天国のような地獄

「エルネア君、大丈夫ですか」


 ルイセイネの言葉によって、僕は意識を取り戻す。どうやら、意識を失っていたのはほんの短い時間だったみたい。

 気づけば、僕はルイセイネの腕の中にいた。


 破天荒はてんこうな双子王女様とはいえ、巫女のルイセイネには引き下がるしかなかったようだね。

 きっと、ルイセイネが双子王女様を説得して、僕を救出してくれたに違いない。


 そして双子王女様は現在、ミストラルライラ連合軍と言い争っていた。


「お二人は何者なのかしら?」

「エルネア様を殺しに来た暗殺者ですわねっ」

「私はエルネア君を抱きしめただけだわ」

「抱きつくくらいの仲だわ」

「貴女たちの存在なんて、エルネアから聞いたことがないわよ?」

「そうですわ。その凶暴な胸で、エルネア様を暗殺するつもりですわね!」

「私も貴女たちなんて知らないわ」

「可哀想な胸だわ」


 四人の視線が重なり合い、激しい火花を散らす。

 でも、何気に論点がずれているよね。

 僕はルイセイネにお礼を言うと、ミストラルたちの間に割り込んで、仲裁に入る。


「みんな、落ち着いて。お互いに冷静にいこうよ」


 間に僕が入ったことで、一瞬だけ気配が緩む。


「エルネア君、大丈夫かしら」

「気を失うなんて、風邪でも引いてるのかしら」

「うぷぷっ」

「ちょっと、二人とも! また何をしているのっ」

「エルネア様、今助け出しますわっ」


 またもやお胸様天国のような地獄に落ちた僕。あああ。ふわんふわんのぷりんぷりんのたわんたわんで、しかも良い匂い。至福の感覚に、僕の頭はまた真っ白になっていき……


「エルネア君、正気を保ってください!! 悪魔の誘惑に負けてはいけませんよ!」


 ルイセイネに強引に手を引かれて、意識と共に天国のような地獄のような天国から救出される。


「エルネア、しっかりしなさい」

「大丈夫です。わたくしたちはエルネア君の味方です」


 そうして今度は、ルイセイネとミストラルに抱きしめられた。


 なんでしよう。包み込まれるどころか挟まれることさえもないんだけど、これはこれで至高です。申し訳程度に感じる柔らかい感触と、耳の当たった胸元からはっきりと聴こえる胸の鼓動、それに合わせて踊るように香るほんのり甘く、清潔感のある微かな匂い。そして息苦しくない!


「残念な光景だわ」

「エルネア君が可哀想だわ」

「ミストラル様、ルイセイネ様、あの……えっと……」

「ちょっとライラ、その哀れむような視線は何かしら」

「貴女たちの胸は、無駄に大きいだけです。こう、手のひらに収まるくらいが丁度良いのです!」

「そちらの方は、手のひらに収まる程もないわ」

「残念なちっぱいだわ」

「敵よ! みんな敵よっ!!」


 取り乱し、漆黒の片手棍を抜きかけたミストラルを、僕は全力で抱きしめて制止する。


「ミストラル、落ち着いて。僕はどんなミストラルでも大好きだからっ」

「エルネア君、わたくしは?」

「エルネア様、わたくしは何があってもお側を離れませんわ!」

「ニーナ、強敵がいるみたいだわ」

「ユフィ姉様、強敵が三人もいるわ」


 最終的に僕は全員に挟まれて、押し問答でもみくちゃにされる。


 どうしてこうなった!


