帰宅準備は大紛争

 強い風が一度だけ、冷たい風を西から運んできた。

 竜脈の影響で咲き乱れていた万色の花びらが一斉に舞い、一気に秋らしい季節の風景へと変貌し始めたその日。

 僕たちは竜峰へと帰る準備に忙しかった。


「なんだ。もう帰るのかね」


 王様は毎日、介添えの人と一緒に、僕らが寝泊まりしている離宮の客室へとやって来る。体力作りの一環で散歩をしているのだと本人は言うけど、離宮の全員がライラ目的だと知っている。

 ライラも時間の許す限り、王様と一緒に過ごすようにしていた。


わたくしもエルネア様と一緒に色んなことがしたいですわ」


 とは口で言っていたものの、ヨルテニトスから離れちゃったら、王様とは気軽に会えなくなるからね。「僕とはこれからもずっと一緒でしょ?」と助言すると、素直に王様と過ごしていた。


 この二人、この辺がなんか似ているよね。

 僕たちは、王様とライラを微笑ましく見守った。


「エルネアには褒美はいらぬと言われたが。ライラ、其方そなたには何かを送りたい。いつも儂の介抱を手伝ってくれておるしな」

「そんな。私は何もいりませんわ」

「ライラ。遠慮することはないと思うよ?」


 王様はライラが可愛くて仕方ない。そのライラに、できる限りのことをしてあげたい。王様を見ていれば、誰もがそう気づく。

 それなら、ライラには思いっきり甘えてもらい、王様にも悔いが残らないような形で、僕たちは去らなきゃいけないんじゃないかな。

 王様がライラに贈り物をしたいというのであれば、ここは素直に受け取っておくべきなのかも。


 僕の言葉で、それならとライラは王様に微笑む。王様とライラは、回収された宝物の中から物を選ぶと言って、仲良く僕たちの部屋から出かけていった。


「ここへ来て良かったわね」


 ミストラルが二人を見て、満足そうに笑っていた。


「うん。最初は僕の独りよがりかな、なんて心のなかで思っていたんだけど。やっぱり来て良かったよ」


 ライラのためにヨルテニトス王国へ来た。王様のお見舞いついでに、ライラとの結婚宣言をしちゃえ。更に暴君を連れてきて、飛竜狩りについてちょっと口出ししてこよう。なんてのは、結局は僕の独りよがりだったのかも。だけど、いろんな騒動と出会いや別れのおかげで、良い方へと物事は転がってくれた。

 結果を見れば、僕の独りよがりが功を奏した形にはなったけど、もう少し考えが及べば、もっと良い形で物事は進んだのかもしれない。


 長いようで短かったヨルテニトス王国での出来事を振り返っていると、ミストラルは久々に僕の頭を撫でてくれた。


「なんでも完璧に先を読んで行動できる者なんていないわよ。貴方だからこの結果になったのだと、自信を持ちなさい」

「うん。ありがとう」


 優しく、髪を解くように撫でてくれるミストラルの手が気持ち良い。


「にぁあ。にゃんも頑張ったから、撫でて欲しいにゃ」


 プリシアちゃんと遊んでいたニーミアが、僕の頭へと飛び乗る。


 先日のグレイヴ様との勝負で、ニーミアの正体は露見してしまった。なら、もう隠す必要はないよね。ということで、今では自由に飛び回っているニーミア。


 最初は全ての人たちが驚いていたけど、愛らしい姿と喋りで、瞬く間にみんなをとりこにしてしまいました。


 罪な奴です。


「エルネアお兄ちゃんよりは罪を作ってないにゃん」

「ぐぬぬ」


 僕のしかめっ面に、ミストラルはニーミアと僕を撫でながら笑う。


 グレイヴ様との勝負は、一方的なものだった。青い飛竜が精も根も尽きるまで、ただ追いかけまわしただけなんだけどね。


 アシェルさんによく似たニーミアの姿に、会場どころか王都中が騒ぎになったらしい。

 非公式の勝負ではあったけど。空を飛び回っていれば、そりゃあ目立つよね。しかも、逃げるのはグレイヴ様の騎竜の、青い飛竜。追いかけるのは何倍も巨大な、アシェルさん似のニーミア。


 王子はいったい何をしでかしたんだ、とちまたでは色んな噂が飛び回っているらしい。


 そして、グレイヴ様はようやく双子王女様を諦めた。

 諦めさせられた?


