いざ 伝説の大工さんのもとへ

「案内役は、ルイララに任せる」

「うわっ、ルイララも来ちゃうのかっ」

「ひどいなぁ、エルネア君は。僕がいなきゃ、目的地にはたどり着けないよ?」

「それはそうだけどさ……」

「ふふふ、それではわたくしが、ご案内いたしましょうか?」

「ルイララ君、お願いするね!」


 うむむ、シャルロットに案内されるくらいなら、ルイララの方がまだ良いよね!


 翌朝、幻想的げんそうてきな色のまじわりかたをした空に揺らめく太陽が東から姿を現わす。それと同時に、僕たちは活動を再開させる。

 そして、離宮を壊しちゃったつぐないとして、伝説の大工さんをたずねることになった僕たちの案内役として選ばれたのが、ルイララだった。


「ふふふ、お気をつけてくださいませね。あの方はとても気性きしょうが難しく、機嫌を損ねますと何をなさるかわかりませんので」

「いいな、どのような手段を使ってでも、あれに離宮の再築を言い渡せ」


 大きくなったニーミアの背中に移動する僕たちに混ざり、ルイララが当たり前のようについてくる。

 そんな僕らを、魔王とシャルロットがわざわざ見送ってくれていた。

 だけど、普通には見送ってくれないよね。なにせ、極悪魔族の二人組なんだしさ。


「うわぁ、行きたくなくなってきちゃったよ……」

「でも、エルネア君。あの方に会えば、勇者の問題は解決するかもしれないんだよ?」

「そもそも疑問なんだけどさ。なんで伝説の大工さんに会うと、聖剣の問題が解決するの?」

「ははは、そこは、ほら。行けばわかるよ。色々とね?」

「なに、その意味ありげな言い方は!?」


 どうも、魔王やシャルロット、それにルイララの反応が変だ。

 僕が「伝説の大工さん」と口にするたびに、にやりと笑われる。あれって絶対、なにかを隠している笑みだよね。そして、それに気づいていない僕を見て、ほくそ笑んでいるんだ。

 嫌だ、嫌だ。

 魔族はやっぱり極悪で、人の心をもてあそんで楽しむような種族なんだね。


「くくくっ。想像通りの極悪が望みならば、白剣をこのまま返さずに、其方の苦悩を生涯に渡って観察しても良いが?」

「いやいやん、魔王さま。白剣は必ず返してもらいますからねっ」

「ふふふ、陛下から返却していただけると良いですねえ」

「えっ!? ちょっと待って。シャルロット、それってどういう意味?」

「出発にゃーん」

「ああっ、ニーミアっ」


 ふふふ、と微笑むシャルロットの意味ありげな言葉を追求する前に、ニーミアが離陸しちゃう。そして、あっという間に魔王とシャルロットの姿が小さくなった。


「あああ、絶対に何か企んでいるよ、あの二人。僕の白剣はどうなっちゃうのぉっ!」

「なんだか、お前はお前で大変なんだな……」

「リステア、わかってくれるかい?」

「ああ、もしかすると、お前が抱えている試練の前では、聖剣復活なんて些細な問題なのかもな」

「ううう、聖剣復活より難題の試練て……」


 がっくりと項垂うなだれる僕の背中をさすってなぐさめてくれるリステア。その横では、スラットンとルーヴェントとオズが笑っている。

 アレクスさんも、ひかえめだけど苦笑していた。


「大丈夫だよ。陛下も宰相様も、エルネア君のことを気に入っているからね」

「魔族に気に入られたおかげで、こうして意地悪されているわけですね?」

「はははっ、うらやましいことじゃないか」


 魔王とシャルロットの前では立派な家臣だったルイララも、目の届かない場所まで来ると、いつも通りの悪い魔族に戻る。

 人の不幸をけらけらと笑うルイララなんて、ニーミアの背中から落ちちゃえばいいんだ。


「案内がなくなったら、目的地に行けないにゃん」

「んん? 僕を追い出そうとでも思考しているのかな?」

「気のせいだよ、気のせい」

「本当かなぁ?」


 とはいえ、たしかにルイララの案内がなきゃ、僕たちは途方とほうれちゃう。

 事前に聞いたところによると、伝説の大工さんは巨人の魔王の国のはしに住んでいるのだとか。


「あの方は、賢老魔王けんろうまおう陛下が支配する国と接している国境の、すみっこの小さな禁領にお住まいだよ」

「老賢魔王? それと、禁領?」

「はははっ、エルネア君。他所よその国の魔王とはいえ、僕なんかが名前をおいそれと言えるわけがないじゃないか。それと、エルネア君が住んでいる場所以外にも、禁領はあるんだよ」


 とは、ルイララのげんだった。


 たしか「禁領」って、魔族の真の支配者が直接支配する領地だったよね。

 そして、伝説の大工さんは、その禁領のひとつに住んでいるという。

 それってつまり、伝説の大工さんは巨人の魔王に重宝がられているだけじゃなく、真の支配者にも寵愛ちょうあいされているってこと?


