戦慄の邪竜

 見れば見るほど、不思議な男だった。

 ひょろりと細い身体。一見すると頼りなさそうな体型に思えるのに、腕だけは強靭きょうじんそうに見える。

 というか、両腕の存在に違和感を覚える。

 漆黒の両腕は、まるで陶器とうきのような無機質さを感じる。それなのに、両手はしっかり神剣と魔剣を握りしめていた。


 あれれ?

 漆黒の両腕の男?

 というか、よく見ると、青年?


「この辺では見かけない顔だな。村の者でもない。さては、暗殺者か! そうか、あれもお前たちの放った刺客だな!?」

「はい? ちょ、ちょっと待って!」


 漆黒の両腕を持つ青年が、何を言っているのかわかりません。

 それなのに、青年は問答無用でこちらへ斬りかかってきた!


 勇猛ゆうもうなのはわかったけど、いくらなんでも多勢に無勢ですよ。しかも、こっちには勇者様もいるんですからね?

 だけど、青年は躊躇ためらわずに跳躍する。


 間合いの外から、右手に握った神剣を振るう青年。すると、振り抜いた神剣の軌道上に、白い刃の残像が残る。そして、白い刃はこちらへ向かって放出された。


「むっ、あれは!?」


 今度は、アレクスさんが何やら驚く。だけど、敵意を向けられて出遅れるような者は、この面子めんつには存在しない。


「しゃらくせぇっ」


 スラットンが長剣を抜き放つ。とはいえ、未知の技を真正面から受けるような愚行ぐこうはしない。迫る白刃をかわし、遅れて迫ってくる黒腕の青年を迎え撃つ。

 僕たちも、白刃を難なく回避する。


 黒腕の青年だって、この程度の技がこちらに通用するとは思っていないようだ。全員に回避されたことに驚くこともなく、スラットンと剣をぶつける。

 夜の森に、鋭い斬撃音が響く。


「剣術の流派りゅうはを持たねえ、喧嘩殺法けんかさっぽうかよ。だが、この俺にその程度の剣術が通用すると思うなよ?」

「どうだかな?」


 スラットンよ、あんまり口悪く吠えちゃうと、こっちが悪者っぽく見えるから止めてね?

 とはいえ、よく考えてみると僕たちの方が侵入者なのかもしれないけどね。


 ただし、黒腕の青年がこの地の守護者と決まったわけでもない。

 そして、この無謀むぼうな攻め。

 戦力差は明らかなのに、躊躇いのない戦いっぷり。

 それが意味するところは……


「アレスちゃん!」

「おまかせおまかせ」

「にゃぁっ!」


 またもや、不意からの出現だった。

 全員の意識が、黒腕の青年に向いている。その隙を突き、背後に新たな気配が生まれる。と同時に、猫の鳴き声。

 ニーミアじゃない!

 見知らぬ黒猫くろねこがいつの間にか、僕たちの背後で瞳を光らせていた。


 アレスちゃんが霊樹の術で結界を生み出す。ニーミアも結界を張る。僕だって、霊樹の木刀に竜気を送って結界を展開する。アレクスさんも、反応していた。

 そうして何重にもほどこされた厳重な結界が、不意打ちを完膚かんぷなきまでに封じ込んだ。


「くっ。神族と天族に加え、正体不明の精霊までいるとはっ。トリス、ここは一旦退くぞ」

「うへっ!? シェリアー様の魔法が封じられちまった。まじかよっ」


 スラットンと剣を交えていた青年が、今度は本気で驚いていた。そして、僕たちの背後に突然現れた黒猫も、こちらの対応力に驚く。

 でも、驚きの連鎖れんさはそれだけでは終わらなかった。


 黒猫が人の言葉をしゃべった?

 いやいや、その程度では僕は驚きませんよ。

 だけど、違う理由で思わぬ者が驚く。


「なななっ! シェリアー様ですと!? あの、黒爪くろつめ魔将軍ましょうぐん、シェリアー様?」

「むむ。貴様はもしや、阿呆あほうのオズか」

「あ、阿呆とはなんですかっ」


 黒猫を見たオズまでもが驚き、オズを見つけた黒猫がさらに驚く。


「オズは、あの魔族と知り合いにゃん?」

「ニーミア、あの魔族って、黒猫のこと?」

「そうにゃん。魔族にゃん」

「ふうん、オズのような魔獣じゃないんだね?」

「ええい、馬鹿者め。儂は偉大なる魔族だっ。それと、あの方をその辺にいるような低位の魔族どもと一緒にするでないっ」

「魔将軍だっけ? ってことは、魔王の配下ってことか」

「あのシェリアー様こそは、偉大なる大魔王レイクード・アズン様の……」

「ええいっ、阿呆のオズめ。余計なことは口にするなっ」


 黒猫の姿をした魔族、シェリアーに睨まれたオズは、びくんっとおびえて固まる。

 なるほど、それくらいすごい魔族ってことだね。詳しいことは、またあとで聞かせてもらいましょう。

 でも、その前に!


