単独行動は危険です

 砦の補修を手伝う巨人族の五人は、全員知らない人たちばかりだった。

 それでも挨拶をすると、どうも向こうは僕のことを知っていたようで、興味津々な感じで見られちゃった。


 どうやら、巨人族の軍勢を蹂躙じゅうりんしたって話に尾ひれが付いて伝わっているみたい。

 五人は、巨人族のなかでも和平を重んじる氏族しぞくらしく、先の戦には参加していなかったらしい。

 そして、耳長族と和平交渉を行っていた氏族のひとつでもあるのだとか。


 彼らは先遣隊せんけんたいとしてヨルテニトス王国に入ってきた。

 先ずはここで彼らが働いて、そのあとに剛王ごうおうの側近たちが合流してきてから、王都に向かうのだとか。


 僕は巨人族の人たちと挨拶を交わすと、砦のなかに戻る。

 一生懸命に働いている人たちの邪魔をしちゃ悪いからね。彼らの働きぶりで、今後の人族と巨人族の交流の速度が決まるんだ。


 砦に戻ると、聞いてもいないのに隊長さんが近況を教えてくれた。


「王太子殿下は、王都に戻られました。フィレル王子は、ここや周辺の砦を拠点に活動されています。現在は、大森林におもむいて魔物討伐をされているかと」

「凶暴な魔物が出没しました?」

「いえ、日常任務ですね。こうして日々、魔物を減らさなければ、溢れて押し寄せてくるのです」

「うわっ。そんなに魔物が出るんですね」


 噂などを耳にするだけだと、魔物が多いんだな、程度の認識を持つかもしれない。

 現に、僕だってそこまで魔物が跋扈ばっこしているとは思ってもみなかった。


 でも、言われてみるとそうか。

 東の国境には幾つも砦が築かれて、東部守備軍だけでなく竜騎士団まで在中している。それでなお、一般人は容易に近づくことはできずに大きな都などもない。


「交流の村を作るって話でしたが、先は長そうなんですね」

「それでも、未来が見えていますから。我らは国民のために努めるだけです」


 隊長さんは格好良いなぁ。

 身近な人のためならまだしも。見えない誰かのために頑張れるって、実は凄いことなんだよね。


 僕は、妻や家族や大切な者たちを護るために努力しているけど、見知らぬ人に同じような情熱を向けられるかといえば、首を傾げちゃうかもしれない。

 そんな自分の心を知っているからこそ、王様になんてなれないと思うし、都市の運営にも二の足を踏んじゃうんだ。


 人にはそれぞれ、うつわってものがある。

 僕の器は、周りのみんなで既に満たされているのです。

 でも、そんな器の小さい僕でも、お手伝いくらいはできる。


「よし。大森林の様子も見てみたいし、僕も魔物討伐に行ってきます!」


 突然来訪した僕なんかを丁寧にもてなしてくれる隊長さんたちの心遣いが嬉しい。

 それに、王子として頑張っているフィレルの役にも立ちたいしね。


 僕は、守備の兵隊さんや巨人族の人たちに手を振って、砦をあとにした。

 もちろん、レヴァリアに乗ってね!


『貴様と一緒だと、疲れる』

「まあまあ。このあと思いっきり暴れられるんだから、良いじゃないか」


 魔物討伐の戦力としては、レヴァリアは最強だ。

 森を焼かないのであれば思う存分暴れて良いよ、と僕に言われて、レヴァリアは気合十分に咆哮を発した。






 空に上がれば、すぐに大森林の西の端が見えてくる。

 フィレルがどの辺で活動しているかはわからないので、適当に飛んで魔物が出たら蹂躙しましょう。と、レヴァリアに相談していると。


 早速、レヴァリアは地上に獲物を見つけたようだ。


『あの魔族は?』

「えっ!」


 だけど、レヴァリアの思わぬ反応に、僕は目を点にした。


 ヨルテニトス王国の東の端に、魔族?

 魔物じゃなくて、魔族?

 な、なんで!?


 どこにいるの、とレヴァリアに確認するよりも先に。

 地上の魔族から先制攻撃が飛んできた!


