奇妙な二人

 森での狩猟しゅりょうを終えて夕方前に村へ戻ると、村長のお爺ちゃんが出迎えてくれた。


「こりゃあ、すごい」


 大きな鹿しかを二頭。鋭い牙を持ついのししを一頭。それと、春の木の実をたくさん食べてまるっと太ったうさぎが三羽。

 僕の収穫に、村長のお爺ちゃんが目を丸くして驚いてくれる。


 アルフさんも戻っていたみたいで、薪割まきわりの手を止めて僕の収穫を覗きにきた。

 アルフさんが戻っているということは、アミラさんやマドリーヌ様も戻っているのかな?

 屋外に姿が見えないということは、どこかの建物にいるはずだ。

 まさか、戻ってまでギルディアの接待のためにお屋敷に入っている訳じゃないよね?

 気配を探ると、アミラさんはマドリーヌ様と一緒に村長のお爺ちゃんの家の中に居た。


 僕の気配を察したのか、ミストラルとルイセイネが村長さんの家から出てくる。

 セフィーナさんとライラも、お屋敷の裏手から現れて集まってきた。そして、手慣れた動きで解体の準備を始めた。


 僕はみんなに帰還の挨拶をしながら、さらに果物や野菜を取り出す。


「豊かな森ですね。野草や木の実なんかも、いっぱいありました」

「初めて入った森で、これだけの収穫を得られるとは。君は本当にすごいんだね」


 他にも、くま大蛇だいじゃや巨大な蜥蜴とかげを見かけたけど、狙わなかった。あまり強すぎる獲物を狩っちゃうと、ギルディアやマグルドに余計な警戒を持たれちゃうからね。

 とはいえ、十分すぎるほどの収穫に、僕も大満足です。


 早速、毛皮をいだりお肉を部位ごとに切り分けようとみんなで準備をしていると、ギルディアが護衛のマグルドを連れて、母屋おもやから出てきた。

 どうやら、お屋敷前の広場で僕たちが騒いでいる様子が気になったみたいだね。

 そして、ギルディアは僕が狩ってきた獲物を一瞥いちべつすると、ぴくりと眉を動かす。


「これを、貴様が?」

「はい。神族様の村に滞在させていただいたお礼にと、今日一日頑張って狩ってきました」


 ギルディアとマグルドを刺激しないように気を使いながら言う。マグルドあたりに、また「勝手に口を聞くな」なんて言われると思ったけど、罵声ばせいは飛んでこなかった。

 おや?

 午前中の失態を引きずって、気を落としているのかな?

 まあ、僕はあの場に居なかったことになっているんだから、余計な突っ込みはできないので、確認のしようがないけどね。

 ともあれ、収穫物に興味を示すギルディアを邪魔しないように、大人しく様子を伺う。

 すると、解体前の鹿を見て、ギルディアが指を差す。


「これの後ろ脚のもも肉と、頬肉。それと猪の旨い部位を持ってこい。果物もだ」

「はい。領主様にご献上させていただきます」


 どうやら、お肉が欲しかったみたいだね。

 抵抗して場の雰囲気を悪くする必要もないし、僕は素直に従う。

 ギルディアはそれだけ言うと、さっさとお屋敷の中に戻っていく。もちろん、マグルドも付き従う。

 戻り際、マグルドが僕をぎろりと不愉快そうに睨んで行ったけど、気にしません。僕は何も悪いことなんてしていないし、狩りくらいなら人族だってできるから、目立つ行為じゃないだろうしね。


