西には西の事情あり

「冷めないうちに、どうぞお召し上がりくださいませ」


 見るも無残になった離宮の割れた大理石の床に簡易的かんいてきな敷物を広げて、シャルロットは熱々の料理を並べる。

 もちろん、並べられる食べ物や飲み物は、全てシャルロットが召喚しています。

 きっと、さっき姿が見えなかったときに魔王城にでも戻って、料理人さんたちに作らせたものを、現地から召喚しているんだろうね。


 目の前に並べられた料理の数々に、きゅるるる、と僕のお腹が鳴る。


 とてもとても美味しそうな、普通の料理です。

 ううん、言い直そう。

 とてもとても美味しそうな、豪華だけど普通の料理です!


「なんだ、下手物げてもの所望しょもうか。望みとあらば、神族の頭蓋ずがい料理、天族の手羽先てばさきや骨を使った出汁だしの料理なども持って来させるが?」

「いいえ、結構けっこうです!」


 魔王が口に出した料理に、アレクスさんが困ったように苦笑していた。

 アレクスさんは神族なので、言わば魔族の天敵同士の間柄ではあるけれど。巨人の魔王を前にすれば、闘神の末裔であるアレクスさんも形無しだ。


「さあ、陛下。人族のお酒だそうでございます」

「あっ、いつの間にアレスちゃんから!」

「のもうのもう」

「アレスちゃんはお酒よりも果実をしぼった飲み物が良いよね?」


 僕も、お酒よりかは柑橘系かんきつけいの果実水の方が好きです。


 シャルロットは、甲斐甲斐しく魔王の世話を焼く。はたから見ていると、二人の睦じい様子は主従関係というよりも家族のように感じるね。

 普段からこの二人の関係を知っていれば、シャルロットが本気で魔王に謀反むほんを起こすとは思えない。

 いいや、違うか。普段が仲睦まじいからこそ、臣下の魔族たちはシャルロットの謀反に仰天ぎょうてんして、逆に信じちゃったのかな?


「エルネア君も、どうぞお召し上がりください。毒などは入っておりませんので」

「そういうことを言うから、余計な警戒をしちゃうんじゃないか」


 とはいえ、空腹だし、目の前のご馳走が僕を誘惑してくる。


「美味しいにゃん」


 ニーミアは、すでにご馳走にありついているようです。

 では、僕も! と、その前に。


「みんなも、せっかくだし食べようよ。きっと毒は入っていないはずだから!」


 リステアやスラットン、それにアレクスさんを促す。

 ルーヴェントとオズは、相変わらず気絶中です。

 もしかして、ルーヴェントは意図的に昏睡こんすいさせられているのかもね。

 ああ、そう考えると、オズも同じか……


「それで、東の魔術師だったか」

「はい、聖剣をアームアードに託した者を、僕たちは探しているんです」


 手近にあったお肉を掴み、アレスちゃんに小分けして与えながら相槌あいづちを打つ。


「僕たちの国では、聖剣を打ち直せるほどの職人さんはいないようなので」

「だが、東の魔術師でも打ち直せるかはわかるまい? なにせ、授けた当時と今では、宝玉の力が違う」

「でも、僕たちが持つ手がかりは今のところ東の魔術師くらいなので」


 そもそも、東の「魔術師まじゅつし」ってなんなんだろうね?

 人族の術者であれば、呪術師。

 魔族であれば、魔法使い。

 神族や天族であれば、神術使い。

 少なくとも、僕たちは「魔術」を使う種族を知らない。


「くくくっ、あれが魔術師か」

「その口ぶりだと、知っているんですね?」

「知っているとも。天上山脈てんじょうさんみゃくに住み着いているという、あれのことであろう?」

「天上山脈?」

「なんだ、その程度の知識もなく、旅をしようとしているのか」

「だから、魔王に頼ってるんです!」


 アームアード王国で調べた限りでは、東の魔術師に関する情報はほとんど出てこなかった。

 唯一と言っていい手がかりとしては、魔族の支配する国々の西側、つまり人族の文化圏が存在するという地域の東部の地に住む者、ということくらい。


「そうか、随分と浅い知識だな。それでは聞くが、そもそもなぜ魔族は西に版図はんとを広げていないと思う?」

「はて、言われてみると?」


 たしか、魔族が竜峰の西側を支配するようになったのは、数千年前に当時の神族の帝国に追いやられたからだよね。

 だけど、その神族の帝国も滅んでしまった。

 では、脅威が薄れた魔族は、どのようにしてこの地の支配権を獲得していったのか。


 東は、まあ、竜峰があるからね。

 竜人族や竜族と争ってまで、東側に進出し直そうとは思わなかったのかも。

 では、なぜ西側に大きく版図を広げなかったのか。


 僕たちの住むこの地域も、世界から見ればひとつの地域にしか過ぎない。世界中を旅したというスレイグスタ老は、世界の広さを僕たちに教えてくれた。

 それじゃあ、魔族たちもこの地に固執こしつする必要はなく、もっと広く支配地域を広げていてもおかしくはないはずだ。

 なにせ、魔族に抵抗できる種族は、そう多くないからね。


 なのに、魔族は領土を拡大させていない。

 それどころか、魔族の支配する国々のさらに西には、人族の文化圏が存在するんだよね?

