涙と笑顔
ライラとルイセイネを寝台に寝かせて程なく。ミストラルが戻ってきた。
「早すぎない?」
あまりの早さに驚く僕に、ミストラルはニーミアを撫でた。
「ニーミアが頑張ってくれたのよ」
「にゃああ」
疲れたとばかりに、ニーミアはプリシアちゃんの頭の上に飛んでいき、すぐさま寝息を立てだした。
「ありがとう。頑張ったんだね」
僕はニーミアを撫でる。
「それじゃあ、ライラに万能薬を塗っていくから、貴方は部屋から出てね」
「えっ!?」
思いもしないことに、僕は驚いてしまう。
「エルネア様。あの……恥ずかしいですわ」
顔を真っ赤にして僕を見るライラ。
「ああああ!」
そういうことか。ライラは全身に火傷のような傷を負っていて、万能薬を塗るためには裸にならないといけないんだね。
既に服は襤褸になっていて、至る所が肌むき出しなんだけど、だからといって男の僕がこのままライラの裸を見て良いわけじゃない。
僕は慌てて部屋から抜け出す。
部屋を出ると、そこは場所を提供してくれた人の家の居間で、数人の竜人族の人が様子を伺うように集まっていた。
僕は、居合わせた人たちに、丁寧にお礼を言う。
そして事情を聞いてきた人たちに、竜峰の西で起きたこと、そして全身黒甲冑の魔剣使いのことを説明した。
村で会合をしていた竜王竜姫が、突然ニーミアの背中に乗って村から飛び立ったので、村の住民は何事かと心配していたみたい。
僕の説明を受けて一度落ち着くと、村の人たちは、こうしちゃいられない、救援の準備をせねば、と言って慌ただしく動き出す。
そして居間から僕以外の人が誰もいなくなった時、ミストラルが部屋から出てきた。
「ライラとルイセイネの様子は?」
「ルイセイネはおそらく、法力を使い切って眠りに落ちただけね。二、三日で意識を取り戻すと思うわ。ライラも傷が癒えて緊張の糸が切れたみたい。今は眠っているわ」
ミストラルの説明に、僕もやっと胸を撫で下ろすことができた。
「後のことは貴方に任せて良いかしら?」
「ん?」
僕とは違い、ひと息ついた様子もなく居間を出て行こうとするミストラル。
「今回のことを竜王たちに伝えておかなきゃ」
「そうか。そうだよね」
ライラのことで頭がいっぱいで、失念していたよ。
黒甲冑の魔剣使いのことを、村に残っている竜王たちに伝えておかなきゃ、また別の問題が発生してしまうかもしれないんだ。
「疲れているところをごめんね。後もう一飛びしてもらうわ」
言ってミストラルは、胸元からニーミアを出す。
「うにゃあ。疲れたにゃあ」
ニーミアは長い垂れ耳を更に垂れさせて疲れた表情を見せていたけど、拒否するような素振りは見せない。
もう少しだけがんばってね。と心の中で呟くと、にゃあ、と弱く鳴いて返事をする。
僕はミストラルとニーミアを見送ると、ライラとルイセイネの寝ている部屋へと戻った。
……というか。ミストラルさん。貴女は何というところにニーミアをしまっていたんですか!
ちょっとだけ、ニーミアが羨ましかった。
ミストラルが戻ってきたのは翌日。そしてルイセイネがその次の日に目覚め、ライラもその二日後に目を覚ました。
だけど、ライラはもう少し安静にしていた方が良い、というルイセイネの判断で、暫く村に滞在することになる僕たち。
ライラの回復を待つ間、ミストラルは何度か西方の村に向かい、状況確認を行っていた。
そしてわかったことは。
まずひとつ目に、魔族に襲撃された村の若者と戦士は依然として行方不明。泉の周りには僕たち以外にも争った形跡はあったらしいけど、遺体などは発見されなかった。
次に、魔族子爵のルイララ側から正式な使者が村にやって来て、彼の言っていた領地を荒らされた明確な証拠を見せる、と言って八大竜王のひとり、ウォルを連れて行ったらしい。
ルイララの領地は竜峰の西に面していて、
泉よりも西側の、歩くと役一日分ほどの地域が、魔族と竜人族の緩衝地帯になっているらしい。そして、その干渉地域よりも西側が、魔族の支配する国だった。
僕たちは魔族の国に近い場所にまで来ていたんだね。
ウォルの帰還は、あと数日かかるみたい。それまでは進展はなさそうだ、とミストラルもやっと落ち着くことができた。
そして順調に回復を見せるライラに、ミストラルはお叱りを与えた。
仲間を信じること。状況判断をきちんとすること。無謀なことはしないこと。それと、自己犠牲なんて馬鹿なことは、絶対に今後はしないこと。
体力を取り戻し、元気になり始めていたライラは、ミストラルの本気のお叱りを受けて、しゅんと項垂れてしまっていた。
ちょっと叱りすぎじゃない、と思ったけど、ミストラル曰く。
「褒めるべきことと反省すべきことは別。どんなに素晴らしい行いをしても、反省点があるのならきちんと反省しなきゃ」
ということらしい。
厳しい口調で怒られて落ち込んでいくけど、大きな瞳に涙を溜めてもミストラルの叱責をきちんと最後まで聴いていたライラ。でも最後に、ミストラルが「それでも貴女が死ななくて本当によかった」と優しく抱きしめると、ついには号泣していた。
わんわんと大きな声をあげ、幼い少女のように号泣するライラにつられて、ルイセイネとプリシアちゃんも涙を流す。
ミストラルは、ライラが泣き続けている間ずっと抱きしめ、背中をさすり続けた。
「ごめんなさい……」