 目障りなギルディアとマグルドがいなくなったことで、僕たちはまた解体作業を再開させる。


「すまないね。せっかくの収穫だというのに」

「いえいえ、予想していたことだったので、多めに狩ってきたんです。それでも僕たちだけじゃ食べきれないですから、余りは村の人たちに配りましょう」

「それは喜ばれるだろうね」


 ライラが鹿の身体を押さえて、セフィーナさんが皮を剥いていく。剥ぎ取られた皮はミストラルが素早く下処理に入り、ルイセイネがお肉を切り分けていく。

 僕は村長のお爺ちゃんと猪の硬い皮剥ぎで、アルフさんが兎に取り掛かる。

 全員が手慣れた動きで作業にかかったおかげで、太陽が沈むずっと前に終わることができた。

 次は、切り分けたお肉を調理していかなきゃね。


「わたしはこのまま皮をなめす準備をするから、料理はお願いね?」

「ミストさん、こちらはお任せください」

「領主好みに味付けしないといけないってのだけが不満よね」


 ルイセイネとセフィーナさんが頷く。

 アルフさんからの情報では、ギルディアは濃い味付けが好みらしい。

 竜峰流の薄味に慣れた僕たちとは真逆だね。

 まあ、人族の国の味付けも竜人族の人たちからすると濃い味らしいから、他人事のようには言えないけどね。

 ともかく、夕食の支度を整えていく。

 すると、そこでようやくお散歩組が戻ってきた。


「おわおっ。お肉がいっぱい!」

「にゃんっ」

「プリシアちゃん、ニーミア、おかえりなさい。ユフィとニーナも、お疲れ様」

「エルネア君、疲れたわ」

「エルネア君、大変だったわ」

「だろうねぇ」


 プリシアちゃんとユフィーリアとニーナだもんね。

 そりゃあ、無事なお散歩とはいかなかったでしょう。

 なぜか、どろんこまみれのプリシアちゃん。ニーミアの綺麗な長毛も泥まみれだし、ユフィーリアとニーナの手足にも泥が付いている。


「もしかして、畑仕事をしてきたのかな?」

「んんっと、天族のお姉ちゃんと、お土遊びをしてきたよ?」

「私とユフィ姉様は、ちゃんと畑仕事を手伝ったわ」

「私とニーナは、ちゃんと任務をこなしてきたわ」

「にゃあ」


 はたして、ユフィーリアとニーナが本当に畑仕事をしたのかは疑問が残るけど。それでも、請け負っていた役目は果たしてきたみたい。その証拠に、ユフィーリアとニーナは色々なお土産を持ち帰ってきていた。


「みんな、気前が良いわ。いっぱい野菜をもらったわ」

「みんな、気前が良いわ。いっぱいお肉をもらったわ」

「あのね、お酒も貰っていたよ?」

「プリシアちゃん、報告をありがとう!」


 ユフィーリアとニーナが隠し持っていたお酒を没収すると、僕たちはまた夕食の準備に移る。

 村長さんの長屋に食材を持ち込むと、手際よく料理していく。

 屋内で休んでいたマドリーヌ様とアミラさんも加わって、賑やかな準備となった。


「あれから、大丈夫でした?」


 猪肉の煮込み鍋を食卓に持っていきながら、お皿を並べるマドリーヌ様に聞く。


「はい、問題はなかったですよ。あの後、少し時間を置いて戻ってきてすぐに、こちらの屋内に引き篭もりましたから」

「また体調を崩したって、俺がギルディアに報告したからよ」


 アルフさんもお屋敷には戻らずに、こちらで手伝ってくれていた。


 聞けば、今はルーヴェントとその家族の人たちが、ギルディアや他の神族たちのお世話をしているらしい。

 ということは、少なくともギルディアは天族嫌いってわけじゃなさそうだよね?

 天族嫌いなら、ルーヴェントたちのお世話も嫌がるだろうからね。そう考えると、やはり気になるのはギルディアが天族の家来を引き連れていない理由だね。


「それで、何か情報は手に入った?」


 僕が聞くと、ユフィーリアとニーナが今日一日で村の人たちから聞き出した情報を話してくれた。

 だけど、僕がこっそり聞いた話以上の情報はなかったようだ。


「天族の島は気になるけど、今は後回しだね。ギルディアの件が落ち着いたら、観光に行ってみる?」


 もしかしたら、天族の島に疑問の答えがあるのかもしれないけど、今はこの村を離れてモンド辺境伯の住む天族の島へ行く余裕はない。だって、アミラさんの運命が掛かっている大事な時だからね。


「セフィーナさんとライラはどうだった?」


 二人は、お屋敷の清掃という名目で、ギルディアやマグルドが不在の間にお部屋を探っていたはずだ。


「あの領主、なんだか違和感があるわね」

「と、言うと?」


 ギルディアに持っていく予定の鹿のもも肉をじっくりと焼きながら、セフィーナさんが首を傾げていた。


「ほら、アルフさんに聞いた今朝の話や、あの横柄おうへいな態度を見ていると、ほんとうに駄目な神族だって感じるけれど。掃除をするために部屋に入ったら、思っていた以上に部屋を綺麗に使っていたわ」

「それって、貴族だからじゃないの?」

「でも、あれだけ周りに悪意を振り撒く人が、部屋を綺麗に使ったりするかしら?」

「ううーん、言われてみると?」


 ギルディアは、アレクスさんたちが住むお屋敷の、一番豪華な客間を利用しているらしい。

 客間自体は、領主が来訪した時のための部屋らしいので、ギルディアが使用する分にはなんの問題もないようだね。

 そして、客間は宿泊する者に相応しいしつらえになっていて、この辺りでは絶対に手に入らないような高いお酒なども棚に並んでいるのだとか。

 だけど、セフィーナさんの話では、ギルディアはそうした高級なお酒にもほとんど手をつけていなかったどころか、寝台や机なども綺麗に使用されていたらしい。


「普通、ああいう人は自分を誇示こじするあまりに手荒くなって、自分勝手好き勝手に人や物を扱うと思うのよね。掃除する人の手間だとか、高いお酒を準備する気配りなんて他の人のことは考えずに、やりたいようにやると思うわ。でも、あの部屋の使い方を見る限り、ギルディアがそこまで何も考えなしの男には見えない感じだったわ」


