ライラの苦悩

 フィレル王子には、そのまま眠ってもらうことにする。

 えっ!? 起こさないといけないかな?

 でも、起きてこられてまた話を蒸し返されても大変だし、現在の僕たちは双子王女様で手一杯です。


 話し合いが一旦落ち着き、空腹を満たすことになった。


 ミストラルの村から持参したお弁当はとても美味しくて、空腹も手伝いみんな無言で食事に集中する。

 けっして、話し疲れたわけじゃないんだからね!


「にゃあ」


 プリシアちゃんとアレスちゃんは、双子王女様の膝の上が気に入ったようで、そこでもぐもぐと、たくさんの食べこぼしを落としながら食事をしている。

 双子王女様は、素敵な服が汚れても全く気にした様子も見せずに、むしろ幼女の面倒を見ながら自分たちもご飯を食べていた。


 予想外です。双子王女様がこんなに子供受けするなんて。しかも、何気にあやし方が上手い。

 ミストラルも、最初は心配そうに様子を伺っていたけど、後半は完全にお任せ状態になっていた。


 おお、ルイセイネは珍しく緊張しているのかな。王女様二人と食事を一緒に摂っているせいか、動きがぎこちない。たまにちらりちらりと、双子王女様の様子を伺うように見ています。

 話し合い中は平気そうだったのに、落ち着いた途端に、王女様と意識しちゃったのかな。


 そしてライラは、また少し元気がない。多分、フィレル王子が関係しているんだろうね。現に、ライラは未だに気を失い続けているフィレル王子の方を、複雑な表情で見つめていた。


 僕たちは結局、ライラの口からはっきりと身分のことを聞いたことはない。でも、言わなくても全員がわかっている。


 ライラは、ヨルテニトス王国のいびつな価値観を変えたい、とは今でも思っているかもしれない。これから先、もしかしたらそういう要望を僕に言ってくるかもしれない。

 でもまさか、ここで身内に会うとは思っていなかったんじゃないかな。


 しかも相手は、短い期間ではあるけど仲良くしてくれた唯一の人物であり、弟なんだ。

 そしてその弟は、いま大変な困難に立ち向かおうとしている。


 協力してあげたいと思っているのかな。少なくとも無下むげにはしないはず。無関心を貫く、協力しない、というのであれば、フィレル王子が意識を失っている間に別れてしまった方が楽だしね。


 フィレル王子が意識を取り戻せば、ライラとの間で何かしらが起きることは、双子王女様とプリシアちゃん以外の人は、全員が理解していた。


 食事が終わり、お遊び時間になる。


 ここでも、双子王女様は幼女たちの面倒を進んでみてくれる。僕たちのご機嫌取りでやっているわけじゃない。

 なぜなら、双子王女様も一緒になって楽しんでいるから!


 双子王女様は当初、四つの目と大小四枚の翼で真っ赤な鱗のリームを見て、暴君と同じ容姿の飛竜だから危険だと恐れていた。子竜で小さいんだけど、彼女たちの心には完全に、あの姿は恐ろしい者だと刷り込まれているみたい。

