水晶の鉱山

 黒髪の男性はアッシュ。優男さんがイワフ。髭の人がヨーゼン。そして、負傷している赤髪の少年がアクイル。


「自分たちで言うのもなんだが、スタイラー一家と言えば有名な冒険者一族なんだぜ」

「親父とお袋は歳食って引退。アクイルの下にもうひとり妹がいるが、これがこれでよう」


 と言って、ヨーゼンさんが下品な身振りで示す。


「ああ、子供ができたんですね。おめでとうございます」

「けっ。ひょろい男になびくなんざ、あいつは見る目がねえぜ」


 綺麗な雪を袋に詰めて、ついでにうさぎを一羽仕留めて洞穴に戻ると、冒険者の四人は思い思いに休憩していた。

 まきは残念ながら、乾いた木材が見つからなくて集められなかった。

 ひんやりと冷えた雪の入った袋をアクイルさんに渡すと、薬草を塗りつけて帯で固定した足首に当てて、腫れを冷やす。そうしながら、遅ればせながら自己紹介になった。


 長男は一番体格の良いヨーゼンさん。アームアード王国の副都アンビスに奥さんと子供が三人住んでいるらしい。次男は、女性が黄色い歓声をあげそうな容姿のイワフさん。見た目同様の遊び人で、結婚はしていないけど恋人が三人いて、子供も二人いるらしい。三男は、肉厚な長剣を持った切り込み隊長のアッシュさん。見た目は怖いけど意外と話好きで、彼がもっぱら話題を切り出す。そして、足首を捻挫ねんざして動けなくなっていたのが、四男のアクイルさん。昨年まで旅立ちの一年を経験し、一人旅をしていたらしい。ということは、アクイルさんは僕のひとつ年上なんだね。


 えっ。ちょっと待って!

 その下に妹がいて、子供ができた!?

 いやいや、今は深く考えちゃ駄目だ。


「エルネアが現れてくれなければ、いったいどうなっていたことか……」

「しかも夕食までご馳走になって、申し訳ない」


 ヨーゼンさんとアッシュさんが深く頭を下げる。イワフさんは火の魔晶石を使って、僕が狩ってきた兎を調理してくれている。

 アクイルさんは僕が戻ってきてからずっと、頭を下げ続けていた。


「いえ、困ったときはお互い様ですから」


 全員が血の繋がった家族だというスタイラー家の四人は、悲痛な選択を取らずに済んだことで、心底安堵している様子だね。


「いやあ、それにしてもエルネアはすごいな。人族なのに竜峰を余裕な感じで移動するんだな」


 アッシュさんが感心したように、手をあごに当てて僕を見る。

 竜峰がいかに危険で厳しい場所なのか。それはつい先ほどまで、彼ら自身が身を以って体験をしていた。あと少し運命の歯車が狂っていれば、負傷し動けなかった四男のアクイルさんを失うか、四兄弟まとめて死んでいたかもしれない。

 凄腕の冒険者だと自負し、実際にここまで冒険してきた彼らでさえも容易に冒険できない土地で、幼女を連れて平然と現れた僕は何者だ、と視線が如実にょじつに語っている。


「僕のお嫁さんが竜人族なんですよ。だから、普通の人族よりも少しだけ竜峰の歩き方を知っているだけです」

「いや、知っているだけで容易く旅することなんて出来んぞ、普通は」


 ヨーゼンさんが、荷物の中から小壺を取り出しながら言う。小壺の中身は酒精の強いお酒で、これを水で割って飲むらしい。

 飲むか? と聞かれたので、丁重にお断りする。


 僕は結局、あまり自分のことを語っていない。名前と目的地、それと、いま口に出したミストラルのことだけ。ミストラルのことでさえ、彼女の名前は出していない。

 身内のことや自分のことをあまり多くは話さない。それが冒険者というものらしい。目的や諸事情の詮索せんさくはせずに、冒険の途中で出会えばそれは仲間であり、一時の安らぎを共有する友人である。危険な冒険に身を置く彼らの、それが矜持きょうじであり団結力だった。