 伝説の大工さんについては、色々と謎が多い。


 いったい、どうやったら僕のお屋敷や魔王の離宮といった超巨大建造物を短い期間で建てられるのか。しかも、建物を建築するだけじゃなくて、お庭を整えたり、調度品を揃えたり。

 しかも、どれもが超高級品ばかり。

 普通なら、一流の品々を揃えるだけでも苦労するはずだよね。


 アームアード王国の王都では王城を再建している途中だけど、お城そのものよりも家具や調度品の調達に関係者は四苦八苦しくはっくしていると聞いたことがある。

 それで、父さんやジルドさんは大忙しなわけだしね。


 そもそも、伝説の大工さんと個別の名前っぽく言っているけど、何人くらいの所帯しょたいなんだろうね?

 小さな家を建てるだけでも、大勢の人たちが関わる。土台を作る人、柱や壁や天井を作る人、内装をう人や、検査をする人。

 きっと、伝説の大工さんは「伝説の大工集団さん」なんだ。


 ああ、そうか。と気づく。

 もしかして、その集団の方々のなかに、聖剣を打ち直せるような職人さんがいるのかも。

 あれだけ立派なお屋敷を建てる集団なんだもの。伝説級の鍛治職人さんが所属していても不思議ではない。


 だけど、そこで疑問が湧いてきた。

 では、なぜ、シャルロットは「リステアが納得するなら」なんて言葉を足したんだろう?

 それと、まだ根本的な問題がある。

 なぜ、僕が「伝説の大工さん」と言うたびに、魔族たちは可笑おかしそうに笑っていたのか。


 魔王やシャルロット、それにルイララは、伝説の大工さんが何者かを僕には教えてくれない。

 案内役にルイララをつけてくれたけど、これも伝説の大工さんの正体を隠すためだ。


 魔王や真の支配者の依頼を受ける伝説の大工集団なら、一般の魔族もその存在を知っているはずだ。だから、ルイララの案内がなくても、その気になれば探し出すことはできるかもしれない。

 だけど、魔王はそれを良しとはしなかった。

 あくまでも伝説の大工さんの正体を僕には秘密にし、最後まで笑い者にする気なんだよね。


「そんで、その禁領とやらにはどれくらいで着くんだ?」


 空の風景を堪能たんのうしながら、スラットンが聞く。

 ルイララは少し考えたあとに、困ったような笑みを浮かべて答えた。


「日中は、無理じゃないかな?」

「そんなに遠いの!?」


 いったい、魔族の国はどれだけ広いんですか! と、ルイララ以外の全員が思ったに違いない。

 だけど、理由は別にあったみたい。


「ここは、竜峰じゃないんだ。魔族の国だよ?」

「ふむふむ、ルイララ君、続けなさい」

「だけど、僕たちは今、ニーミアちゃんに乗っているよね?」

「ほうほう、それで?」

「これから向かう先は、竜峰に面していて、竜族の存在を普段から意識している陛下の国の東側とは違うんだよ」

「そうだね……」

「そうすると、空を飛んでいる竜族を目撃するだけで、魔族たちは大騒ぎになっちゃうわけさ」

「それは、困りましたね……」

「下手をすると、各地に駐屯ちゅうとんしている事情を知らない魔王軍が出撃してきちゃうかもね」

「大事になっちゃう!」

「というわけで、僕たちは、というかニーミアちゃんは魔族の目をかい潜って飛ばなきゃいけないわけさ」

「そうすると?」

「陛下の国へと新しく編入されたこの地域あたりまではいいけど、その先からはなるべく暗くなってから飛んだ方がいいと思うんだよね。ニーミアちゃんは立派な竜だから、目立っちゃうからさ」

「にゃん」


 なるほど、言われてみると正論だ、と納得するしかない。

 今も、ニーミアは雲のもっと上の超上空を飛んでいるけど。秋の空って、雲が少ないんだよね。しかも、あったとしても薄いんだ。そうすると、地上からでもニーミアは目立っちゃう。


 巨人の魔王の国では元からリリィもいたし、最近では僕たちの存在も一部の魔族たちからは認識されつつある。だけど、これまで訪れたことのない国の西側でも同じかと聞かれると、違うと言わざるを得ないよね。