 勝負の立会人のなかには王様もいて、負けたのなら王子らしくけじめを付けろとしかられた。

 けっして、戻ってきた僕に双子王女様が熱い抱擁ほうようをして、唇を奪っていったからではありません。

 違うよね?


「にゃあ。あれがとどめだったにゃん」


 ぐふっ。このままグレイヴ様が正気に戻らなかったらどうしよう……


「んんっと、プリシアも抱っこ」


 ニーミアが来れば、プリシアちゃんも付いてくる。


 僕の杞憂なんて、幼女組には関係ないとばかりに、プリシアちゃんとアレスちゃんが抱きついてきた。


「なぐさめる?」


 アレスちゃんの言葉が、なにか恐ろしげな意味合いを含んでいるような気がします。


 そういえば、アレスちゃんがアレスさんになることは、まだ誰にも言っていないんだよね。

 言うべきか言わざるべきかは、これからまた考えよう。


「にゃんは秘密を握ったにゃん」


 しまった!

 あっけなくニーミアに露見しちゃったよ!


「秘密って何ですか?」


 ルイセイネがやって来て、いぶかしがるように僕を見る。


「エルネア、なにか秘密ごとがあるのかしら?」


 なんということでしょう。

 隣では、ミストラルが僕に疑惑の瞳を向けています。


「絶体絶命にゃん」

「いやいや。それってニーミアのせいだからね?」

「暴露するにゃん」

「こ、こらっ」


 幼女を抱きかかえていた手を解き、慌てて頭上のニーミアを捕まえようとする。だけど、素早く飛び立ったニーミアは尻尾を振って逃げてしまった。


「さあ、エルネア君。白状しなさい」

「エルネア、わたしたちに秘密事は禁止よ」


 ずずいっと迫られる僕を見て、プリシアちゃんが真似をする。


「んんっと、白状しようね?」


 きゅっと僕に抱きつくプリシアちゃん。


「はくじょうするの?」


 アレスちゃんまで抱きついてきました!


「た、助けてっ」


 僕は幼女に抱きつかれたまま逃げる。

 だけど、身体能力でミストラルになんて敵いません。


 あっという間に寝台の側に追い詰められた。


「さぁ、白状してくださいね」

「さぁ、白状しなさい」


 なんだか双子王女様のように言葉を合わせて僕に迫る二人。


「白状するのよ」


 プリシアちゃんが無邪気に笑う。


「いっていって」


 アレスちゃんが他人事のように笑う。


「いつかはわかることにゃん。言ったほうが良いにゃん」


 ニーミアが楽しそうに笑う。


「言わないと、お仕置きですよ」

「言わないと、怒るわよ」


 ミストラルとルイセイネが笑いながら、僕に飛びかかってきた。


「うわあっ」


 寝台の上に、僕は押し倒されるような形で飛ばされる。


「ほら、早く言ってください」

「良い加減、白状しなさい」


 二人に身体中をこちょこちょされて、笑い転げる僕。

 これってなんて拷問!?


「言ってしまえー」


 プリシアちゃんが追加で加わる。


「わはははっ。ひいっ。止めてっ。笑い死んじゃうっ」


 全身がもぞもぞとして、笑いが止まらない。

 これって、絶対にもてあそばれているよね!

 秘密を聞き出そうなんて二の次で、僕を使って遊んでいるよね!


 脇腹や足の裏や、全身をこちょこちょされて、笑い続けて涙が出てくる。


「観念してください」

「ほらほら。早く言わぬと止めないわよ?」

「こちょこちょぉ」

「エルネア、白状しなさいな」

「うははっ。助けてっ」


 ……ん?


