秋の夜長

 話し込んでいると、夜も随分と更けてきた。

 それで、魔王のご配慮はいりょ、つまり「今夜は泊まっていけ。嫌とは言わぬな?」というおどしによって、離宮で一泊することになった僕たち。


 まあ、離宮は諸々もろもろの事情で壊れちゃっているので、離宮跡地と言った方が正確なのかもしれないけどね。


 それにしてもさ。僕にとってはいつもの日常っぽい一日だったけど。さて、リステアやスラットン、それにアレクスさんやルーヴェントにとっては、どんな一日だったんだろう?


 リステアとスラットンは、歴戦の冒険者でもある。とはいえ、初めて訪れた魔族の国で、初日からこの大騒ぎ。

 アレクスさんに至っては、敵対する種族が支配する国の懐奥深くに連れて来られたわけだけど。


「まったくよう。まさか、魔王の離宮にまで来て野宿をする羽目になるとはな」

「仕方ないよ。ルーヴェントの暴走で、離宮が壊れちゃったからね」

「エルネアよ、そのようだと、まるでルーヴェント殿が離宮を破壊し尽くしたかのように聞こえるぞ?」

「ははは。き、気のせいだよ、リステア!」

「うちの従者が迷惑をかけてしまった。重ね重ね、謝罪する」

「アレクスさん、それはいいですよ。魔王も不問ふもんにしていることですし、気にしないでください。とはいえ、これからは注意ですね」

「そうだな、ルーヴェントにはよく言って聞かせておこう。明日からは、貴殿にとっても未踏みとうの地に赴くわけだからな」


 ということで、僕たちは壊れた離宮の一画で野宿です。

 本当なら、僕たちが寝泊まりの準備をしているここも、壁や天井があって、夜も快適に過ごせたはずなんだけどね。

 でも、今や柱の残骸が何本か立っているだけの、秋風吹き荒ぶ空き地になってしまっていた。


「うおうっ。夜は流石に冷え込むな」


 言ってスラットンは、荷物の中から厚手の毛布を取り出してくるまる。

 リステアとアレクスさんも、自分の荷物から必要な道具や装備を取り出す。


 僕なんかは、大荷物などはアレスちゃんの謎の空間に頼ってお任せしちゃうんだけど、一般的にはリステアたちの方が普通なんだよね。

 そう考えると、アレスちゃんの有り難みがよくわかる。


「にゃんも役にたつにゃん?」

「そうだね。大きくなったニーミアに包まれて眠ると、冬でも気持ちいいからね」

「ちょっと待ちやがれっ。お前だけずるいぞ!」

「そうだな、スラットンの意見に賛成だ。お前だけぬくぬくと寝るのはずるいぞ?」

「そ、そんなぁ!?」


 スラットンとリステアの造反にあい、僕の快眠計画は頓挫とんざしてしまう。それで仕方なく、僕はアレスちゃんにお願いをして、スラットンと同じように厚手の毛布を取り出してもらった。


「それで、今晩の見張りはどうするよ?」

「見張り?」


 スラットンの意見に、首を傾げる僕。


「見張りは必要ないと思うよ? だって、ここには魔王やシャルロットがいるんだし」

「いやいや、お前は馬鹿か。だから、必要なんだろう? 魔王とその腹心が側にいるんだぞ。警戒しなくてどうする?」

「はっ、言われてみると! 普通なら、とんでもない状況だよね!?」

「お前の思考が魔族に染まっていくことが、俺は心配だ」

「リステア、大丈夫だよ、安心して!」


 とはいえ、やっぱり見張りはいらないと思うんだ。

 その理由もやはり、魔王とシャルロットが近くにいるからなんだけどね。

 なにせ、相手は魔族のなかでも屈指の実力者の二人。そんな魔王とシャルロットを前に何を警戒したところで、全く意味をなさないと思うんだよね。

 魔王かシャルロットが悪巧みをしたり殺意を覚えた瞬間に、僕たちがどんなに警戒していたとしても、二人の思惑に飲み込まれちゃうんだから。


 でも、心理的な安心感というのも時には必要なのだと、僕は知っている。


「それじゃあ、僕が見張り当番を受け持つよ。みんなは慣れない土地に来たわけだし、まずはゆっくりと休んで」

「それでは、エルネア殿のお言葉に甘えて」


 アレクスさんは、結局目を覚まさなかったルーヴェントにも毛布をかけると、横に座り込んで瞳を閉じる。

 まさか、そのまま寝るのかな?


