招かざる客
「ひ弱な野郎が、俺たちを誘い出したつもりか?」
「おいおい、俺たちはこいつに舐められすぎじゃねえか?」
いかにも僕を馬鹿にし、見下したような視線を向けるグラウスと金髪の少年。
「お前がいかに運だけの奴か、ここで思い知らせてやろう」
「ローデス、ここは俺にやらせろ」
「待てよ。お前が出るほどでもねぇ」
どうやら、金髪の男性はローデスという名前らしい。にやにやと笑みを浮かべながら、背負っていた肉厚で重そうな大盾と直剣を構えた。
どうやら、彼らは僕をここで殺す気満々らしい。
竜の森の奥にひとりでやって来た僕を倒す、絶好の機会だとしか思っていない。
「どうしたよ? その棒っ切れを構えたらどうだ?」
「くはははっ。こいつ、馬鹿だよな。枝木で二刀流だとよ。剣聖にでも
むむう。
完全に馬鹿にされている。
言われ放題ですよ。
僕は、赤髪のグラウスと金髪のローデスの
ここで挑発に乗ってしまうと、彼らの思う壺でいい気はしない。
「なぜ、僕たちを狙う?」
僕は武器を構えず、ただし警戒に気を張りつつ、疑問を口にした。
「はあ? 自覚なしかよ。これはもう、絶望的に手の
ふんっ、とグラウスが鼻で笑った。
そして、これまでになく殺気のこもった視線を僕に飛ばしてきた。
「お前は、運が良かっただけだ」
「どういうことかな?」
「お前は、たまたま勇者様と仲が良かっただけだ。竜の森で耳長族と偶然知り合い、竜人族の手助けで竜峰に入れただけだ。これは、お前の実力じゃない。お前は、運が良いだけの野郎だ!」
憎しみと
グラウスたちがどういう風に僕のことを知っているかは知らない。
昨冬以降、
いちいち、そうした
ただし、グラウスが言うことは全てが出鱈目だ。勝手な解釈と
「つまり、君たちは僕を倒して実力を証明したいわけだ?」
「お前を倒せば、俺たちも竜峰に入れる。そうすれば、俺たちの実力を世間は認めるんだ」
「たまたま、お前が最初に竜峰に入ったから、竜人族と仲良くなれただけだ。俺たちが入れば、奴らと親交を持つのは俺たちだ。ひ弱なお前じゃない!」
なんという
グラウスたちは、僕は運だけの男。自分たちには本当の実力があって、僕を倒せば僕が持っているものを手に入れられると思っているんだ。
「……馬鹿らしいよ。君たちの言い分にはひと欠片の正義もない」
「なにっ!?」
彼らには、武器を構えるまでもない。
僕は、強い意志の乗った視線をグラウスとローデスに返す。
「僕は運が良いのかもしれない。ただ、君たちがもし僕を倒したとしても、なにも得られない。だって、ここまでの道のりで君たちはなにも得られていないから」
「言っている意味がわからないな?」
はんっ、と馬鹿にしたように笑うグラウス。大盾と直剣を構えているローデスも、鼻で笑っていた。
「こいつと話しても無駄だぜ、グラウス。自分の運のよさや実力を理解していない奴は、自分の立ち位置を理解できていないからな」
「ああ、そうだな。この後に
どうやら、対話はできないらしい。
僕を殺す気満々で、ローデスが一歩前に踏み出してきた。
「本当に戦う気?」
「
ローデスの殺気が膨れ上がっていく。
周囲の森でさえずっていた鳥は静まり、獣たちの気配が消えていた。
「お前の幸運は今日この時までだ。死ねっ!」
そして、ローデスは地を蹴って迫ろうとした。
「ローデスッ!」
グラウスの叫びは、空からの荒々しい咆哮でかき消された。
「レヴァリア、殺しちゃだめ!」
絶望を呼び起こす咆哮と同時に、激しい旋風が巻き起こる。上空から紅蓮に輝く影が地面へと激突してきた。
爆音と振動が竜の森を突き抜ける。
一瞬の出来事だった。
誰かが何かをする隙さえなく。
