは違い、双子王女様は気にした様子もなく、プリシアちゃんたちと一緒に座って寛ぐ。さすが王女様。この程度の高級感には慣れっこなんだろうね。


 一般庶民的な価値観の僕たちは、手持ち無沙汰ぶさたで居心地悪く部屋に立ち尽くした。


 そんな僕たちに追い打ちをかけるように、使用人らしき人が果物やお菓子、飲み物といったものを部屋に運び入れてきた。僕たちは顔を見合わせて苦笑しあう。


「これは流石に気まずいわね」

「地方の砦でこれですから、王城へと赴いたときのことを考えると、気が重くなります」


 部屋の隅で、ミストラルとルイセイネが途方に暮れている。

 巫女のルイセイネはそもそもが慎ましい性格だし、質素を好む竜人族のミストラルも、この豪華さには慣れていない様子だ。

 僕も何度かこういった高級感漂う場所に行ったことはあるけど、慣れるようなものじゃないね。


 早くフィレルが戻ってくることを祈ろう。


 僕たちがこの部屋に通されているのは、フィレルが領主の竜騎士と会談しているからだった。


 王様が危篤で、急遽王都へと戻る途中のフィレル。これから東へと飛ぶ間にも、要所要所には竜騎士が配属されていたりするので、今回のような問題が起きないように正式な通行証を手に入れてもらっている。


 フィレルだけなら顔を見せれば済むと思うけど、僕たちが同伴しているからね。いちいち僕たちの説明をするのを省くために、通行証を発行してもらって一気に東へと向かう予定だった。


 上空を旅する者なんて飛竜騎士団しかいないから、見慣れない暴君とユグラ様が空に現れれば、通行証を提示する前に、また問題が起きそうな気がするんだけど。という杞憂きゆうは双子王女様によって解決した。


「ヨルテニトスには、おつとめを終えた竜族もいるわ」

「竜騎士から解放された竜族は、その後は国内での自由を約束されているわ」

「今発行してもらっている通行証は、ヨルテニトス王国内での自由を約束するものなの」

「でも人に害を及ぼしたりしたら没収されるの」


 ほほう、初耳です。


 人族に捕まり調教された竜族は、竜騎士の下僕となり使役される。だけど、死ぬまでこき使われるわけではなく、五十年から百年ほどで解放されるらしい。そして解放された後は、その身を保証するために通行証が発行されるのだとか。

 通行証を持つ竜族は、竜騎士の使役する竜が気づくらしい。だから、気づけば竜が竜騎士に伝えて、素通りさせてもらえるのだとか。


 ちなみに、どうやって気づくのかとか、どう伝えるのかは、双子王女様も知らなかった。


 フィレルは暴君とユグラ様の分の通行証を貰うために、今は僕たちの側に居ない。


 フィレルも早く王都へと向かいたいはずだろうけど、ここは回りくどく感じても、通行証を貰っておいた方が良いので待つしかないんだよね。


 僕とミストラル、それとルイセイネとライラは部屋の隅で居心地悪く待つ。双子王女様とアレスちゃん、プリシアちゃんとニーミアは持ち込まれた飲食物に舌鼓を打ちながらフィレルを待つ。


 待つ間の余談として。


 プリシアちゃんとニーミアは、いつぞやのように仮装してもらっている。耳長族の幼女も人の言葉を話す竜族も、人族の繁栄する場所では絶対に見かけない存在だからね。ただでさえ暴君とユグラ様で注目を集めそうなのに、そこへさらに珍しいものを投下することは避けたい。

 プリシアちゃんとニーミアは仮装を気に入っているのか、文句なく僕の指示に従ってくれた。


 ふたりの問題はこれで解決済みなはず。


 気がかりなのは、リームとフィオリーナだね。

 フィオリーナはユグラ様、リームは暴君の容姿と似ているけど、体格は幼竜そのもの。竜を捕まえて使役する国のなかで幼竜という一見弱そうな外見は、非常に危険に感じる。

 なので二体には、決して暴君とユグラ様の目が届かない場所には行かないように注意を促していた。


 僕たちがこの部屋へと通される際、二体は不満たらたらに鳴いていたけど、そこは我慢してもらうしかないよね。

 もちろん、僕たちの側でも安全は確保できるけど、暴君とユグラ様が不安がるだろうからね。

 今頃はきっと、砦の屋上に待機しているユグラ様の背中でおとなしく待っていてくれているに違いない。

 と思いをせていると、何やら屋上の気配が騒がしくなった。


 そして、暴君の威嚇のこもった咆哮が砦に響き渡る。


「なんだろう!?」


 僕たちは顔を見合わせる。


「レヴァリアを止められるのは、貴方だけよ」


 ミストラルの言葉に、僕は急いで部屋を抜け出す。続けてみんなも僕に続き、部屋を飛び出した。


 屋上から、張り詰めた緊張の気配が伝わってくる。


 何か問題が起きているのは間違いない!


『我に近づいてみろ。全てを消し炭に変えてやる』


 屋上にいるはずの暴君の怒り狂う意思を、竜心が読み取っている。


 砦の回廊を駆ける僕たちを見て、兵士や商人が驚いているけど、かまっている暇はない。取り返しのつかない事態になる前に、屋上へと向かわなきゃ!