 この、人族を家畜以下の消耗品としか見ていないような極悪な魔族たちが、人族の文化圏を指をくわえて見逃すだろうか。

 ううん、絶対に見逃すはずはない。

 それなのに、人族の文化圏は存在し続け、魔族は西に版図を広げていない。


 もしかして、そこに東の魔術師が関係してくるのかな?


「正確には、途中から、だな」

「途中から?」

「もともとの理由は、きた魔女まじょにある。其方も見知っているだろう、あの白き魔女のことだ」


 やはり、北の魔女とはあの色素のない真っ白な絶世ぜっせいの美女さんのことだったんだね。

 魔王の言葉で、魔女さんの正体が確信から確定へと切り替わった。


「ふむ、其方らには少し西の情勢を話しておいてやろうか」


 魔王はお酒で唇を湿らせながら、魔族の歴史と現在の西の情勢を僕たちに語る。


「其方がどのように捉えているかは知らぬが、実は魔族を真に支配するかたと魔女は仲が悪い。いや、一周回って仲が良い、と言えなくもない」

「いったい、どっちなんです!?」


 とはいえ、貴重な話だよね。

 巨人の魔王やスレイグスタ老といった計り知れない者たちをも超越ちょうえつした人たちの関係って、実は僕もよく知らない。


「それこそ、そこの神族の先祖である闘神が存命だった時代にも、あれらはまれ喧嘩けんかをしていた」

「喧嘩……」

「まあ、喧嘩といっても、私らが介入できないような次元の話になるがな」

「いやん、怖い!」


 魔族の真の支配者と魔女さんの喧嘩だなんて、想像さえできません。


「あの二人が起こす天変地異からすれば、其方の起こしたこの風景の異変も可愛いものだ」

「禁術の結果が可愛いものですか……。そ、それで、西の情勢とどんな繋がりがあるのかな?」

「くくくっ。其方が思考したな。なぜ魔族が西へと侵攻しないのかと。それこそ、魔女のせいだ」


 ごくり、と生唾なまつばではなくお肉を飲み込む僕。

 見れば、リステアたちも食事の手を止めて魔王の話に耳を傾けていた。

 いいえ、違いました。リステアたちは最初から料理に手をつけていませんでした。

 毒は入っていないよ?

 まだ、緊張が完全には解けていないのかな?


「随分と昔の話、とはいえ、魔女や私からすれば近代にはなるが。天上山脈を西へと越えた先の平野部辺りで、彼の方と魔女が争ったことがある」

「それってつまり、人族の文化圏があるという地域の北部あたりってこと?」

「そうだ。その結果がどうなったか、想像してみよ」

「ええっと……」


 魔女さんは、片手のひと振りで古代種の竜族を殺しちゃうような人だ。

 魔族の真の支配者の強さは未知数だけど、前に会ったときには、この僕だって緊張で全身どころか魂まで凝り固まっていたっけ。

 その二人が喧嘩をした結果だなんて、想像できません。


「ならば、教えてやろう。人族の文化圏の北側には、極寒の永久雪原えいきゅうせつげんが広がっている」

「へええ、雪の世界かぁ……」


 ははは、まさかね?

 まさか、二人の喧嘩が原因だなんて、そんなはずはないよね?


「その、まさかだ。そもそも、天上山脈は竜峰のように南北に長く延びる山嶺地さんれいちではない。魔族がその気になれば、天上山脈を北から迂回うかいして人族の文化圏に侵攻することもできた。それが今や、何者をも受け付けぬ極寒の永久雪原のせいで、北の迂回路は潰されてしまったというわけだ」

「それじゃあ、それまでは魔族も西に進もうとしていたんですね?」

「そのげんは正確ではない。今でも、西を支配する魔王どもは隙あらば西を侵略しようと狙っている」

「わわっ!」


 やっぱり、魔族は魔族でした。

 版図が広がっていないからといって、侵略を考えていないわけじゃないんだね。


「ではでは、北の迂回路が潰された今は、その天上山脈を越えて侵攻をくわだてている? もしくは、南回りの行程もありますよね?」


 僕の意見には、シャルロットが答えてくれた。


「南回りは、少し難しいですね。天上山脈の谷間には有翼族の国が幾つか存在しますし、南は神族の国に隣接していますので、魔族が動けば神族も反応して動いてしまいます。そうすると、西へ悠長ゆうちょうに侵攻している場合ではなくなりますので。まあ、最近ですと、その神族の王国も……。ふふふ、口が過ぎました。お忘れください」

