妖魔襲来

 日が変わって翌日。僕は手ぶらで学校へ登校した。本当は昨日のうちに自前の武器を調達する予定だったんだけど、リステアと京劇を見に行ったりしていたらすっかり忘れてしまったのだ。


 仕方ないので、本日の武芸の授業は学校で武器を借りよう。


 今日から本格的な武芸の稽古に入るということで、本当なら自前の武器での授業だったんだけど。持っていないものは仕方がない。


 登校してみると、僕の他にも数人だけ、武器を持参していない生徒がいた。

 仲間がいた。と喜んだのも束の間、彼らは呪術の方の授業を受けるということで、もとから武器は要らなかったらしい。


 そんなわけで僕はひとり、武芸の授業前に教師に一本の中剣を借りることになった。


 武芸は来年からの一年間だけではなく、これから一生を過ごすなかで魔物に遭遇したりした時に身を守る術になるものなので、真剣に受けなければならない。その本格的な鍛練の初日に武器なしで登校した僕に、教師の方々の視線は痛かった。


 今日からは午前中の半分を座学に費やし、残り半分は武芸の時間になる。呪力がある者は呪術の修行になり、神殿に仕える神官や巫女は戻って職務に就くことになっていた。


 武芸の授業前にリステアとまた前日の京劇について熱く語り合っていると、神殿に戻るために身支度を整えたキーリがやってきた。


「リステア、昨日は本当にごめんなさい」

「ああ、キーリ。気にすることはないよ。巫女のお勤めは大切だからね。また今度券を手にいれてくるから、その時は一緒に行こう。今回の劇は最高だよ」

「そのときにはまた是非」


 キーリは微笑むと、巫女らしく礼儀正しいお辞儀をして、そして僕の方を見た。


「昨日はわたくしの代わりにリステアと一日一緒だったとか。私たちも二人だけになるなんて滅多にないので羨ましいです」


 言ってキーリは少し、僕を睨んだ。


 えええっ、僕って妬まれているのかな。そりゃあ昨日はキーリに急な用事で僕が美味しい思いをしたのは確かだけどさ。


「あはは、昨日はごちそうさま」


 僕は頭をかきながらキーリに謝罪のようなお礼を言った。


「もうっ」


 キーリは頬を膨らませて抗議の視線を再度送ってくる。まぁ、本当に怒っているわけではないんだろうね。そもそも巫女のキーリが本気で怒っている姿なんて見たことがない。


 それに、たれ目なキーリがいくら睨んでも迫力がなくて可愛いだけだった。


「キーリ、早くしないと遅れちゃうよー」


 キーリを呼びに来たのは、同じく巫女のイネアだった。彼女は背が小さく童顔で、よく年下に見られていて本人も気にしていたが、活発で良い娘だ。


「そうですね。帰りましょうか。それではリステア、エルネア君、また明日」


 キーリは改めてお辞儀をすると、追い付いてきた最後のひとりの巫女ルイセイネとともに下校していった。


「俺たちも修練場へ急ごう」


 僕はリステアに促され、急いで修練場へと向かう。


 修練場は学校の隣の敷地にある。なぜ校内に併設しないのかというと、王都内に魔物が出た際に修練場に魔物を誘導して討伐をするためだ。


 僕たちが修練場に到着すると、既に他の生徒は来ていて、自分の武器を見せ合いながら教師の到着を待っていた。


 やっぱり剣を持つ生徒が多い。剣は無難で扱いやすく、普段腰にさしていても邪魔にならないから人気なんだよね。中には槍や手斧を持つ人や盾を持った人もいた。

 槍はわかるけど、盾はなぁ、と僕は思う。盾は対人では有効なんだけど、大型の魔物や魔族、それに南方に帝国を築いていると言われる神族の圧倒的な力の前では無意味なんだよね。それならなるべく軽装で身軽な方が有効な場面が多い、と教師も座学で言っていた。


 みんなの装備を眺めていると教師と退役した王国騎士の人たちがやってきて、授業が始まる。


「さて、なんで入学して今まで、自前の武器を手に入れることを禁止していたのかわかるかな」


 教師の質問に、僕は答える。

 皆への質問のはずなのに、僕から視線を外さずに言うって卑怯だよね。


「まずは自分にあった武器の種類を見極めるために、最初は学校のいろんな武器を試してから、自前の物を手に入れて練習していくためです」

「その通りだな。では、本日武器を持参しなかったエルネアはまだ武器を見極めきれなかったのかな?」


 ううう、教師の意地悪な言葉に僕は赤面してしまった。

 同級生徒たちから笑いが起きる。


 恥ずかしい。


 でも、使う武器がまだ定まっていないというのは事実だった。これまでにいろんな剣や弓、槍なんかを扱ってみたけど、どうもしっくりと来るものがなかったんだよね。だから今日も無難な中剣を選んで借りたんだ。


