別れの時

「エルネア君。僕は必ず夢を実現させてみせます!」

「うん。遠く離れるけど、応援しているよ。僕が協力できることがあったら、いつでも言ってね」

「はい。またいずれ、竜峰に遊びに行きますね」

「待っているからね」


 僕はフィレルと固い握手を交わす。


「ふむ。其方たちも、いつでも遊びに来なさい。ヨルテニトス王国の全ての民が、君たちの来訪をいつでも歓迎すると約束しよう」

「はい、王様。ありがとうございます。また遊びに来ます」

「俺も竜峰で修行するかなぁ。面白そうだ」

「キャスターよ。其方はまずフィレルを鍛えよ。そしてはくから多くのことを学べ」

「くはぁ。竜騎士団将軍なんて、面倒な役職になりたくなかったぜ」

「そう言うな。これから竜騎士団とヨルテニトスは変革を迎えるのだ。お前たち王族は、次代のいしずえとなれ」

「竜峰から、変わっていくヨルテニトス王国を見守っています」

「竜王の期待を裏切らぬように、儂らは努めよう」


 式典からさらに三日後。とうとう、僕たちが竜峰へと帰る日が来た。離宮の庭先で帰路へ就く準備をした後に、お世話になった人たちと別れの挨拶を交わす。


「ライラよ、またいつでも遊びに来なさい」

「はい。この度のたくさんのご恩、私は忘れません。また必ず、陛下にお会いに来ますわ」


 王様とライラの、一時の別れをしのぶ熱い抱擁を、僕たちは笑顔で見守る。


『フィオよ。汝は巣へと戻れ。十分に遊んだであろう』

『うわんっ。お爺ちゃん元気でね。無理はしないでね』


 ユグラ様は、フィレルと一緒にヨルテニトス王国に残るみたい。だけど、竜峰の盟主であるフィオリーナは、もうそろそろ帰らなきゃいけない。

 鼻を擦り付けあって別れの挨拶をするユグラ様とフィオリーナ。

 ユグラ様の世話役の三人も、このまま残るらしい。


「エルネア殿、フィオリーナ様を無事に巣へと届けてください」

「我らはこのままユグラ様に従い、もう少し人族の世を学びます」

「エルネア殿とフィレルの理想を、微力ながらお手伝いさせていただきますね」


 お付きの三人と別れの握手を交わす。


「エルネア様、どうかお元気で」

「アーニャさんもお元気で。これからも竜族と仲良くしてくださいね」

「はい。もちろんです」

「あ、あのう。私たちは竜峰に行ってはいけませんか?」

「竜峰で修行を積み、もっと竜族のことを知りたいです」

「メディアさん、トルキネアさん、それはフィレルとユグラ伯にお願いしてはどうでしょうか。それに、アーニャさんと合わせてお三方は、これから竜騎士の人たちのお手本になってほしいです。竜族と意思疎通をさせて、仲良くできるのだと示してください。竜峰へと来るのは、それからでも遅くはないと思いますよ?」

「わかりました。先ずは自分のことよりも、国のために頑張ります」

「ささっと他の竜騎士を鍛えて、竜峰に遊びに行きますね」

「はい。そのときは歓迎します!」


 竜騎士乙女三人組は、竜族と人族との間の絆を結ぶ橋渡しの役目を担うことになっていた。彼女達の頑張りが、フィレルの夢の実現には不可欠だね。


「これから先、何か困ったことがあれば遠慮なく言ってほしい。ヨルテニトス王国は、君が困ったときには全力で支えると約束するよ」


 お爺さん宰相様のありがたいお言葉に、感謝の言葉を返す。

 そして、見送りに集まってくれた多くの人たちを見渡して、僕は頭を下げた。


「みなさん、お世話になりました。ありがとうございました」


 深く一礼して、背後で待機している暴君とみんなのもとへと向かう。そこに声をかけてきたのは、グレイヴ様だった。


「エルネア」


 グレイヴ様に振り返る僕。


 双子王女様を賭けた勝負は、僕とニーミアの圧勝だった。僕は、グレイヴ様の誇りや望みをへし折るどころか砕け散らせてしまったわけで、ちょっと気不味い思いでグレイヴ様と向き合う。