 ぐにゃぐにゃっ、としなる、細い金色のなにかが伸びてきて、上空のレヴァリアをからろうとする。


『ちっ』


 レヴァリアは鋭く舌打ちをすると、急旋回で回避する。

 そして、問答無用で紅蓮の炎を吐く。

 全てを焼き尽くす炎は、無慈悲に地上へ降り注ぐ。

 この辺はまだ大森林の手前なので、大火事になる心配はない。

 だけど、地上にいたという魔族はこれで消し炭だろうね。


 なんだかなぁ。

 こんな場所を徘徊する魔族は珍しい。というか、竜峰の東側に魔族が出没するなんて、と思っちゃう。

 でも、それも一瞬だけの杞憂きゆうです。


 レヴァリアに無謀な喧嘩を仕掛ける方が悪いよね。

 僕はあわれみの視線を地上に向けた。


 轟々ごうごうと燃える炎は、猩猩しょうじょうの巣を思い出す。

 あれは、まだ竜峰の一画を燃やし続けているんだよね。


 と、そのとき。


 火炎地獄と化した地上に、またもや金色の輝きが!

 それはむちのようにしなり、地上を縦横無尽に暴れる。そして、瞬く間に炎を消し去った。


「あああっ!」


 僕は、紅蓮の炎を払い除けた地上の人影を確認して絶叫する。


「な、なんでシャルロットがこんなところにいるのさっ!」


 横巻き金髪という意味不明の髪型が特徴的なその魔族は、金色の鞭を片手にこちらを見上げていた。


「レヴァリア、降りてくれるかな?」

『ちっ』


 レヴァリアは舌打ちしながらも、高度を下げていく。


 レヴァリアも、地上の魔族がシャルロットだとすぐに気づいたんだね。

 でも、まさかいきなり攻撃してくるとは。レヴァリアは反射的に反撃しちゃったけど、どうやらシャルロットには効かなかったらしい。

 レヴァリアはそれが不満なのか、地上に佇んでこちらの降下を待つシャルロットを睨んでいた。


「あら、どなたかと思えば暴君ぼうくんとエルネア君ではありませんか」

「いやいや、絶対に知っていて攻撃を仕掛けてきていたよね!」


 レヴァリアの背中に乗っていた僕はまだしも、レヴァリアの容姿に気づかないなんて絶対に嘘だ。

 おほほ、と微笑ほほえむシャルロットに、地上に降りた僕は肩を落としてため息を吐く。


「それで、エルネア君たちはどうしてこちらへ?」

「はい、ちょっと待った! それは、僕の台詞せりふだよっ。なんでシャルロットがこんなところにいるのさ?」


 魔族の国はあっちですよ、と遥か西を指差す僕に、シャルロットは細い目を更に細めて笑う。


「ちょっと、耳長族と巨人族を蹂躙しに」

「駄目駄目、それは絶対に、だめーっ!」

「冗談ですよ?」

「知ってます!」


 くっ。

 なんだ、この魔族。


 僕をからかって楽しんでいるシャルロットに、がっくりと脱力しちゃう。


「そういえばさ。この間、魔王に会いに行ったんだよ。そのときに、シャルロットは忙しくて出掛けているって聞いていたけど。まさか、こんなところにいるとは……」

「あら。陛下にお会いなされたのですね。どのようなご用件で?」

「うん、あのね……じゃなくて! 先ずは、シャルロットがなぜここにいるかの質問です!」


 危険だ。

 この人、とても危険だ!

 僕の本能が言っています。

 シャルロットを自由にさせると、絶対に疲れる。

 魔族には変な人が多いけど、この人はそれに輪をかけて危ない人だ!


 僕の再度の質問に、シャルロットは西と東を見た。


「むこうに、巨人族がいました。巨人族は森の東に住んでいると聞いていたのですが。この辺りに巨人族とは珍しいので、見学を。森には魔物が多いようでしたので、どうやって魔物をけしかけて巨人族や人族をもてあそぼうかと」

「はい、それも禁止です!」


 嘘なのか本当なのかわからないけど、基本的に思考が邪悪だ。

 それと、どうやらシャルロットは砦の巨人族に気づいているらしい。

 砦では、怪しい存在について誰も触れていなかったから、こっそりと見たんだろうね。


「陛下やリリィから聞いていますよ。エルネア君は、この辺りでも活躍されたのだとか。活躍の範囲が広いですね」

「僕が関わっているって知っていて、この辺の人たちを弄ぼうとしていたんですね……」

「おほほ。そうしたときにエルネア君がどうされるのか、気になりません?」

「気にしちゃ駄目です!」


 よく考えると、シャルロットとまともに雑談をするのはこれが初めてかもしれない。

 この人って、こういう性格だったんだね。


「それで。そろそろ本当のことを教えて。なにをしていたの?」


 僕の背後では、レヴァリアがぐるぐると喉を鳴らして威嚇いかくし続けている。

 さっき、いきなり攻撃されたことに腹を立てているんだ。そして、自分の攻撃が通用しなかったことに不満を覚えている。

 レヴァリアの性格なら、白黒はっきりと勝負をつけたいと思っているんじゃないかな。

 でも、それも禁止です。


 ルイララいわく、この人は魔族の大元帥だいげんすい様だ。

 現在でも、巨人の魔王の最側近として宰相位さいしょういに就いている。

 いくらレヴァリアが竜峰の暴君でも、喧嘩しちゃうと危険だよ。

 おもに、巻き込まれる僕の身の安全が!