「うわっ、すごく気になる言い方だよ。今のは絶対にわざとだよね!?」


 シャルロットらしい、僕たちを翻弄ほんろうするような発言でした。

 ちなみに、アレクスさんが暮らしている帝国と、シャルロットが口にした王国とは別の国らしい。


「そうすると、やっぱり魔族は天上山脈を越えて……?」

「と、そう話は簡単には進まない。それが面白いのだがな」

「それって、自分は当事者じゃないから笑っていられるんですよね?」

「くくくっ、当たり前だ」

「ふふふ、当然でございます」


 同じ魔族同士であろうと、自分に害が及ばなければ笑いの種にする。恐るべし、巨人の魔王。それと、金色こんじききみ


「ここでようやく最初に戻るが。天上山脈のいずこかには、其方らが言う『東の魔術師』なる者が住んでいる。もとより険しい山脈の地形に加え、北西部より絶えず寒冷が吹きすさぶ天上山脈は、天然の要害になっている。更にそこへ、目障りな魔術師が住み着いてな。それで、西に領国を持つ魔王は思うように侵攻できずにいる」

「ってことは、東の魔術師さんは、人族の味方? アームアードに聖剣を授けてくれたみたいだし!」

「さあて、それはどうであうな?」


 くくくっ、と含みのある笑みを浮かべる魔王。


「ともかく、東の魔術師は魔族の動きを封じてくれているんですよね? だから、人族の文化圏ではきた魔女まじょみなみ賢者けんじゃひがし魔術師まじゅつし西にし聖女せいじょ、なんて言葉があるんですね。それで、東の魔術師は天上山脈のどこに住んでいるのかな?」

「愚か者め。それを知っていれば、西の魔族が放っておくはずはなかろう」

「そうですね!」


 魔族にとって、東の魔術師は目の上のたんこぶなんだから、所在を知っていれば絶対に襲撃をかけるよね。


「それじゃあ、手がかりは無しかぁ……。まあ、天上山脈に住んでいるってことがわかっただけでも大収穫かな?」


 リステアに確認したら、うん、と頷かれた。

 だけど、そこでにやりと笑みを浮かべるのが、極悪非道な魔族の王だ。


「天上山脈は、竜人族や竜族こそ住んではおらぬが、竜峰に匹敵する険しい山嶺地だ。雲海の上にも当たり前のように雪原は広がり、場所によっては竜峰の標高を越えるみねも存在する。そこをふらふらと探し回っていても、あの遺児いじには会えぬぞ?」

「遺児? ちょっと待って。もしかして、魔王は東の魔術師のことをもっと深く知っているんじゃないの!?」

「エルネア君、陛下はひと言も、ご自身も知らないとは口にしていませんよ?」

「でも、西の魔族はって……。そうですか、魔王は東側の魔族ですか」


 しくしく。なんて言い回しだろう。

 僕が肩を落として落ち込む様子に、魔王とシャルロットは楽しそうに微笑んでいた。


「それじゃあ、東の魔術師のことをもっと詳しく教えてください」

「断る」

「いやーんっ!」


 ひどい。

 この魔王と側近は、僕たちが困る方が楽しいんだ。

 でも、実力行使で魔王から情報を引き出すことなんてできないし。

 どうすれば、と思案していると、またもや魔王がにやりと笑みを浮かべた。

 はい、嫌な予感しかしません!


「エルネアよ、其方には用事を申し付ける」

「お断り!」

「では、離宮を破壊した代償をこの場で頂こうか」

「魔王さま、なんなりとお申し付けください!」


 くうぅっ、僕の弱みに付け込むなんて、なんて極悪な魔王なんでしょう。


「エルネア君、違いますよ。これは陛下なりの配慮でございます」

「本当かなぁ?」


 疑心暗鬼ぎしんあんき、というよりも疑念ぎねんしかないけど、魔王からの用事を聞くことにする。


「では、其方らは私の使者として、ある人物に会いに行け」

「ある人物?」

「この離宮を再建させる者だ。事前に修繕要請しゅうぜんようせいの使者は送っておいたが、まさか再建になるとはな。それで其方らには、追加の使者になってもらう。どのような手段を使ってでも必ず奴を説得し、離宮を建て替えさせろ」

「おお、伝説でんせつ大工だいくさんに会いに行けと! お屋敷のお礼もしたいし、ぜひ喜んで」

「伝説の大工? まあ、良い。ともかく、奴に会い、上手く言いくるめて再建させろ。それと……」


 気のせいかな?

 さっきから魔王は「どんな手段を使ってでも」とか「上手く言いくるめて」と、不安をあおるような言葉を口にしている気がしますよ?


「運が良ければ、もしくはそこの勇者が納得するのであれば、其方らの旅はそこで終わる」

「えっ?」


 どういうこと? と聞く前に。

 シャルロットが最後に恐ろしいことを口にした。


「陛下のお使いの後も旅をお続けになるのでしたら、事前準備はしっかりとなさってくださいませね。なにせ、天上山脈に隣接する領国を現在支配しているのは、西に国替くにがえをなさった、あの妖精魔王クシャリラですので」

「げげげっ!」


 僕とリステアとスラットンは顔を見合わせると、この上なくげんなりとため息を吐いた。

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