ライラのおとぎ話
昔々あるところに、竜と共に生きる国がありました。
国の東北に広がる山岳地帯には、心穏やかな地竜が住み、ずっと西の山脈には、気性の荒い飛竜が住んでいます。
この国の王族は、先祖代々竜を従え、使役してきました。王族の血を引く者は皆、産まれた時から竜と共に生きるのです。
そしてある年、その王族にひとりの女の子が産まれました。
これまで男の子ばかりが産まれていたので、王様は初めての娘に大変喜びました。
ですが、この女の子は少し変わっていました。
竜と共に生きる国の、竜を従える王族の血を引くはずの王女。しかし、この王女がお城の竜に近づこうとすると、竜が暴れたり怯えたりするのです。
他の王子も幼少の頃から竜と接していましたが、王女の様なことは一切起きませんでした。
お城の者は
ですが娘を
そして王女が三回目の春を迎えたある日。
王様は自身の操る自慢の地竜に、王女を乗せてあげようとしました。
王女は相変わらず竜に嫌われていましたが、王様は自分が付いていれば大丈夫、と言って王女を抱きかかえ、一際大きな地竜に飛び乗りました。
しかし、そこで事件が起きたのです。
温厚で知性溢れる王様の地竜が、突然暴れ始めたのです。
王様は地竜の背中から投げ落とされ、地面で背中を強く打ちました。ですが王様は王女だけはしっかりと抱きしめ、守りました。
家臣は暴れる地竜の足もとから王様を救出しましたが、打ち所が悪かったのでしょう。王様はそれ以来、自力で立ち上がったり歩くことが出来なくなってしまいました。
国民から慕われる立派な王様。誰よりも大きな地竜を従える強い王様。その王様の自由を奪った王女は、大変嫌われました。
竜から嫌われ、国民から嫌われ、そして家族から嫌われた王女。
すべての者から
今まで愛してくれていた母親は特に、愛する夫の自由を奪った娘を、とてもとても嫌いました。
王女は何度も何度も謝りました。しかしもう誰も、王女の相手をしてくれません。
とても優しかった王様も、事故以来、王女とは全く会ってくれませんでした。
幼い王女は、大変悲しみました。
自分のせいで大好きな父は大怪我をしました。どうしたら許してもらえるのでしょう。どうやって償えばいいのでしょう。王女は幼い思考で一生懸命に考えました。
しかし、王女には
この年の冬。王女は死にました。
死んだと発表されました。
どういうことでしょう。王女は意味がわからず、悩みました。
自分は死んでいない。ここにいる。なのに死んだと言われました。
もうお前は死んだのだ、と二番目の兄に言われました。
死んだのだから、もう目の前に現れるな、と母に言われました。
王女は泣きました。
自分は死んでいないのに、なんで死んだなんて言うのでしょう。
発表のあった日以来、もう誰も王女とは口さえ聞いてくれませんでした。
食事も用意されなくなりました。
唯一、与えられていた部屋だけはそのままにしてもらえました。
王女はそれ以降、沢山の人が生活をするお城の中で、たったひとりで生活をすることになりました。
回廊で誰かとすれ違っても、ちらりと視線を向けられるだけで無視されます。挨拶をしても、返事は返ってきません。
今までは、嫌われているとはいっても、完全に無視をされることはありませんでした。嫌われていてもご飯は準備してくれるし、着るものも用意してくれていました。
ですがもう、だれも王女には関わり合わなくなりました。
王女は裕福なお城の中で、貧しくお腹を空かせました。
ですが、まだまだ小さな子供。自分でご飯なんて用意できません。
王女はお城の中を彷徨い、なんとか厨房にたどり着きます。ですがそこにも、王女の為の食事は用意されていませんでした。
お腹の空いた王女は、広い厨房内で食べれる物を探しました。美味しそうな、焼かれた肉がありました。いい匂いのスープがありました。だけど厨房で働く人の目があり、取ることは出来ません。
仕方なく、王女は厨房を後にしました。
美味しそうな料理、いい匂いのスープやお菓子。そういった物を見てしまった王女のお腹は余計に空きます。
でも厨房に人がいる間は何も取れません。なので王女は、深夜みんなが寝静まった頃に、もう一度厨房へ行きました。
ですが残念。食事を作らない時の厨房には、一切の料理がありませんでした。それでも何か食べる物はないか、王女は必死に厨房中を探しました。そしてようやく、片隅にまとめられた食べ残しを見つけたのです。
その日以来、王女の食事は深夜に廃棄された残飯になりました。
美味しそうだった匂いはなくなり、鼻に付く異臭の残飯を毎日毎日食べました。
そしてある日、厨房の机にお菓子が置かれていました。王女は躊躇いましたが、小さな子供がお菓子の誘惑になんて勝てません。お菓子を手にした王女は、大切に食べました。
甘く懐かしい味に、王女は一晩中泣きました。
でも机の上のお菓子を食べてしまったので、きっと怒られると思いました。ですが翌日になっても、だれも王女を怒ることはありませんでした。
なにせ、無視されているのですから。