「えっ?」

「は?」


 今なにか、ひとりだけ言葉が違いませんでしたか?


 涙を流しながら、ちょっぴりよだれも垂らしながら、顔を引きつらせて状況を分析する僕。そして硬直するミストラルとルイセイネ。


「……ど、どなたでしょう?」

「だ、誰!?」


 僕に抱きついてこちょこちょをしていた人たち。ミストラルとルイセイネと、プリシアちゃんと……


「ふふふ。誰かしら?」


 妖艶な笑みで僕に絡みつくように抱きつくのは……


「ア、アレスさん……」


 引きつった顔の年長組とは違い、プリシアちゃんが満面の笑みを浮かべた。


「おわおっ。アレスちゃん!」


 僕から離れて、アレスさんに飛びつくプリシアちゃん。


「よしよし」


 アレスさんは片手で僕に絡みつき、もう片手でプリシアちゃんを抱きとめた。


「ア、アレス……さん?」

「覚醒してる……」


 ミストラルとルイセイネは、妖艶な大人の姿となったアレスさんを見て、固まってしまっていた。そしてそこへ、用事で部屋を出ていた双子王女様が登場した。


「ユフィ姉様。みんなが楽しそうに寝台の上で遊んでいるわ」

「ニーナ、いつのまにか強敵が増えているわ」


 アレスさんの姿を見たユフィーリアが、危機感を募らせてニーナの手を引きながらやって来る。


「負けないわっ」

「勝負だわっ」


 なんでそうなるのさ!


 双子王女様は、問答無用で僕に飛びかかってきた。


 なにこれ。天国? それとも地獄!?

