増えたかも

 巣作りは、お昼過ぎに終わった。予定外の作業を二度も行ったため、僕たち人も鶏竜たちも疲れ切って、巣の中に座り込む。

 それでもミストラルとルイセイネはお昼の準備を始め、持参した沢山の食べ物を巣に並べていく。

 そして、お土産の霊樹のしずくを鶏竜の頭に渡すと、大変に喜ばれた。


『おお、これが伝説の雫か。まさか頂ける日が来ようとは。芋の少年に感謝。竜姫と守護竜様に感謝だ!』


 かしらは翼を手のように器用に使い、霊樹の雫の入った水差しをしっかりと受け取る。そして大きく掲げると、周りの鶏竜たちが盛大に歓声をあげた。

 まぁ、竜心のない他のみんなからは、いつも通り鶏のような鳴き声で騒いでいるだけにしか見えないと思うけどね。


 僕はみんなに、鶏竜たちが感謝を述べていることを通訳する。


「凄いわ、鶏の言葉がわかるなんて」

「可愛いわ、鶏の言葉がわかるなんて」


 双子王女様は、どうやら彼らを未だに鶏と勘違いしているみたい。僕が竜族だと教えてあげると、目を見開いて驚いた。


「道理で強いはずだわ」

「食料にしようと襲ったから、怒ったのね」


 どうやら、僕と同じ過ちを犯したみたいだね。僕も同じ失敗をしたことを話すと、気があうわ、と声を揃えて言われた。


「エルネア」


 ミストラルが僕の頬をつねる。


「談笑は後。食事にしましょう。それと、お互いに自己紹介をしなきゃね」


 そうでした。まだ自己紹介も済んでいないんだった。全員のことを把握しているのは、僕だけなんだよね。


「ごめんなさい」


 みんなに謝り、座る。僕が座ると、みんなは思い思いの場所に腰を下ろす。

 良かった、場所の取り合いは起きませんでした。双子王女様も、さすがに疲れているみたいだね。


 僕の右にはミストラルが座る。左側は子竜のリーム。なぜ君が僕の横を獲得できた!?

 ルイセイネとライラはお弁当を挟んで対面に座り、双子王女様はミストラルの横へ。プリシアちゃんとアレスちゃんは早くも双子王女様に懐いて、彼女たちの膝の上に座る。最後にニーミアは僕の頭の上に飛んできた。

 僕の頭の上は良いんだけど、汚さないでね。


「にゃあ」


 鶏竜たちは弁当箱を巣のあちこちに持って行き、そこで輪になってつついている。


「では、頂きます」


 食べながらの自己紹介になった。

 まずは僕から。竜王のこととか、竜峰でのことは省き、名前を名乗るだけ。ミストラルたちは僕のことを全て知っているし、双子王女様も今は深く追求してこなかった。

 次にミストラルとルイセイネとライラ。彼女たちも名前だけを最初に名乗る。でも次に、全員揃って僕の嫁だと宣言すると、双子王女様は頬を膨らませて抗議の視線を僕に向けた。

 プリシアちゃんが自己紹介をした時。膝の上のプリシアちゃんは、特徴的な長い垂れ耳を隠していない。耳長族と一発でわかる状況だったけど、双子王女様は特に反応は示さなかった。ただし、ニーミアが人の言葉で名乗ると、こちらは驚いていたね。

 僕たち側が紹介し終えると、次に双子王女様の番。


わたしはアームアード王国第一王女のユフィーリア」

わたしはアームアード王国第二王女のニーナ」

「「よろしくね」」


 豊かな銀髪を縦巻きにし、いかにも高い身分を思わせそうな雰囲気。少し鋭さはあるけど、美しい瓜二つの背格好。健康的な小麦色の肌と、たわわなお胸様。


 竜術も使えて只者ではない、と思っていたみんなも、さすがに王女様とは思っていなかったみたい。特にアームアード王国の国民であるルイセイネは大きく目を見開き、両手を口に当てて驚いていた。


「どうして王女が竜峰に入ってきているのかしら」

「どうしてエルネア君は、竜峰でお嫁さんと一緒にいるのかしら」

「どうやってエルネア君は、竜峰でお嫁さんを見つけたのかしら」


 ミストラルの質問に、質問で返す双子王女様。


 僕のことは置いておいて。たしかに双子王女様が竜峰に入った理由が気になります。まだ気を失い、巣の隅で横になっている少年と関係があるのかな?