 なんだか、外で見せる横柄な態度と、ひとりになった時の常識的な生活態度に大きなへだたたりがありすぎて、違和感がある。と話すセフィーナさん。


 たしかに、奇妙な話だと思う。

 ギルディアは、人族が勝手に喋り出すことにさえも怒るような、異常なほど身分を誇示するような男だ。

 それはきっと、豪族から貴族へと成り上がったことによる自惚うぬぼれと自尊心の高さから来るものなんだろうな、と思っていた。でも、そういう人って、やっぱりセフィーナさんが言うように、他者への配慮なんて考えない行動をするはずだよね。

 だけど、利用している客間は丁寧に使われていたらしい。

 客間の状況だけを見たら、きっと紳士的な貴族に見えたかもしれないね。


「そういえばだけど。アルフさん、ギルディアは僕たちがいない時も、ああいう横柄な態度なの?」


 用事がなければ、お屋敷の中に引っ込んでいるギルディアだけど、その時の様子はどうなんだろうね?

 僕の質問に、アルフさんが「そういえば」と思い出しながら話す。


「横柄な態度は変わらないな。俺やアミラには、今朝のような過剰な反応ばかりだ。ルーヴェントたちも、酷い扱いを受けている。……でも、そうだな。アレクス兄様と話す時だけは、まともだったように思う」

「それって、言葉遣いとか、態度とか?」

「ああ、そうだ。まあ、アミラをめとるって交渉中だから、下手したてに出ているだけかもしれないけどな?」

「ふむふむ」


 それでも、少なくともギルディアは、それなりに気を使った態度を取れるだけの良識は持っているってことなのかな?

 では、どちらが本当のギルディアなんだろうね?

 客間を丁寧に使う紳士的な貴族が隠れた本性なのか。それとも、やはり横柄な態度が本性で、時折見せる常識的な態度は、計算なのか。


 みんなも、セフィーナさんがもたらした情報に首を傾げて考え込んでいた。


「それで、ライラの方はどうだったのかな?」


 ライラは、先ずマグルドの部屋を探ったらしい。


「はわわっ。あの方の部屋は、領主様のお部屋とは真逆で、とても散らかっていましたわ」

「ほうほう?」

「なんと言いますか……。そうです、護衛者らしくないくらい、非常識な汚れ具合でしたわ」


 マグルドの部屋は、寝具が寝台から床に落ちたまま放置されていたり、飲み食いした物が部屋のあちらこちらに散らかっていたり、服や下着も滅茶苦茶に散乱していたらしい。


「まるで、お掃除という概念を知らない感じでしたわ」


 掃除するのが大変でしたわ、とため息を吐くライラ。

 すると、アルフさんが補足的な事を聞いてきた。


「それなんだが。貧乏人が急に豪華な生活を充てがわれて、有頂天うちょうてんになっている感じではないかな?」

「はわわっ、言われますと?」

「どういうこと?」


 僕が首を傾げると、アルフさんはマグルドから感じたことを話してくれた。


「あいつこそ、常識を知らない馬鹿者って感じに思えるな。どういう経緯でギルディアの野郎の護衛に就いたかは知らないが、それ以前はきっと、まともな生活なんて送ってなかったはずだ。だから部屋を綺麗に使うって常識も持っていないし、他者に対してあそこまで酷い態度が取れるんだと思う」


 普通に生活するうえでの、一般的な常識を持ち合わせていない。誰にも教わらなかったのか、教えてもらえるような環境で育たなかったのか。どちらにせよ、マグルドには常識が欠けている、と話すアルフさん。


 たしかに、そうかもしれないね。

 普通、最低限でも常識を持っているのなら、いくら帝尊府だからといってもあそこまで横暴な態度は取らないはずだ。

 人族が話しただけで殴りかかったり、ご主人様に楯突いただけで神族にさえ容赦なく襲いかかるだなんて、常軌を逸している。


 外と内で違う性格を見せるギルディアと、裏表なく非常識なマグルド。

 なんとも奇妙な二人だね。


「ライラ、それにセフィーナさん。他には何か、手掛かりになりそうなことは見つけなかった?」


 ギルディアの弱みにつけ込めるような資料でも見つけられていれば、アレクスさんだって強気に拒否の意思を示せるようになるはずだ。

 だけど、ライラとセフィーナさんは揃って首を横に振る。


「他にも新兵たちの部屋まで掃除したけど、何も出なかったわ」

「もうひとりの護衛の方のお部屋には入れませんでしたわ」

「グエンは夜の護衛で日中は寝ていただろうからね?」


 まあ、曲者のグエンのことだ。部屋に入れていたとしても、こちらが望むような情報は与えてくれなかっただろうね。

 それにギルディアだって、大切な資料や弱みになる情報を客間に放置なんてしないよね。


 この後も僕たちは、夕食の準備をしながら、今日一日の出来事をお互いに報告しあった。

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