竜と竜騎士

 式典当日、早朝。


 わたくしはエルネア様と一緒に、皆様よりも早く会場入りをしました。

 レヴァリア様の背中に乗り、王城跡地に到着した私とエルネア様。そこには既に、フィレル殿下と竜騎士団の方々が到着していて、私とエルネア様を待っていました。


「フィレル殿下、おはようございます」

「ライラさん、エルネア君、おはようございます」

「殿下、おはようございます」

「エルネア君、そろそろ殿下は止めてくださいよ。僕とエルネア君の関係は、既に陛下もご存知です。おおやけの場以外では、今まで通りでお願いします」

「うん。じゃあ、遠慮なく」

「ライラさんも、できれば僕のことは呼び捨てでお願いします」

「ええっと、頑張りますわ」

「ふふっ。ライラ。そこは頑張るところじゃないよ。気の持ちようだよ」

「でも、王族の方ですし……」

「僕とミストラルも最初はよそよそしくて、敬語で話していたんだよね。だけどやっぱり、普通の言葉で話した方が距離は縮まって仲良くなれると思うんだ」

「エルネア君の言う通りです。僕はライラさんと仲良くなりたいんです。だから、敬語は止しましょうよ」

「ですが、そういう殿下も敬語ですわ」

「うっ……これはもう口癖ですし……」

「フィレルはこういう口調。だけど、ライラは違うでしょ? ライラはライラらしい話し方になると良いよ」


 エルネア様はそう言いますが、私も少し前まではほとんど人との会話のない生活をしていました。ですので、皆さんと違って変な言葉遣いですし……


「ライラさん」


 フィレル殿下は私の名前を呼び、微笑みます。


「ええっと……はい。フィ……フィレル」


 フィレル殿下がそう望むのであれば。エルネア様が後押ししてくれるのでしたら。私は殿下のことをフィレルと呼びますわ。


 はにかみながらフィレル様の名前を呼ぶと、周りに居た竜騎士の方々に笑顔が広がりました。


 良かったですわ。殿下を呼び捨てにするなんて、怒られるかもと怖かったんですわ。


「さあ、挨拶は終わり。早速仕事をしようか」


 私とフィレル様が微笑み合う様子を見て、エルネア様が行動開始を告げます。


 そうでしたわ。

 私たちは会場設営のために、皆様よりも先に王城跡地へと来たのでした。


 私とエルネア様。そしてフィレル様に与えられた仕事は、竜騎士団の竜を配置にかせることですわ。

 ですが、普通の方法ではありませんです。


 普段、竜騎士団の竜族は強い契約に縛られています。それは、くつわであったり、手綱たづなであったり。そして、首元。竜騎士が乗る鞍の近くには、竜殺し属性の短剣が常に刺さっているのです。

 この短剣は、竜騎士になったときに、陛下よりたまわる物で、竜騎士の証でもありますわ。ですが、それと同時に、使役する竜を脅すための道具でもあるのですわ。

 首元、致命になる箇所に短剣を突き刺して、従わなくば短剣を深く差し込み殺す、という脅しで、竜族を縛るための道具なのですわ……

 竜族は、この短剣が首元に刺さっている限り、竜騎士には歯向かえません。そして、常に命の危機に立たされているのですわ。


 ですが、王国は変わり始めました。


 エルネア様とフィレル様の導きのもと、こうした脅しや調教で縛ることなく、友好を築いて共に国のために働く。という方針へと転換していくことが話し合われています。

 今回の式典でも、陛下がそのことを宣言することになっていますわ。


 ですが、宣言しても見本がなくては絵空事なのですわ。

 誰も信じないし従わない。特に、代々竜騎士の家系だった者たちの反発や、意に沿わず動こうとする者は現れるのですわ。


 そこで、宣言を前に見本を見せるために。私たちが竜族との友好を見せる必要があるのですわ!