「これからは持参した武器を使って稽古をつけていく。実際に刃があるから振り回すときには周囲に注意を払いながら行うこと」


 教師の言葉が最初になり、僕たちは各々武器の種類に別れて稽古をすることとなった。


 僕は中剣だったので、リステアと同じ組に入り素振りをしていた。

 中剣とはいえ、鉄の塊だ。持ち慣れないせいもあってか、重くてすぐに息切れを起こす。そんな僕とは違い、リステアは聖剣を抜くと同じ組になった男子と打ち合いの稽古をしていた。


 片手持ちの直剣を右に左に激しく振り回す男子生徒。名前はキジルムという。体格がよく振り回す直剣にも身体が流れない。

 それでもリステアの相手ではなく、キジルムは全力なのに軽くいなされていた。


 聖剣に選ばれたからではなく、もともとの地力と才能が僕たちとは違いすぎるんだ。教師たちでもリステアには勝てないので、武芸の時間は自然と彼も生徒たちに教える立場になっていた。


 僕もいつか、あんな風に周りから羨望の眼差しで見られるような男になりたいな。そう思いつつ、僕は中剣を上下に降り下ろす練習を繰り返す。

 なれないとしても、魔物に襲われたときにひとりで対処できるくらいの力量はつけなきゃいけないからね。他にリステアみたいな凄い人に教えを乞う機会なんてないんだから、僕は一生懸命稽古に勤しむ。


 そうしていると、お腹の虫がそろそろお昼なんじゃないかと知らせてくる頃、修練場の入り口付近が騒がしくなった。


 何事かと見ると、数人の冒険者らしい出で立ちの人が中へ駆け込んできた。


「妖魔を誘導する、生徒たちは避難しろ!」


 一際立派な甲冑を来た髭の男性が声を荒げる。その声に修練場にいた全員が色めき立った。


「妖魔だと!」


 リステアさえも驚いていた。


 無理もない。妖魔なんて普段目にするようなものじゃないんだ。


 郊外、というか町の外なんかで出没して人の命に危害を及ぼすような生物には、大きく分けて三つある。

 ひとつは魔物。これは郊外だけではなくて町中にも現れる厄介な奴だけど、対処さえしっかりしていれば余程の大物じゃない限り大丈夫。というか、大丈夫になるために今は訓練をしていたんだよね。

 そして魔物は倒すと、体内から魔晶石ましょうせきが取れる。取れる魔晶石の属性は魔物次第で、それらは僕たちが普段生活をするときに欠かせない必需品になっていた。

 例えば、炎属性の魔晶石であれば寒い冬に暖をとるために布に入れて持ち運んだり、水属性の物であれば井戸水や川や池の水を浄化して安全に飲めるようにできる。

 毎日の生活で必要不可欠なのに消耗品で需要は絶えずあるため、魔物を積極的に狩って魔晶石を集める冒険者は多くいた。


 次に魔獣と呼ばれるものがいる。野生の獣なんかよりも大型だったり凶暴だったりするけど、基本的には人の生活圏内には入ってこない。たまに山や平原に動物を狩りに行った人たちが遭遇して、被害がでるくらいだ。

 ただ、魔獣は狡猾で人間なんかよりも高い知性を持っていたりするので、遭遇してしまうと普通の冒険者でも危険だった。


 最後に、妖魔。これはどこに現れるという決まりはないけど、そもそもがほとんど目撃されない。容姿は、魔物は昆虫や中には無形、土人形などの形をしたのが多く、魔獣は名の通り獣に似ている。だけど、妖魔はこの世のものとは思えない不気味な姿をしているという。


