釣果への期待
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「うん」
「んんっとね。プリシアは大きなお魚が食べたいよ」
「あはは。大物が釣れるように頑張るよ」
早朝。
僕のお部屋にお泊まりしていたプリシアちゃんは、まだ寝ぼけ
いろんな人たちを実家に招いて三日目。
招待した人たちは、今も滞在してくれていた。
竜人族のみんなや耳長族の人たちにとっては、異文化のなかでの生活になる。王様たちは、王宮よりも不自由な環境。それでも僕の実家に滞在してくれて、楽しそうに交流してくれているのはありがたいね。
先日などは、セフィーナさんの実母であるセレイア様がプリシアちゃんとこっそり外出しようとして、プリシアちゃんの母親にこっぴどく叱られていた。
さすがはプリシアちゃんのお母さん。相手が王妃様であろうと、容赦しません。
見た目はプリシアちゃんのお母さんの方が若いんだけど、実年齢は数倍以上の差があるからね。セレイア様は僕たちが怒られるときと同じように、手加減なく怒られていました。
お屋敷の周囲では、滞在している人や竜たちの噂が広まって、ものすごい混雑になっていた。
もしかすると、王族や他種族の人、飛竜たちが見れるかも。と押し寄せる観光客の人たちで賑やかだ。ただし、一歩敷地のなかに入るといたって平和で、楽しい空間になっていた。
そんななか。
僕たちは現状で満足していたわけじゃない。
今後に繋がる悩みの種は、断固として取り除く。
不真面目なルドリアードさんのお尻を叩き、エメドラル様の別邸に出入りしている人たちの内偵を進めていた。
別邸を利用している少年少女は、最初の調べと誤差はなく、十五人。僕たちが尾行していた赤毛の少年組と、他にもう二組が利用していることがわかった。
ただし、こういった調べは専門職の仕事で、素人の僕や家族のみんなが出張るようなことじゃない。
ということで。
僕たちは僕たちの活動を、いつも通りに再開させていた。
ミストラルは、これからプリシアちゃんと一緒に苔の広場に行って、朝のお役目らしい。
そして僕はというと、釣りに出かけるところだった。
竜の森には竜峰を水源とした小川がいくつもあって、それが曲がりくねってシューラネル大河や南の湖へと繋がっている。
日の昇る前。観光の人たちが集まりだす前に、お屋敷を後にする。
ミストラルとプリシアちゃんに手を振って、まずは竜の森を目指した。
少しだけ早足で、王都を南下する。
大通りでは、早朝から多くの人たちが道を行き交い、朝ご飯を求める人を狙って、露店が開いていた。
活気のいい人たちを横目に進み、南部のちょっとした耕作地帯を過ぎる。すると、少しだけ木々の間隔が開いた竜の森へとたどり着いた。
竜の森の浅い部分では、王都再建のために樹木の伐採が続いている。ただし、樹齢を重ねた古木や、深部での伐採は禁止されていた。
そして、
一本木を伐採すると、その周囲に面する樹木は切っちゃ駄目だと決められていた。それで、少しだけ見通しが良くなった森が眼前に広がっている。
王都が復興すると、今度は植樹が義務付けられていた。
木こりたちの活動は、王国の森林警備隊や耳長族がしっかりと監視していた。
僕は真新しい切り株に腰を下ろして、ミストラルに貰っていた包みを開く。
朝の散歩のあとの、楽しい朝食の時間だ。
包みを開くと、甘辛に煮込まれたお肉と新鮮な野菜が挟まれた、柔らかふっくらなパンが二つ入っていた。パンは出来立てなのか、ほんのりと暖かい。
いただきます、とお祈りをしてから、思いっきりかぶりつく。口いっぱいに幸せな味が広がって、もぐもぐと一心不乱に食べる。
ミストラルが指導した女性陣の作るご飯は、竜人族が好む薄味の素朴な料理が多い。だけど包みに入っていたのは、人族用の味付けみたい。
旅立ちの一年を終えて実家に戻ってからというもの、朝昼夕の食卓はいつも華やかだ。
贅沢、というわけじゃないけど、いろんな種類の食べ物や飲み物が並び、みんながお腹がいっぱいになるまで食べることができる。
ましてや、今は王族の人たちが滞在している。王宮から宮廷料理人さんたちも出張してきて、見たこともないような豪華で美味しい料理が食事毎に机に並ぶ。
今日の朝食も、ミストラルの手作りじゃなくて、宮廷料理人さんのものだ。
なんだか、旅立ちの一年の前までの質素な食卓が嘘のようだね。
食欲と味覚に負けて二つのパンをぺろりと平らげ。
そして、少しの休憩のあと。
切り株から腰を上げると、竜の森へと入る。
さて、どこで釣ろうかな。
竜の森の深い場所へは入らずに、左手に耕作地帯が見えるくらいの道を選んで、東へと進む。
見渡す先に、小川はない。耳を澄ませても、せせらぎは届いてこない。そんな道を、のんびりと歩く。
まだ朝が早いということで、木こりさんたちの姿は見えない。たまに、早朝から森の恵みを探す人や散歩の人、これから森の奥に入って狩猟をしようとする人たちと出会うと、挨拶を交わす。
僕の存在に気づいた魔獣たちが出てきそうな気配を感じて、慌てて押し留めたのは、すれ違う人たちには内緒です。
こんな浅い場所で魔獣たちに出てこられると、他の人たちが驚いちゃう。そして、釣りなんてできなくなっちゃうからね。
魔獣たちには、大人しく
小川にたどり着く気配もないままに竜の森を進んでいると、道を曲がった先でひとりの男性が休憩していた。
