森からの来訪者

『人ごときに従属するとは、情けない竜め』

『ほほう、言ってくれるわ。貴様とて人を乗せて飛んでいるではないか』

『我は使役されているわけではない。貴様こそ、背中に下品な装飾をほどこしたくらなんぞ乗せて、竜の風上にもおけん』

『貴様はわかっていないな。人とは物によって権威を示す生き物。この豪華な鞍は玉座であり、選ばれた竜だけが背にえることのできる光栄なものなのだ。貴様も竜の姫を乗せるのではあれは、これくらいやって目立つべきなのだ』

『ふふん、それこそくだらない』

「……と、レヴァリア様とグスフェルス様は楽しく会話されてますわ」

「ふむふむ、仲が良いことは素晴らしいな」

『貴様は何を通訳している!』

「はわわっ。レヴァリア様、ごめんなさいですわ」

『くくくっ。貴様は竜の姫に愛されているな』


 わたくしは、ヨルテニトス王国の国王陛下にわれて、王宮のお庭で寛ぐレヴァリア様とグスフェルス様の会話の通訳中です。

 お二方とも、他の竜族よりも大きく立派な体格をしています。その二体の竜様が、ぶいぶいと言い合いつつも喧嘩することなく顔を向き合わせています。

 そして私は、陛下と並んでお庭をお散歩中でした。


 新年早々に、とても素敵な時間を過ごせていますわ。もう少し欲をいえばエルネア様と二人だけでお出かけもしたいのですが、ここは我慢ですわ。

 今年は、各家庭で別れての年越しでした。

 きっとみなさまも、実家に戻って寛いでいるのですわ。だから、私も今は我慢です。

 ……みなさま、本当に別々に過ごしているのですよね?

 少し不安になってきましたわ。

 どうしましょう。私だけ除け者にされて、みなさまが抜け駆けなさっていたら。

 はわわっ、心配になってきましたわ。


「ライラよ、どうした?」

「ほかのみなさまのことが気になってしまいました」

「ははは。別れていても皆のことが気になるか。良い家族を手に入れたな」

「はい。素敵な方々でございます。とくに、エルネア様は!」


 家族の方々が気になることは確かですが、私は間違えていましたわ。今は陛下とこうして一緒に散歩できることがなによりの幸せです。

 エルネア様とはまた今度、二人だけでお出かけできますわ。ですが、陛下との団欒だんらんは貴重です。

 私は陛下の腰に手を回して、歩行の手助けをします。陛下は私に身体を預けてくださり、優しく肩に手を回しています。

 すぐ傍の大きな存在感と優しい温もりに、ほんわかと心が満たされます。陛下も満足げに笑みを浮かべて、私を見下ろしていました。


『あの二人にこのような平穏が訪れようとは。我は心より嬉しく思う』

『ふふん、そもそもの原因は貴様だろうに』

『それを言ってくれるな』


 お庭を散歩する私と陛下。それを遠巻きに見つめるレヴァリア様とグスフェルス様も、のんびりと過ごされていました。

 ですがそこへ、空から思わぬ騒動が舞い込んできたのです。


『頭上より失礼する。場所の確保を願いたい!』


 普段であれば、王宮の上空は飛竜騎士団の通過を認めていません。ただし、例外があります。急を要する伝令の場合に限り、竜厩舎りゅうきゅうしゃ以外の場所にも着地できるのです。


