グレイヴ王子との対決
『おい。なぜ貴様らだけが食事を摂っている』
『くわっ。なぜ我らには報酬がないのだっ』
『飯はまだかー』
なんて竜族の呟きを聞き流しつつ、式典後の食事会に身を置く。
「はい、レヴァリア」
『貴様は阿呆か。その程度の肉では、歯間に挟まるだけで口に含んだことさえも感じぬわっ』
ぶうぶうと文句を垂れる竜族に、仕方ないなぁと肉を持ってきたのに。暴君は鼻息で僕が差し出した肉片を飛ばした。
『ああ、もったいない……』
『これが竜峰の暴君か。まさに傍若無人であるな』
「まったくだよね。僕が親切心で持ってきてあげたのに」
『貴様のは単なる嫌がらせだ。貴様の掌程度の肉片なんぞ、口に含まぬ方がましだ』
「これでも大きい肉を持ってきたんだよ?」
『気を利かせたつもりならば、あそこの丸焼きを持ってこい』
暴君が視線で指す先では、豚の丸焼きが焼かれていた。
「あれ全部は無理だよ。だって、レヴァリアにご馳走したら、みんなにも振舞わないと不公平じゃないか」
昼食会は、式典が終わった場所をそのまま利用した立食式のものになった。宮廷料理人の人たちが青空の下で調理をした色とりどりの料理が、準備された机の上に並べられている。
僕は、昨日面識を持った貴族の人や竜騎士の人たち、近衛の人や招待客の人たちに囲まれていたんだけど。そのなかでも特に、竜騎士の人たちに熱い視線を向けられていた。
「竜王殿、あの飛竜は素晴らしいですな」
「他の飛竜とは格の違いを感じます」
そして僕を通して、竜騎士団の人たちは暴君に興味津々だった。
暴君は、ユグラ様同様に人には慣れない。むしろユグラ様以上で、人どころか他の竜族も寄せ付けないような雰囲気を出していた。
さすがは暴君。その辺りの気配は何者にも勝ります。
そして、その孤高な存在感が、竜騎士には大人気なようです。
暴君は、普段は勝手気ままにヨルテニトス王国の空を飛んでいる。だけど今は、王城跡地で大人しく待機している。
竜騎士団の人たちは、僕が暴君と接している姿が見たいらしい。
そこで、僕は肉を持って暴君に会いに行ったんだけど……
『貴様は我に借りがあるのだ。他と一緒にするな。さぁ、あれを持ってこい!』
無茶な要求に困り果ててしまいました。
『リームもお腹すいたなぁ』
『わたしはエルネアに遊んで欲しいよっ』
式典中は大人しくしていたフィオリーナとリームが、僕にすり寄ってきた。
『あの豚は焼きすぎだ。別の牛を持ってこい』
『人が味付けしたお肉を食べてみたいなぁ!』
『うわんっ。遊んで!』
どうしてこうなった!
巨大な飛竜と愛らしい幼竜にもみくちゃにされ始めた僕を見て、竜騎士の人たちは驚く。
「すげぇ、あの恐ろしげな飛竜と遊んでいるぞ」
「俺が同じようなことをすれば、絶対に噛み殺されている気がする……」
「あの小さい翼竜はなんて可愛いのかしら」
「飛竜の方も、小さいと意外と可愛いぞ」
「うらやましい……」
どうやら、引かれたわけじゃないみたい。竜族と仲良くする姿は、好意的に見られていた。
そんなこんなで、僕は奇異の目で見られるようなことはなく、むしろ
ちなみに、女性陣はというと。双子王女様は貴族の面々に大人気。ミストラルにも多くの男性の目が向けられていたけど、彼女は幼女の世話をしていたために、男性陣は近づけていなかった。
そして、幼女の世話をしているミストラルの周りには、女性の人たちが集まってきていた。愛らしい幼女目的だね。
残りの二人のうちライラは、王様が独占しています。
王様、自重してください……
王様のにやにやが止まらない。傍にライラを
最後にルイセイネ。彼女はこの後の慰霊祭の準備のため、昼食会には参加をしていない。
巫女様は、こういう華やいだ場所には参加できないらしい。本当は式典も辞退する必要があったみたいだけど、これは僕のわがままで出てもらったんだ。
説得する際に、ついルイセイネに抱きついちゃった。
僕ってこんなに大胆な性格だったっけ?