 だけど、グレイヴ様はすでに何かを吹っ切ったような気配で僕を見ていた。


 勝負のあと。自らの不甲斐なさをなげいて、頭を丸刈りにしたグレイヴ様。せっかくの二枚目が台無しになってます。だけど、それがグレイヴ様の心を表していた。


「俺はエルネアに負けた。素直に認める。双子は金輪際諦めよう。だから、お前は必ずあの二人を幸せにしろ。でなければ許さぬぞ」

「グレイヴよ、いさぎよし。だがエルネアよ、双子姫だけではなく、ライラも幸せにするのだぞ?」

「エルネア君。巫女のルイセイネをないがしろにしたら、女神様の天罰が下りますからね?」

「うひっ」


 グレイヴ様と王様の言葉に深く頷いたあと、マドリーヌ様の脅しに顔を引きつらせる僕。

 ルイセイネを蔑ろにするなんて絶対ないんだけど、女神様を出すのは卑怯です。


 そして、なぜ貴女は手荷物を持っているのですか。突っ込むのは危険だと、見て見ぬ振りを貫き通しているのですが。

 側仕えの巫女様にがっつりと袖を握られたマドリーヌ様には、誰も触れないようにしていた。


「僕はユフィもニーナも、ライラやルイセイネも。そしてミストラルやプリシアちゃんやアレスちゃんやニーミアやみんな。家族は全員大切にします!」


 偽りのない本心。序列なく、分け隔てなく、みんなを大切にして、仲良くやっていきます。

 僕の笑顔の言葉に、王様達は笑顔で返してくれた。


「それではみなさん、また会いましょう」


 そして僕は、みんなが待つ暴君の背中へと飛び乗る。


 ちなみに、ニーミアはプリシアちゃんの頭の上です。帰りは、みんなで暴君の背中に乗って移動することになっていた。


 全員でお別れの挨拶を言うと、暴君は鋭い咆哮をあげて、荒々しく飛び立つ。あっという間に、見送ってくれた人たちが小さな点へと変わる。

 暴君は上空で一度旋回すると、西の空へと羽ばたいた。






「いろいろ大変なことに巻き込まれたけど、来て良かったわね」


 小さくなっていく王都の風景を見つめながら、ミストラルが呟いた。


「そうですね。沢山のものを得ました」

「エルネア様には感謝ですわ」


 ルイセイネとライラが、感慨深そうに頷く。


「それにしても、まさかライラが竜心を得るなんて思ってもみなかったわ」

うらやましいです」


 ミストラルの言葉に、ルイセイネは羨ましそうにライラを見た。


「しかも、霊樹の両手棍も手に入れるなんてね」


 この旅で一番多くのものを得たのは、やはりライラなのかもしれない。


「ライラさんだけずるいです」


 ぷくりと頬を膨らませるルイセイネは珍しい。もしかして、少し不満に思っているのかな。そう思ってルイセイネを引き寄せる僕。


「ふふふ。作戦成功」


 罠でした!


 僕の傍に寄り添ったルイセイネが、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「ルイセイネ、貴女いつからそんな悪どい所作しょさを身につけたの!?」

「ルイセイネが悪に染まったわ」

「ルイセイネがマドリーヌの影響を受けたわ」


 いつもなら真っ先に僕へと悪巧みをする双子王女様が、驚いてルイセイネを見る。

 予想外のルイセイネの言動には確かに驚いたけど、双子王女様はなにをしているんですか?

 僕に絡むこともなく、なぜかフィオリーナとリームの相手を熱心にしているユフィーリアとニーナ。


 ルイセイネに負けじと反対側に寄ってきたライラを横に座らせて、質問してみる。すると、ふふふと不敵に笑われた。


「気付いたわ。どうすれば竜心を得られるのかを」

「気付いたわ。どうすればライラと同じになれるのかを」


 ほほう。それは気になる情報です。興味津々で耳を傾ける僕たち。


「ライラは普段からレヴァリアに執心しゅうしんしていたわ」

「ライラは普段から、スレイグスタ様とよく接していたわ」

「竜心をすでに持っているエルネア君も、竜族と親密だわ」

「つまり、竜心を得ようと思ったら、竜族と親しくすることなのよ」


 たしかに言われてみれば、ライラは誰よりも竜族に興味を持ち、接しようとしてきていた。だけど。


「でも、それを言うなら、ニーミアと常に一緒にいるプリシアちゃんはどうなるのかな?」

「そうね。どれほど竜と親密になっても、竜気が必要な竜心は、ユフィはともかくニーナには厳しいんじゃないかしら?」


 ミストラルの言う通り。竜心は、竜気に付随する能力なんだよね。僕は、今では無意識にでも竜心を扱えるけど、最初のうちは竜気を練って集中しなければ、竜族の心は読めなかった。そして、ニーミアや鶏竜にわとりりゅう、その他多くの竜族と仲良くなっているプリシアちゃんでさえ、竜気がないので竜心を得ていない。

 そのことを指摘すると、双子王女様は瓜二つの笑みを見せた。


「そこはスレイグスタ様の知恵を拝借だわ」

「いまはとにかく、竜族とより親密になることが先決だわ」


 思い立ったら即実行。双子王女様らしいです。スレイグスタ老には、これから会いに行くところだからね。ならば、その前に少しでも竜族と仲良くなって、早く竜心を会得しようという思惑に違いない。