 真昼間から、寝台の上で騒ぐのは僕たちだった。






「さて、きちんと説明をしてもらいましょうか」

「エルネア君、秘密は禁止ですからね?」


 結局、長時間の押し問答の末。全員が疲れたところでようやく説明の時間になった。


 ねぇ、みんな。これって遊びたかっただけだよね? という突っ込みはなしで。


 ミストラルとルイセイネが準備してくれたお茶を片手に、各々おのおのが乱れた寝台の上に寛ぐ。

 双子王女様も十分に満足したのか、僕から離れて、興味津々の瞳をアレスさんに向けていた。


 アレスさんが僕の右隣。その横に双子王女様。その横にミストラル。次いでルイセイネ。この六人で円になって座っている。つまり、ルイセイネが僕の左隣になるわけだね。


 プリシアちゃんは、アレスさんに抱きついたまま。アレスさんも、優しくプリシアちゃんを抱きしめている。ニーミアはアレスさんの頭の上です。


 僕は全員を見渡して、アレスさんを見て口を開いた。


「ええっと、紹介します。こちらが大人のアレスさんです!」

「……」

「あれ? 嘘は言っていないよ?」

「そうじゃなくて。なんで大人なのかしら?」

「説明不足ですよ、エルネア君」

「うっ。そうだよね」


 なにを伝えれば良いのかな。どう話せば良いのかな。思案しつつ、言葉をつむぐ。


「アレスちゃんは、僕の竜気をかてにしていることは知っているよね?」

「霊樹の精霊ね」

「霊樹と一緒ね」

「うん。でも、アレスちゃんは僕の竜気とは別に、プリシアちゃんからも精霊力を貰っていたんだ」

「ああ、なるほどね」


 ミストラルだけは、今の僕の説明だけで理解できたみたい。だけど、他のみんなは小首を傾げていたので、説明を入れる。


 プリシアちゃんの精霊力を貯めて、僕の危険に備えてくれていること。そして貯まった精霊力の影響で、大人の姿になれること。

 カルネラ様やユグラ様が暮らす盆地で魔物を討伐した際に、このことを知ったのだと、包み隠さずに伝える。


 僕の横では、満足そうにアレスさんが微笑んでいた。


「き、強敵ですね……」

「まさか、こんな伏兵がすぐ側に身を潜めていただなんて……」


 なにが強敵なのかは追求してはいけません。若干二名の視線が、アレスさんの双丘へと遠慮なく向けられています。


「大人の魅力で負けてはいられないわ」

「大人の魅力で勝負だわ」


 双子王女様は、好敵手の出現になぜかやる気満々です。


 そして、きちんと自分のことを伝えてくれたことが嬉しいのか、アレスさんは僕にまた抱きついてきた。


「やっとわらわのことを言ってくれたわね。嬉しいわ」

「ちょっとそこの人、抱きつきはもう禁止ですよっ」

「アレス、自重しなさいっ」

「ずるいわ」

「負けないわ」

「んんっと、また遊ぶ?」

「ひいっ」


 もう一度騒動になりかけたとき。部屋にライラが戻ってきた。


「エルネア様、見てくださいですわ!」


 明るい顔で部屋へと入ったライラが、その場で硬直する。


「ほほう、知らぬ女が増えておる。エルネアよ、きちんと説明してもらおうか」


 ライラの傍から顔を覗かせた王様が、引きつった笑みを浮かべていた。


 ぐぬぬ。なんて日なんだろう。

 僕はライラと王様に、もう一度アレスさんのことを説明した。


「なるほど。あの幼女は精霊であったか」

「はわわっ。アレス様、とお呼びすれば良いのでしょうか」


 僕の説明に納得する二人。


「アレスさんのことはともかく。ライラが貰ったものって、それ?」


 部屋の壁に立てかけられていた長物に、全員の視線が移る。


「はいですわ。使用者がいないということで、貰いましたわ!」


 ライラは長物に駆け寄ると、大事そうに抱えた。


「随分と古めかしいわ」

「刃物じゃないわ」

両手棍りょうてこん……でしょうか?」

「それはもしかして……」


 ライラが抱える長物。それは、木製の両手棍だった。長さは、ライラの身長よりも少し長いくらい。ルイセイネの薙刀と同じくらいかな。

 だけどその外見は、握り手の部分だけが、握りやすいように加工されただけの、太い木の枝に見える。


 なにか既視感を覚えます。


「私も武器が欲しかったのですが……刃物は扱ったことがほとんどありませんので、これにしましたわ」

「ライラ。なぜ強そうな鉄製の武器などではなくて、それなのかしら? なにか思惑があって選んだの?」


 ミストラルの質問に、小首を傾げて考え込むライラ。


「特に考えもなく、ですわ。おっしゃるような、そういった両手棍もありましたが、なぜかこれを選びましたわ。前に使っていたのも木製だったからでしょうか?」


 そういえば、僕らと出会った当初は、ライラは木製の両手棍を持っていたね。


「ふうん。無意識に、なのねえ」


 アレスさんは僕から離れて、ライラに近づく。


「ふふふ。其方、良い物を見つけたわね」


 言ってアレスさんは、ライラから両手棍を受け取る。


「霊樹製の両手棍。このようなところにこんな物があるとは」


 アレスさんが優しく両手棍を撫でると、両手棍から強い波動が伝わってきた。


「あれは、霊樹の枝から造られていると思うわ。良い武器ね」


 ミストラルの言葉に、みんなが驚く。


 そうか、既視感を感じたのは、霊樹製だからか。霊樹の木刀と同じような性質を、僕はあの両手棍から感じたんだね。


「ずっと長い間放置されていて、力が弱っているわね。少し預けなさい」


 アレスさんはそう言うと、霊樹の両手棍を消した。王都へ入る前に、僕たちの武器を隠した要領だね。

 霊樹の精霊であるアレスさんなら、両手棍の力を修復してくれるだろう。

 僕たちは思わぬ収穫に、満たされた笑顔になっていた。


「すまぬ。霊樹とはなんだろう。説明を求めるぞ」


 そうでした。王様は霊樹とかは知らないんだよね。

 僕は他言無用と念を押して、王様に必要なことを教えた。


 こうして、帰路に着く前の最後の騒動は幕を下ろした。

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