ルイセイネは僕の腕の中で、顔を真っ赤にしてこくこくと頷いて参加することを承諾してくれた。
僕も、自分の行動の大胆さに恥ずかしくなって、抱きしめたまま硬直してしまったよ。今なら、ライラの大胆な行動とその後の恥ずかしさがよくわかるね。
それはともかくとして。昼食会に参加できなかったルイセイネだけに不公平感を与えるわけにはいかない。
ここはひとつ、
僕は会場の人たちに一旦の
慰霊祭は、夜通し執り行うらしい。満月の夜は、神殿でいつも行事が行われているから、それの延長なのかな。
巫女様用の着替え兼休憩所は、急ごしらえの天幕だ。分厚い布生地で、内部は透けて見えないように設営されている。
近場に居合わせた妙齢の巫女様にルイセイネの居場所を聞いていると、急に視界が真っ暗になった。
なにごと!?
と思う間もなく、柔らかな感触が僕の頭部を包み込む。
「エルネア君。逃げちゃ駄目よ」
「エルネア君。どこへ行くのかしら」
「うぷぷっ。僕はルイセイネのところに……」
この正面の感触はユフィーリアかな? 背後はニーナかな? なんて予想を立てつつ、お胸様に埋まった状態で説明する。
「何を言っているかわからないわ」
「ニーナ、お尻を触られたわ」
「ユフィ姉様、うらやましいわ」
ぐふっ。聞き取れないのは、貴女たちのせいです。そしてそろそろ、息苦しくなってきました。
もごもごと抵抗していたら、どうもユフィーリアのお尻を触ったみたい。ということは、やはり正面はユフィーリアで間違いないんだね。なんて分析している場合じゃありません!
二人のお胸様を押しのけて、ようやく呼吸のできる状態へと頭を持っていく。
あ、巫女様が困ったように、こっちを見ています。
「す、すみません……」
僕が恐縮すると、巫女様は慈愛の微笑みを浮かべて去っていった。
恥ずかしいところを見られてしまったよ。しかも現在進行中で、周りから見られています。
「ユフィ、ニーナ。自重が大事だよっ」
「エルネア君。遠慮することはないわ」
「エルネア君。心配はいらないわ」
「いやいやいや。なにか間違ってるからねっ?」
更にもごもごと抵抗したら、双子王女様はようやく僕の両腕に落ち着いてくれた。
いや、これでも周囲からの視線は熱いし、この状態でルイセイネに会いになんて行けません。
困ったものだ。どうやってこの状況を打開しよう。そう思いを巡らせながら、周囲を見渡す。
まさか、この状況をルイセイネや他のみんなには見られていないよね!? と冷や汗を浮かべた瞬間。
背後から、殺気と共に鋭い視線を感じて、慌てて振り返る。
「グ、グレイヴ様……」
どうやら、最悪の相手に見られたらしい。
きっとグレイヴ様は、会場を離れた双子王女様を追って来たに違いない。
グレイヴ様は、今更言うのもなんだけど、立派な王子だった。
苦手意識をよそに置いて冷静に見れば、王様を立て、堅実に実務をこなす優秀な人なのは間違いない。
そして、もっと深く考えて、過去を振り返ってみると。
最初の出会いは、たしかに良い印象ではなかった。無視されたしね。
だけどそれは、ヨルテニトス王国の王子として妥協しえる限界だったのだと、この国の身分制度を知って理解できた。
王族が、みすぼらしい平民の僕に気安く話しかけるわけにはいかない。ましてや、魔剣に呪われていたとはいえ、自国の王国騎士を殺した相手だし。控えていた飛竜騎士団の目もあり、あの態度だったのだと、今なら理解できる。
そして、馬車の中でのやり取り。グレイヴ様は僕に金銭の入った
僕はこのとき、かちんときて無下に断ったけど。あれも冷静に考えれば、グレイヴ様の品格を表していた。
