竜峰の冒険者

 諸事情により崩落した吊り橋は、結局のところ色々な騒動で再建が後回しになってしまっている。なので、未だに完成していない。多分、今年も夏くらいから復旧作業が始まるんじゃないかな。

 そういうわけで、普通に下って行くと深い渓谷で行き止まりになってしまう。

 ただし、吊り橋がないことは出発前からわかっていたので、最初から迂回路を選択して進む。渓谷をさかのぼり、別の橋を渡る予定で行程を組む。

 進む道の選択によって、残念ながら鶏竜にわとりりゅうの巣には立ち寄れないね。あそこは吊り橋の近くだから、道が違う。


 山を下り、谷を登り、とうげを越えて。少しずつ少しずつ、竜峰を下っていく。すると、最初は深かった雪も次第に薄くなっていき、微かに緑が増えだした。雪を弾き、新芽が元気に顔を出して春を呼び込もうと必死に頑張っている。

 僕も辛い山道に負けないように、一歩一歩と歩みを進めた。


 そうして四日ほど竜峰を下った頃。

 森の奥で、珍しく人と出会った。


「大丈夫ですか?」


 僕が声をかけたのは、疲弊ひへいしきりくたびれた様子の、冒険者の人たちだった。

 男性四人組の冒険者。攻撃重視の肉厚な長剣を持つ黒髪の男性。小柄ですばしっこそうな赤髪の少年。長身で知的な雰囲気の優男。そして、体格の良い強面こわおもての髭の人。


「君たちは……。竜人族かい?」


 長身の優男さんにそう聞かれただけで、彼らが人族の冒険者だとすぐに認識できた。

 この人たちが竜人族なら、僕とアレスちゃんを見ただけで種族を見極められるからね。


「いいえ、違いますよ。僕も人族です」


 僕の名乗りに、四人が驚いた表情を見せる。

 無理もない。この危険な竜峰で、人族が単独で旅をしているなんて信じられないんだろうね。だけど彼らは、現れた僕が人族でも竜人族でも構わないといった雰囲気で、驚きながらも救われたというような気配をみせた。

 それもそのはず。

 四人のうちのひとり、小柄な少年が足を押さえてうずくまっており、それを残りの三人が心配そうに取り囲んで様子をうかがっている様子だった。

 そして、四人全員が疲れ果て、困っている感じに見える。


 彼らは、人族の冒険者で間違いない。そして、この時期にこの辺りで行動しているということは、かなりの凄腕なんじゃないのかな。


 王都ではセフィーナさんが先頭に立って、竜峰に入ろうとする無謀な冒険者の人たちをき止めてくれている。それでも自身の力量を見誤り、監視の目をくぐり抜けて竜峰に踏み入ろうとする人がいることを知っている。

 だけど、そういう実力不足の人たちは、大抵が最初の森で魔獣の餌食になってしまう。


 だけどこうして最初の難関である麓の森を抜けて、隊商の人たちが集まる村を越えて竜峰の奥へと踏み入れることのできたこの人たちは、確固たる力量と豊富な冒険の知識と経験を持っている冒険者だ。


 そんな彼らが、負傷者を抱えてくたびれた様子を見せている。僕が人族だと名乗ったのにも関わらず、救われたと顔を輝かせたのは、切羽詰まっていた証拠だよね。


「彼が怪我をしているんですか?」


 少年とはいっても、僕よりも年上なのは間違いない。小柄でもしっかりとした筋肉をつけていて、これまでに数多の冒険を超えてきたんじゃないかと思わせる容貌をしていた。


 警戒されているかも、と慎重に近づく。だけど、拒絶反応のような行動はとられなかったので、うずくまる小柄な少年のかたわらに近づいて、押さえている足の様子を見た。


 足首がぷっくりと晴れ上がり、真っ赤になっていた。

 痛々しい様子に、これじゃあ歩けないだろうな、と判断する。


「魔物に襲われてな。向こうの段差を落ちてひねってしまったんだ」


 髭の人が、聞いてもいないのに説明をしてくれた。


「骨折はしていないと思うんだ。ただ、このまま動けないとなると……」


 彼らが何を言わんとするのか、それは、同じ竜峰を旅する者として十分に理解できた。


 日暮れが近づいてきている。このまま夜になると、魔獣たちの時間になってしまう。

 彼らは急いでこの場を離れたいんだろうね。そして、安全な野営地を確保したい。

 だけど、このくたびれた様子。

 きっと、魔物との戦闘が相当に激しかったんじゃないのかな。現に、うずくまる少年以外の三人も、よく見れば負傷していた。

 負傷し、体力を使い果たした彼らは、ここで途方に暮れていたんだ。


 小柄な少年だから、誰かが背負って歩けなくもない。だけど、険しい自然のなかで、小柄とはいっても人ひとりを背負い歩くのは、大変な苦労になる。ましてや、彼らは傷つき、体力も限界にきている。