 エルネア様と相談して、どう演出するのか決めました。


「これより、王都所属の竜騎士団の、竜族のいましめを解きます!」


 フィレル様の言葉に、集まった竜騎士団はごくりと喉を鳴らして唾を飲み込みます。

 緊張で震えている竜騎士の面々も目立ちますわ。


「ほ、本当に竜を開放しても大丈夫なのでしょうか?」


 ひとりの竜騎士様が、半信半疑で質問してきました。


「不安はわかります。今まで竜族を脅していて、開放した途端に暴れるのではないか、と思うのは当然です」


 エルネア様は、不安な表情の竜騎士団をしっかりと見つめて、自信を持って言います。


「ですが、竜族も知性ある種族です。きちんと意思疎通を行い、信頼関係を築けば、きっとわかりあえます」

「しかし、我らには貴方のように竜と会話をする能力はありません」

「会話をする能力って、それほど重要でしょうか?」

「と、言いますと?」

「この、例えは竜族には失礼になるかもしれませんが」


 と前置きをして、続けるエルネア様。


「僕たちは、飼い犬や猫と仲良くしますよね。そして、僕たちは犬猫の言葉を理解できませんが、彼らは僕たちの言葉を理解していて、僕たちと同じように仲良くなろうとしてくれます。ようは、言葉による意思疎通ではなくて、態度で示す友好的な意思疎通が重要なんだと思います」

『我らと犬猫を一緒にするな』


 背後でレヴァリア様がふんっと鼻を鳴らしますが、怒った様子はありません。


「竜族は、僕たち人族の言葉を理解しています。だから、こちらが友好であろうとすれば、その意思はきちんと伝わるんです」


 フィレル様の言葉に、集まった竜騎士のなかでアーニャ様とメディア様、そしてトルキネア様が強く頷きます。彼女たちは、竜騎士のなかでも特に竜と親しくしている方々ですわ。


「アーニャ、メディア、トルキネアが見本を見せます。自身の騎竜と今まで仲良くしてこなかった者も、彼女たちを見習って、これからは竜族と仲良くするようにしてください。そうすれば、竜族は友情を裏切らない。僕が保証します」


 フィレル様の言葉に、他の竜騎士様たちも「王子がそう言うのなら」と納得し始めます。

 竜峰で、伝説の竜であるユグラ様と親交を結んだフィレル様の言葉です。この場で疑うような者は、竜騎士には居ませんわ。


「それじゃあ、三手に分かれて行きましょう」


 エルネア様の言葉に従って、竜騎士様たちは三組に分かれます。


 竜心を持つエルネア様と私とフィレル様が別々に。そこへ、竜族と親しい関係のアーニャ様とメディア様、トルキネア様の三人が分かれてきます。竜騎士様の方々は、事前に決められた組へと分かれました。


 私の組には、メディア様が就てくれましたわ。


「ライラ様、よろしくお願いします」

「様は要りませんわ」

「では、ライラさん。よろしくお願いします」


 礼儀正しくお辞儀をしてくださったメディア様に、私も返します。そして最初に、メディア様の飛竜を開放することになりました。


 メディア様の飛竜様は、普通の飛竜。といってしまうのは失礼になるのでしょうか。ですが、レヴァリア様やユグラ様、それにニーミアちゃんたちを見慣れている私には、やはり普通の飛竜に見えますわ。


「おはようございます」


 メディア様と一緒に、飛竜様に近づきます。私の組になった他の竜騎士の方は、背後で固唾を飲んで見守っています。


 失敗は許されないですわ!


 メディア様の黒髪に似た、黒い鱗の飛竜様。

 じっと見つめ合うと、飛竜様は興味深そうに口を開きました。


『貴様も言葉がわかるのか?』

「はい。最近やっと、竜心を手に入れましたわ」

『そうか。人族では珍しいな』

「きっと竜族の皆様と仲良くしてきたからですわ」


 私の言葉に、ふふんっと鼻を鳴らす飛竜様。


『それで、我に何用だ?』

「はい。じつは、開放しようと思いまして」

『なにっ?』


 飛竜様は、いぶかしがるように私を見ます。


「はわわ……。ですが、急にお仕事を辞められてしまいますと、私たち人族はとても困るのですわ。ですので、できれば開放した後も、メディア様と仲良くしてほしいのですわ……」


