帰りたいけど 帰れない

「お前たちと魔族との関係を話してもらおうか」

「し、知らねえよっ。グラウスが魔族と契約していたなんて、俺たちは知らない!」

「本当よ。グラウス様の剣が魔剣だということも知らなかったわ」


 上級魔族とともに逃げたのは、グラウスだけだった。

 ルビオンさんは、魔獣たちが捕らえていた呪術師と弓使いを部下の人に確保させ、すぐに尋問を始めた。

 呪術師の少女がシェリー。弓使いの少年がカイルだ。

 二人とも、両足に深い傷を負っていた。魔獣が爪でえぐって動きを封じた跡だ。魔獣たちは、一般の人族には容赦をしない。殺されなかっただけでも幸運だと思ってもらいたい。

 重傷のローデスは、巫女様の治療法術を受けてすぐに搬送されていった。


「お前たちは同郷の者だろう。仲間だったのに、グラウスのことを知らなかったのか?」

「あいつの剣は、昨年の冬にあいつが手に入れたんだ」

「グラウス様は、あの剣を買ったと言っていたわ。それ以上のことは知らない。グラウス様の家系はお金があるし、呪力剣だと思っていたの。魔剣だなんて、思いもしなかったわ」

「嘘はいけないな。お前は呪術師だろう。本当に呪力剣ならば、宝玉の力は感じ取れたはずだ。……そうだなあ。そこの恐ろしい飛竜が腹を空かせているようだ。誤魔化したり嘘を言うのなら、あれの口に放り込んでやろうか」

「ひいぃぃぃっっっ! 本当にわからなかったのよ! だって、グラウス様があの剣の力を解放したことなんてなかったんだもんっ。嘘じゃないわ、たすけてぇっ!」


 恐怖に泣き叫ぶシェリー。恐慌状態になり、暴れる。それをルビオンさんの部下が必死に押さえ込んでいた。


 彼女の言い分は、わからないでもない。

 人族の世界で、剣の鍔に宝玉が嵌っている物を見れば、誰だって呪力剣だと思ってしまう。現に、ルビオンさんの部下も警戒することなく魔剣を回収しようとしていたくらいだ。

 魔剣は、上手く性能が隠されていると、気づけない場合がある。だからこそ、手にしてしまって呪われてしまう。

 僕が気づけたのは、魔力の流れを感じ取れる能力があったからだ。


 ルビオンさんも、シェリーの言い分に一定の理解を示して、レヴァリアのえさにする件は諦めてくれた。

 若干やりすぎたと思ったのか、苦笑気味だ。

 ……やめてください。

 レヴァリアに変な餌を与えるのは禁止です。


「お、俺たちはグラウスとローデスに従っていただけだ。豪族ごうぞくの二人には逆らえないんだよ! あいつらが今回のことを画策していたんだ。本当だ! 俺とシェリーは反対したんだ。竜峰に入るだなんて、絶対に無謀だと……。でもあいつらは、自分たちにそこの彼を倒すだけの実力があると信じて……。地元では、あの二人は突出とっしゅつした実力者だったんだ。勇者様にも負けない、といつも言っていた。冒険者としても活躍していたし、それで……」