 フィオリーナとリームも、構ってくれる双子王女様に満足そうに懐いていた。


「ううう。それならわたくしも頑張ります」


 ルイセイネも、ミストラルの膝の上で遊んでいたプリシアちゃんからニーミアを借りて、抱きしめる。


「がんばるにゃん」


 ニーミアは嬉しそうにルイセイネの胸元に顔を埋めた。


「竜心はたしかに有れば有用ね。だけど、それも大事だけど、ルイセイネは別の努力はしないのかしら?」

「はい?」


 ミストラルの不思議な質問に、首を傾げるルイセイネ。


「ほら、京劇で観たじゃないの。聖女せいじょだったかしら。巫女の誉れは聖女ではないの?」


 ああ、なるほど。京劇の演目は、ヨルテニトスの王子と聖女の悲恋の物語だったね。女性陣は今でもあの京劇の話で盛り上がったりする。


「聖女ですか……。わたくしは、聖女にはなりたくありません」


 だけど、きっぱりと言い放つルイセイネに、ミストラルは驚いた。


「どうしてかしら?」


 ルイセイネがなまけるなんてあり得ない。高みがあるというのなら、必ずそこへと向かい努力をするのがルイセイネなんだ。そのルイセイネが、聖女にはなりたくはないと言う。


 不思議だね。


 ライラも、ルイセイネの予想外の返答に驚いて、僕の反対側から覗き込んでいた。


「エルネア君、問題です。なぜ、わたくしは聖女にはなりたくないのでしょうか。これは信仰心が問われますよ?」

「えええっ!」


 突然の問題提出に、驚いて仰け反る僕。


 なんでルイセイネが聖女を拒絶するのか?

 むむむ、とうなって考え込む。


 人族は、全てが女神様の信者。僕も例外ではない。敬虔けいけんな人になると、休みには必ず神殿へと参拝さんぱいに行く。だけど僕は、昨年の春先から、暇があれば必ず苔の広場に出向いてスレイグスタ老に師事していたので、あまり神殿へと足を向けてはいなかった。


 その僕が今、信仰心を問われています。


 聖女とは、女神様の奇跡を起こした巫女様のことをう。


 女神様の奇跡とは、例えば死者を蘇らせたり、天変地異を鎮めたり、数百数千の負傷者を一瞬で癒したり。とにかく人の域を超えた超常の現象のこと。


 奇跡を起こした聖女様は、その身の内に女神様の力の欠片かけらを宿すと云われている。言ってみれば、神職に身を置く女性にとって最高位の称号なわけだ。だけど、ルイセイネはそれを要らないと言う。


 ううん、と唸る僕。双子王女様は答えを知っているらしく、僕に頑張れと視線を向けていた。


 聖女がどのようなものなのかは知っている。勇者なんかと同じで、物語の主役になるような人だもんね。小さい頃から貸本で読んできた多くの物語にも、聖女様は度々登場していた。


 そういえば、と思い至る節がひとつ。

 聖女の物語を幾つか読んだことがあるけど、幸せな結末がなかったような気がするな?

 女神様の奇跡を起こし、人々を救った聖女様は、なぜか、その後不幸せになっていたような。

 でも、それはなぜなのかな?

 女神様の奇跡を起こした素晴らしい巫女様。女神様の力の欠片を手に入れた至高の女性なのに、不幸になるだなんて変だよね。普通なら、女神様から最も祝福された存在で、多くの幸福を手に入れそうなのに。


 ううむ、この辺に答えは隠れていると思う。だけど、それ以上がどうしてもわからない。僕は降参してしまった。


「聖女は不幸になるから。それくらいしか僕にはわからないよ。ごめんね」


 しゅんと項垂れた僕の頭を、ルイセイネは優しく撫でてくれた。


「意地悪をしてごめんなさい。でも、それが正解ですよ」


 ふふふ、と優しく微笑むルイセイネ。


「聖女は、必ずちます」


 そして、表情を真剣なものに戻して、言葉を紡ぐ。


「聖女とは、女神の奇跡を起こした巫女。聖女はその身に女神様の力の欠片を宿します。ですが、人に女神様の力は大きすぎるのです。それがたとえ、わずかな欠片であっても。聖女は、その身に宿した女神様の力の欠片を制御できずに、必ず暴走します。有り余る力に飲み込まれる者。破壊の衝動に心を奪われる者。快楽におぼれる者。堕ちかたは多様ですが、例外なく心を壊し、その身を滅ぼします」


 ルイセイネの言葉に、みんなは静かに耳を傾ける。


「そして、堕ちるだけならまだ良いのですが。堕ちた聖女は、女神様の力の欠片を暴走させて、周囲に甚大じんだいな被害を及ぼしてしまうのです。過去には、三つの都市を滅ぼした聖女もいます」

「都市を三つも……」


 あまりの規模に、驚愕する僕たち。


「わたくしは、聖女にはなりたくありません。堕ちて人々の、皆さんの迷惑になりたくありません。そして、誉れよりもわたくしはエルネア君の側にずっと居たいです」


 ルイセイネは顔を赤らめてそう言うと、僕の肩に頭を預けて微笑んだ。


「そういうことだったのね。変なことを言ってしまって、ごめんなさい」


 ミストラルの謝罪に、ルイセイネは問題ないですよ、と笑顔で返した。

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