巫女でも良いじゃない

「ユフィ様とニーナ様はずるいですわっ」

「んんっと、ずるい」

「ずるいずるい」


 ライラさんは頬を膨らませて、豊満な胸の前で腕を組んで、双子様に抗議しています。それを真似して、プリシアちゃんとアレスちゃんが同じような仕草で、お二方を見上げています。


 ここは、レヴァリア様の背中の上。

 そして、わたくしはルイセイネ。


 式典では、上空からわたくしたちが登場するという演出になりました。ですので、事前にわたくしたちは上空へと上がり、エルネア君たちの手で解放された飛竜たちと一緒に、空から式典の進行を見守っていたのですが……


「仕方ないわ。だって王女だもの」

「仕方ないわ。だって新調する必要がないもの」


 ライラさんは、双子様の衣装について、ただいま抗議中です。というのも、このお二方だけ、とても立派で手の込んだ衣装を着ているのです。

 いつもの巫女衣装を着込んでいるわたくしから見れば、双子様もライラさんも、そしてミストラルさんや幼女の方々も立派で美しい衣装を着ていて、羨ましいと思うばかりなのですが。


「飛竜は宅配便じゃないですわ」

「だけど、運んでくれたわ」

「だけど、飛んでくれたわ」


 むむむ。と羨ましいほど大きな胸を押し付け合って、ライラさんとユフィーリアさんとニーナさんが顔を近づけます。


 双子様はなんと、式典に参加することが決まった直後に、飛竜騎士団の人に頼んで本国から衣装を取り寄せてもらったのです。

 これはライラさんの言う通り、ちょっとずるいのかもしれません。ライラさんも、とあるお方の要望で、時間の許す限りの豪奢な衣装に仕上がっていますが、時間とお金を惜しみなく使った双子様の衣装には敵いません。


 小麦色に焼けた肌がよくえる、白を基調きちょうとした豪奢な衣装は、胸元が開いていて魅惑的です。身体の輪郭線が綺麗に浮き上がる上半身と、ふわりと大きく包み込むような下半身の衣装。そして気品を殺すことなく身につけた装飾品が、流石は王女様と言わしめるだけの雰囲気を醸し出しています。


 そして、色気が凄いです。これが大人の魅力というものなのでしょうか。

 双子様の衣装を見たとき、エルネア君の鼻の下が伸びていました。


「私も、もうすこし大胆にして貰えば良かったですわ」


 ライラさんはご自身の胸元を見て、唇を尖らせます。


「ライラさん、あまりはしたない格好は殿方の視線を不用意に集めてしまいますよ? それに、みなさまは十分に素敵な衣装ではありませんか。わたくしなんて……」

「し、視線を集めるのは困りますわ……」


 ライラさんは、わたくしの言葉で顔を真っ赤にして、小さくなってしまいました。そして、双子様とミストさんはわたくしを見て苦笑します。


「ルイセイネは仕方ないわ」

「だって、ルイセイネは巫女ですもの」

「よくわからないのだけど、巫女は着飾ってはいけないのかしら?」


 ミストさんの質問に、わたくしは頷いて答えます。


「はい。神職に身を置く者は慎ましくあるべし。というのが決まりでして。本来ですと、今回の式典にも参加することはできないのです」


 巫女は着飾れない。だから、いつも巫女装束。慰霊祭や行事では普段よりも格式のある衣装を着ますが、それもやはり華やいだ衣装ではありません。

 そして、聖職者が国のため、人のため、世界のために活動するのは当たり前。だから何を行い、どのような功績を挙げても普段事。褒め称えられる必要はない。というのがわたくしたちの一般的な常識なのです。

 ですので、本来だとわたくしはこの場に居てはいけない存在なのです。粛々しゅくしゅくと式典を見守り、そのあとの慰霊祭に全身全霊を捧げることこそが勤め。


 この常識を覆したのは、エルネア君でした。


「ルイセイネも一緒に参加だよ!」


 エルネア君は躊躇うことなく、わたくしにそう言いました。

 困惑するわたくしに、エルネア君は彼らしい可愛い笑顔を浮かべて、しかし拒否を許さない意思を込めて、見つめてきました。


「ルイセイネが巫女様なのはもちろん知ってるよ。だけど、僕の家族でもあるから、仲間はずれなんて嫌だよ。式典にはみんなで参加する。ひとりでも参加しない人がいるのなら、全員で参加しない」

「で、ですが神殿のおきてが……」


 困惑するわたくしを、エルネア君が優しく抱きしめてくれました。もうそれだけで、はわわと頭が真っ白になって、つい承諾してしまいました。


 エルネア君。いつのまに、そんなに大胆な男の子になったのですか?