密室で僕と二人きり。本来であれば、
僕がもう少し大人で利口であれば、このときのグレイヴ様の態度で、この人の器に気づいても良かったのかも。
その後も、離宮で会った。僕が初めて双子王女様に絡まれている時なんかは、すごい視線を向けてきていたっけ。だけど、僕に絡んでくることはなかったよね。
そして、飛竜狩り。
よく考えてみよう。王子様です。次期国王になる人です。本来ならば、飛竜狩りなんて危険な行事には参加せずに、本国で指示を出していれば良いような立場の人です。それが、率先して飛竜騎士団を率い、最前線で飛竜狩りの人々を守っていた。
これのどこに、グレイヴ様の王としての資質を疑うような部分があるのだろろうか。
僕のなかで、グレイヴ様の評価はここ数日のあいだに、うなぎ登りだった。
だけど、そのグレイヴ様が顔を真っ赤にして、僕を睨んでいる。
ふるふると唇を震わせるグレイヴ様。
誰もが知っている。グレイヴ様は双子王女様のことが好きなんだ。
しかも、それは純愛に近い。なにせ、アームアードの離宮でも、寄ってくる大勢の女性を袖にしていた。王子という立場ならいくらでも女性は寄ってきそうなのに、本国のヨルテニトスでも恋人や愛人を持っていない。
グレイヴ様が愛する女性。その二人ともを奪ってしまった僕は、一度きちんとグレイヴ様と話をしなければいけなかったのかもしれない。
でもそれは、遅すぎた確認だった。
グレイヴ様は恐ろしい剣幕で僕に近づき、言い放つ。
「エルネアよ、勝負だ!」
近くの天幕から、丁度ルイセイネとマドリーヌ様が顔を出したところだった。
二人が驚きの表情でこちらを見ている。
「双子を賭けて、俺と正々堂々と勝負をしろ!」
「お断りします!」
顔を真っ赤にして言い放つグレイヴ様に、僕は即答した。
「……は?」
予想外の即答だったのか、グレイヴ様が一瞬固まる。
「ええっと。二人は物じゃないですから、賭け事の対象にはしません。だから、お断りします」
僕のはっきりとした言葉に、グレイヴ様は顔を引きつらせて、さらに固まってしまう。
「そうね。面白そうだわ」
「そうね。私たちは大丈夫よ」
だけど、なぜか双子王女様が乗り気です。
せっかく断ったのに……
「こうしましょう。勝った方に私たちはお嫁に行くわ」
「こうしましょう。勝った方と私たちは結婚するわ」
ななな、なんて人たちなんでしょう!
自分の人生を賭け事の対象にしちゃうなんて!?
ちょっと抗議ものですよ、これは。僕は双子王女様を怒ろうとしたら、耳元で
「信じています。エルネア君が絶対に私たちを守ってくれることを」
「信じています。エルネア君は私たちの期待を裏切らないことを」
どきり、と胸が跳ねた。普段は天真爛漫な二人に、囁きだけど真剣な言葉を向けられて。
だけど、これってグレイヴ様に聞かれていたら、感情を
双子王女様の提案に、興奮で鼻息を荒くしているグレイヴ様には、今の囁きは聞こえなかったみたいです。
こうして、突然だけど、僕とグレイヴ様の勝負が行われることになった。
「勝負は簡単だわ。自分自身の持てる全力で、相手をねじ伏せた方が勝ち」
「勝負は簡単だわ。自身の取れる手段の最高の力を持って、相手を
勝負の方法は、賭けの対象となった双子王女様自身が決めた。
お互いの全力での勝負。僕はともかく、グレイヴ様にとっての全力とは、竜騎士としての力で間違いない。
グレイヴ様は、自分の騎竜を迷うことなく連れてきた。
そして、グレイヴ様が準備をしている間に、噂を聞きつけた関係者が集まってきた。
王様と王子二人と女性陣。そして暴君たち。