 実際、修練場の入り口から誘い込まれて入ってきた妖魔は不気味だった。


 朽ちたような外套の袖からは、三本の細長い指のようなものが延びていて、先には紫色に濁った鋭い爪があった。

 足元には足がなく、代わりに一本の蜥蜴のような尻尾が出ていて、ふらふらと宙に浮いていた。

 顔の部分は昼間なのに真っ暗で、唯一真ん中にひとつ眼が真っ赤に輝いていた。


 恐怖に悲鳴をあげて逃げ惑う同級生徒たち。僕も、もちろん逃げた。

 入り口とは逆にある、準備棟兼避難所へと。


「スラットン! お前はセリースたちを連れて避難しろ」

「お前はどうするんだ」

「もちろん、冒険者に加勢する!」


 スラットンとリステアは短く確認しあうと、それぞれに走り出した。


 僕は横目でそれを見つつ、全力で準備棟へ。


 むりむりむり。魔物でさえ相手にできないのに、妖魔なんて近づくことすら怖くて無理だよ。

 僕は決して弱虫じゃないけど、自分のことはちゃんと理解していた。


 完全に修練場へと入った妖魔に、冒険者が切りかかっていた。

 先程僕たちに逃げるように叫んでいた髭の男性が、先頭で大剣を振るっている。

 しかし、妖魔はふわりふわりと不気味に宙を舞い、逃げる。


 髭の男性が注意を引き付けている隙に、槍を持った女性が背後から妖魔を突き刺した。

 やったか、そう思ったけど、妖魔は気にした様子もなく髭の大男にだけ注意を向けていた。


 槍の女性はあまりの手応えのなさに驚愕していた。


「無駄だ、呪力を帯びた武器じゃないと効き目はない!」


 髭の男が叫ぶなか、ひとりの大盾持ちの巨漢が妖魔の爪にかかった。不気味な紫色の爪は大盾など紙のようになんの抵抗も見せず貫通すると、巨漢の腹を串刺しにしてしまう。

 そのまま妖魔は巨漢を投げ捨て、髭男の大剣が届かない上空へと舞い上がった。


 上空に上がられては、近接武器を持った冒険者には手も足も出ない。


 しかしそこへ、光の矢が数本飛来した。


 巫女の放った攻撃法術だ。

 修練場には、万が一の時のために巫女が常駐していた。


 直撃を受けた妖魔が苦しそうに悲鳴をあげ、高度を下げる。


 そこへ追撃が入る。紅蓮の炎の竜巻が妖魔を襲った。

 炎の聖剣を持つ、リステアの大技だ。


 紅蓮の竜巻に巻き込まれ、妖魔はさらに不気味な悲鳴をあげる。


「やったか」


 冒険者の誰かが言った。


「油断しないように! 妖魔はこの程度じゃ死なない」


 戦線に到着したリステアが警告を発する。リステアの警告通り、妖魔は苦しみ悶えていたが死ぬような気配はなかった。


「呪術武器を持っていない人は下がってください。負傷者も巫女のところまで下がって手当てを受けるように!」


 リステアは、誰もが知る勇者だ。彼を少年だと馬鹿にする者はなく、指示に従い呪力を纏った武器を持たない四名の冒険者は引き下がった。

 引き際に、腹を貫かれた巨漢の男を抱え、後方の巫女の元へと連れていく冒険者。


「勇者様、あんたの聖剣なら奴を倒せるか?」

「斬り刻みながらだと厳しいですね。奴の体内に直接聖剣の呪力を叩き込めれば、恐らくは倒せるとは思いますが」

「つまり、聖剣をぶっ刺して呪力を叩き込めば良いわけだな」


 髭男とリステアは短く作戦を確認しあうと、動き出す。


 まず、上空に逃げようとする妖魔にリステアと巫女が炎撃と法術を放ち、落ちてきたところで呪力を帯びた武器を持つ冒険者三人が迎え撃つ。


 妖魔は強力な聖剣をもつリステアに注意が行き、手練れの冒険者に手傷を負わされ続けた。

 そして、冒険者たちの執拗な攻撃に妖魔がリステアから注意を逸らすと、そこにリステアが渾身の一撃で襲いかかる。


 慌てて上空へと逃げる妖魔。


 妖魔とリステアたちの攻防は長時間に及んだ。


 僕たちは準備棟から固唾を飲んでその様子を見守るしかなかった。


 途中、二人の冒険者が深手を負い、巫女の法力も尽きてしまった。


 残ったリステアと髭男が劣勢に立たされたとき、リステアの仲間たちが立ち上がった。


「呪力武器なら私たちも持っています」


 細身の美しい直剣を掲げたセリース様を先頭に、片刃の中剣を持つネイミー、両手持ち長剣のスラットン、そして後方から呪術士のクリーシオが、劣勢のリステアの元へ駆けつけ、参戦した。


 形勢が持ち直す。


 これまでリステアと共に行動してきたスラットンたちは、急場凌ぎで組まれた勇者と冒険者の組み合わせよりも数段上の連携を見せ妖魔を追い込む。


 それでも妖魔討伐には時間がかかった。リステアが妖魔に聖剣を刺し、有りったけの呪力を叩き込んで倒したのは、昼をずっとまわった刻だった。


 妖魔を消滅させたリステアは力を使い果たし、荒い息を吐いて座り込んだ。

 他のみんなも力尽きたように座り込む。


 準備棟から歓声が上がった。冒険者とリステアたちを称賛する声が湧き起こる。


 リステアはその歓声に手を挙げて応えたが、程なくして地面に大の字で寝転がってしまった。


 大丈夫なのかと心配したけど、どうやら本当に疲れてしまっていたらしい。

 セリース様が膝枕をしてあげて、大丈夫だとこっちに合図をしていた。


 それにはもちろん、僕たちは膝枕の羨ましさに罵声を飛ばしたのだった。

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