「おはようございます」
僕が声をかけると、男性は
「やあ、おはよう」
僕がしていたように、切り株に腰を下ろした男性は寝起きなのか、美味しそうな朝食を食べているところだった。
そして僕を座ったまま見上げながら、気さくに話しかけてきた。
「ちょっと聞いてもいいかな。王都にはもうすぐ着くだろうか?」
「はい。森を出てもう少しだけ歩けば、着くと思いますよ。これから出発すれば、午前中の内に中心部に入れると思います。中心部とは言っても、あまり建物は建っていないですけどね……」
「ありがとう。結構進んでいたんだな。いやね。好奇心で竜の森を進んでみたのはいいものの、代わり映えのない風景でどれくらい進んだかわからなかったんだよ」
「ですよね。街道を歩けば宿屋や風景でなんとなく自分の位置がわかるんですけどね」
「ああ、そうだね。旅を語れるなんて、君はとても若そうに見えるのに、随分と旅慣れしている感じだ」
「あはは。これでも、旅立ちの一年間はずっと冒険していたんですよ」
「そりゃあすごい」
「僕はエルネアと言います」
「これは失礼。俺はルビオンだ。旅の途中で出会ったのも何かの縁だ。よろしく」
なんだか意気投合した僕とルビオンさんは、握手を交わす。
ルビオンさんは、長い銀髪を背中で無造作に
握手をしたルビオンさんの手は戦士のような肉厚さはなかったけど、日々の鍛錬を
ルビオンさんは僕の装備を見て、ふむふむと頷いている。
一人前に見られていたら良いな。
「ルビオンさんは、どちらから来たんですか?」
「俺は、しがない冒険者だよ。どこからともなくやって来て、どこかへと
「へええ」
「そういうエルネア君は、やはり王都から? こんなところで何をしていたのか聞いても良いかい?」
「僕は今のところ、王都に住んでますね。これから釣りに行こうと思って」
「へええ」
お互いに、へえへえと頷きながら相手を観察した。
「王都出身なら知っているかもしれんが、この先の枝道を少し奥へと進むと、じきに絶好の釣り場がある。そこへ行ってみるといい」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってみようかな」
ルビオンさんはもう少し朝のひと時を楽しむ様子だったので、僕はお礼を言って立ち上がった。
背伸びをしていると、僕が来た方角からひと組の男女が歩いてくるのが見えた。
「それじゃあ、またどこかで」
「ああ、また今度」
ルビオンさんと手を振って別れると、歩き出す。すぐに曲がり道に差し掛かり、ルビオンさんとひと組の男女は視界から消えた。
「やあ、君たち。こんな朝早くから二人で散歩だとは、
どうやら、後から来た男女にもルビオンさんは話しかけたらしい。声だけが微かに届く。
「え、ええ。おはようございます」
「君たちは王都の人かい?」
「すまない。先を急いでいるんだ。俺たちの邪魔をしないでくれ」
「おおっと、これは失礼した。せっかくの散歩を邪魔して、悪かったな」
どうやら、ルビオンさんはふられたらしい。
ちょっと残念そうなルビオンさんの声は茂みに
僕は背後の会話から意識を戻し、進むことにする。すると、教えてもらった枝道が見えた。
森の道から、獣道へ。
少しだけ荒れた細い道を、枝葉を避けながら進む。後ろを歩いていた男女は、僕の入った枝道を過ぎて先へと行ってしまったようだ。
さあて。この先に釣り場があるらしいです。
大物が釣れるかは僕次第?
木の根や岩などで足を取られないように注意しながら歩いて行くと、ルビオンさんの言う通りの絶好の釣り場にたどり着いた。
少しだけ、竜の森の奥に入り込んでいる。この辺は人気もなく、獣の気配や鳥たちのさえずりが響いていた。
「さあて、頑張るとしよう」
お仕事の前に、しっかりと準備運動。もう一度背伸びをしたり、ぐるぐると肩を回して身体をほぐす。そうしながら、周囲をしっかりと確認するように見回した。
残念ながら、見渡す先に小川は見えない。耳に心地良いせせらぎも聞こえない。
でも、良いんです。
ぐるりと周囲を確認したあと。僕は、森の一点へと視線を固定させた。
「さあ。そろそろ出てきたらどうかな? ずっと僕を
森の奥へと向けて、声をかける。だけど、特に変化はない。
それでも僕は視点を固定させて、ある一箇所を見つめ続けた。
「……ふんっ。気配を探る腕だけはあるようだ」
待つこと
僕の揺るぎない視線に、察知されていると確信したのか、ようやく人の気配が動いた。
赤髪の少年。
長身でがっしりとした体格。鋭い視線を僕に向けながら現れたのは、エメドラル様の別邸を出入りしていた少年少女たちのひとり、グラウスだった。
「尾けられていると知っていて、わざわざこんな人気のない場所に来るとはな」
「ちっ。結局、運だけがいい馬鹿か」
そして、赤髪のグラウスともうひとり。一緒に現れたのは金髪の少年だった。
分厚い大盾を背負った、グラウスよりも背の高い少年が、周りの茂みを直剣で斬り払いながら現れた。
名前は知らないけど、誰だかは知っている。
先日、検問所でセフィーナさんに接触していたグラウスと一緒にいた仲間のひとりだ。
ふむ。
どうやら、僕の釣りは成功したようだ。
期待通りの大物がかかり、僕は満足そうに頷いた。
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