「はい、スラットンもそこの青年も、剣を納めて! というかさ、君ってあれだよね? 竜王の都で、魔族のライゼンからセフィーナさんを救ってくれた黒腕こくわんの青年だよね?」

「竜王の都? それはわかんねぇけど、ライゼンっつったら確か……?」

「格闘主体で戦う、軽薄けいはくそうな魔族の」

「ああ、あいつか! あんた、あの女性の身内なのか!?」


 僕の質問に、手が止まる黒腕の青年、トリス君。

 スラットンも、僕たちの会話を聞いて敵対するような関係じゃないと理解したのか、無防備になったトリス君に追い打ちはかけずに、距離をとって様子を伺う。


「良かった。いきなり襲われたから、驚いちゃったよ。でも、僕たちは敵同士じゃないよね?」

「ううーん……。どうなんですか、シェリアー様?」


 トリス君自身には、もう敵意のようなものはない。

 僕の話だけでこんなにあっさりと剣を引いてくれるなんて、彼はきっとい人だ。


 黒猫の魔族、シェリアーはオズをにらんだまま、しばし考え込む。

 こっちは、魔将軍らしく思慮深いというか、油断を見せないね。

 一見すると可愛い黒猫だけど、きっとものすごく強いはずだ。


「貴様らは、なにをしにこの地へ来た?」

「ええっと、伝説でんせつ大工だいくさんに用事があって」

「伝説の大工?」

「はっはっはっ、これは失礼しました、シェリアー様。彼はちょっと勘違いをしていまして」

「むむ。貴様は確か、巨人の魔王の腰巾着こしぎんちゃく

「はい、ルイララでございます。ほら、僕が随行しているという時点で、怪しい者ではないでしょう?」

「貴様自身が怪しい存在でしかないがな」

「ルイララって、どこに行っても評価は同じだよね?」

「ひどいなぁ、エルネア君は」


 とはいえ、ルイララが仲介ちゅうかいになって話が進むのなら、お任せしましょう。

 ルイララは、シェリアーに向かってうやうやしく一礼する。それだけを見ても、この黒猫が相当な魔族であることが伺えるね。


「彼は、竜王のエルネア君です。陛下から依頼を受けて、やってまいりました。僕はその水先案内人ということで」

「人族でありながら、竜人族の称号を?」

「はい、その辺は追って説明させていただきますが。先ずは、猫公爵ねここうしゃくにお会いしたく」

「帰れっ!」

「はっはっはっ。拒否されちゃいましたか」

「ルイララ、全然役に立ってないじゃないか!」


 自己紹介をしただけで、帰れと即答されました。

 まさかの追い帰しに、僕たちは脱力しちゃう。

 とはいえ、ここで素直に帰るわけにはいきません。

 そして、トリス君もある思惑から、僕たちを帰さないようにシェリアーにお願いをしてくれた。


「あんた、竜王って称号を持ってんの? じゃあ、さっき言った竜王の都って、あんたの都?」

「うん、一応は僕が領主かな?」

「すっごいなっ!」


 トリス君は、すたたたたっと僕に駆け寄ると、両手で握手を求めてきた。

 僕は勢いに呑まれて、つい素直に握手をしちゃう。

 黒い陶器のようなトリス君の手は、不思議と柔らかくて、少しだけ体温のような温もりも感じた。


「やっぱ、人族ひとぞくも捨てたもんじゃないっすよね!」


 あ、いきなり言葉遣いも丁寧になっちゃった。


「そ、そうだね。でも、僕なんかよりも、そっちのリステアの方が凄いと思うよ。なにせ、彼は勇者様だからね!」

「な、なんだってーっ! あんた、勇者なのか! すげぇ、すげぇよっ」


 興奮しまくるトリス君。

 終いには、全員と熱く握手を交わして回り出す。

 これにはシェリアーもあきれ気味で、露骨にため息を吐いていた。


「シェリアー様。この方々に協力してもらえれば、きっとあの邪竜じゃりゅうも退治できますって!」

「じゃ、邪竜!?」


 僕の頭に、禁領で遭遇そうぐうした、あの邪竜の姿が過ぎる。

 まさか、この地にも邪竜が!?