 頭上に飛来した飛竜様は咆哮をあげると、ゆっくりと降下してきました。

 空の飛竜様を見上げたグスフェルス様は、素直に場所を移動します。ですが、レヴァリア様は自身の頭上を飛ぶ飛竜様に対して、威嚇の咆哮と鋭い視線を放ちました。


『ひええっ、暴君だっ』

「レヴァリア様、どうか場所を譲ってくださいませ」

『ふんっ、要求の多い娘だ』

「今度、エルネア様と一緒にご奉仕しますわ」

『身体を洗え。鱗の隙間もしっかりとだぞ』

「はい、喜んで!」


 レヴァリア様は私との交換条件を飲んでくださり、しかたない、と場所を譲ってくださいました。

 飛竜様はレヴァリア様に怯えつつも、私の先導で降下してきます。


『竜の姫が居てくれて良かった』

「ライラ様、誘導を感謝いたします」


 飛竜が地上に足をつけると、すぐさま背中から竜騎士様が降りてきました。そしてすぐに私の傍の陛下に気づき、ひざまずきます。


「騒々しい、何事か!」


 竜族の咆哮に、王宮から近衛兵や竜騎士団の方々が慌てて出てきました。そして、陛下の周りに布陣します。

 伝令の竜騎士様は跪いたまま、集まった方々にも聞こえるように話を始めました。


「ご報告いたします。かねてより開拓が進んでおりました東の大森林なのですが。先日、耳長族と思われる一団と遭遇いたしまして……」

「耳長族とな?」


 東の大森林とは、東の国境を護る砦の更に先。魔物の巣が多く存在する危険な場所のことです。

 現地では昨年から、旅立ちの一年を迎えたフィレル王子様と伝説の翼竜であるユグラ様が活躍しており、随分と魔物を討伐していると聞いています。

 そして、魔物の脅威が減り始めた大森林の入口あたりから、徐々に開拓が進んでいるのです。

 そこに、耳長族の団体が現れたと言うのでしょうか。


 耳長族といえば、プリシアちゃんです。竜の森に住む耳長族は、魔族との騒乱で始めてアームアード王国の人々に認知されたそうです。ですが、私たちはエルネア様とプリシアちゃんを通して、もっと以前から存在を知っていました。

 とはいえ、竜の森に住む耳長族の方々以外の存在が確認できたのは、今回が初めてではないでしょうか。


「して、その耳長族がどうしたと言うのだ?」

「はっ。実は、彼らは陛下との面談を求めておりまして。フィレル殿下も駐在されておりますが、旅立ちの一年の期間中とあって王都へ自由に出入りはできないため、私が伝令で参りました」

「耳長族が儂と?」


 集まった方々は、互いに顔を見あって首を傾げています。陛下も、疑問を浮かべて伝令の竜騎士様を見ていました。


「どうやら、東の大森林の奥地で問題が起きているようでして。私どもで詳しく事情を聞こうとしたのですが、耳長族はどうも用心深く、どうしても陛下と直接話がしたい、と申しておりまして」

「ふうむ、大森林の奥地か」


 耳長族は、深い森に住むといいます。ですので、大森林に耳長族が住んでいるということは、少し深読みすればわかったことかもしれません。ですがいったい、どのような問題が発生しているというのでしょうか。


「しかし、だからといって、はいわかりましたと陛下が気安く面会に応じるわけにもいきませんな」


 お庭の騒動に、何事か、とやってきた宰相様が指摘します。

 宰相様は、新年の挨拶周りでたまたま王宮にいらっしゃっていたようです。


「とはいえ、問題を放置にもできまい。さて、どうすべきか……」


 普通に考えますと、一般の方が国王様に会いたいと言っても、すぐに会えるようなものではありません。

 ですが、国という組織を持たないであろう耳長族の方々は「族長に面会したい」という感覚で申し出ているのかもしれません。

 集まった方々のなかでは耳長族の事情に精通している私が意見を述べると、みなさまはなるほど、と頷きます。


「大森林の問題というものも気になる。その耳長族たちに話しを聞いてみたいと儂も思う。しかし、いかんせん東の地は遠い。グスフェルスに願っても、移動にはそれなりの日数が必要であろう。かといって、素性の分からぬ者を安易に王都へ招くわけにもいかん」

