九尾廟

 ど、どうしよう!?


 思わぬところでシャルロットと遭遇そうぐうし、しかも一切の手がかりが掴めなかった九尾廟きゅうびびょうにまで行けるという。

 これは、またとない機会なのかもしれない。

 だけど、僕は今、時間的な余裕がない。


「と、とりあえず。離宮にはライラがいるし、王都にもルイセイネがいるから、せめて二人と合流してから……。できれば、ミストラルたちも……」

「駄目です」


 早くライラを迎えに行って、ルイセイネとも合流しなきゃいけない。じゃないと、また帰ってからミストラルに「単独行動をするからです」と怒られちゃう。

 だけど、僕の家庭事情なんて気にしないシャルロットは、笑顔で拒否権を発動した。


「九尾廟へは、エルネア君と暴君だけをご案内いたします。きつねの魔獣も言っていたのでしょう? 九尾廟は秘匿ひとくされなければいけない地だと」

「でも……」

「おほほっ。大丈夫ですよ。暴君がいれば、行ってすぐに帰ってこられます」

「えっ!?」


 シャルロットの言葉に、僕は半信半疑で聞き返す。


「ちょっと待って。九尾廟って、邪悪な魔族かなにかが封印されているところなんだよね!?」


 僕は、遥か西に視線を向ける。


 魔族が封印されている以上、九尾廟は魔族の国のどこかにあるはずだ。

 だけど、魔族が支配する国々はここから人族の国を二つ越えて、険しい竜峰をまたいだその先だ。いくらレヴァリアの飛行能力が他の飛竜より優れているとはいっても、さすがに遠すぎじゃない?


 僕の疑問に、シャルロットは可笑しそうに笑う。


「エルネア君は随分と魔族に関しても知識が増えましたが、まだまだでございますね。陛下などから聞いたことはありませんでしょうか。魔族は、遥か昔は今よりももっと東に版図はんとを広げていたのですよ」

「あっ、そういえば、魔王から聞いたような」


 巨人の魔王は、僕たちにいろんなことを教えてくれる。大概は邪悪な知識だったりするけど、たまに昔話なんかもしてくれるよね。

 そして、竜峰の東の土地にまつわる、古い歴史を少し教えてもらっていたっけ。


「わたくしが生まれて間もない頃の出来事ですので、印象に残っています。ああ、ちなみにではございますが。わたくしが生まれたのは陛下の誕生のずっと後でございますよ。あの当時は、この辺一帯だけでなく、竜峰の東はほぼ魔族が支配しておりました」

「魔王にも聞いたよ。でも、それがなんで、今は竜峰の西に国をしているの?」

「神族に追いやられたからでございます」

「なんと!」


 シャルロットは語る。


 遥か昔。

 天を黄金色に染め上げた金色こんじきの魔族は、確かに存在した。

 残虐無比ざんぎゃくむひなその魔族は「黄金こんじききみ」として、同じ魔族だけでなく神族などからも恐れられていたという。


 当時、魔族はまだ、今のような支配体系ではなかった。

 絶対の支配者である魔王が頂点に立ち、全ての魔族を強固にまとめあげていた。魔王はひとりで、国はひとつ。それが当時の魔族社会だった。


ちなみに、前に魔王から聞いた話と照らし合わせてみると。

当時、というかさらにもっと昔。シャルロットも生まれる前。長らく魔族を支配していた大魔王は、現「魔族の真の支配者」に目障めざわりだとして倒された。

その後は「真の支配者」が魔王として一時期君臨していたらしい。


 だけどある時、金色の君が魔族の国を蹂躙じゅうりんした。

 圧倒的な魔力で街や都を焼き払い、数え切れないほどの魔族が犠牲になった。


 魔王は金色の君を討伐するように、配下の九人の魔将軍ましょうぐんに、全軍を持って対処せよ、と号令を発したという。


 しかばねの山を築く戦いだったという。

 多くの有力な魔族が倒れ、魔族は疲弊していった。それでも、なんとか金色の君を倒すことはできた。


「もしも当時の書物などが残っていれば、確かに倒したと書かれているでしょう。ですが、本当は封印されただけで現在も生きているのです」


 シャルロットは笑顔で話してくれたけど、僕は背筋をぞっとさせながら聞いていた。

 魔族が束になって戦いを挑んでなお、倒せずに封印されただけって……


「もしかして、魔族の真の支配者よりも強かったりするのかな?」

「それはないです」


 あっけらかんと言うシャルロット。


「そもそも、当時は魔王として真面目に魔族を支配していらっしゃったの方が最初から出ていれば、もっと話は早かったと思うのです」

「まさか……。真の支配者と赤い幼女のあの子は、金色の君の討伐に参戦しなかった?」

「はい、魔都で静観されていらっしゃいました。それで、金色の君の討伐で疲弊しきった魔族の国に神族が侵攻してきまして。西へ西へと追いやられているうちに、彼の方は国の運営が面倒になったのかもしれませんね。いいえ、もしかすると、金色の君が現れる前から面倒だったので、自分では動かなかったのかもしれません」