 アームアード王国の王都が魔族の侵略にあった際。報酬や見返りを求めず団結して連携を取り戦った冒険者たち。彼らの繋がりは、種族を救う力になった。


 身の上話は重くなる場合がある。聞かされる方も大して面白くない。ということで、ヨーゼンさんたちの旅の目的を僕も聞くつもりはなかった。


 だけど、このスタイラー一家はそうした普通の冒険者とは少しだけ違ったみたい。

 聞いてもいないのに家族構成を話してきたり、気楽に僕のことを聞いてきた。


 主に、アッシュさんが。


 危機を脱し、安息地にたどり着いたことで、気分が高揚こうようして口が滑らかになっているのかもね。


「それで、子供と一緒に自力で下山とは、恐れ入った」

「いえ。この子は僕の子供じゃないですよ。家族だけど」

「およめさん」


 アレスちゃんの無邪気な言葉に、全員がぎょっとする。


「はははっ。小さなお嫁さんだな」


 アッシュさんは笑いながら、アレスちゃんの頭を撫でようとした。だけどアレスちゃんは素早く僕の背中に隠れて、アッシュさんの手から逃げる。


「ありゃま。嫌われたかな?」

「人見知りなだけですよ」


 僕はアレスちゃんを膝の上に座らせる。

 子供が三人いるというヨーゼンさんも、愛らしいアレスちゃんを撫でたそうにしていたけど、アッシュさんの拒否られっぷりを見て残念そうに右手をもぞもぞとさせていた。


 会話をしていると、イワフさんが兎の肉を煮込んだ夕食を作りあげて、みんなに配り出す。お肉たっぷり、野菜ちょっぴりの煮込み料理が木の器に入っていて、とても美味しそう。

 傷を冷やしていたアクイルさんも器を受け取り、全員で夕食を摂る。

 薄い塩味の簡単な料理なんだけど、一日中歩き通して疲れた身体に染み渡る美味しさだった。


 随分と遊んでいそうなイワフさんが率先して食事の準備や周りの細かな気配りをしている。

 たぶん、この何気ない優しさと甘い容姿で、女性を落とすのかな。

 よかった。ここにルイセイネたちがいたら、イワフさんに胸を弾ませるんじゃないのかな。僕もこの技を身につけて、しっかりとみんなの心をつかもう。なんて思いながら兎の肉の塊を口に運ぶ。


 洞穴のなかでは火を起こさずに、みんな分厚い毛布にくるまっている。今はまだ動いたり食事をしているから体温は高いけど、これから夜が深まると寒さが増す。身体が冷えてから寒さ対策をするようなことはせずに、今のうちから保温に努めていた。

 幸い、洞穴のなかは外よりも若干気温が高いような気がする。なによりも、冷風が吹き込まないのが嬉しい。

 入り口の茂みは、僕たちが入ったあとにまたアレスちゃんの能力で覆われていた。それで風が遮られて、洞穴のなかは、まだまだ寒いこの時季にはありがたいほどの環境になっていた。


 そして、火がなくても洞穴は少しだけ明るかった。

 不思議なことに、壁や天井に見える水晶石が星のように光り、若干の光源になっていた。暗闇に慣れてくると、その微かな明かりだけでも周囲の状況くらいは確認できた。


「そういえば、宝玉の鉱山ってなんですか?」


 僕の質問に、お酒も入りさらに饒舌じょうぜつさを増したようなアッシュさんが教えてくれる。


「ほら、呪力剣なんかに埋め込まれている宝玉があるだろう。あの宝玉の原石になる玉石ってのが取れる場所のことだよ。水晶や宝石の原石が取れるような場所に、ごくまれに玉石が混じっている。そいつを磨いて、呪術師様が呪力を込めるんだ。こうやって水晶石を多く含んだ場所には、上質の玉石があったりする。水晶が自然に光ってるってことは、もしかすると光の属性の玉石が採れるのかもな。採れたら億万長者だぞ」


 説明を聞きながら、改めて洞穴の奥の壁を見た。

 なるほど、光属性の玉石が何らかの影響を及ぼして、水晶が光っているんだね。


 だけど、なんでこんな場所に洞穴があり、放置されているんだろう。

 素人目でもわかる。ここは自然な洞穴ではない。入り口は隠されたように作られ、いま僕たちが座っている場所も地面が馴らされている。

 誰か、おそらく竜人族の人たちがここを掘っていた可能性は極めて高いんだけど、それが放置された理由がなにかあるんじゃないのかな。


 貴重な鉱石や宝玉になるような石が取れる場所は、竜峰の奥深くにある。竜王が集まって会議をする村も、そういった鉱物資源が特産だったよね。

 でもまさか、こんな場所に鉱山があるなんて。


 ううん、鉱石の埋まった山は沢山あるのかもしれない。だけど、竜峰は旅するだけでも厳しい場所で、そう簡単には新しい鉱山を見つけられないんだ。

 でもそうすると、余計にここが放棄ほうきされた理由が気になってしまう。


 竜峰の入り口付近と言ってもいいような場所。ここから更に奥深い山岳地帯には、きっとスタイラー一家も想像できないほど竜族の巣があちらこちらにあり、魔獣が潜伏している。


 言ってみれば、ここはそんな竜峰の奥の危険な場所から見れば、天国のような立地なんだ。

 そこが放棄され、忘れ去られている。


 単純に、鉱脈が枯れただけかもしれない。

 僕の考えすぎだよね。こんな場所があるだなんて、近くの村の人も言っていなかったし。


 会話を続けながら、食事を済ませた。

 アッシュさんは興奮気味に、鉱山のことやこれまでの冒険の話をしてくれた。過去に似たような鉱山に入り、沢山の宝石を掘り当てたと自慢していた。その時のお金で、肉厚の長剣を手に入れたらしい。自慢げにアッシュさんが掲げた長剣には、親指ほどの細長い宝玉が埋め込まれていた。