 かつてない程の苦境に立たされ、絶望する。


『いやなぁ、貴様ら』


 僕たちのお馬鹿なやり取りに口を挟んだのは、鶏竜たちだった。


痴話喧嘩ちわげんかはそのへんで終わってもらいたい。そしてライラ嬢よ。いい加減に我らの命令を解け!』


 竜心を通して聞こえてきた叫びは、鶏竜たちからのものだ。


 女性陣の大小のお胸様の隙間から見れば、鶏竜たちは未だに座り込んでいて、こちらを迷惑そうに見つめている。

 そして目まぐるしく陣容の変わる乙女の戦いに参加しなかったお子様連合は、身動きのできない鶏竜の背中に乗って遊んでいた。


「ほら、みんな。鶏竜のみんなに迷惑がかかっているよ」


 僕の指摘にようやく従ってくれたミストラルたちが離れる。だけど、ここぞとばかりにまた僕をお胸様に沈めようとした双子王女様を、ぴしゃり、とミストラルが締めた。


「何者かは存じあげないけれど、見たところ、それなりの身分なのでしょう。場をわきまえなさい」


 ミストラルが少し気迫のこもった視線を飛ばすと、双子王女様は渋々と僕を解放する。


「ライラ、解放する前にちょっと待ってね」


 僕は鶏竜のかしらのもとへと歩いていく。そして背中に乗ったプリシアちゃんを抱き寄せて、膝をついて頭と視線の高さを同じにする。


「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。でも、あの銀髪の双子も、僕の知り合いなんです。だからどうか、今回の粗相そそうは許してください」


 僕が頭を下げると、頭は貴様が詫びるのであれば、と許してくれた。


 落ち着きを取り戻した鶏竜のむれと、女性陣を確認してから、僕はライラに命令の解除を指示する。

 ライラが「元へ戻れですわ」と命令すると、それでようやく鶏竜たちは自由になれた。


 ライラの能力は、効果が発揮されると竜族には圧倒的だね。何体だろうと、数は関係ない。ライラの能力がまされば、瞳に映る全ての竜族に強制力を持たせることができる。

 これって、悪用はできないね。ライラには十分に注意を払って使用してもらおう。


 自由の身になった鶏竜たちは、双子王女様の竜槍乱舞とニーミアの突撃で荒れ果てた巣を、がっかりと見渡す。


「お互いの自己紹介は後だね。みんなで協力して、巣を作り直そう!」


 僕の提案のもと、全員で巣作りを開始する。双子王女様も、僕たちの見よう見まねで手伝う。


「この男の子はどうするにゃん?」


 ニーミアが、巣の中心付近でうずくまって完全に気絶しているひとりの少年の上に降り立ち、こちらを見る。

 そういえば、そうでした!

 僕たちが駆けつけた時、双子王女様の足もとにはこの少年が居たんだったね。

 到着直後の大騒ぎと、少年の存在感のなさですっかり忘れていたよ。


「ユフィ様、ニーナ様。そういえば、この人は誰なんですか?」


 飛び散った木の枝を、意外にも一生懸命に拾い集めている双子王女様に質問する。


「その子は放っておいて良いわ」

「いつものことだわ」


 双子王女様は、うずくまったまま気絶している少年を一瞥いちべつしただけで、枝拾いを再開させる。

 見かねたルイセイネが、仕方なさそうに広場の隅に少年を移動させる。つきっきりで看病をしないところを見ると、別段負傷とかはしていないようだね。


 少年の正体と安否を少しだけ気にしつつ、僕たちは巣作りに精を出す。そして昼前に、鶏竜の新たな巣が完成した。


 僕たちは手を取り合って喜び合う。壊してしまって申し訳ない気持ちがあったけど、こうしてまた立派な巣が完成したことは、素直に嬉しい。


 鶏竜も混じり、プリシアちゃん流の小踊りをみんなで踊っていると、上空を紅蓮色の影が横切った。


 空を見上げた双子王女様が悲鳴をあげ、僕に抱きついてくる。


「危険だわ、エルネア君」

「危険だわ、あの竜は恐ろしいわ」


 僕を引っ張り、森の中へと逃げ込む双子王女様。そして他のみんなも、違う理由で逃げ惑っていた。


 紅蓮の影。つまり暴君は、恐ろしい勢いで鶏竜の巣に突っ込んでくる。そして轟音を上げて、荒々しく着地した。


「あああっ!」


 せっかくみんなで完成させた巣が、一瞬で破壊される。


「こらっ、何てことをするんだっ」


 僕はつい、拳を振り上げて暴君に迫る。僕にしがみついていた双子王女様が、悲鳴をあげた。


『なんだ。珍しく貴様もいたのか』


 暴君はぎろり、と僕を睨む。双子王女様は恐ろしさのあまり、腰を抜かす。

 向かう所敵なし、自由奔放じゆうほんぽう天真爛漫てんしんらんまんな双子王女様でも、恐れおののくことはあるんだね。僕は双子王女様に「大丈夫ですよ」と声をかけてから、暴君に迫る。