 私の懇願に、飛竜様は視線をメディア様に向けます。


「仲良くしましょう? 私はきっと至らない人族だけど、貴方と仲良くなりたい。そして一緒に、ヨルテニトス王国を守っていきたい」


 メディア様の言葉に、喉を鳴らす飛竜様。そして、互いに見つめあい続けます。


「これからは主従関係ではなく、友として一緒に居たい。私は貴方の友人にはなれないかしら?」


 メディア様はそう言うと、飛竜にそっと歩み寄ります。そして、首元の短剣を優しく引き抜きました。


 私はすぐさま、エルネア様から手渡されていた鼻水万能薬を傷口に塗って、飛竜様を癒します。


『我の答えを聞く前に、それを抜くのか?』

「はわわっ。ですが、脅したまま仲良くしましょうなんて、それは本当の友情ではないですわ」


 飛竜様の言葉に、私は微笑みます。


『我が反旗はんきを振りかざし、暴れるとは思わなかったのか?』

「その時はその時ですわ。ですが、そうならないと貴方とメディア様を見ていて確信が持てていましたわ」


 メディア様はいつも飛竜様を労って、大切にしてきましたわ。そして、エルネア様に助言をい、より一層仲良くなろうと努めてきました。飛竜様も、メディア様の心を汲み取って、満足そうに従っていましたわ。

 ですので、このふたりはきっと縛りがなくても仲良くなれます。そういう確信がありましたわ。


『ふふん。全てはお見通しか。なるほど竜の姫だ』


 飛竜様はそう言うと、メディア様に頭を擦り付けて懐きました。


 良かったですわ。メディア様と飛竜様は、これからも仲良くできますわ。


 メディア様と飛竜様の様子を見ていた背後の竜騎士の方々が、おおっと歓声をあげました。


 ですが、これからが本番ですわ。歓声をあげている余裕はありませんわ。

 メディア様と飛竜様は、元々がきずなを深く結んでいました。ですが、他の竜騎士様と飛竜様はどうでしょうか。なかには、絶対的な立場で、無理やり従わせていた竜騎士様もいると思いますわ。


 私の予想通り。メディア様から先は、本当に難航いたしました。

 今まで、絆を結ぼうとしなかった者。主従関係を当たり前と思っていた者。そもそも竜族を道具のひとつとしか思っていなかった者。そんなかたたちに、竜族がそう容易く心を開くわけがありませんわ。


 調教されて、命を握られているから仕方なく従っている、という竜族様もいましたわ。

 そういう竜様を辛抱強く説得して、今後は絆を結ぶことを互いに約束しあいます。これからもヨルテニトス王国のために働いてもらうことをお願いするのは、本当に根気のいる話し合いでしたわ。


『やれやれ。竜族ともあろう者が、人と絆を結ぶこともできぬとは。そもそも、貴様らが捕まり使役されるような立場になったのは、自身の不甲斐のなさだろう。少しは人族の世界で修行し、竜峰の竜族に恥をかかせぬ行いをしてみてはどうだ?』


 式典が近づいて、飛来したユグラ様にそう言われて、かたくなに人族に敵意を見せていた竜族様が折れました。


じじいの言う通りだ。人族ごときに捕まるような軟弱者は、ここで修行して戻ってこい』

『ぐぬぬ。貴様も人族を背中に乗せているではないか!』

『くくく。我の背中に乗るのは竜王と竜姫。貴様らが乗せているちりとは違う。悔しければ、貴様らが乗せる者に立派な功績を与えてやるのだな』


 レヴァリア様の挑発には、私やエルネア様も苦笑するしかありませんでしたわ。ですが、それが発破になったのでしょうか。竜騎士団の竜族の方々はやる気を見せ始めて、竜騎士様と共にヨルテニトス王国で働いてくれることを誓ってくれましたわ。


 こうして竜族様と飛竜騎士団は、互いに解り合うための努力を一歩前へと進めました。そしてその証として、首筋の短剣は抜かれました。


 ただし、抜かれても短剣が竜騎士の証であることは未だに変わっていませんわ。竜騎士様は短剣を懐に大事そう仕舞います。


「みなさん。無闇にその短剣は抜かないと、僕と伯に誓ってください!」


 フィレル様の言葉に、竜騎士団は強く誓いを立ててくださいました。


「我らはこれで竜を脅すことは絶対にしない!」

「殿下と伝説の竜を前に誓います」

「誓いを破る者は、竜族に裏切られても仕方ない」

「我らはこれより、竜族と絆を結んでみせます!」

「そして、次代の者たちのための手本となりましょう!」


 竜騎士様たちの宣言に、ユグラ様と竜族の方々は満足そうに喉を鳴らしました。

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