「では、私めが陛下の代理として参りましょう。飛竜であれば、すぐに向えます」

「グレイヴか。よし、其方を全権大使として派遣しよう」

「ははっ。では早速、準備に取り掛かります。ああ、そうだな。できればライラにも同行を願いたい。お前は耳長族のしきたりや風習に詳しいだろう?」

「は、はい。かしこまりました」


 思わぬことに、私も東の地に現れた耳長族に会いに行くことなってしまいました。

 こちらの様子を伺っていたレヴァリア様は「また面倒な」と愚痴を吐きつつも、私の移動に付き合ってくれるそうです。


 そして、私たちは準備を整えると、すぐさま東の地へと飛び立ったのです。






「陛下は故あってこちらには来ることができない。それで、王太子である私が全権を預かって参上した。私の意見、決断はこの国の国王、そして国の総意と思ってもらって結構だ」

「こちらの要求を飲んでいただき、まずは感謝する。では早速、こちらの事情と要求を伝えたい」


 面会場所は、東に幾つか点在する砦のひとつ。大森林に近い場所の拠点になりました。

 ですが、素性の判明しない方々を重要拠点である砦のなかに通すわけにもいかず、みなさまは砦の手前に集ってこちらの到着を待っていたようです。


 耳長族を砦まで案内してきたのは、フィレル様のようです。

 砦内へと導くことはできなかったようですが、食料やお水といった物資は十分に提供できたようで、耳長族の方々はフィレル様に感謝していました。


 砦前に集う耳長族の方々は、総勢で三十人ほど。

 子供からお年寄りまで見受けられます。ただし、プリシアちゃんほど小さい子供は見当たりません。そして、誰もが汚れた衣服を着込み、まるで何者かから命辛々逃れてきた、といような疲弊感が見て取れました。


 耳長族の方々は、人に従う竜族やそれに指示を出す竜騎士団のみなさまに驚いていました。

 そして、黄金色の鱗をしたひと際立派なユグラ様と、それにまたがるフィレル様とお付きの竜人族のお三方に、強い興味の瞳を向けています。

 最初は人族に強い警戒心を見せていたそうですが、フィレル様の立ち回りのおかげで心を開き、こうして会談に漕ぎ着けたと聞きます。

 フィレル様は少し見ない間に、更に立派になられていました。


「こちらはヨルテニトス王国の王太子殿下、グレイヴ様。僕の兄になります。兄上、こちらが耳長族の代表であるユン様です」


 仲介をするフィレル王子は、グレイヴ様とユン様を引き合わせています。


 ユン様は、見た目は二十歳前後の若い女性です。とはいえ、耳長族ですので本当の年齢は数百歳かもしれません。

 他の方々と同じように汚れた外套がいとうを羽織っていますが、どことなく品性を感じることができる風貌ふうぼうをされています。黒く長い髪は、染めているのでしょうか。長旅で染色が薄れ始めた長髪は色とりどりの玉石ぎょくせきで飾られて、緑色の瞳には女性とは思えないほどの強い覇気を感じます。

 背は少々低いようですが、りんとした立ち振る舞いは大人の雰囲気を醸し出していました。


 グレイヴ様とユン様は握手を交わすと、すぐに本題へと入ります。


「それで、国王陛下に陳情ちんじょうしたい要件とはどのようなものだろうか。全権大使である私に話してもらいたい」

「貴方がこの土地の代表代行と言うのなら、話をさせていただく」


 本来ですと、会議室などでお話しをされた方が良いと思うのですが。グレイヴ様は突然として現れた耳長族の方々に警戒心を持っておられるようです。それで、砦前で初対面したこの場所で、話しを進めます。ですがユン様は気分を害した様子もなく、耳長族の置かれた状況を話し始めました。


「我らは巨人族きょじんぞくに追われ、命辛々いのちからがらこの地にたどり着いた。貴方たち人族は知っているだろうか、森のずっと東には巨人族が暮らす土地があることを。そして今、巨人族は生活圏を広げようと西へ開拓を広げようとしているということを」