「いやあ、大変だね。邪竜か、それは危険だよね。エルネア君、竜王として協力してあげたらどうだい?」


 にやり、と笑みを浮かべるルイララ。

 なんだろう、この悪巧みをしていそうな笑みは。


「ねえねえ、ニーミアはどう思う?」

「んにゃん? 協力した方がいいにゃん」

「むむむ。なぜルイララの味方をするんだい?」

「気のせいにゃん」

「すげぇっ、シェリアー様みたいな子猫ちゃんだ」

「にゃんっ」


 いやいや、この子は、邪竜と同じ古代種の竜族ですよ。

 とはいえ、喋る黒猫の魔族、シェリアーのおかげか、ニーミアの存在が素直に受け入れられたのは話が早くていいね。


「邪竜か。書物による知識しかないが、あれは邪悪で恐ろしい竜だと聞く。こちらには確かにニーミア殿やエルネア殿はいるが、はたして、太刀打ちできるかどうか」

「ふん、神族と天族をえさにしている間に首を落とせばいい」

「やれやれ、魔族という方々は皆さま、下品でございますねえ」

「言うではないか、天族ごときが」

「はい、ルーヴェントは発言を抑えて」

「はいはい、シェリアー様、落ち着いて」


 僕がルーヴェントを注意し、トリス君がシェリアーをなだめる。

 なんだか、僕たちって友達になれそうだね?


「邪竜か。俺もそろそろ竜族を倒して、竜王の称号が欲しかったところだ」

「いやいや、スラットン。竜族を倒しても、竜殺しの称号は得られても竜王にはなれないからね?」

「まあ、良いさ。だが、どうにかするにしても、偵察ていさつは必要だろう? 先ずは様子を見てみようぜ。そして倒せるようなら倒す、無理なら逃げる」


 スラットンの提案に、僕たちは全員で同意した。

 どうやら、トリス君とシェリアーは伝説の大工さんの知り合いらしい。なら、ここで恩を売っておけば、後々の話が順調に進むかもしれないからね。

 というわけで僕たちは、邪竜が降り立ったという森の奥を目指し、暗がりの森をシェリアーの案内で慎重に進むことになった。






「この森は、腐龍ふりゅうが出たこともあるんですよ」

「うわぁ、腐龍かぁ……」

「やっぱ、エルネア君は竜王なだけあって、腐龍も知ってるんすね?」

「トリス君、敬語はいらないよ。それと、腐龍なら何度か倒したっけ」


 正確には、僕ひとりの力ではないんだけどね。

 だけど、トリス君はまた興奮しだした。


「すげぇっす!」

「トリス、うるさいぞ」

「すみません、シェリアー様……」


 そして、先導するシェリアーに怒られて頭をかく。

 どうやら、トリス君は元気と勢いのある青年なようです。

 もっと聞きたいことは山ほどあるけど、先ずは僕たちも邪竜に集中しよう。

 気配を殺し、森を慎重に進む。


 そういえば、トリス君とシェリアーはどうやって気配を完全に消していたのかな?

 これも、あとで質問しよう。

 僕、とても気になります!


 今度は、警戒もふくめて松明の火もなく進む。

 進行速度は遅いけど、安全第一だからね。

 それに、僕の瞳は相変わらず視界良好です。

 先導するシェリアーにも暗闇が見えているのか、いすいすと進んでいく。

 逆に、ルーヴェントは完全に視界を失っているのか、枝に頭をぶつけたり、木に激突したり。

 もしかして、ルーヴェントは足手まといになっているんじゃ……?


 そんな僕の心配をよそに、シェリアーは森の奥へと進んでいく。

 これも、もしかしてだけど……

 シェリアーは、いざとなった場合、本当にルーヴェントをおとりにするつもりなんじゃないだろうか。

 だから、足手まといでも連れてきてる?


 どうか、僕の邪推じゃすいが間違っていますように。


「そろそろ、奴の察知範囲だ。気をつけろ」


 シェリアーから警戒が発せられる。

 僕たちは更に慎重に気配を殺すと、服がこすれる音にさえ気を配って進む。

 どくんっ、どくんっ、とはず鼓動こどうが周囲にも漏れていそうで怖い。


 邪竜と僕たち。どちらが先に気配を探り当てるか。

 邪竜が先に気づけば、否応なく激戦になる。でも、それだけは避けたい。

 運良くというか、こちらは強者揃いで、気配を殺すのが上手い。

 邪竜が強く警戒していなければ、きっと大丈夫なはずだ。


 だけど、そんな僕たちの細心の注意をあざ笑うかのように、竜の咆哮が夜の森に響き渡った。


「はいはーい。隠れんぼは失敗ですよー。みなさん、出てきてくださいねー」

「ってか、邪竜じゃなくてリリィじゃないかーっ!!」


 リステアやアレクスさん、それにトリス君たちが怯えるなか、僕の突っ込みがむなしく空に響いた。

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