竜峰に住む者たちを怯えさせ続けた暴君の襲撃は、圧倒的な破壊力で全てを終わらせてしまった。
空の異変に、グラウスは咄嗟にローデスへと警告を飛ばし、逃げようとした。
僕に突っ込んできていたローデスは、空の支配者の気配に最後まで気づけなかった。
「ぐぅぅ……」
地面に下半身をめり込ませて倒れたグラウスが、苦悶の唸り声をあげる。
グラウスの身体は、レヴァリアの足で地面に縫い付けられていた。
それでもグラウスは抵抗しようと、いつの間にか抜き放っていた剣でレヴァリアの指先を斬りつける。だけど、グラウスの剣はレヴァリアの美しく輝く紅蓮の鱗にかすり傷ひとつ付けることができない。
そして、ぎろり、とレヴァリアの四つの瞳に睨まれて、絶望の表情に変わっていく。
「うわあああぁぁっっ……」
恐怖に錯乱し、剣を無造作に振るう。
威力のない剣戟は、レヴァリアの鱗に弾かれるだけだった。
グラウスが目にした絶望。
地面すれすれまで下ろしたレヴァリアの凶暴な口には、血に濡れたローデスが力なく挟まっていた。
レヴァリアの鋭い牙は肉厚な大盾を易々と貫き、一部がローデスの腹部にめり込んでいた。
咆哮にかき消されたグラウスの叫びとは違い、僕の意思は竜心によってレヴァリアに届いていた。
ほんの僅かな差で、レヴァリアを制止することができた。
もしも警告が遅れていたら、ローデスは腹部に穴を開ける程度ではなく、噛みちぎられていたに違いない。
血塗れのローデスは意識を失っているようだけど、今のところ死んではいないようだ。
「ひ、ひぃっ。カイル、シェリー、何をしているんだっ。早く加勢しろよっ!」
恐怖に暴れるグラウスが剣を滅茶苦茶に振りながら、仲間の名前を叫ぶ。
「もしかして、弓使いと呪術師の人かな? 残念だけど、あの二人はもう捕らわれているよ」
「なっ……!?」
僕の言葉に、絶句するグラウス。
カイルとシェリーという男女は、僕の背後から歩いてきていた男女だ。
残念ながら、セフィーナさんのところで面は割れていました。
僕が気づいていると知らないカイルとシェリーは、僕が獣道に入るとそのまま一旦通り過ぎて、引き返して後を尾けてきていた。そして、こちらのやり取りの様子を遠くから伺っていた。
気配を消すのが上手い。僕も周囲に気配を配っていなかったら、気づかなかったかもしれない。ただ、彼らは残念なことに、遁甲している魔獣たちが
おそらく、僕が霊樹の術で周りを惑わすように、高度な呪術で隠れていたんじゃないかな。この手口で、お屋敷に侵入したのかもしれない。
「……金髪の方は、死んでいないよな?」
「今のところは」
そして、グラウスたちが潜んでいた茂みやカイルとシェリーが隠れている森の奥とは違う場所から、警戒しつつ現れた新たな人物に振り返った。
姿を見せたのは、先ほど道で出会ったルビオンさんだった。
「森の奥で魔獣たちが別の二人を捕らえています。そちらに引き渡すので、捕まえに行ってください」
「ははは。どうやら君は、俺の正体に気づいていたようだな?」
「それはもう。似たような人を知っていますから」
ぐるる、と未だに喉を低く鳴らすレヴァリアに怯えつつも、僕の前に姿を現したのはルビオンさんだけ。だけど、森の気配を探ると、何人もの手練れが茂みの奥に潜んでいることがわかる。
まるで、
「ついでに、そいつが生きているなら、なるべく殺したくはないんだが?」
「僕も、無駄に死なせたくはないです。レヴァリア、彼を離してくれるかな?」
レヴァリアは僕を睨む。
ただし、反抗心はないみたい。竜心でレヴァリアの心は伝わるからね。
レヴァリアは、軽く
牙に貫かれていたローデスが無造作に地面に投げ出された。
なんという雑な扱い……
でも、死んではいない。……よね?