 だけど、リームの愛くるしい動きと、幼女が何をしても怒らない温厚な様子を見て、徐々に打ち解けていった。

 そして気づけば、幼女、王女、子竜、ひよこと、巻き込まれて犠牲になった親鶏竜たちは仲良く遊びまわっていた。


「なんだか、気が抜けるわね」


 僕の隣で寛ぐミストラルがつぶやく。


 困った問題に発展するかもしれない事案を抱えてしまったなんて、彼女たちを見ていると忘れてしまいそうになるね。


「今更ですが。そういえば、前にエルネア君は双子の王女様と出会っているのでしたね」


 お茶会のことは大狼魔獣が告げ口しているし、その後、詳細を僕が語っているので、ミストラルとルイセイネは双子王女様の存在は知っていたことになる。


「まさか、王女が自ら竜峰に入ってくるなんてね。昔に聞いていた話から、人族の王族とは、城の中でふんぞり返って威張っている者だと思っていたわ」


 いったい誰に聞いたんですか。確かに間違えではないだろうけど、アームアード王国の王族はもっと行動的ですよ。


 ちらり、とルイセイネを見たら、違います、と頬を膨らませて抗議された。


「今考えると、アームアード王国の王族様だから、竜術が使えたのですね」

「そうね、あの竜気は凄かったわ」


 ミストラルが凄い、と言うのだから、ユフィーリア様の竜力はお墨付きだね。


 その後、双子王女と王子の問題をとりあえず棚上げして、僕たちは久々にゆっくりした午後を過ごした。

 鶏竜たちも、僕たち人が巣にいることを気にした様子もなく、普段通りの生活を送る。


 夕刻、空にまた暴君が現れる。


「恐ろしいのが来たわ」

「危険なのが来たわ」


 と言いつつ、どさくさに紛れて僕を拉致しようとする双子王女様。そうはさせるかと、ミストラルとルイセイネが僕の周りをがっちりと固める。


 僕ってどんな立場なんだろう……


 暴君は、今回はゆっくりと降下してきた。

 双子王女様は、リームとはもうすっかり仲良くなっている。だけど、同じ種族の成竜である暴君は、やっぱり恐ろしいみたいだね。

 この恐怖はそうそう薄れるものではないか。それは、竜峰に住む者たちも同じなのかな。


 双子王女様は拉致に失敗すると、僕たちの背後に隠れて恐る恐る、降り立った暴君を見ていた。


『まだ居たのか』

「うん、もうすぐ帰るところ」


 暴君は僕の背後の双子王女様をちらりと見る。


「あの人たちも、いっとき僕たちと一緒にいることになったんだ。だから手出ししたら駄目だよ」

『ふんっ、貴様の交友関係なんぞ、我は知らん。だがそれにしても……貴様の周りには本当に妙な者たちが集まるな』


 ははは、と笑うしかない。なんでだろうね。普通こういった特殊な事案は、勇者のリステアの方に回っていきそうなのにね。


 別段興味を示した様子もなく、暴君は双子王女様から視線を外して子竜のリームを呼び寄せる。

 お子様たちとお別れの挨拶を済ませたリームは、暴君の背中へ。そして暴君は背中のリームを確認すると『世話になった』と軽く挨拶をして飛び去った。


 おお、ちゃんとお礼を言えるようになったんだね。


「さて、わたしたちも帰りましょうか。日が暮れる前に戻らないと、ルイセイネたちが村にたどり着かないわ」

「えっ、わたくしたちは今日もプリシアちゃんの村へ帰るんですか!?」

「当たり前じゃないの。何も言わずに帰らないと、村の人が心配するわよ」

「そうなのですが……」


 ちらり、と心配そうにライラを見るルイセイネ。そのライラは、フィレル王子を今も複雑そうな表情で見つめていた。


「困ったわね」

「とりあえず、帰路に就こうよ。帰りながらでも相談はできるよ」

「そうね」


 ルイセイネたちが今晩どこに泊まるかは決めかねているけど、とにかくミストラルの村までは戻らなくちゃいけない。

 帰る雰囲気を察したニーミアが、にゃあんと鳴いて巨大化する。


「ユフィ姉様、凄いわ」

「ニーナ、驚きの可愛さだわ」


 双子王女様は暴君の時とは違って、巨大化したニーミアに興味津々に近づく。そして少女のようにきゃっきゃと騒ぎ、長く美しい毛に埋もれて喜ぶ。


「遊びは後。帰ります」


 僕たちは順番でニーミアの背中に乗っていく。双子王女様と気絶中のフィレル様は、ニーミアが自ら背中に乗せた。


 そして鶏竜たちにお礼と感謝を述べて、空に舞い上がった。


「凄いわ、空を飛んでるわ」

「凄いわ、こんな体験初めてだわ」


 ニーミアの背中で終始浮かれる双子王女様。それとは対照的に、沈んだ様子のライラがとても気になる。


 身内に会えて、嬉しくないのかな。一時期仲が良かったとはいえ、すぐに離れてしまった王子に、もしかして悪感情を持っているのだろうか。最初はフィレル王子のことが心配なのかと思っていたけど、どうも違う。これは、彼女と出会った当初のような気の沈みようだね。


「ライラ、大丈夫?」


 僕の声に、はっと顔を上げるライラ。


「だ、大丈夫ですわ。エルネア様は何を心配なさっているのでしょう」

「元気がないな、と思ってさ」

「能力を使って、ちょっと疲れただけですわ」


 心配させないようにと微笑むライラ。だけど、それは空元気にしか見えないよ。


 それで結局、随分と気落ちしているライラやルイセイネはどうするのか。ライラのことも心配だけど、こちらも今は大切な問題だ。


 ルイセイネは特にどちらでも良いそうだ。彼女はそもそも、ライラの付き添いで耳長族の村で一緒に生活しているわけだから、ライラ次第、ということかな。ミストラルの村に帰りたい、という言葉が出ないところを見ると、よほど耳長族での生活が快適らしい。


 ……あれ? 僕と一緒に居たいから、こっちが良い、とかは言ってくれないのかな?


 次にプリシアちゃんとニーミア。彼女たちは断然、ミストラルの村派だった。プリシアちゃん、君は単純に、お母さんが怖いだけでしょう。そしてニーミアは、プリシアちゃんといつも一緒だからね。

 というか、プリシアちゃんとニーミアだけ帰っても良いんですよ?