「それじゃあ、大きな都市の近くまで移動したら、暗くなるまで休憩だね」


 というわけで、ニーミアはルイララの案内で辺境にある山脈に降りた。

 もしも僕たちだけだったら、ルイララの口にした配慮には気づかなかっただろうし、こうして休憩できるような場所も見つけられなかったかもしれない。

 そう考えると、くやしいけどルイララの同行は正解だったようだ。






 ルーヴェントは、アレクスさんにきつく注意されたせいか、今日はまだ問題を起こしていない。

 とはいえ、相変わらずの口の悪さで、僕たちは苦笑しっぱなしだったけど。

 魔族のルイララと天族のルーヴェントの相性は悪いようで、日暮れを待つ休憩中にも、事あるごとに剣呑けんのんな雰囲気になっていた。だけど、お互いにめることはなかった。


 そして、太陽が沈むのを待って、僕たちは再出発することになった。


「ニーミアちゃん、あっちの方角に飛んでくれると助かるよ」

「お任せにゃん」


 ルイララの案内により、ニーミアは翼を羽ばたかせる。

 ルイララも何度か、伝説の大工さんが暮らす禁領へと行ったことがあるらしい。


「ところでさ。魔王城は伝説の大工さんに建て直してもらわないの?」

「ああ、その疑問はもっともだね。だけど、考えてもみてほしいな。あの方に全てを任せちゃっていたら、国を支えている職人たちが食いっぱぐれちゃうからね」

「そうか、仕事の発注のかたよりは良くないことなんだね」


 だから、あえて魔王城は自分の国の職人さんたちに発注したってことか。

 僕の抱える問題も、偏りは良くないです。誰か肩代わりしてくれないかなぁ……


「ああ、ニーミアちゃん。この辺りから高度を下げてほしいんだけど?」

「わかったにゃん」

「ルイララ、なんで?」

「ははは、それは秘密だよ」


 ルイララに指示されるまま飛行していると、深い森が広がる土地の上空に差し掛かった。すると、ルイララは高度を下げろと言う。

 いったい、理由はなんだろう?

 なにはともあれ、ニーミアは高度を下げて、森の木々の上すれすれを飛ぶ。


 どうやら、この辺は人の気配がないみたい。見渡す限り暗い森が続き、人がともす明かりが見当たらない。

 もしかして、禁領に入ったから?

 僕たちが暮らす禁領は、特別な土地らしくって、許可のない者は立ち入れない。それと同じように、ここの禁領も立ち入りが制限されているのかも。だから、侵入が見つからないように高度を下げたのかな?


 僕の疑問をよそに、ニーミアは飛び続ける。


「ううん、そろそろかな? ニーミアちゃん、適当な場所に着地してくれないかな。そこからは徒歩になるよ」

「……にゃん? わかったにゃん」


 ニーミアよ、今の一瞬の沈黙はなにを意味しているのかな?


「秘密にゃん」


 くうぅ、ニーミアの裏切り者っ。


「違うにゃん、きっと意味があるにゃん」


 いったい、ニーミアは何に気づいたのか。

 もしかして、ルイララの思考でも読み取った?


 ニーミアは翼をやわらかく羽ばたかせて滞空すると、降りられそうな適当な場所を探す。

 そして、木々の合間にゆっくりと降り立った。


「疲れたにゃん」

「ありがとうね」


 みんなを下ろしたニーミアは、小さくなって僕の頭へ。

 ひんやりと冷える夜の森。頭の上だけがほっこりと暖かい。


「それじゃあ、出発だ」


 ルイララに先導されて、僕たちは森を徒歩で進み出す。


「なんだか、耳長族が住んでいそうな森だね」

「ははは、エルネア君らしい感想だね。だけど、この森には耳長族は住んでいないよ。住んでいるのは、少数の人族とあの方たちくらいさ」

「それじゃあ、その人たちが伝説の大工さん!?」

「それは、君自身の目で確かめるといいさ」


 あくまでも、伝説の大工さんの正体は教えてくれないんだね。

 でも、いいさ。もうすぐ、その正体も判明する。


 月明かりの届かない、暗い森を進む。

 僕は瞳に竜気を宿しているから、夜の森でも視界は確保できているけど。


「やれやれ、真っ暗でございますね。魔族の国では、灯りという文明は存在しないのでしょうか」

「はははっ、灯りくらいはあるさ。なんなら、松明に火を灯しても良いんだよ? まあ、鳥目とりめの君だと、その程度の明かりでは役に立たないだろうけどさ」

「なんだ、松明を使っても良いのかよ。それを早く言え。俺はてっきり、侵入が露呈ろていしないようにひっそりとしていなきゃいけねえと思ったんだかな。おい、リステア。そういうわけだ。火をよこせ」

「ああ、わかった」


 松明を準備するスラットン。そこへ、リステアが炎を点火する。

 さすがはリステアです。呪術の領域を超えて、炎を具現化するなんてね。


 ぱあっ、と周囲が明るくなる。

 視界が確保できたことに、ルーヴェントだけじゃなくてリステアとスラットンも、安心したように吐息を漏らす。


 だけど、灯りは予期せぬものを呼び寄せた。


「なんだ、お前らはっ!」

「なにっ!?」


 突然、茂みから男が飛び出してきた。


 そんな!


 竜気の宿った瞳で視界は確保していたし、周囲の気配も油断なく探っていたはずなのに。

 突然、目の前に現れた男に、僕だけじゃなくてリステアやアレクスさんまでもが驚く。


 そして、驚くべきことはそれだけではなかった。


「お前ら、怪しい奴らだな!」


 言って、男は両腰に帯びた剣を抜き放つ。


「神剣!? それに、もう片方は魔剣ですと? あ、ありえません!」


 ルーヴェントが驚愕きょうがくに目を見開く。

 男は、右手に神剣を、左手に魔剣をかまえ、油断なく僕たちを睨んだ。

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