早速、鼻水でローデスを治療しようとしたら。
「マイア、頼めるだろうか?」
「は、はいっ」
ルビオンさんの声に反応して、数人の巫女様が現れた。
おお、巫女様同伴とは豪華ですね。
ただし、巫女様は地上で睨みを効かせるレヴァリアに怯えて、地面に転がったローデスに近づけない。仕方ないので、僕がローデスを巫女様のところまで運んだ。
「助けられそうか?」
「命はなんとか。ただ、傷は……」
ルビオンさんの質問に、マイアさんは暗い表情で答える。
ローデスの腹部の穴は大きく、生きているだけでも奇跡に近い。
巫女様が数人がかりでも、命を繋ぐのがやっとだと言う。
「僕のお屋敷に、巫女頭様が二人滞在しています。応急処置が終わったら、急いで連れて行ってください」
そうお願いして、未だにレヴァリアによって地面に縫い付けられているグラウスに向き直った。
グラウスは顔面蒼白で、こちらとレヴァリアを交互に見ていた。すでに力はなく、剣は投げ出されていた。
「こ、これは、お前の実力じゃない。俺は絶対に認めないぞっ……」
まだ言うか!
呆れてため息しか出ない。
「違うよ。これこそが、僕の実力だ。僕自身の力ではなく、僕が持つ力だよ」
僕はグラウスに近づき、強い意志で見下ろす。
グラウスの手から離れた剣を蹴り飛ばすのも忘れない。
「君は言ったよね。僕は運が良いだけと。確かに、僕は運が良かったかもしれない。おじいちゃんに出会えたり、竜峰に入れたり。でも、運が良かったのはそれだけだよ」
「なにっ?」
「おじいちゃんが僕を弟子にしてくれたり、竜人族や耳長族と仲良くなったのは、運じゃない。それは断言できる」
「仲良くなれたことこそが、運が良いと言うんだ! お前ではなく、俺でも……」
「ううん、君はみんなと仲良くできない。正確に言うと、仲良くなることができなかった、かな」
「どういうことだ?」
「さっき、言いたかったことだけど。君も機会があれば、他種族と交友が持てた? 違うよ。機会は誰にでもある。そのなかで、君はどこかの種族と親交を持つことができただろうか?」
「なにを言う。俺たちはまだ、竜峰に入れていないんだぞ。運良く入れたお前とは違う」
「うん。僕のときとは状況が違うね。僕のときは、竜の森に耳長族が住んでいるなんて知られていなかったし、竜峰に入らなきゃ竜人族と接する機会もなかった。だけど、今は違う。耳長族の存在は一般的になって、王都の復興に協力してくれている竜人族が平地へと下りてきているから、身近に会えるんだ。それで、君たちはそうした人たちと接してきたのかな? 仲良くなれたのかな?」
うっ、と言葉を詰まらせるグラウス。
「ルビオンさんの件もそうだよ。竜の森の道でアームアード王国の第一王子様に出会えるなんて奇跡だし、たしかに運が良いよ。でも、それって後を尾けていた君たちにも平等に与えられた機会だったんじゃないかな? それなのに、君たちはルビオンさんと仲良くなれなかった」
そう。ルビオンさんは間違いなく、この国の第一王子様。
気づけた僕と、気づけなかったグラウス。それは運ではなく、実力の差を
けっして、僕は運だけの男じゃない。強く断言できる。
「周りの奴らだけじゃなく、俺の正体にも気づいていた。たしかに、まぐれではなく実力だな」
「握手をしたときに、微かに竜気を感じました。王族特有の竜気でしたし、なにより風貌が王様に似ていますしね」
「なるほど、正しいアームアード王国の国民だ。
「いいえ、結構です!」
ルビオンさんはレヴァリアに近づくことなく、離れた場所でローデスを治療する巫女様の傍で、感心したように頷いた。
逆に、ようやくルビオンさんの正体を知ったグラウスは、呆然とした表情になっていた。
「それで、君の策略はこれで完結かな?」
「僕たちの作戦を知っているんですか?」
「ルドリアードから手紙が来たからな。君たちだけ楽しそうだったから押しかける途中だったんだが」
「では、僕の実家へどうぞ。まだみんなで楽しく騒いでいますよ」
「では、こいつらを引っ立てて、その足で弟や妹たちも締め上げに行くとしよう」
ルビオンさんは、他の弟妹たちが見せるような悪い笑みを浮かべた。そして、潜んでいる部下へと指示を出し始める。
僕は、茫然自失になったグラウスを見下ろしながら、ひとまず作戦が上手く行って良かった、と深呼吸をした。