 なんてなまけた支配者でしょう……


「ちなみに、当時の九魔将きゅうましょうのひとりがきみでございます」

「魔王本人から聞いて、知ってました」


 シャルロットの昔話を聞いて、色々と過去のことが学べた。

 そして、色々と気づかされる。


 なぜ、離宮を襲撃した魔剣使いが、魔族の古い武具、すなわち九魔将の武具を装備していたのか。

 おそらく、魔族が西へと追いやられている最中に九魔将も討ち取られたりして、竜峰の東に遺物を残したんだろうね。

 そして、九尾廟があるという場所も、竜峰の東側ということになる。


 僕たちは、現在の魔族の版図で物事を考えていた。だから、九尾廟も竜峰の西にあるのだと勝手に思い込んできた。

 だけど、シャルロットの話から推察すれば、それは間違いだ。


 九尾廟は、間違いなく竜峰の東側に存在する。


「ところでさ。魔族の真の支配者は金色の君よりも強かったんだよね? それなのに神族に追いやられたってことは、神族にはもっと強い人が……?」


 ごくり。


 僕の疑問に、シャルロットはおほほと笑う。


「それも、ないです。言いましたでしょう。彼の方は飽きていらっしゃったのです。魔族を支配することに」

「だから、神族に追われるまま逃げた?」

「逃げた、というのは語弊ごへいがあるでしょうか。正確には、誰か神族どもの侵攻を止めてみせろ。できた者に国を預ける、という方針だったというのが正しいでしょうか。それが、新たな時代の魔王たちになります」


 なるほど。魔族の国の成り立ちを聞いて、なんとなく納得する。

 複雑な歴史背景があって、現在があるんだよね、と思わせられちゃう。


「でもさ、そこで疑問なんだけど。神族は竜峰の西にまで魔族を追いやったのに、今はこの辺を支配してないよね? なんで?」


 神族は、あわよくば疲弊しきった魔族を根絶やしにしようと攻めてきたはずだ。

 大規模な戦争だったと思う。

 神族も、きっと大勢の犠牲者を出したはずだ。

 それなのに、せっかく奪った土地に神族の影はない。


 僕の疑問に、さも愉快ゆかいそうにシャルロットは笑う。


「それは、ほら。当時の神族は、禁術きんじゅつを使ってしまいましたので」

「ああ……」


 あとは言われなくてもわかります。

 そうですか。魔女まじょさんですか。


 やり過ぎちゃった神族は、魔女さんの天罰てんばつを受けたんですね。


「神族側も、金色の君の被害を受けていましたし、魔族との長年の争いで多くの犠牲者が出ていました。闘神とうしんも討たれていましたし。そこへ、魔女に禁術を破られた余波でございます。当時の神帝国しんていこくは滅びました」

「魔族も西に追いやられたし、金色の君の騒動から世界は激動だったんだね」


 その、世界をかき乱した元凶が復活しようとしているのかもしれない。

 バルトノワールは、魔族や神族の歴史を知っていて、九尾廟に手を出したのかな?

 もしも知っていて干渉したのなら、絶対に見過ごすことなんてできない。


「でもまさか、魔族にも窮地きゅうちの時代があったり、この辺を支配していた過去があるなんてなぁ」

「おほほほ。魔族であろうと神族であろうと、栄枯盛衰えいこせいすい必定ひつじょうでございます。神族も何度となく魔族に滅ぼされかけていますし、逆もしかりでございますよ。それが楽しいのではありませんか」

「いいえ、僕は安定が一番だと思います!」


 この人。

 きっと、いま神族が魔族の国に攻め入ったとしても、笑顔で反撃するに違いない。

 そして、敵だろうが味方だろうが、築かれたしかばねの上で世界を楽しそうに見渡すんだろうね。


 さすがは巨人の魔王の右腕です。


「というわけでして。これから九尾廟へと向かいます。乗せてくださいませね」


 言ってシャルロットは、レヴァリアに許しを受けることなく飛び乗った。

 レヴァリアが不満そうに咆哮をあげる。


「ええっと。往復で何日くらいかかるかな?」

「暴君の速度でしたら、二日もかからないかと?」


 ライラ、ルイセイネ、ごめんなさい!


 僕もレヴァリアの背中に飛び乗る。


 帰ってきたら、いっぱい報告するから!

 というか、僕たちには拒否権がないから!