 ルビオンさんの言葉に、もうひとりの少年、弓使いのカイルも恐怖して、聞いてもいないことを口にする。

 どうも、レヴァリアの存在は精神的な拷問になっているらしい。

 シェリーはもはや、錯乱状態。助けて、と泣き叫び、しまいには気絶してしまった。

 カイルも鼻水やよだれを垂らし、涙を滝のように流しながら、ルビオンさんに泣きついていた。


『我にも選ぶ権利はある。こいつらは不味そうだ』

「いやいや、美味しそうでも食べちゃ駄目だからね?」

「ひいいいっっっ……!! だずげでぐれぇぇぇ……」


 あっ。竜心のない人たちには、僕の言葉しかわからなかったのか。

 喉を鳴らしたレヴァリアに、カイルは口から泡を吹き、白目をむいて気絶してしまった。

 ルビオンさんや部下の人たちまで、顔面蒼白になって後ずさっていた。


「大丈夫ですよ。レヴァリアは良い子ですから」

「そ、そうか……。こいつらへの尋問の続きは、連れ帰ってからにしよう。それで、君はこれからどうする?」


 ルビオンさんの質問に、僕はこれからのことを思案する。


「上級魔族が出てきたのは予想外でした。魔族がなにを企んでいるのかが気になります」

「そうだな。ようやく落ち着き始めたというのに、また魔族が暗躍しだしたとなると、大事おおごとだ」

「僕は、もう少し魔族の情報を探ってみようと思います」

「わかった。その辺はエルネア君の方が得意分野だろう。信頼性もある。任せよう。では、俺は王都へと移動して働くとしよう」

「王様たちも僕の実家に滞在していますので、お願いしてもいいでしょうか?」

「ああ、もちろんだとも。ルドリアードたちを捕まえて、こき使うとしよう」

「お、お手柔てやわらかに……」


 くっくっくっ、見ていろよ。と悪魔的な笑みを浮かべたルビオンさんは、やはりあの王家の一員なのだと頷けた。

 僕はルビオンさんに王都のことはお任せして、周囲に人が多くて苛々しているレヴァリアの背中に飛び乗る。


「お願いね」


 レヴァリアににっこりと微笑むと、荒々しい咆哮が返ってきた。

 レヴァリアの咆哮で、ルビオンさんの部下の一部が気絶したのは気のせいです。

 不満顔のレヴァリアは、それでも翼を羽ばたかせて空へと上がる。そしてもう一度、咆哮をあげてから東の空へと飛び始めた。

 以心伝心。言わなくても目的地がわかるなんて、僕とレヴァリアは相思相愛だ。


 竜の森の片隅に居るルビオンさんたちが、一瞬で見えなくなる。


『竜姫たちに報告しなくても良いのか?』

「うん。ちょっと出かけるだけだからね。すぐに帰るから、その後でまとめて報告するよ」


 場合によっては、みんなで動くことになるかもしれない。でもその前に、なるべく多くの情報を手に入れておいた方が良いよね。

 上級魔族は逃げてしまって、足取りを追えない。どこへ消えたのかわからない上級魔族を闇雲に追うよりも、優先しておかなきゃいけないことがあった。


 レヴァリアは、竜の森の北端沿いに東進する。眼下の先に見える街道では、レヴァリアの姿を見た旅人たちが騒いでいた。


『それで、正確な場所は?』

「……さあ?」


 レヴァリアの背中の上で可愛く小首を傾げてみた。


「うわっ!」


 するとレヴァリアが怒って、空でぐるりと体をひねって宙返りをして、僕を振り落とそうとしてきた。

 でも残念!

 僕はライラ直伝のひっつき竜術で張り付いているからね。その程度では落とされませんよ。

 レヴァリアは憎々しげに僕を睨みながら、それでも東へと向かって飛んでくれた。

 暫しの間、空からの景色を楽しんでいると、前方にシューラネル大河が見えてきた。


「あの橋って、常識外れだよね……」

『貴様が言うな』


 あんぐりと口を開いて呆れてしまう。

 対岸が見えないほどの川幅を持つシューラネル大河。そこに、巨大な橋が渡されていた。

 成竜の地竜が悠々ゆうゆうとすれ違えるほどの橋幅。それが、陸地の街道をそのまま延長したように、シューラネル大河の水面に延々と続いていた。

 頑丈な岩で造られていて、多くの旅人や行商人の馬車などが安全に行き交っている。

 橋と陸地が繋がる場所には、大きな都市があった。これはもともと、アームアード王国の王都から延びる街道の東端に位置する都市で、本来なら、ここからヨルテニトス側の西端の都市に向けて船が出ている要所だ。だけど橋が渡されてからというもの、物流の主力は橋になってしまい、荷を運ぶ船は減っているらしい。

 今でも船の行き交いは見て取れるけど、数はそれほど多くはない。観光船や漁船がほとんどだ。

 街道を東へと進んできた人の流れは、橋の手前の大きな建物へと続いていた。

 橋を利用する人は通行料を払わなきゃいけないらしいので、手続きをする建物なんだろうね。

 関税や手数料などは船便の方が安く設定されているらしく、その関係で船荷がなくなることはないと聞いていた。


 都市の人々や橋を渡っている途中の人たちが、上空のレヴァリアに気づいて見上げている。

 飛竜騎士団で慣れているせいか、それとも、この地域まで竜峰の飛竜が飛んでくるはずがないという常識からか、取り乱す人は少ない。

 レヴァリアも、いちいち人族を威嚇する気はないのか、空の高い位置で旋回をしながら、地上の様子を伺っていた。


「ううーん、居ないのかな?」

『そもそも、この時期に奴はここに居るのか?』

「そういえば、居ない可能性もあるんだよね!」

『貴様!』


 まあまあ、と怒るレヴァリアをなだめる。

 でも、しまった。これは僕の失態だ。

 シューラネル大河に行けば、魔族のことに詳しい人物に会えると思ったんだけど。

 考えてみると、彼は魔族の国とアームアード王国を往復しているので、この辺にいない可能性があるんだよね。


 困りました。

 もしも彼と接触できなかったら、直接魔族の国に行って情報収集をするか、もっと恐ろしい人を呼ばなきゃいけなくなる。

 できれば、あの人は呼びたくありません。

 だって、怖いもん!