 リステアとスラットンも、毛布に包まって適当な場所で横になる。

 静かに見守っていると、すぐに三人の寝息が聞こえ始めた。


 どうやら、僕がさっき思い浮かべた思いは、三人には不要だったようだね。

 たしかに騒がしい一日だったけど、これはまだ聖剣復活に向けた旅のじょくちだ。リステアたちもそれを理解しているのか、取り乱したりすることなく今日を乗り越えた。


「よし、それじゃあ、お散歩にでも行こうかな」

「んにゃん」

「ニーミアは寝ないの?」

夜更よふかしにゃん」

「明日も頑張ってもらわなくちゃいけないから、無理は駄目だよ?」

「にゃん」


 眠りに入ったリステアたちを起こさないように、僕とニーミアは起き上がる。そして、目的地を決めずに適当なお散歩へと出る。

 すると程なく、夜でも元気な精霊さんたちがふわふわとこちらへ寄ってきた。


「また大騒ぎになるにゃん?」

「だめだめっ。自重して!」

「自重するのは、エルネアお兄ちゃんにゃん?」

「ぐぬぬぬ」


 だけど、僕とニーミアの心配は当たり前のように打ち砕かれる。

 そう、この地の絶対的な支配者によって。


「夜更かしとは、随分と余裕だな?」

「魔王、こんばんは。余裕じゃないですよ。でも、丁度良かった」

「断る」

「まだなにも言ってないし、思考もしていないのに!」


 魔王も夜のお散歩をしていたのかな?

 ふらりと現れた魔王の存在に、集まりだしていた精霊さんたちが逃げていく。

 精霊さんたちも、魔王は怖いんだね!


「王としては、恐れられている方が都合が良い」

「でも、寂しくなったりしません? おそれられているよりも、友達がいっぱいいた方が楽しいと思うんだけどなぁ?」

「それは、自由な身の其方だからこその考えだ。友も確かに必要だが、支配者には力が最も必要なのだ。恐怖、知識、金、なんでも良い。とにかく、突出とっしゅつした『力』がなければ、支配者は勤まらぬ。しかし、其方は支配がなんたるかを聞きたかったわけではあるまい?」

「はい、その通り。ねえ、そろそろ白剣を返してください」


 懇願する僕の左腰を、魔王は見下ろす。

 白剣も呪力剣も携えていない僕の左腰は、むなしく空いている。


 リステアの聖剣を復活させる目的も大切だけど、僕も白剣を取り戻さなくちゃいけない。

 なぜか、シャルロットは次の目的地で場合によってはリステアの旅は終わると言っていた。そう考えると、白剣を取り戻す方が難題に思えてきちゃう。

 なにせ、白剣を奪ったのは、この魔王だからね。いったい、返却の代わりになにを言われるのか、させられるのか。


 静かに僕の左腰を見下ろす魔王。

 すると、にやりと悪そうな笑みを浮かべた。

 はい、嫌な予感しかしません!


「其方は、不自由さを覚えなければならない」


 言いながら、夜のお散歩を再開させる魔王。

 僕はニーミアを頭の上に乗せて、後を追う。


「其方は、ここ数年で急成長をげた。それにともない、多くの便利なものを手に入れたな」

「おじいちゃんの知恵や、霊樹の恩恵とか。あとは、家族のみんなの協力とか! 白剣も、そのひとつ?」

「それだけではない。リリィや暴君、それに、そこの雪竜ゆきりゅうの娘もだ」

「そうだね、ニーミアがいてくれたから、僕たちは簡単にここへ来られたわけだしね」

「にゃん」


 もしも、空を自由に移動できるニーミアがいなければ。リステアたちは竜峰を越えるだけで何年もかかり、命の危機を何度も体験したことだろう。それを、たった一日で飛び越えたニーミアの翼の恩恵は計り知れない。


「しかし、いつでもそれらの恩恵を享受きょうじゅできるとは限らない。其方は、その不自由さを覚える必要がある」

「それじゃあ、白剣は……?」

「くくくっ。今の其方にとっては、然程さほどの苦もない不自由であろう? 試練の初歩としては申し分ない」

「むうう、すごく困ってるのにな」


 白剣があれば、と思ったことが何度あるだろう。だけど、魔王に言わせると、それは苦もない不自由さなのだとか。


「いずれは、霊樹を大地に返すのだろう?」

「はい、そのつもりです」


 場所は、もう決めている。


「では、今のうちに慣れておけ。使い慣れた武器が手元にない状況や、その他の不自由さにな。なあに、難しいことではない。なにせ、其方は代わりの物や頼れる者たちがいるのだろう?」