「こらっ、レヴァリア。巣を壊すような着地はしちゃ駄目だと約束したでしょ」


 ばしり、と暴君の鼻先を叩く。でもこんなもの、暴君には痛くも痒くもない。あくまでも怒りを表す表現なだけ。


『ふふん、今日は忙しいのだ。そんな余裕はない』

「忙しいって何さ?」

『人族どもが、北の平地奥深くまで侵入している。今日辺り、近場の飛竜の一族と一悶着ありそうなのだ』

「お、ちゃんとお仕事しているんだね」


 にやりと笑う僕から、ふんっ、と視線を逸らす暴君。


「でも、出来れば人族もあんまり殺して欲しくないかな」

『ちっ。注文の多い面倒な奴だ』


 暴君は大仰にため息を吐くけど、僕のお願いを拒否することはなかった。


『我は忙しい。なんぞ見たことのあるような人族が居るが、かまっている暇はない』


 言って暴君は背中の子竜リームを降ろし、また荒々しく羽ばたいて、すぐに飛び去っていった。


「やあ、リーム。こんにちは」

『お久しぶりぃ。こんにちはぁ」


 リームはまず僕に歩み寄って挨拶すると、すぐにプリシアちゃんとニーミアの方へ飛んでいく。アレスちゃんとひよこを交え、お子様たちは巣の惨状なんてお構いなしで遊びだした。


「仕方がないなぁ。もう一度、巣を作り直そう!」


 再度の号令の下、大人の鶏竜と僕たちはまた、巣作りを再開させた。

 だけど、双子王女様は完全に腰が抜けてしまっていて、二人で抱き合って震えていた。


「大丈夫ですか」


 心配になり、双子王女様に声をかける。


「あの真っ赤な竜が怖くないの?」

「あの真っ赤な竜が恐ろしくないの?」

「ええっと、あれはですね……」


 どう説明すればいいんだろう。

 暴君は知り合いです。飛竜の狩場で人族の飛竜狩りを邪魔していることは知っています。それで多くの人族が犠牲になっていることも、もしかしたら双子王女様が参加しているかもしれないことも知っています。でも暴君の仕事の邪魔はしていません。と正直に話して、二人は素直に納得してくれるのかな。


 自分たちの命の危機。同族の者たちを見殺しにしているかのような考えに、双子王女様は僕を軽蔑するだろうか。


 でも、狩る者、狩られる者は平等で、部外者はやっぱり口出しすることではないと、今でも思うんだよね。


 僕は覚悟を決めて、自分の考えと暴君の事を双子王女様に伝えた。

 双子王女様は、最初こそ僕をいぶかしがる眼差しで見ていたけど、次第に僕の考えに理解を示してくれて、暴君たち竜族には竜族の生活と誇りが掛かっているという立場を知り、最後には納得してくれていた。


「ニーナ、やっぱり可愛いだけじゃないわ」

「ユフィ姉様、やっぱり凄い子だわ」

「むはっ」


 そして僕はまた、双子王女様に抱き寄せられてお胸様に挟まれる。


「エルネア、いい加減にしなさいっ」

「禁止です。そのお二方に近づくのは禁止です!」

「エルネア様、私も……」


 本日何度目かになる押し問答が始まる。そして僕は、とてもとても素晴らしい感触に包まれたまま、天国と地獄を行ったり来たり。


 あああ、どうしてこんなことになったんだろう……

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