 エルネア君と、うっかり約束をしてしまったことに気づいたのは、彼の優しい抱擁から解放されたあとでした。


 掟も大切ですが、約束事も大切なもの。どのような形であれ、約束してしまったのであれば破るわけにはいきません。

 一応は、マドリーヌ様に事後報告をしたのですが、こころよく認めてくださいました。


「あら。エルネア君もなかなかやるわね。流石はあの双子を落とすだけの男の子ね」


 ふふふ、と微笑むマドリーヌ様から不穏な気配を感じたのは、気のせいでしょうか……


 なにはともあれ。


 式典に参加することにはなりましたが、衣装は普段通りの巫女装束。豪奢さを競ったり、衣装の大胆さを競うのは、わたくしから見れば全て羨ましいことでしかありません。


「だから、お三方はそろそろ落ち着いてくださいね」


 わたくしの言葉に、ライラさんとユフィーリアさんとニーナさんは素直に頭を下げました。


「やれやれね。わたしもルイセイネのように普段着が良かったわ」


 ミストラルさんは落ち着いた三人を確認して、自分の衣装に視線を落としました。


「あら、貴女も素敵だわ」

「あら、貴女に似合っているわ」

「わたくしもそう思いますよ」


 ミストラルさんの衣装は、エルネア君の駄目出しで大幅に変更されました。美しく引き締まった背中が大胆に見えていた部分は隠されて、非常に盛られていた胸元は、自然な感じに抑えられています。

 質素を好む竜人族のミストラルさんらしい、慎ましくも美しい衣装に仕上がっていて、とても似合っています。


「ありがとう」


 ミストラルさんははにかんで、照れを隠すようにプリシアちゃんとアレスちゃんを抱き寄せました。


 幼女二人とニーミアちゃんは、式典用の衣装というよりも、可愛らしさ重視の仮装のようです。愛らしい姿は、その正体を完全に隠してしまっています。


 まさか、この二人と一匹が小悪魔だとは誰も思うまい。とエルネア君が言ってました。


 ミストラルさんに抱き寄せられて、満足そうに笑うプリシアちゃん。

 アレスちゃんは普段、エルネア君の側を離れることはないのですが、今回だけは特別です。

 エルネア君は、見栄え上の演出のために、ユグラ様の背中にひとりで騎乗中なのです。


 視線を向けると、離れた場所で飛行しているユグラ様の背中の上で、エルネア君がこちらを見て手を振っていました。

 これから式典で注目を集めるというのに、緊張はしないのでしょうか。と少しだけ疑問に思いましたが、わたくしも緊張していませんでした。


 レヴァリア様の背中の上ではしゃぐ皆様の様子を見ると、やはり緊張した様子の方はいません。若干一名、未だに顔を赤くして小さくなっている人がいますが、これは緊張ではなくて恥ずかしがっているだけですし。


 どうもエルネア君と一緒に居ると、非常識な日常を体験するので、この程度のことには心が動揺しなくなってしまっているのかもしれません。


 エルネア君。貴方は本当に影響力の強い男の子ですね。自覚はあるのでしょうか?


 ユグラ様の背中の上からずっと手を振っているエルネア君を見て、わたくしはミストラルさんと顔を見合わせて笑いました。


 そして、式典は大きな問題もなく、順調に進んでいきました。


 ああ、ひとつ。心を鷲掴みにされる出来事が、式典の後半にありました。


「僕は竜王エルネア・イース!」


 あろうことか、王様から授与された竜騎士の称号をはっきりと断り、自身を名乗ったエルネア君に、魅入ってしまいました。


 傍では、ミストラルさんがびくりと身体を震わせていました。


 愛嬌あいきょうたっぷりで、母性本能をくすぐられるエルネア君。だけど頼れるというよりも、頼ってほしいと思える存在でした。ですが、エルネア君の強い意志のこもった言葉を聞いて、全身に電撃が走りました。


 可愛い可愛いと思っていたエルネア君が、いつのまにか、頼もしい男の子になっていたのです。


 エルネア君の言葉に、会場全体が震えるほどの歓声があがりました。竜族の皆さんも、エルネア君を讃えるような咆哮をあげています。


 そして、わたくしたち女性陣は、感慨深い視線をエルネア君に向けました。


 わたくしたちの大切な人。エルネア君が成長していく姿をすぐ側で見つめ続けることができることを、わたくしは女神様に深く感謝しました。






 ヨルテニトス王国主催の、華やいだ式典が終わった後。

 夕刻からは、神殿主催の慰霊祭が執り行われます。


 わたくしは地域が別の神殿に属していて、しかも戦巫女いくさみこなのですが、マドリーヌ様の計らいで慰霊祭に参加することになりました。


 一旦エルネア君たちと別れて、聖職者の方々と合流します。


 エルネア君たちは、式典が終わった後はそのまま昼餐会ちゅうさんかいのようです。慰霊祭にも賓客として参加されるようですが、夜は離宮に移って、もう一度華やかな会に参加するそうです。


