竜峰の歩き方
ご飯を食べ終わる頃に、僕の竜峰での旅の話も丁度よく終わる。
正直、僕は
暴君によって振り出しに戻されてからの旅はまあまあ順調だったけど、それまでが散々だったから。
「ごめんなさい」
僕は最後に、ミストラルに謝った。
すると彼女は、首を傾げながら不思議そうに僕を見る。
「何故謝るの?」
「何か今までのお話で、エルネア君が謝るような事はあったでしょうか」
ルイセイネも不思議そうに僕を見る。
「あはは、だって」
僕はまともにひとり旅が出来なかったんだよ。
出発前は威勢良く言っていたのに、いざ竜峰に入ってからは、アレスちゃんに頼りっきり。アレスちゃんが居なかったら、僕は初日の夜に狼に襲われて死んでいたんだ。
「そんなことはないわ」
そしてミストラルは、僕の旅の裏事情を教えてくれた。
「アレスには最初から、貴方を守るようにお願いしていたのよ」
「えっ!?」
それってつまり、僕は最初から信用されていなかったのか。
思いが顔に出たのか、ミストラルは困ったように微笑む。
「エルネアは誤解しているわ。いろいろとね」
「はい、わたくしもそう思います」
「んんっと、お兄ちゃんはちゃんと竜峰を歩けたから凄いんだよ?」
「そうにゃん。自慢できるにゃん」
みんなの励ましがよくわかりません。なんで失敗だった旅が自慢できるんだろう。それに、僕はまともに竜峰を旅なんてできていないんだよ。
「ふふふ。それじゃあ、こちらの事を順を追って話すわね」
ミストラルは続ける。
「貴方が竜峰にひとりで入りたいと言った時、わたしと翁はすぐに、アレスに貴方の守護をお願いしたの。でも、それは貴方を信用していないとかではなくて、竜峰は危険なところだから、どうしても必要だと思ったのよ」
「それって結局、僕の力を信用していないってことにならない?」
「エルネア君は
よしよし、と僕の頭を撫でるルイセイネ。
「少し説明不足だったかしら」
ミストラルは不貞腐れた僕を見て、困り顔。
「貴方や、ううん、人族の大半は勘違いをしているの」
「勘違い?」
「そう。竜峰はとても危険なところなのよ」
「それは身に染みてよくわかっているよ。それに人族はみんな知っているから、凄腕の冒険者でも竜峰には入ろうとしないんだ」
「そうね。でもそれなら、わたしたち竜人族でも危険だと思わない?」
「エルネア君、周りを見渡してください」
ルイセイネに言われて、僕は村の広場で寛ぐ多くの竜人族の人たちを見回した。
「ここに居る方は、わたくしたち以外は皆さん竜人族なんですよ」
「うん、勿論それはわかるよ」
「その中には、とても強そうな戦士の方がいますよね?」
「うん」
ザンさんのような屈強な男性、それに女性の中にも鍛え抜かれた身体つきの人が居る。
「ですが、戦士然とした雰囲気の人ばかりではなくて、王都でよく見かけるような普通の人たちの方が多くいますよ?」
言われて僕は、そうだねと頷く。
いかにも戦士然とした人たち以外は、王都ですれ違っても見分けることが出来ないような平凡そうなおじちゃんやおばちゃんだよ。数人、僕たちよりもうんと若そうな子供が見受けられる。
「人族の凄腕の冒険者でも入らない竜峰で、貴方が今見ている一般的な竜人族は安全かしら?」
僕は、はっと息を呑む。
「確かに、竜人族の戦士であればひとり旅は出来るわ。でも竜人族だからといって、全員が戦士なわけじゃない」
「それじゃあ、戦士じゃない竜人族の人は一生村から出られないの?」
「そんなことはないわ。どこか遠くに出たい時は、旅慣れした者と行動すれば村から出れるわよ」
「それはつまり、アレスちゃんと一緒に旅をしたエルネア君と同じですよ」
でも、と僕は首を横に振る。
「僕は自力でここにたどり着きたかったんだよ」
「それはよくわかるわ。でも言ったでしょう、竜人族でも旅慣れした者と一緒じゃなきゃ、竜峰は歩けないの。だからアレスにお願いしたのよ」
「エルネア君、わたくしもミストさんに教えられて知ったのですが」
ルイセイネが僕の手を取って話す。
「竜人族の方は、わたくしたちくらいの年齢になってようやく、少しづつ村から出る練習をするのだそうです」
ミストラルやザンさんのような優秀な戦士は例外的な存在らしい。
「親や戦士の方と少しづつ少しづつ、村から離れる練習をするみたいなんですよ」
「そして成人する頃にようやく、隣村までくらいならひとりでも移動できるようになるのよ」
だから、とミストラルは続けた。
「アレスにはまず、竜峰を歩いたことのない貴方の護衛をお願いしたの。そして次に、旅の仕方を教えるように頼んだわ」
「でもエルネア君は、アレスちゃんに教わることなく自力で歩き方を学びました」
ミストラルとルイセイネの視線を、僕は真面目な表情で受け取る。
「子供の竜人族が戦士に竜峰の歩き方を教わるように、貴方にはアレスから教わって欲しかったのよ。それまでアレスに守られるのは仕方がないことだわ。だから貴方が恥じるようなことは何もない。むしろ自分で考え、歩き方を模索した貴方は、もっと胸を張って良いのよ。それは竜人族でもなかなか出来ないことなのだから」
見渡せば、僕たちの周りで聞き耳を立てていた竜人族の人たちが、そうだそうだ、と頷いていた。