僕たちが立てた作戦は、二段構えだった。
まずは、家族や実家で働く人たちの身の安全から。
要人大集合はちょっと奇抜な作戦だったけど、成功したと思っている。
これでも侵入する者がいるなら、各勢力が全力で潰しにかかるだろう。
ちょっと荒っぽい手法だけど、みんなの安全を確保するためなら、僕はあらゆる手段を取るよ。
守りは、最初の作戦で万全の体制になった。
ただし、今回の事件の犯人を捕まえる場合、証拠が少ない現状で賊がこれ以上手出しできない状況だと、話が進まない可能性がある。
だから、僕が
「まずこういう時は、なぜエルネア君とプリシアちゃんの部屋が狙われたのか、犯人の目線に立って、意図を考えてみるべきだわね」
そう助言してくれたのは、セリースちゃんの母親であるスフィア様だった。
スフィア様は、王様と結婚してセリースちゃんを産むまで、
僕とプリシアちゃんの部屋が狙われた理由。それが、もしも偶然入った部屋というわけじゃなく、意図的なものだったとしたら。
「警告だな」
リステアが気づいた。
「物盗りではなく、お前自身を狙っている。プリシアちゃんの部屋を荒らしたのは、脅しだ。相手さんは、目的のためなら容赦をしない、と小さな子供の部屋を荒らして警告したんだ」
「でもそれって、こっちがその意図に気づかなきゃ意味がないよね?」
「気づけなかったら、その程度だと判断されて余計な被害が広がるだけさ。つまり、お前は舐めて見られているようだな」
さすがはいろんな経験を積んだ勇者様。僕にはわからない視点から侵入者たちの行動を分析してくれた。
そして、その分析を
見事、大物がかかりました。
プリシアちゃんが期待するような大きな魚ではなかったけど。
そもそも、釣り道具を持ってきていないし、獲物が魚だとは限らない。
「さて、そいつの身柄も頂きたいんだが」
ルビオンさんは、離れた場所からグラウスの身柄を求めてきた。それと同時に、僕が蹴り飛ばした剣を回収するように、新たに現れた男性に指示を出す。
「あっ、その剣に触れてはいけません!」
僕は慌てて男性を止める。
レヴァリアは、いつまでもグラウスを拘束しておくつもりがなかったのか、土砂ごとグラウスを掴んで、ルビオンさんの方へと無造作に投げた。
飛ばされたグラウスはきりもみ状態で転がる。
手荒だな、とルビオンさんがグラウスに手を伸ばそうとして。
何かの気配に、治癒法術を詠唱していた巫女様を手荒く後方へ押し飛ばす。そして、自分も跳躍して後退した。
「な、なんだ……!?」
声を詰まらせたのは、ルビオンさんだけではない。
僕も目を見開き、驚いていた。
「おやおや。せっかく上物を授けたというのに、なんという体たらく」
まるで、最初からその場にいたかのように。
ひとりの
「た、助けろ……ギルラード」
「程度の低い人族が、気安く私の名前を呼ばないでいただきたいものです。しかし、契約がありますし。仕方ないですね」
杖を軽く動かしただけのように見えた。
杖の先に触れたグラウスが、倒れたまま地面を無様に引きずられて、ギルラードと呼ばれた紳士の足もとに転がされた。
そして、ギルラードの杖を持たない方の手には、僕が蹴り飛ばしたはずのグラウスの剣がいつの間にか握られていた。
「ど、どういうことだ……?」
「ルビオンさん、気をつけてください。この男は上級魔族です。あの剣は、魔剣ですよ!」
「なにっ!?」
レヴァリアが警戒を解かなかった理由は、このギルラードという魔族の気配を微かに感じ取っていたからだ。
僕も、姿を見せるまではその存在に全く気づいていなかった。
「どうも、今回はこちらの負けのようで。次回はもう少し楽しい舞台を用意しておきましょう。では、エルネア君。私はこれにて失礼させていただきますよ。次は是非、魔都でお会いしましょう」
言ってギルラードは、漆黒の
ゆらり、と空間が
そして、気配とともにギルラードとグラウスの姿が消えた。
「レヴァリア、今の魔族たちは!?」
『逃げた。薄い気配だ。後手では追えんぞ』
『むうう。遁甲でも追えない。追えても殺されそうだ』
レヴァリアは、
魔獣たちも、竜脈のなかで忌々しそうに地団駄を踏んでいた。
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