 露骨に不満を見せるレヴァリア。

 だから、僕は早めにシャルロットの目的を聞いて、この場を立ち去りたい。

 そんな僕の状況を知ってか知らずか、シャルロットは楽しそうに言う。


「お手伝いしていただけますか?」

「しませーんっ!」


 断固拒否、と意思表示をするよりも早く。

 僕は、シャルロットの鞭に絡め取られてしまう。


『我は帰るぞ』

「いやいやんっ。待って、レヴァリア!」


 威嚇していたレヴァリアは、僕の様子に付き合っていられないと鼻を鳴らす。そして、翼を荒々しく羽ばたかせ始めた。

 僕は慌ててレヴァリアにすがりつこうとする。だけど、全身に絡みついた鞭が邪魔で身動きが取れない。


「っ!?」


 そして、気づく。

 空間跳躍も封印されちゃってるーっ!


「おほほほっ。逃がしませんよ?」

「レヴァリア、助けてっ」

『知らんっ』


 レヴァリアは、あろうことか窮地きゅうちの僕を見捨てて飛び立とうとした。


「駄目です。暴君もお手伝いをお願い致します」

『くっ』


 僕を縛る鞭。その先端が、突然伸びた。

 鞭は金色に輝き、レヴァリアの尻尾に絡みつく。

 それだけで、レヴァリアは空へと逃げることもできずに地上に引き留められる。


 ばさばさっ、と翼を荒々しく羽ばたかせるレヴァリア。だけど、尻尾に絡まった鞭が逃さない。

 レヴァリアは逃げるのを諦めたのか、翼を畳んだ。そして、僕を睨む。


 えええっ、僕のせいじゃないよ!?


 シャルロットは、縛り上げた僕と逃げるのを諦めたレヴァリアを見て、満足そうに微笑む。


「やれやれだよ。僕はただ、巨人族や耳長族の様子を見てくるついでに魔物退治をしようと思っただけなのにさ」

『それは我の台詞せりふだ。貴様に付き合ったばかりに……』


 レヴァリアは心底嫌そうにため息を吐く。


「はい。ご協力をありがとうございます。それでは……」

「ま、待って、シャルロット。捕まったけど、協力するとは言ってないよ?」


 勝手に話を進めようとするシャルロットを止めようとする。だけど、鞭で縛られているので思うように動けず、僕は地面に転がった。


「……だいたいさ。さっきも聞いたけど、シャルロットはここでなにをしているのさ? 目的がわからないのにお手伝いなんて、できませんよっ」


 先に手伝うと言ってしまって、実はとんでもない用事だったら大変だからね。

 内容はきちんと確認しなゃ。


 シャルロットは、地面に転がる僕を弄びながら言う。


「ほら。前にこの辺りで九魔将きゅうましょう武具ぶぐを身につけた魔剣使いが現れましたでしょう? その現地調査を。諜報部隊ちょうほうぶたいに任せても良かったのですが、少し気になったこともありましたので」

「ああ、そうか!」


 魔剣使いが離宮を襲撃した事件を、魔族側も調べているんだね。

 抜かりのない巨人の魔王はさすがだ。

 ちなみに、シャルロットがいとも容易く竜峰を越えてこの地に来ているなんて、考えちゃ駄目です。


「それで、エルネア君たちは?」

「ええっとね……」


 僕は、母親連合の旅の終わりに離宮へ寄ったこと。ついでに、東の様子を見にきたことを話す。それと、おまけとして、シャルロットが魔族の国を離れている間に起きた事件を伝えた。


禁色きんしょくを身につけた反乱者ですか。それと、九尾廟きゅうびびょうですね」


 シャルロットがいま調べていることと、魔族の国で起きている騒動には関連があるかもしれない。

 それに魔王は、九尾廟のことはシャルロットに聞くように、と言っていた。それで、オズやかがみのことも話したら、ふんふんと何度もうなずいてなにかを考え込むシャルロット。


「わかりました。それでは、行きましょう」

「ど、どこにかな!?」

「九尾廟へ」

「な、なんですとーっ!?」


 シャルロットの思わぬ申し出に、僕は転がされたまま大仰おおぎょうに驚いた。

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