「本当なら、旅立つ前にわたしが歩き方を教えるべきだったかもしれない。でも、竜峰の危険さは言葉だけでは伝わらないから」
「そうだね。旅立つ前の僕じゃあ、どんなに危険だと言われても実感できなかったと思う。実際に竜峰に入ったからこそ、ここの危険性を認識できたんだと思うよ」
「うん。だから、アレスにお願いしたのよ」
「そうだったのか」
ミストラルたちは、僕を信用していなかったわけじゃない。むしろ信用していてくれたからこそ、竜峰に入ることを認めてくれたんだ。
だけど、当時の僕には竜峰の危険さの認識が残念ながら足らなかった。だからアレスちゃんに守ってもらいながら、歩き方を学ばせようとしたんだね。
「でもまあ、アレスは意外と放任主義だったみたいね」
ミストラルが苦笑した。
「だって、エルネアならじぶんでこたえをだすとおもったもの」
いつの間にか現れたアレスちゃんが、僕の膝上に乗ってきた。
「ずるいよっ」
そうしたらプリシアちゃんも負けじと、僕の膝上に乗ってくる。
きゃっきゃと楽しそうに遊ぶ幼女二人を見て、僕はやっと笑顔になれた。
「僕はてっきり、ここにたどり着いてもみんなに笑われるだけだと思っていたよ」
「笑うどころか、貴方は尊敬されているわ」
「そうですよ。エルネア君は竜人族の方でもそうそう出来ないようなことをやり遂げたんですよ」
「そうにゃん、だから自慢していいにゃん」
幼女の場所取り合戦に参戦しなかったニーミアが、僕の頭の上を占領した。
「貴方が旅の最初にアレスに守られることは織り込み済み。でも貴方なら、きっとその後頑張って、ここにたどり着くと信じていたわ」
「でも普通にたどり着くどころか、すごく怖い竜族まで手懐けるなんて、エルネア君は凄いんですよ?」
「あはは、あれは成り行きで……」
苦笑する僕に、成り行きで暴君を手懐けるなんてとんでもない、と周りの人がため息を吐いていた。
どうやら僕は、ミストラルの村の人たちに受け入れられるくらいの旅は出来ていたらしい。
ミストラルやルイセイネに心配され、励まされつつ旅がちゃんと行えていたのだと説明されて、僕はこの数日間の旅が無駄じゃなかったんだと、ようやく思えるようになった。
「やれやれね。どうもひとり旅で考えが後ろ向きになっていたみたいね」
ようやく笑顔を取り戻した僕を見て、ミストラルがため息を吐く。
「だって、自分でも本当に情けないと思っていたんだよ」
右にアレスちゃん、左にプリシアちゃんと仲良く僕の脚を占領した幼女二人を抱き寄せ、僕は口を尖らす。
「まあ、咄嗟の時の対応はまだまだだけど、それでも十分、竜人族顔負けの旅をしてきたことになるわ」
「そうですよ。わたくしだったら、アレスちゃんの護衛があったとしても絶対に無理です」
美女二人に寄り添られ、僕は満更でもない気分になる。
「だから、もっと自信を持って堂々としなさい。じゃないとわたしの両親に紹介できないわ」
「はうあっ!!!」
そ、そうでした。
そうでしたよ!
ここはミストラルの生まれ育った村なんだ。そうしたらこの村には、勿論ミストラルの両親も住んでいるんだよね。
僕はご両親に挨拶をしなきゃいけなかったんだ。
ど、どど、どうしよう……
旅の中身や、竜人族の人たちに受け入れられるかな、とかばかり考えていて、肝心な事が頭からすっぽり抜けていたよ!
「ど、どうしよう。挨拶の言葉を考えてないよ?」
突如として狼狽えだした僕に、ミストラルとルイセイネが笑う。
「もしかして、この広場にご両親は居るのかな?」
というか、みんなこの広場でご飯を食べているんだから、多分居るんだよね。
辺りを挙動不審に見渡す僕を真似して、プリシアちゃんとアレスちゃんも首を振る。
遊んでいるわけじゃないんだよ?
「さあ、居るのかしらねえ」
意地悪な笑みを見せるミストラル。
「どうやらまだ心の準備が出来ていないみたいだし、仕方ないから逃げましょうか」
やれやれ、と言ってミストラルが立ち上がる。続いてルイセイネも立ち上がったので、僕も慌てて後に続く。
「わたくしは食器を片付けてきますね」
ルイセイネは、僕たちが利用した食器をまとめて、共同調理場の方へと持っていった。
「大おじいちゃんのところに逃げる?」
「そうしましょう」
プリシアちゃんの提案に、ミストラルが頷く。
そして僕は幼女たちに手を引かれて、長屋の中央に向けて歩き始めた。
「長屋の中から転移するの?」
「ふふふ、どうかしら」
ミストラルは毎日、スレイグスタ老の空間転移で苔の広場に行っていたんだよね。それなら、転移場所が何処かにあると思ったんだけど。
勿体ぶった雰囲気で僕を先導するミストラル。
僕は手を引かれたまま、長屋の真ん中の扉を
「うわっ、凄い」
目の前には、とても透明度の高い泉が広がった。
凄く深いのかな。小魚が泳ぐ水面下はずっと下まで見透かすことができるんだけど、光の届かないくらいの奥は青黒い闇が広がっていた。
「ここから転移するの?」
「ちがいます。あそこからよ」
言ってミストラルは、泉の中程の岩場に建つ、朱色の竜廟を指差した。
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