 砦らしく入り組んだ通路を何度も曲がり、上へと続く階段を駆け上がり、僕たちは屋上へと躍り出た。


「あ、あのう。レヴァリア様、どうか落ち着いて」


 屋上では、フィレルが暴君と正面から向き合っていた。そしてフィレルの背後に、竜騎士を含む兵士たちがり腰で張り付いていた。


「王子様、どうしたんですか!?」


 公の場では、呼び捨てにはできない。だけどみんなの注目を取るように、僕は覇気を込めて叫んだ。


「あっ。エルネア君!」


 振り返ったフィレルの顔は、困惑色だった。


「いったいどうしたんですか」


 僕はフィレルに駆け寄り、暴君を見上げる。

 暴君は鋭い眼光で、領主である竜騎士を睨み据えていた。


 暴君の視線を追い、領主の手元を見る。領主は、銀色の鎖を手にしていた。


「レヴァリア様に通行証を取り付けようとしたんですが、近づけさせてくれなくて」


 困り果てた表情のフィレル。


 どうやら、領主の持つ銀の鎖が通行証らしい。


『その鎖には、しゅが込められている。そんなもの、誰が身につけるか』


 誇り高い暴君。

 のろいの込められた鎖を身につけるということは、人に屈したと思うのかも。たとえそれが、単なる通行証なのだとしても。


 そして、身につけるとかいう以前に、暴君は気安く人を寄せ付けるような性格じゃない。

 これでも僕は、暴君のことをたくさん知っているつもりだよ。だから暴君の怒りが何なのかよくわかる。


 僕はフィレルのそばを離れ、暴君に近づく。


 領主と兵士どころかフィレルさえ近づけさせない暴君は、一瞬こちらに視線を向けたけど、それ以降はまた領主とその手の鎖を睨む。


「とりあえず、落ち着こうよ。ここは僕がどうにかするから」


 暴君の首をさする。

 暴君はぐるぐると低く喉を鳴らし続けるけど、僕を信頼してか攻撃的な気配は抑えてくれた。


「その通行証の鎖は、必ず竜に取り付けないといけないのですか」


 領主の竜騎士は、僕の質問にはっと我を取り戻す。

 竜騎士といえども、自由意志の竜族を前にすれば恐れくらいは持つ。しかも相手は暴君だし、仕方のないことだと思う。


「き、決まりでは足首に鎖を巻くことになっている」

「巻かないと通行証としての効果がないとかですか」

「いいや。鎖の呪が遠く離れた竜に通行証の存在を知らせる役目を負っているから、効果自体は巻かなくても良いのだが……」

「それなら」


 僕は暴君の傍を離れて、領主から鎖を受け取ろうと移動する。


「この飛竜は、竜峰のなかで最も誇りの高い者なんです。だから、人族の物を身につけることは絶対にしません。通行証が身につけなくても良い物であるなら、僕が受け取って所持します。駄目でしょうか」


 僕の提案に、鎖と暴君を交互に見比べて困った表情になる領主。そこにフィレルが追加で言う。


「僕が騎乗する翼竜は、初代ヨルテニトス王と共に活躍した黄金の竜です。のお方に呪の込もった道具を巻くのは失礼になると思います。だから、伯の分の通行証は、僕が所持します」


 どうも、ユグラ様も通行証はお気に召してない様子。暴君とは違い静かに佇んで入るけど、完全拒否の雰囲気を醸し出していた。


「伯と僕は必ず一緒に行動します。そしてレヴァリア様とエルネアも必ず一緒ですので、僕たちが通行証を所持していれば問題ないでしょう」


 若干、有無を言わせない強い語気で言うフィレル。

 領主は、慣例よりも王子の言葉に従う意思を見せて、それならと、僕たちが所持しやすいように鎖を短くするように部下へと指示を出す。


 鎖を切断しても通行証としての機能は取れるらしい。


 領主から鎖を受け取った兵士が急いで砦のなかへと駆け戻って行った。


「レヴァリア、これで良いよね?」

『ふんっ、余計なお節介が好きな奴だ』

「いやいや、通行証はないと困るからね。レヴァリアが嫌なら僕が持つしかないじゃないか」

『やれやれ。血の気の多い奴だ。もう少し穏便な方法を考えよ』

『うるさい。老いぼれは黙って子守をしていろ』


 暴君とユグラ様のこんなやり取りは日常茶飯事なんだけど、竜心のない人たちには喉を鳴らし睨み合う翼竜と飛竜に見えたらしく、次はどんな問題が起きたのだとすくむ気配が砦の屋上に広がる。


 ああ、あなたたち。もう少し自重してください。

 何もしてないのにすごく疲れます。


 その後、短くなった通行証の鎖を僕とフィレルは受け取って、其々の腰に巻く。


 これでようやく、僕たちは安全に東へと進めるわけだね。


 とても騒がしいヨルテニトス王国への入国になったけど、残り半日は平穏な移動になってほしいものです。


 通行証を手に入れた僕たちは、早速暴君とユグラ様に分かれて騎乗する。


「君、失礼だが名前を聞いても良いだろうか」


 暴君に騎乗しようとした僕に声をかけたのは領主様だった。


「失礼しました。僕はエルネア・イースと言います。名乗り遅れて申し訳ありません」


 本来なら、もっと早くに全員で挨拶をすべきだったんだろうけど。慌ただしい展開に、色々と忘れてました。


「エルネア君か。君も竜人族なのだろうか」


 ああ、勘違いされています。


 竜峰から舞い戻ったフィレル。そして竜峰には人族は住んでいなく、同行している僕は竜人族と勘違いされたのかな。


「いいえ、違いますよ。僕はアームアード王国の王都に住む十五歳の人族です」


 僕の微笑みに、領主様は目を大きく開き驚いていた。だけど僕は、その驚きが何を意味していたのかを知ることはなかった。


「さあ、早く行きましょう」

「さすがのレヴァちゃんでも、急がないと夜までに王都へはたどり着けないわ」


 暴君の背中に乗った双子王女様に急かされて、僕は領主様にお礼と別れの言葉を伝える。そして、騎乗する。


 全員が騎乗すると、暴君とユグラ様は大空へと舞い上がった。

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