王女が何をしても、お城の人は誰も関心を示さないのです。目の前を横切っても、隣に佇んでも、だれも王女を見ようとしませんし、ことさら視界に入れようともしませんでした。
王女は死んだ。とお城の中で無視され続ける日々。しかしそんな中で、幾つかの例外がありました。
王女は大好きな父に会って謝りたいと思っていました。ですが王様の寝室に近づくと、その時だけは王様を守る兵士に行く手を阻まれました。
いいえ。王様の寝室だけではありませんでした。兄弟と母の部屋に近づこうとしても、女性や兵士によって妨害されました。
そして竜が普段住んでいるお城の一画にも、近づけません。お城の外に出ようとしても、止められてしまいます。
死んだ。お前はもう居ないんだ、という扱いの中で、この事だけが王女自身が本当は死んでなんかいないんだ、と実感できる出来事でした。
王女は三歳の冬以降、たったひとりでお城の中で生き続けました。
毎日残飯を食べました。極々稀に厨房の机の上に置かれたお菓子をこっそりと食べる事だけが、王女の楽しみでした。
残飯でも慣れたら食べられます。食べ物にはあまり困りませんでしたが、着るものは困りました。
小さな子供は、成長が早いのです。伸びていく手脚に、持っていた服はすぐに小さくなってしまいました。
いくら無視されているとはいっても、裸で生活をするなんて恥ずかしがり屋の王女には無理です。
食べ物の次に、王女は着るものを探してお城の中を歩き回りました。
すると、お城の裏手。大勢の女性たちが何やら沢山のものを洗っている側に、干してある服を見つけました。王女が着ているような、立派なものではありません。ですが着衣できれば良いのです。王女は干されてあった服を一着、取りました。
あっ、と王女は息をその時呑みました。
洗濯をしていた女性に見つかってしまったのです。
ですか女性は王女を見ても、無視してくれました。
そして王女が五歳になった年の春。
王女はお城の片隅で、ひとりの幼い少年に会いました。
王女は直感で、この幼い男の子が自分の弟だと気付きました。ずっと小さい頃に、母親の腕の中で眠る赤ん坊の弟を何度も見た記憶が甦りました。
男の子はまだ本当に幼く、きっと王女の扱いの事を知らなかったのでしょう。
大人ばかりのお城の中で見つけた近い年齢の王女に、男の子は笑顔で話しかけてくれました。
随分と久しぶりに会話をした王女は、とても嬉しくて泣きました。ですがすぐに大人に見つかってしまい、またひとりになる王女。
しかしこの日から、男の子はこっそりと王女に会ってくれるようになりました。
とても優しい男の子でした。
いつも大人に見つかって男の子だけが怒られるのですが、それでも王女に何度も会ってくれました。
時には自分のおやつを分けてくれたりもしました。
王女の生きがいは、たまに男の子と会って少しだけ会話をする事になりました。
しかしある日、少女は知ってしまうのです。
男の子もまた、うまく竜と接する事が出来ないのだと。
すれ違った大人の人が話していました。
それは王女のような酷さではなかったですが、それでも竜がなかなか言う事を聞かないそうなのです。
男の子は、竜に触れることも乗ることも出来ました。ですが命令を聞いてくれないのだそうです。
男の子はそのことが原因で、兄達に
しかし王女と会う時の男の子はいつも笑顔で、虐められていることなど微塵も感じさせませんでした。
ですが、王女と男の子の密会は長くは続きませんでした。王女に会いに行かないようにと、男の子の側には絶えず大人の人がつくようになってしまったのです。
またひとりきりになった王女は、次第に塞ぎ込んでいきました。そして誰からも相手にされず無視され続けた結果、王女の存在感は薄れていきました。
それでも王女は少しづつ成長し、自分で考えられる頭を持ち始めた時、自分を取り巻くこの世界はおかしい、と思うようになり始めました。
竜に命令が出来ないだけで兄達に虐められたり、竜に嫌われているというだけで
そして、王女は決意します。
間違った世界を壊します。竜と共に生きると
その為には、自分が竜よりも優れていることを証明し、自分を無視し続けたお城の人たちに、人の優勢を示さなくてはいけません。
王女は決意したその日から、必死に努力をしました。
武芸なんて教えてくれる人はいません。部屋の古くなった家具から棒を抜き出し、毎日毎日稽古を続けました。
幸いなことに、無視され続ける王女には時間が有り余るほど沢山ありました。
無視され、残飯を食べ、洗濯物から服を盗み、王女は十四歳になるまでひとりでお城で生き続けました。
そして十四歳の夏の日。
王女はひっそりと静まりかえったお城から抜け出したのです。
目指すは、凶暴な飛竜が住む山脈。
温厚な地竜を倒しても、力の証明にはなりません。暴れ恐れられる飛竜と、飛竜と共に住む竜人族を倒し、己の存在と力を証明する為に、少女は旅立ったのでした。
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