「巨人族か。確かにその存在は認識している。しかし、こちら側へ版図はんとを広げようとしていること、そして其方たち耳長族がそれによって追われていることは初めて知った」

「我らは、森を賭けて太古の時代より巨人族と争い続けてきた。しかし近年になり、奴らの王に指導力のある者が就いたらしく、急速に勢力を増し始めたのだ。それで、村を襲われた我らは新しい土地を求めている。森には他にも同族の村はあるが、我らはそこに頼ることができなかった」

「……つまり、其方らは我が国の内に新天地を築きたいと?」

「どうか、安息の森を譲っていただきたい」

「……耳長族の風習がどういうものかは知らぬが、話にならん提案だ。ヨルテニトス王国は陛下の領土。それを無条件で他種族に引き渡すなど、言語道断。国民であっても無償で土地を渡すことはない」

「もちろん、無償でとは言っていない。我らもそれくらいは理解している。だが、我らはいま提供できるような物をあいにくと持ち合わせては……。そうだ、巨人族のことに関して、我らは人族に協力できる。聞けば、其方らも森を開拓しようとしているのだろう? そうなれば、いずれ巨人族と相見あいまみえる可能性は否定できまい。そのときに……」

「いや、その申し出は結構だ。確かに大森林の開拓を進めれば、同じく開拓を進める巨人族とぶつかる可能性はある。しかしその前に、森に住み開拓を阻止しようとしている其方らの同胞と敵対する可能性の方が高い。そうなった場合、どうだろうな。開拓を進めるという点で共通の目的を持つ巨人族と我らは、敵対するよりも手を結ぶことを選択する可能性の方が高い。なにより我らは現在、他種族との交友を進めているところだ」

「な、ならば我らとの交友も……」

「交友と領土の譲渡とは違う問題だ」

「……」


 グレイヴ様の言葉はとても厳しいものですが、国を預かるものとしては真っ当なことなのかもしれません。

 国民であっても、土地を手に入れる場合には金銭などの対価を支払わないといけないのです。それを他種族に無償で、などとは口が裂けても言えません。そのようなことをすれば、これまで忠誠を示して生活してきた国民の方々を裏切ることになります。

 ですが、着の身着のままで逃げ出してきた耳長族の方々を見ていると、私は昔の自分を思い出してしまいます。


「貴殿らは、我らに物乞ものごいをするのではなく、森に帰り同族に助力を求めた方が賢明なのではなかろうか」

「それは……」


 なぜか、複雑な表情で振り返るユン様。視線の先では、会談の様子を固唾かたずんで見守る耳長族の人々が佇んでいます。


「なにか事情がお有りのようですわ。殿下、どうかご慈悲を。せめて、落ち着くまでかくまって差し上げては……?」

「僕も姉さ……ライラさんの意見に同意します。兄様、困っている方々を見捨ててはいけません。同じ人に手を差し伸べられないようでは、思慮深しりょぶかい竜族と親交を深めることはできません」

「しかしなぁ」


 グレイヴ様はけっして、冷淡冷酷ではありません。ただ、全権大使として国を背負っている以上、国と国民を第一に考えての発言なのです。

 現に、どうしたものか、とグレイヴ様は短い頭髪の頭を困ったように掻いていました。

 こんなとき、私はどうすれば良いのでしょうか。グレイヴ様に請われて来たというのに、私は何のお役にも立っていません。どうすれば、みなさまが笑顔になれる答えを導き出せるのでしょう?


「エルネア様なら……」

「そうですね、エルネア君だったら……」

「奴であれば……」


 これまでにも多くの問題を解決してきたエルネア様であれば、どのような判断をなさるのでしょうか。気づくと、私だけでなくフィレル様やグレイヴ様、竜騎士の方々や竜族のみなさままでもが、口々にエルネア様の名前を出していました。


「その、エルネアという者はどなただろうか?」


 ユン様は希望に瞳を輝かせて、私たちを見つめていました。

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