 人となりが、ではなくて、起こり得る騒動が……


 ううむ、とレヴァリアの背中の上でうなっていると。

 シューラネル大河の下流、つまり北のほうから、水面下を移動する巨大な影が見えてきた。


「レヴァリア!」


 僕が指差す方角。レヴァリアもすぐに気づいたのか、急行する。

 そして。

 大迫力の火炎を吐き出した。


「うわっ!」


 高熱の炎の息吹いぶきが勢いよく水面にぶつかる。

 巨大な波を起こし、大量の水蒸気が噴きあがった。


「エルネア君はひどいよねぇ」

「いやいや、これは僕の指示じゃないからね!」


 真っ白な蒸気を振り払い、水面上に上半身を浮かべてきた巨大な生物がぼやく。僕はそれに対し、断固として否定して見せた。

 ちっ、と露骨な舌打ちをするレヴァリア。

 レヴァリアは、彼を嫌っているのかな?

 まあ、勝手に背中に乗られたりしたことがあるからね。

 だけどレヴァリアは、不意打ち以外の攻撃はせずに、水面に出た巨大な生物に向かって降下した。


 僕は、巨大生物の彼を認めない。

 これは、絶対に人魚じゃない!

 魔族だしね。


「やあ、エルネア君。どうしたのかな?」

「こんにちは、ルイララ」


 そう。昨冬からシューラネル大河の名物となった巨大生物。それは、魔族のルイララだった。

 ルイララは、下半身の魚のような身体に巨大な荷物を括り付けて、魔族の国とアームアード王国を往復してくれていた。この荷物が支援物資だ。

 魔王クシャリラが支配していた国から強奪した物資だとは、絶対に口にできません。


「良かった。ルイララに会いたかったんだよ」

「それは嬉しいな。でも、ちょっと待ってほしい。荷物を降ろしてくるよ」


 ああ、なんて仕事真面目な魔族なんでしょう。

 これで、背中を見せたら襲いかかってくる性格が治れば、親友になれるかもしれないね。


 ルイララは手馴れた様子で、荷物を都市の一画に降ろす。陸の人たちもルイララの容姿には慣れているのか、手早く荷物を引き取っていく。

 僕とレヴァリアは、都市の人たちに迷惑にならないように、都市から少し離れた北部の空き地へと着地した。

 レヴァリアをねぎらっていると、シューラネル大河を移動してルイララがやって来た。


「あれ? 人の姿には戻らないの?」

「地上に上がる予定がなかったからね。服を持ってきていないんだ。裸でもいいのなら」

「うん。そのまま水の中にいてね」


 ルイララは上半身だけを水面から出して、僕とレヴァリアを見ていた。

 僕は川辺まで歩いて行って、ルイララに挨拶をする。

 いつもありがとう、と働いている姿を見ると感謝したくなるね。某王子様も、ルイララのように勤労者だと良いのにな。


「それで、僕になにか用かい?」

「うん。ちょっと魔族のことについて、聞きたいことがあって」

「なんでも聞いてほしいな。僕はいつでもエルネア君の親友だよ!」

「親友は襲いかかって来ないからね!」


 笑顔で嘘を言うなんて、やっぱり魔族だ。


「ルイララは、魔族のなかでも貴族なんだよね?」

「親が始祖族だから、子爵位だね」

「じゃあ、上級魔族にも詳しかったりするのかな?」


 爵位を持つ魔族は人族の社会と同じで、それほど多いわけじゃない。そして、貴族位の者と同じくらい希少な存在が、上級魔族だ。

 実力至上主義の魔族の世界で、遺憾なくその存在を示す上級魔族を、貴族のルイララが知っていてもおかしくはない。

 僕の質問に興味を示したのか、ルイララは上半身を陸地に乗り出して耳を傾けた。

 今にも覆い被さってきそうで怖いです。

 僕はちょっと後退あとじさりながら、ルイララを見上げて聞いてみた。


「ギルラードって上級魔族を知らないかい?」


 言った直後。

 僕は一瞬のうちに、ルイララの巨大な手に捕まっていた。


「じゃあ、エルネア君は貰っていくね」

「ちょっ、ちょっと……!」


 反論する暇もなく。

 僕はルイララによって水中へと引きずり込まれていた。

 水に沈む直前。レヴァリアが『行ってらっしゃい』と陽気に尻尾を振っている姿が見えた。

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