僕とグレイヴ様との勝負の話は、瞬く間に会場全体に広がる。だけど、王子が他国の王女を賭けて公の勝負をすることは好ましくない。なので、ごく一部の関係者が見守る非公式の勝負になった。
いやいや、それでも僕から見れば
「エルネアよ。勝負の前にはっきりさせておこう」
「なんですか?」
意気込むグレイヴ様に、首を傾げる僕。
「ユグラ伯はフィレルの乗る竜であり、貴様の竜ではないだろう?」
「そうですね。違います」
なんとなく、グレイヴ様の作戦がわかりました。
「そこの紅蓮の飛竜は、ライラがよく騎乗している。
「……そう捉えてもらっても結構です」
『なにを勝手なことを』
暴君の不満な喉鳴りは、この場は黙殺する。
「ならば、双子は言ったな。自身の持つ全力と。つまり、貴様が他者の竜を使うのは、自身の力ではない。そうだな?」
「そういうことになりますね」
僕の
「ふふふ……はははっ。竜王といえども、竜を従えぬ人には負ける気はせぬ。さぁ、尋常に勝負だ!」
グレイヴ様は高らかにそう叫ぶと、勢いよく自身の使役する青い飛竜に
僕はその様子を見届けて、
そして、見学に来たプリシアちゃんのもとへ。
違うか。
僕はプリシアちゃんの頭の上で寛いでいたニーミアのもとへと歩み寄る。
「にゃあ」
僕に
「ふははっ。そのような子猫で、なにをするつもりだ!」
グレイヴ様は勝ち誇ったように、飛竜の背中から僕を見下ろす。
ええっと、仮装しているからといっても気づかなすぎですよ?
興奮のしすぎで、冷静に物事が見えなくなっているのかな?
グレイヴ様とは違い、青い飛竜はニーミアを見て顔を引きつらせていた。
「それじゃあニーミア。よろしくね?」
「わかったにゃん。がんばるにゃん」
突然喋ったニーミアに、正体を知らなかった面々が驚く。そして、その驚きは驚愕へと変わった。
可愛い鳴き声とともに、巨大化するニーミア。
「……は?」
見上げる大きさになった巨大なニーミアを、点になった目で見るグレイヴ様。
グレイヴ様は、勘違いをしていますね。僕がいま現在手にできる最高の戦力は、残念ながら暴君でもユグラ様でもない。古代種の竜族で、闘竜のニーミアなんだよね。
「さあ、勝負をしましょう、グレイヴ様!」
暴君よりも、ユグラ様よりも巨大になったニーミアに、僕は空間跳躍で飛び乗る。
そして僕の言葉と同時に、ニーミアが「にゃあ」と鳴いた。
グレイヴ様と飛竜。それと僕とニーミアの間の花畑が、一瞬で真っ白い雪のような灰になる。
『むりむりむりっ! 古代種の竜族と戦えるわけがないだろうっ』
あ、逃げた!
グレイヴ様の騎乗する青い飛竜は、顔面真っ青で地上を離れて、一目散に逃げ出した。
「ぎゃあっ」
急に飛び立った飛竜の上で、グレイヴ様が悲鳴をあげる。
「待つにゃーん」
それを、優雅な羽ばたきで追いかけ始めるニーミア。
『たーすーけーてーっ!!』
青い飛竜の絶叫が空に響く。
「これって、いつかおじいちゃんが言っていた、戦わなくても勝つだけの実力ってやつだね?」
「にゃあ。お母さんに怒られずに済むにゃ」
青い飛竜とニーミアの追いかけっこは、このあと日暮れ前まで続いた。
なぜか途中から、青い飛竜とニーミアの追いかけっこを面白がった飛竜たちが追加で追従しだしていたのは気のせいです。
そして、疲弊しきって着陸した青い飛竜の上では、グレイヴ様が気絶していた。
逃げ暴れる飛竜を制御できずに、振り回されて気を失ってしまったんですね。
ううむ、やっぱりこの王子様を評価して良いのだろうか……
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