 わたくしは、一晩中慰霊祭にかかりっきりになります。


 満月の夜は、神殿では夜通しの儀式が必ず行われます。ですが今夜は慰霊祭。それで、一晩をかけての慰霊の儀式になりました。


 わたくしは、普通の巫女のように神楽かぐらは舞えませんので、祝詞のりと奏上そうじょうで参加します。


 王城跡地に急ごしらえで造られた舞台。その近くに巫女用として設置された更衣室。

 充てがわれた更衣室で儀式用の装束に着替えていると、お客様がお見えになりました。


「マドリーヌ様。どうなされたのでしょう?」


 更衣室に入ってきたのは、巫女頭のマドリーヌ様でした。

 マドリーヌ様もこれから大変忙しくなると思うのですが、手にお茶の入った容器などを持って「遊びに来たわよ」という雰囲気で遠慮なく寛ぎます。


「式典はお疲れ様。エルネア君は格好良かったわね」

「はい。素敵でした」


 わたくしの微笑みに「やれやれ、恋する乙女ですね」と笑い返すマドリーヌ様。


「わたくしに、なにかご用事でしょうか?」


 マドリーヌ様が入れてくれたお茶に口を付けながら、質問します。


「ねえ、ルイセイネ」

「はい」

「竜峰って楽しいところ?」

「連れていきませんよ?」

「うっ」


 マドリーヌ様の質問に、即答します。


「な、何を勘違いしているのかしら。私は竜峰のことを聞きたいだけですよ」

「マドリーヌ様は、双子様と一緒に冒険をされていたのですよね?」

「そ、そうね……」

「連れていきませんからね。マドリーヌ様はヨルテニトス王国の巫女頭様なんですから」

「ううう。ルイセイネは意地悪なのね」

「泣き真似をしても、駄目なものは駄目です」

「むきぃっ。いいじゃない! 私だってまだ冒険したいんだもん!」


 あ、切れました。逆切れです。


「勇者に付いている巫女と会いました。キーリとイネアといったかしら。とても楽しそうだったのよ!」

「その二人は、わたくしの同僚ですね。学校も一緒でした」

「きいぃぃ。貴女たちだけずるいわ! 私ももっと冒険したいの!」


 ……やはり、あの双子様の冒険者仲間です。我が強すぎます。


「ですが、マドリーヌ様は巫女頭様ですから、こちらの神殿を離れるわけにはいかないでしょう?」

「つまり、巫女頭様という身分じゃなければ良いのね?」

「だ、駄目ですよ! 巫女頭というお立場は、そう簡単には降りれないのですからね」


 恐ろしい人です。自分の目的のためには、簡単に今の地位を捨てそうな勢いです。


「戦巫女も、普通は簡単には行動できないのよ? 戦巫女の務めは、神殿を守ること。聖職者を守ること。そして人々を守ることよ」

「自覚はあります。ですが、わたくしは戦巫女という立場以前に、エルネア君と将来を約束しあった間柄です。そのような場合は、相手について行くことが認められていますよね?」

「そうか。エルネア君のお嫁さんになれば……」

「駄目ですよ! これ以上増えられては困ります!」

「あら、ルイセイネは心が狭いのね」


 いえいえ、これは心の広さの問題ではありません……


「ルイセイネは頑固ね。仕方ない、あの二人に頼むか」

「駄目です。マドリーヌ様っ!」


 危険です。危険です。危険です!

 ユフィーリアさんとニーナさんに相談なんかしたら、軽く一緒に行こうと言いそうです。


 よっこらしょ、と立ち上がったマドリーヌ様を、慌てて止めるわたくし。


「止めないで、ルイセイネ。私には行かねばならぬ場所があるのっ」

「いいえ、全力でお止めします。双子様のところへは行かせませんっ」

「はーなーせーっ」

「だーめーでーすーっ」


 とマドリーヌ様と二人で押し問答をしていると、不意に更衣室の外が騒がしくなりました。


 なんでしょう?


 外の騒ぎに、マドリーヌ様と顔を見合わせます。


 マドリーヌ様も、一応は巫女頭様。慰霊祭の準備で充てがわれている場所での騒動には、きちんと正しい反応をしてくれました。


「どうしたのでしょうか?」

「とりあえず、外に出てみましょうか」


 マドリーヌ様と二人で外へ出て、予想外の状況に絶句しました。


「エルネアよ、勝負だ!」


 顔を真っ赤にして言い放つグレイヴ様。


 グレイヴ様に睨まれているのは、エルネア君でした。

 エルネア君は、両脇から双子様に抱きつかれたまま、顔を引きつらせていました。

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