 無慈悲で酷い思考かもしれないけど、彼らのなかにはひとつの考えが浮かび上がっていたはずだ。


 負傷して動けない少年を見捨て、この場を去るべきか。


 生死を賭けた冒険において、時として残酷な選択を迫られる。ひとりのために、全員を危険に晒すのか。

 足手まといと判断した場合、または犠牲もやむなし、と判断した場合、残された者は苦渋の選択を迫られる。


 そして彼らも今まさに、非情な現実に目を向け、耐え難い選択を迫られていたのかも。

 だから、全員がくたびれた様子で困り果てて、現れた僕にわずかな希望を見たのかもしれない。


「君たちは森の向こうからきたんだろう? この先辺りに安全そうな場所はなかったか?」


 彼らが進んできた道には、安全が確保できる場所はなかったんだね。そして僕が来た道に、例えば村だったり安全な場所があるんじゃないかと思ったのかな。

 なにせ、僕は幼女のアレスちゃんと一緒にいる。

 普通、小さな子供と遠出なんてしないよね。しかも、危険な竜峰のなかじゃあ、そう勘違いもするよね。


「ごめんなさい。僕たちも野営場所を探しながら歩いている途中だったんです」

「それじゃあ、君たちは散歩や山菜採り、というわけじゃないんだな……」

「はい。王都を目指して竜峰を下っている途中です」

「人族の君や小さな女の子がかい? 誰か保護者のような竜人族がいたりはしないのか?」

「残念ながら、僕たちだけですね」


 僕に一縷いちるの望みを見出みいだしていた冒険者の人たちから、みるみる生気が失われていった。


 僕が今ここで竜王だと名乗っても、彼らの活力には繋がらないよね。そもそも、彼らが竜王というものを知っているかわからないし、僕のような少年が「大丈夫」なんて自信ありげに胸を叩いても、焼け石に水のような気がする。

 絶望が目の前に迫っている彼らには、言葉という力はあまり役に立ちそうにない。


「よっこらしょ」

「な、なにを……!?」


 この場で、無駄に言葉のやり取りをして時間を潰すよりも、行動しちゃえ。多少強引でも、助かるのなら大目に見てよね。

 ということで、僕は問答無用で少年をお姫様抱っこした。


 ……背中には荷物を背負っているからね。これしか方法はないんだよ。


 見た目がひ弱そうな僕が、小柄とはいえ筋肉のしっかりとついた少年を軽々と抱っこしたことに、冒険者の四人が驚く。


「皆さん、もう少しだけ頑張りましょう。きっと安全な野営地があるはずです」


 と言って、冒険者の確認も取らずにアレスちゃんを見る。


「こっちこっち」


 アレスちゃんは僕の意図を汲み取り、森の奥を指差して、道なき道を進みだした。僕はアレスちゃんの後に続く。


「にゃあ」


 僕の頭の上のニーミアの鳴き声に、三人が慌てて後をついてくる。


「大丈夫なのか?」

「重くないかい?」

「こっちになにがあるんだ」


 後ろから三人が不安そうに声をかけてくるけど、僕は目の前に集中していた。

 アレスちゃんが森のなかを歩くと、邪魔な茂みや枝が自然に避ける。僕もその恩恵に預かっていて歩きやすいんだけど、後ろの三人には慈悲が向かないらしい。

 僕をやり過ごした枝は元の位置に戻り、茂みの道もすぐに消える。

 だから、僕は疲弊しきった後ろの三人が歩きやすいように、少しだけ枝を落としたり歩きやすいように道を馴らしながら歩いていた。


 もちろん全部、竜術で。


 小さな竜気の刃で、邪魔な枝を落とす。僕の周囲で微かな風が起こり、茂みをかき分ける。


 後ろの三人は不安そうな言動でついてきているだけだけど、僕の竜術を間近で見ることになった少年だけは、目を見開いて周囲を見回していた。


『切っちゃいやん』


 アレスちゃんの後を追いながら進んでいると、周りの木や草から苦情が入る。

 じゃあ、後ろの人たちも安全に通れるようにお願いします。と心の中で呟くと、人族に気を使うのなんて嫌だわ、なんて言いながら、それでも、僕のお願いだからねぇ、とようやく後ろの三人にも自然の慈悲が及びだした。