 そういえば、僕の白剣にも宝玉が埋め込まれている。鉱石由来ではなく、霊樹の種をもとにしているけど。

 アッシュさんが息巻いて自慢する呪力剣よりも立派な宝玉が埋め込まれている白剣を、僕はそっと視線に映らない場所に移した。


「玉石には属性があってな」


 食事が終わり、ヨーゼンさんとアッシュさんは僅かなお酒と干し肉をさかなに話し込む。

 イワフさんは、女の人がいちころになりそうな笑みを浮かべながら後片付けを。アクイルさんは負傷と心労、諸々もろもろの疲れからか、食事のあとに寝入ってしまっていた。

 僕は、楽しそうに話すアッシュさんの言葉に耳を傾ける。


「地質の影響で、採れる玉石には属性が付いていることがよくある。貴族や金持ちの商人なんかがよく手に入れるのは、こうした属性付きの宝玉だな。呪術師が呪力を込めなくても、微かに属性の恩恵を受けられる。魔晶石みたいな使い捨てじゃなく、加護としてずっと持っておけるから高額で取引される。俺たちも、加護の付いた宝玉を持っているぜ。呪力武具に使用されるようなものじゃなくて、屑石くずいし程度のものだけどな。一通り武具をそろえて金に余裕ができた冒険が次に揃えるのが、こうした属性付きの加護の屑宝玉だ。だが、本当に価値があるのは、属性の付いていない石だ。これがまさに、呪術師が呪力を込める宝玉になる。手に入れることができれば、呪術師は破産してでも手に入れようとするぜ」


 アッシュさんの話を聞きながら、玉石を霊樹の宝玉に置き換えて考えてみる。


 僕も年末の試練中に気づいたんだけど、霊樹の宝玉には微かに霊樹の力が宿っていた。

 仮説なんだけど。双子王女様が霊樹の宝玉に力を込めて投げると、込めた力以上に大爆発を起こすのは、この霊樹の属性に影響されていたからじゃないのかな。

 僕がアレスちゃんと融合すると力が増すように、霊樹の宝玉に微かに存在する力と込められた力が反応するのかもしれない。


 話し込んでいると、夜は更けてきた。

 お互いの協議の上、負傷して負担をかけられないアクイルさんを残した僕たち四人の持ち回りで、夜営の監視をしながら休むことになった。

 僕はアッシュさんの次に見張りをするということで、お言葉に甘えて眠らせていただくことにする。


 アレスちゃんと一緒に毛布にくるまり、浅い眠りへと落ちた。


 そして翌朝。


 アクイルさんは、もうあと一日か二日ほど安静にしていれば、腫れも引いて歩けるようになりそうだった。

 僕は王都に戻る途中だし、スタイラー一家の人たちとは目的は違う。だからこのまま暇乞いとまごいをするか、それとも、これもひとつの縁ということで、彼らが近隣の村か下山するのに付き合うか、少しだけ迷う。


 アクイルさんは歩けるようになったとしても、たぶん戦闘は無理だよね。そうすると、結局は負傷者を抱えたまま、アッシュさんたちは旅を続けることになってしまう。

 彼らは一流の冒険者だし、僕が心配する必要はないのかもしれないけど、このまま分かれて、ずっと気にし続けるのもなんか嫌だな。


「皆さんは、これからどうするんですか?」


 イワフさんが昨晩の煮込み料理の残りを温めなおす様子を見ながら、今後の予定を聞いてみた。


「悩みどころだな。俺たちはちょいとした用事で竜峰に入ったんだが、どうもここで活動するのは厳しい。かといって手ぶらで下山するのも冒険者として納得できん」

「でも、命を天秤てんびんにかければ、下山を選択するのは間違いじゃないですよ。ちなみに、ここから半日ほど奥に行けば、竜人族の村があります。竜人族の人に依頼すれば、下山の手助けをしてくれると思いますが」


 僕と一緒に竜峰を下る、というのならそれでも良い。ちょっと大変な旅になるけど、竜人族の戦士の試練でも護衛のようなことは経験したから、きっと大丈夫。


 僕の意見に、スタイラー一家は顔を見合わせて悩んでいた。


「実は、妹のために竜峰でなんか珍しいものでも取ってきてやろうと思ってだな……」


 ヨーゼンさんの視線が、洞穴の奥へと向けられた。


「駄目な妹だが、祝福してやりたい。それに子供ができたら、金がかかるからな。男の方もまだまだ雑魚ざこで、稼げるような奴じゃない」


 アッシュさんの視線も、自然と洞穴の奥に向けられた。


「この洞穴はどうやら安全そうだし。運良く鉱脈のある場所に来られたね」


 イワフさんも洞穴の奥の、淡く発行する水晶石を見つめる。そして、三人が揃って僕とアクイルさんを見た。


「ものは相談だが……」

「却下!」


 僕はアッシュさんの言葉を聞くよりも前に、拒否の意志を示した。

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