「ねえ、あそこで気を失っている人は何者ですか?」


 何となくわかるけど、一応は聞いてみる。


「情報交換だわ」

「私たちも、エルネア君のことが知りたいわ」


 むむむ。困った。僕のことを話すということは、竜峰のことや秘密のことを話さなきゃいけないのかな。

 視線でミストラルに相談すると、彼女も困った様子で僕を見る。


「いいわ、私たちから先ね」

「仕方ないわ、こちらが先に話すわね」


 僕とミストラルの複雑な表情を見て、訳ありと気づいた様子の双子王女様。

 元々二人は凄腕の冒険者らしいし、勘は良いみたい。


「私たちは、竜を狩りに来たのよ」

「あの子のために、竜を狩りに来たのよ」

「あの少年はもしかして?」

「そうよ、ヨルテニトス王国の王子よ」

「第四王子のフィレルよ」


  僕だけは、心の準備ができていた。双子王女様は僕の為に、西の砦の通行許可証を手に入れてくれた。その引き換えに、フィレル王子の面倒をみることになったんだよね。


 気絶して、巣の隅で横になっている少年は、僕と同じくらいの歳に見える。ならば、あれはきっと、面倒を見ていたはずの王子様なんだろうな、と最初から思っていた。


 だけど、僕以外は全く予想できていなかったようで、みんなは驚き、少年の方を振り返って見つめた。ううん、全員じゃなかった。ライラだけは複雑な表情で俯き、フィレル王子の方を見ようとしていなかった。


 ライラも気づいていたんだね。


「王子、というのは驚いたけれど……でも、なぜ三人だけで竜峰へ? 飛竜狩りは今、飛竜の狩り場で大々的に行われているでしょう?」

「参加させてもらえなかったの」

「フィレルは弱いから、足手まといなの」


 双子王女様の容赦ない言葉に、ライラが陰で表情を曇らせる。


「王子だからといって、特別に参加なんて出来ないわ」

「足手まといを守れる程、容易い狩りじゃないもの」


 飛竜狩りに参加する人たちは、超一流、凄腕の兵士や冒険者なのは間違いない。でも彼らとて、命がけなんだ。そこに守らなきゃいけないような人が入ってきたら、迷惑以外の何者でもない。

 双子王女様や、飛竜狩りに参加している人たちの気持ちはよくわかる。


「でも、あの子は竜を捕まえないと、国に帰れないわ」

「力はないけど、立派な覚悟はあるわ」

「覚悟?」


 ヨルテニトス王国の王子として、何が何でも竜騎士になりたいのだろうか。


「複雑な話」

「可哀想な話」


 双子王女様は揃って表情を曇らせる。


「でもそれは、あの子の問題だわ」

「私たちは、手伝うことしか出来ないわ」


 双子王女様はもともと、飛竜狩りが始まるまでの間だけ、フィレル王子のお守りと訓練を手伝うと言っていた。なのに狩りにまで付き合うなんて、よっぽどの理由と、双子王女様をつき動かせるだけの熱意が、フィレル王子にはあるのかもしれないね。


「本当は飛竜の狩場で狩れれば良かったのだけれど」

「先ほどの恐ろしい真っ赤な竜が暴れまわっているの」

「人側には多くの犠牲者が出ているわ」

「それなのに、成果は全く無しだわ」


 今年は予想通り、暴君の活躍というか暴虐ぶりに、過去に類を見ないほどの惨状らしい。死傷者は日々甚大な数に上り、狩りの参加者は空に赤い影を見つけると、恐れ逃げ惑うことしかできない。それは、少し前までの竜峰での風景だった。