 白剣を持っていない代わりなのか、確かに僕は魂霊の座を所有している。それに、リリィと連絡が取れなかったりレヴァリアがいない代わりに、ニーミアが側にいてくれる。

 それだけじゃない。家族の代わりに、リステアやアレクスさんと協力しあえる。

 たしかに、いつもとは違って不自由さはあるけど、心がくじけるほど困っていたりはしないよね。


 魔王は、そういう不便さ、不自由さを今のうちに体験しておけ、と僕に言う。

 もしかすると、これから先、僕は本当の不自由さや不便さを体験するかもしれない。その時のために備え、臨機応変りんきおうへんに対応できる能力を身につけなきゃいけないのかもしれないね。


「理解が良い。ならば、私が下す答えは言わずともわかるな?」

「しくしく、そうですか。返してくれないんですか」


 僕が落ち込む姿を見て、魔王はくつくつと楽しそうに笑っていた。


「……それじゃあ、もうひとつ。魔王はもちろん、邪族を知ってますよね?」

「知っている。なんだ、邪族にでも遭遇したのか。相変わらず、騒がしい奴だな」

「好きで遭遇しているわけじゃありませんからねっ。とはいえ、困っているんです。アームアード王国に、邪族が出没したみたいで」

「それは、ご愁傷しゅうしょうなことだ。素直に滅んでおけ」

「もしかして、邪族を放置してたら国が滅んじゃう!?」

人語じんごを口にするような邪族になれば、人族の国ぐらいは滅ぶだろうよ」

「話に聞くところによると、物凄く大きな大蛇だいじゃらしいんですけど。人語をしゃべったりはしないですよね?」

「知らぬ。実物を見ていないからな」

「わわっ、大変だ。早くミシェイラちゃんたちに連絡を取らなきゃっ。魔王は、ミシェイラちゃんたちの行方ゆくえを知らないですか? この間まで禁領に滞在していて、西の方角に旅立ったはずなんですけど」


 きっと、僕たちを見送ったミストラルたちが邪族に対処すべく動き出しているはずだ。

 だけど、油断はできない。なにせ、ねずみ型の邪族でさえ、ミストラルの攻撃が通じなかったんだから。

 本当は僕たちも参戦したいところなんだけど、リステアの聖剣を復活させる必要がある。

 でも、その間にアームアード王国が滅んじゃったらどうしよう!

 邪族とは、思っていた以上に恐ろしい存在なんだね。


 それなら、せめて、ミシェイラちゃんたちと連絡を取って、できるだけ迅速じんそくに対応しなきゃ。だけど、僕の思考を読んだ魔王は意地悪な笑みを消すと、助言ではなくて忠告を口にした。


「ミシェイラか。先ほど其方には不自由さを覚えろと言ったが、そのもっともたる部分はあれらをあまり頼るな、というところだ。あれらを当てにしていては、自らの成長を止めることになるぞ」

「でも、邪族に関しては頼れって言われましたよ?」

「今は、頼っておけ。だが、いずれは自らの力で倒せるようになることが重畳ちょうじょうだ」


 どうも魔王は、ミシェイラちゃんたちをあまり良くは思っていないのかも。

 そういえば、僕たちの結婚の儀では両者とも接触しようとしていなかったしね。


「まあ、探しておいてやる。だが、期待はするな。あれらが西へ向かったからといって、徒歩だとは限らん。空間転移を使えば、既に大陸の西の果てにいてもおかしくはないのだからな」

「言われてみると、そうですね……」


 それじゃあ、やっぱり自分たちの力で対処しなきゃいけないのかもしれない。

 そうすると、僕たちはなるべく早く聖剣を復活させて、帰らなきゃいけないんだね。


 できれば、白剣もここで取り戻したかったんだけど……。

 どうしたら、魔王は白剣を返してくれるのかな?

 聖剣復活の旅が終わる頃には、不自由を体験したってことで返してくれるのかも?

 魔王のことだ、きっとなにか他にも思惑があるんだろうけど。

 なにはともあれ、僕たちは示された先へと進むしかない。


 魔王と夜のお散歩をしている間に、ニーミアはいつのまにか眠っていまっていた。

 僕はニーミアを頭の上に乗せたまま、神秘的な景色の世界をのんびりと歩いた。

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