 ということで、不満たらたらなレヴァリアをどうにか説得すると、僕たちは旅立った。






 予想はしていたけど、九尾廟は大森林のもっと東にあるらしい。

 レヴァリアの背中の上で、シャルロットが指示を出す。


 耳長族が住む深い森を飛び越え、荒野に入る。

 地上は、巨人族が話していたようにせ細った貧相な土地だ。


「も、もしかしてだけどさ……。この辺が不毛の土地なのって、昔魔族が支配していたからなのかな?」

のろいで、と言いたいのでしょうか?」

「はい!」


 魔族のことだ。去る土地に迷惑な呪いをかけていそうじゃない?

 僕の疑問に、しかしシャルロットは首を横に振る。


「元々でございます。この辺りは昔から痩せ細った土地でございました。それこそ、先ほどまでの森は陛下の偉業で豊かになったのでございます。陛下が気を配ってくださっていなければ、森さえもありません」

「大森林の育ての親が巨人の魔王でした!」


 思わぬ情報に、なんだかなぁと思っちゃう。


 巨人の魔王って、魔族なのに魔族らしくないよね。

 僕たちに優しかったり、遥か昔に、痩せた土地を改良しようと森を育てていたり。


「じゃあさ。大森林の西側に魔物が多い理由を知っていたりする?」

「はい。陛下の呪いでございます。せっかく育てた森を神族どもに与えるものか、と」

「これも巨人の魔王の仕業でした!」


 というかさ。

 この辺って、ずっと昔には巨人の魔王が管理していたんだよね。

 九魔将のひとりとして、この地域を管轄していたと、前に魔王自身が言っていたっけ。


 僕がシャルロットの衝撃の話に仰け反っている最中も、レヴァリアは全力で飛び続けた。

 きっと、早くシャルロットを降ろしたいんだろうね。


 だけど、どこまで飛んでも、見える景色は荒野ばかり。


 途中、巨人族の集落らしきものを何度か目撃した。

 上空からはよくわからなかったけど、人族や魔族のように立派な家を建てて村や町を作って、という暮らしではなく、獣人族のように自然を利用した暮らしをしていたように見えた。


「この先もずっと荒野が続いているのかな? 魔族が支配していたときもこんなに荒れ果てていたのなら、暮らしは大変だったんじゃないの?」


 現に、巨人族は苦労しているし。


「おほほっ。それは、国力の差と言いましょうか。当時の魔族の国は非常に大きく豊かでしたので、一部の地域が荒野でも他所よそから潤沢じゅんたくな物資が流れてきていましたから。ああ、暴君。あちらの山へ向かって方向転換を」

『ちっ』


 どこまでも続く荒野にも、起伏はある。

 南東に見え出した荒い山肌の山岳地帯を示すシャルロット。

 レヴァリアは露骨に舌打ちをしつつも、言われた通りに空路をとる。


「そこから南下してくださいませ」

「次は、あちらの川沿いに」

「林が見えてまいりました。速度を落として、林の方へ」

「はい。そこの谷にそって」

「あちらの山に向かって」


 細かくシャルロットの指示が飛ぶ。その度に風景は徐々に変化していき、荒野から未開の森へと変わっていった。

 そして、れようかという頃。


 とうとう僕たちは、くだんの場所へとたどり着いた。


 とくに何の変哲へんてつもない、山に囲まれた林。

 耳を澄ませば、小鳥のさえずりが聞こえてきたり、小川のせせらぎが届く。

 もしも上空を通過しても、特徴のない林には目が留まらずに、意識しないまま通過しそう。地上を旅していても、わざわざ立ち寄るような場所ではない。


 そんな、なんともない風景のなかに、ぽつんと小さなおやしろが建っていた。

 お社から少し離れた場所に着地してくれたレヴァリアから、僕とシャルロットは降りる。そして、正面に見える小さなお社を改めて見た。


 古びた柱は腐って折れて、襤褸ぼろになった屋根はかたむいている。

 それでも、お社の前にはわずかばかりのおそなえ物が。


「九尾廟って隠された場所にあると聞いていたけど。お供え物があるってことは、近くに誰か住んでいたりするのかな?」

「集落があるのかもしれませんね。ただし、ここが金色の君をまつったびょうだとは誰も知らないでしょう」

「なるほど。地元の人は、これが古い建物だからなんとなく祀っているんだね」


 見た感じだと、小さな神殿に見えなくもない。

 ということは、お供え物をした人は人族かな?


「あ、あんたら、誰だ!?」


 古びた社をまじまじと見ていると、突然背後から声をかけられた。


 振り返ると、巫女装束みこしょうぞくに似た衣装を身に纏った女性が、薙刀なぎなたを構えて僕たちを睨んでいた。

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