 最初だけ飛竜狩りに協力して参加していた双子王女様は、暴君の恐ろしさに早々に退散したのだとか。彼女たちは竜を求めていないので、無駄に命をかける必要性はないからね。


 そして、飛竜の狩場で狩りができない現在。双子王女様は竜峰にこっそりと入り、王子の為に竜を狩ろうとしていたらしい。


「でも慌ただしく出てきたから」

「食料に困っていたのよね」

「鶏……竜を見つけて、食べようと思って」

「まさかこんな竜族がいるなんて、知らなかったわ」


 鶏冠とさかの代わりにつのがあり、普通の鶏よりかは一回り以上も大きい。でも遠目から見たら、まるっきり鶏だからね。

 僕を含め、こんな竜族がいるなんて知らない人は、絶対に間違えると思う。


「でも、西の砦からここには、深い渓谷を越えなきゃ来られないでしょう。あそこは現在、吊橋が壊れているのだけど、どうやって来たのかしら」

「渓谷は知らないわ」

「吊橋も知らないわ」

「私たちはこっそりと来たから、お父様から通行証はもらってないわ」

「だから秘密の抜け道から来たの」


 抜け道なんてあったんですか!

 通行証がないと、西の砦は絶対に抜けられないと思っていた。西の砦を抜けるためには、通行証を自力で手に入れれるような一流の冒険者じゃないと駄目だと言われて、僕は困った覚えがある。でもまぁ、その抜け道を知っている、見つけ出すことも一流の冒険者の腕前なんだろうね。


「ともかく、私たちは竜を捕まえないと帰れないわ」

「エルネア君が協力してくれると、嬉しいわ」


 ちらり、とミストラル越しに僕を見る双子王女様。


 困りました。たしかに僕が協力すると、上手くいくのかもしれない。変わり者の竜族が、ヨルテニトス王国に興味を持つ可能性はあるからね。でもそれって、フィレル王子の実力じゃなくなるし、ヨルテニトス王国に帰ってからの責任は負いかねる。


 本当に困りました。

 やはりここは、僕の立場を伝えた方が良いのかな。


 ミストラルの種族も、ライラの身分も、今は隠している状態になる。これをどこまで教えても良いのか。正直、みんなで一度話し合いを持たないと答えを導き出せない。

 答えは少し待って、と口を開こうとしたら、ミストラルがそっと僕の肩に手を乗せて、遮った。


「貴女たちのことはわかったわ。でも協力するかどうかは待って。わたしたちはその少年のことを、まだよく知らないから」


 ミストラルは、最優先で竜峰とそこに住まう者たちのことを考える。彼女からすれば、素性すじょうと目的はわかったとしても、人間性を確かめない限りは簡単に答えを出せないんだろうね。

 ここはミストラルに従うことにする。


「ところで、貴女たちは竜を捕まえる、と言っているけれど、手立てはあるのかしら」


 闇雲な行動なのか、可能性があって動いているのか。


「正直、ないわ。経験がないもの」

「冒険中に竜族を見かけたことはあるけど、戦ったことはないわ」


 軽く受け答える双子王女様に、ミストラルは眉間を押さえて項垂うなだれる。


「それでどうやって、捕まえるなんて言えるの……」

「なるようになるわ」

「ならなければ仕方がないわ」

「失敗して、命を落としたらどうするの。今朝もわたしたちが来なければ、危なかったでしょう」

「でも、来たわ」

「エルネア君が来てくれたわ」


 そうじゃなくて、もしも僕たちが来なかったら、だよね。


「運も実力のうち」

「エルネア君と結ばれていて、貴女たちと知り合えたのは運命だわ」

「む、結ばれて!?」


 ミストラルとルイセイネはもちろん、俯いていたはずのライラまでもが僕を睨む。


「ご、誤解です! ユフィ様、ニーナ様、変なことは言わないでください!」

「変なことじゃないわ」

「密室では楽しかったわ」

「わわっ、そんな誤解を招くようなことを……痛っ」


 隣に座るミストラルに、太ももを思いっきりつねられました。


「エルネア、後で詳しく聞きましょうか」


 ひいぃっ、ミストラルの瞳が光っています。危険です!