 後ろの三人は、少し歩いただけで息が荒くなり始めて、歩く速度が見る間に落ちていく。


 本当に限界だったんだね。

 森のなかにも急斜面があったり、大きな岩やぬかるみがあったり。目と鼻の先の距離を進むだけでも足はぱんぱんになり、疲労が蓄積される。


 冒険者の四人は竜峰に入り、ここまで苦労して歩いてきた。そこで魔物に襲われて、負傷して絶体絶命だった。

 そこに僕が現れたわけだ。


 騒動には首を突っ込まないように、と言われるけど、人助けは別だよね。


「にゃあ」


 そういえば、彼らはまだニーミアの正体に気づいていない。その辺に気を回す余裕さえないんだよね。

 だけど、正体が露見しての無用な騒ぎはほしくないな。

 ニーミアちゃん、悪いけど少しの間、荷物のなかに隠れていてね。という僕の心を読んだニーミアは、素直に背中の荷物のなかに潜ってくれた。


 さて、どこまで歩くのかな。

 黙々と歩くアレスちゃんの後を追って、森の奥深くへと進んでいく。

 すると日暮れ前に、茂みに隠された洞穴ほらあなへとたどり着いた。


「皆さん、今晩はここで野営をしましょう」


 茂みをかき分けると、小さな入り口が顔をのぞかせた。慎重に洞穴の奥の気配を探ってみても、怪しい気配はない。

 まあ、アレスちゃんが導いてくれたんだし、絶対に安全だよね。


 ようやく休める場所にたどり着き、四人からは安堵あんどの深いため息が漏れた。

 入口はせまいため、順番で洞穴のなかへと入ることにする。まずは、負傷者を抱えた僕から。

 入り口を覆う茂みを越えると、腐葉土ふようどの地面から岩盤質の硬い足場へと変わる。

 そして、なかに入り感嘆かんたんのため息が漏れた。


「うわあっ、これって……」


 入り口付近はただの洞穴だったけど。

 細く続く奥には、きらめく星空が広がっていた。


 ううん、違う。

 洞穴のなかに星空があるわけがない。

 暗い洞穴の壁を彩るのは、多色の水晶石の輝きだった。


 僕に抱えられた少年も息を飲み、洞穴の奥を見つめる。後ろからやってきた三人も、疲れや傷の痛みも忘れて、水晶石が創り出した洞穴内の星空の輝きに魅入っていた。


「まさかこんなところに、宝玉の鉱山があったとはな」


 髭の人が歓喜の声をあげる。

 宝玉の鉱山? よくわからないけど、今は聞き返す場面じゃない。

 僕は適当な場所に少年を下す。


「ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


 自力でなんとか歩いてきた三人は、負傷している少年なんて忘れたかのように、洞穴の奥の水晶石を覗き込んでいた。

 やれやれ、目の前にお宝が湧くと元気になるなんて、現金だなあ。

 僕には水晶石の価値なんて全然わからないけど、数多くの冒険をしてきた彼らは価値を見出しているのかも。だけど、自分や仲間のことをまずは優先すべきじゃないのかな。


 少年は、僕と一緒で水晶石の価値がわからないようで、他の三人の浮かれように苦笑していた。

 落ち着いた場所には来れたけど、少年の腫れ上がった足首は痛々しく、お宝だ、と浮かれる気分にはなれないね。

 少年は自分の荷物からなにやら薬草の葉っぱを取り出してみだしたので、僕は野営の準備をすることにする。


 三人は多分、今は浮かれていてもすぐに疲労困憊ひろうこんぱいで座り込んじゃうだろうし、ここは僕が動くしかない。


き火に使えそうな枝と、れを冷やす雪を取ってきます」


 と少年に伝えて、僕とアレスちゃんは洞穴から一度出た。

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