「ひどいにゃん」


 あ、でも、村までの付き添いがいないのか。


 ミストラルは、耳長族の村に泊まりなさい派。ルイセイネたちが戻ってきたら、僕との甘い二人だけの生活が終わっちゃうからね。

 ……そういう理由だよね?


 問題なのは、やはりライラだった。ライラはどう思っているんだろう。常日頃から、僕と一緒に居たい、と言ってくれている彼女。本心では、ミストラルの村に今日くらいは泊まりたいのかな。でも、フィレル王子のこともあるし、今回だけはさっぱりわからないね。


「思っていたよりも長居し過ぎたみたいね」


 ミストラルが西の空を見ながら呟く。

 山脈の隙間に、太陽が沈み始めようとしていた。


「今からだと、耳長族の村に急いでも、着く頃には暗くなるかしら」

「そうだね。これからミストラルの村に戻って、そこから苔の広場、耳長族の村へとなると、時間が足らなさそう」


 僕たちの意思決定ではなく、自然によって今後を決定されそうだね。


「仕方ないわ。翁に相談してみるわね」


 言ってミストラルは、瞳を閉じて意識を内側へと向ける。

 固唾を呑んで見守る僕たち。

 そして程なくして、ミストラルは目をあけた。


「ジルド様が伝言を頼まれてくれたわ」

「ジルド様?」

「あのご老人?」


 ミストラルの言葉に、一瞬だけ双子王女様が反応する。


「ジルド様が苔の広場に残っていたみたいで、耳長族の村まで今から行って、今日はこちらに泊まることを伝えてくれるそうよ」

「うわっ、今度会ったら、お礼を言わなきゃ」


 ジルドさんは、なんて優しいんだろうね。今から村に向かい、それから自分の家に帰っていたら、きっととっぷりと日が暮れてしまうはずなのに。


 ジルドさんの好意もあり、今日は全員がミストラルの村に泊まることが決まった。大はしゃぎし過ぎて、プリシアちゃんはニーミアの背中から落ちそうになりました。そしてミストラルに酷く怒られました。


 そして村に帰り着くと、出発前よりも人が増えたことに村の人たちは驚いていた。


「まあ、お前が関わることだ。これくらいはあるのだろうな。理由は聞かん」


 ザンにはあっさり認められ、コーアさんも滞在を認めてくれる。

 僕たちは早速、絶賛気絶中のフィレル王子を長屋の一室に運び入れる。


「でも、良い加減そろそろ起こさないと、心配じゃない?」


 王子は、双子王女様の術で気を失い続けているんだけど、体に悪影響とかはないのかな。


「そうね。ご飯も食べさせないといけないし、そろそろ起きてもらうわ」

「きっと環境の変化に混乱するわ」


 鶏竜に襲われていたと思ったら、建物の中で寝ていました。夢落ちかと思ってしまうのかな。


 難しい術式などはないらしく、すぐに王子は起きると双子王女様に言われて、全員で目覚めを待つことにした。

 双子王女様の術ということは、これも竜術なのかな。気配は感じなかったけど、もしかしたらルイセイネあたりには何かが見えたかも。

 何気なくルイセイネのいる方を見たら、ライラが視界に入った。


 困惑の表情。

 どうすれば良いのかわからないといった様子で、王子を見たり外へと繋がる扉を見たり。落ち着きがない様子が目立っていた。


「何をそわそわしているの?」

「恥ずかしがり屋さん。男の子が起きる姿を見るのが、恥ずかしいの?」

「ち、違いますわ」


 双子王女様に見つかったライラは、余計に挙動不審になる。


「わ、わたくし。やっぱり外で待ちますわ」

「あら、何を言ってるの。みんなで待つわよ」

「大勢で待って、驚かす方が楽しいわ」


 いやいや、驚かすのはどうなんでしょう。

 突っ込みたい気持ちがあったけど、そうしているうちにフィレル王子が身じろぎをし始めた。


 ライラが部屋から抜け出そうとするのを、双子王女様が引き止める。


「離してくださいませ。私は外で待ちますわ」


 外に出たいライラ。でも、完全に双子王女様に捕まってしまい、身動きが取れない。フィレル王子が横になっている側で騒いでいたせいか、目をゆっくりと開け始めた彼が最初に見たものは、僕たち大勢の取り巻きではなく、ライラと双子王女様だった。


「お、お姉ちゃん?……お姉ちゃんっ!!」


 フィレル王子の言葉に、びくり、と身体を震わせるライラ。そしてフィレル王子は勢いよく起き上がると、ライラに抱きついた。


「お姉ちゃん、会いたかった!」


 強くライラを抱きしめるフィレル王子。


 しかし。


「わ、私は貴方の姉などではありませんわっ」


 言ってライラは、双子王女様とフィレル王子の拘束を振り払い、部屋から逃げるように出て行った。

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