「ここでエルネア君とまた巡り会えたのは運命だわ」

「運命の王子様だわ」

「私たちには、たしかに竜を捕まえる手立ては今のところはないけど、エルネア君が協力してくれれば、きっと達成できるわ」

「エルネア君と共に、貴女たちが協力してくれれば、きっとあの子は竜を従える騎士になれるわ」


 自分勝手な解釈と言い分だけど、双子王女様は自分のためではなく、フィレル王子のために動こうとしている。

 破天荒で自由奔放に見えても、とても優しい双子の女性なんだ。

 ミストラルたちもそのことは理解していて、困ったようにお互いに視線を交わし合う。


「食料もまともに準備していないのでしょう」

「水も尽きかけているわ」

「お風呂に入りたいわ」

「それでどうやって、これから竜峰で生きていけると思うの……」


 再度ミストラルは眉間を押さえて、俯いてしまった。


「あ、あのう」


 そこに、ルイセイネが遠慮がちに手を挙げた。


「一時的といいますか、とりあえず、村に招くのは駄目でしょうか」


 村とは、ミストラルの村かな。関係のない竜人族の村には連れて行けないだろうからね。


「一度自分の国に帰ってもらう、というのは駄目かしら」


 ミストラルがルイセイネに、逆に提案する。普通ならそうだね。それで僕たちが話し合った後、協力するならまた竜峰に呼び寄せる。手伝わないなら、危険なのでそのまま平地で生活してもらう。僕たちの協力なしで、それでも竜を捕まえるのだとしたら、今度はきちんと準備して挑んでもらええばいいわけだしね。


 だけどルイセイネは、困ったように首を横に振る。


「王女様のお二人とあの子は、わたくしたちに帰れ、と言われても帰らないと思います」

「その通りだわ」

「王族の覚悟をなめてもらっては困るわ」


 決めたことは命をしてやり遂げる。結果が死だったとしても、彼女たちはもしかしたら、引かないのかもしれない。


「力づくで帰らせることもできるけど?」

「ひどいわ」

「エルネア君は、そんな酷いことはしないわ」


 ぐう、僕の名前を出さないでください。


「王女様がたは、竜峰の恐ろしさ、竜族の恐ろしさを知らないのだと思います。ですので、一度村に来てもらい、それを知ってもらって、再度お互いにどうすべきか判断をするのはどうでしょうか」


 ライラもルイセイネも、いくら親しく世話になっているからとはいっても、ミストラルの村の部外者であることには変わりない。

 だから遠慮がちに、ルイセイネはミストラルの様子を伺いながら、どうですか、と問いかける。


 しばし見つめ合う二人。


「んんっと、ご飯食べないの?」


 王女様の膝の上で、ぼろぼろと食べくずを落としながら、プリシアちゃんが小首を傾げる。


「あらま、とても可愛いわ」

「こっちの子も、とても可愛いわ」


 貴女たちのことを相談しているんですよ、とこの双子王女様に言っても通じないだろうね。

 双子王女様は、それぞれの膝の上に乗ったプリシアちゃんとアレスちゃんと一緒に、ご飯を食べだした。


 能天気に食事を始めた問題児たちを、残りの者たちが疲れたように見つめ、はうっ、とため息を吐く。


「そうね。一度連れて行きましょう。客人が増えたからといって、困ることはないわ。村に危険を呼び込むような人物にも見えないしね」


 ミストラルが折れた。


 双子王女様とフィレル王子は、一度ミストラルの村で迎え入れる。そこで竜峰の基本的な知識を身につけてもらい、僕らが協力するかどうかを判断することになった。


「ところで、王子様は起きないのかな?」


 ずっと気絶したままなんだけど、大丈夫なんだろうか


「忘れていたわ」

「術で眠らせたままだったわ」


 おい、貴女たちのせいですか!


 どうも困った双子王女様の言動に、乙女たちは早くも頭を抱えていた。

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