そして沢山泣いて、少しづつ落ち着きを取り戻し始めたライラは、ミストラルの腕の中で呟く。
「私、今まで誰かに必要とされたり気を使ってもらうようなことがなかったので、浮かれてましたわ」
涙を拭い、僕たちを見渡すライラ。
「こんな私を心配してくださり、一度ならず二度までも命を救ってくださった皆様に、感謝で心がいっぱいですわ」
言ってライラは、輝くばかりの笑顔を見せた。
だけど、ライラの笑顔を見た僕たちは、お互いに顔を見合わせ、爆笑した。
「なな、何かおかしかったですか!?」
笑いあう僕たちを見て、目を白黒させて困惑するライラ。
「ええっと」
ルイセイネが困った表情になりつつ、笑う。
「んんっとね、ライラお鼻が汚いよ?」
プリシアちゃんが顔拭きを手渡す。
「はうっ」
ライラは一瞬僕を見て、慌てて顔を逸らす。
首まで真っ赤になってますよ、ライラさん。
恥ずかしそうに鼻水を拭くライラに、みんなはもう一度爆笑した。
ミストラルのお説教が終わり、ライラも元気になってきたので、そろそろミストラルの村に戻ろう、ということになった日の夜。
夕食を食べ終えた僕たちは、借り受けている家から全員で外に出た。
ミストラルの村とは違い、戸別に夕食を摂るこの村では、夕食は少し遅め。
僕たちが外に出ると既に陽は沈み、暗闇が村を包み込んでいた。
でも空には満天の星空。きらきらと瞬く光の粒が、僕たちの頭上に無限に広がっていた。
「うわあっ、お月様が綺麗」
空を見上げたプリシアちゃんが、月を掴もうと必死に両手を伸ばす。
届くわけはないんだけど、山脈の中腹にある村から見る月はどこよりも近くに見えて、手を伸ばせば本当に届きそうな気がしてくる。
「月は、わたくしたち人族の間では女神様を表すものなんですよ」
プリシアちゃんと仲良く手を繋いだルイセイネが、月や星について語る。
「綺麗な星空だし、少し歩きましょうか」
ミストラルの先導のもと、僕たちは夜の村を散歩する。
ミストラルの村は就寝が早いけど、夕食も遅れて摂るこの村の家々からは、まだ多くの灯りが漏れていた。
たまにすれ違う村人と挨拶を交わしながら、散歩を楽しむ僕たち。
「この村はミストラルのところとは違って、石造りの家ばかりだね」
とはいっても、粗末に組まれたものではなく、しっかりと加工された岩を積み上げた、立派な家ばかり。
「この辺りでは上質な鉱石が採れるのよ。家に使っている岩なんかは、その副産物ね」
ルイセイネとプリシアちゃんは、お空の話に夢中。僕とライラは、ミストラルに村のことを色々と聞きながら歩く。
そして気づけばいつの間にか、僕たちは村の端の
「下が真っ暗ですわ。怖い」
憩いの場の岩製の
「ここの下は急斜面になっているから、落ちたら助からないわよ」
ミストラルの忠告に、怖いもの見たさで下を覗こうとしていた僕は顔を引きつらせて後退る。
「意気地がないにゃん」
「むむむ、言ったな」
僕の頭の上で寛いでいたニーミアを掴み、手摺の先に突き出す。
「うにゃあ、怖いにゃん」
すると、じたばたと暴れ出して怖がるニーミアに、みんなが笑う。
「はわわっ。ニーミアちゃんは飛べますのに、怖いのですか」
「飛べるけど、下が見えないと怖いにゃん」
ううむ。空を飛べない僕には、ニーミアの恐怖の度合いがわかりません。でも意気地がないなんて言った罰だよ。
どうしてくれようか、と意地悪な思考でニーミアをからかっていると、プリシアちゃんがいじめちゃ駄目よ、と仲裁に入った。
プリシアちゃんが手を腰に当てて、ミストラルを真似して僕を叱る。
あまりの可愛さに僕は降参して、ニーミアをプリシアちゃんの頭の上に乗せてあげた。
「にゃあ」
ニーミアは安心したように、プリシアちゃんのふわふわの髪に埋もれてへたれ込んで、また僕たちの笑いを誘う。
とても楽しい夜だね。
ほんの数日前に、激しい戦闘を繰り広げたとは思えないよ。
夜の憩いの場で楽しそうに星空を見上げるプリシアちゃん。ルイセイネは沢山の星に関する物語をプリシアちゃんに聞かせてあげ、ミストラルはその様子を優しく見守っている。
「ああ。私は本当に、とても幸せですわ」
僕の傍で、手摺に肘をついて山脈と星空の境を眺めていたライラが呟く。
「少し前までの私には想像もつかないような幸福に、夢でも見ているのではないかと錯覚してしまいますわ」
「うん。初めて会った頃の君から比べると、とても幸せそうに僕にも見えるよ」
ライラと並んで、夜闇のその先を見つめる僕。
「でも、ライラはまだ闇を抱えている様にも見えるんだ。僕たちでは、君の闇は拭えないのかな?」
ライラが心の底から幸せだと感じるためには、きっと闇を取り除かなくちゃいけない。
ライラの過去、そして闇に土足で踏み上がろうというわけじゃない。でも僕たちが仲間であり家族であるのなら、幸せも苦しみも、みんなで共有したいと思うんだ。
僕の真剣な眼差しに、ライラは俯く。
そして瞳から楽し気な気配が消える。
ライラにとって、過去の苦しみは僕らの想像を絶するものなのかな。
どうすればライラの苦しみを僕たちは分かち合えるんだろう。と心を痛めていると、弱くライラは口を開いた。
「少しだけ。少しだけおとぎ話をしますわ」
突然おとぎ話? と思ったけど、僕は黙ってライラのおとぎ話に耳を傾けた。
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