旅の終わりの贈り物

 何事にも、必ず終わりはやってくる。

 楽しかった旅行も、いよいよ最後の幕に近づいてきていた。


 野営した廃村はいそんを飛び立ち、レヴァリアは離宮へ向けて飛行する。

 途中、綺麗な草原や山あいを流れる川で休憩をはさみながら、ゆっくりと進む。

 それでも、なんの障害もない空の旅は瞬く間に距離を伸ばし、夕方前にはとうとう湖畔の離宮が見えてきた。


 複雑な稜線りょうせんから姿を現したレヴァリアに、離宮を守護する飛竜騎士団がすぐさま気づいたみたい。

 飛翔ひしょうしてきた二騎の飛竜騎士がこちらを先導するように飛ぶ。

 でも、そこはレヴァリア。


『我の前を飛ぶなど、死にたいのか』


 なんて咆哮で脅すものだから、飛竜は騎手の言うことも聞かずに飛んで逃げて行っちゃった。


 レヴァリアは邪魔者を追い払うと、悠々ゆうゆうとした態度で離宮の中庭へと着地した。

 王妃様や僕たちを出迎えるように、離宮の人たちが姿を現わす。


 ライラはレネイラ様の手を取って、レヴァリアの背中から降りる。


 いよいよ、最後が近づいてきた。

 今生の別れではないけれど、やっぱり寂しいよね。と、出迎えに出てきた人たちに挨拶をしたりお土産を渡したりしながら二人を見たら、意外にも笑顔でした。


 涙を流して別れなきゃいけないほど未練なんて残していない。

 またいつか会えるのだし、それまで耐えられるくらいの思い出を二人は作ったんだね。


 とはいえ、幸せそうなライラとレネイラ様を見ていると、僕はついなにかをしてあげたくなっちゃう。

 こんな僕のおせっかい心は不要なのだろうか、と思いつつも、僕は二人に最後のお土産を贈る。


「ねえ、ライラ。僕はこれから東の様子を見てきたいと思うからさ。その間は、ライラもここで休んでいて良いよ? あっ、移動にレヴァリアだけは借りていくけどね」


 僕の提案に、レヴァリアは不満そうに鼻をならし、ライラはこれまで以上の笑顔を見せて飛び跳ねた。


「エルネア様、ありがとうございますですわ!」


 嬉しさのあまり抱きついてきたライラをぎゅっと抱きかえし、僕はついでにお胸様を堪能たんのうさせてもらう。


「それじゃあ、ライラ、レネイラ様、ごゆっくりどうぞ」


 ライラをレネイラ様に引き渡すと、僕はレヴァリアに飛び乗った。


「エルネア様、行ってらっしゃいませ」


 そして、みんなに手を振られながら僕とレヴァリアは空に上がる。


「いざ、東のとりでへ!」

『振り落としてくれようか』

「いやいやんっ」


 レヴァリアはわざわざ振り返って僕をにらみつつも、翼を荒々しく羽ばたかせて東に空路をとる。


「うひゃーっ。やっぱり、レヴァリアはこうでなくちゃね!」


 本当に僕を振り落としそうな勢いで飛ぶレヴァリアに、僕は歓声かんせいをあげて喜ぶ。

 そしたら、レヴァリアはつまらないとでも思ったのか、レネイラ様を乗せていたときのように大人しい飛行になっちゃった。


 ほんと、ライラには優しいのに僕には冷たいよね、レヴァリアって。


 とはいえ、久々にレヴァリアとふたりっきりだ。

 遠慮なく高速で飛行するレヴァリアの背中で、僕は大きくびをする。

 全身を背後に押し込もうとする暴力的な風も、目まぐるしく変化する地上の景色も、どれもが気持ちいいね。


 このまま世界を巡る旅に出たら、どんなに素敵だろう、と一瞬だけ考えちゃった。

 だけど、妻や家族を置いて長旅をしようとは思わないし、まだまだ僕たちの周りは問題だらけだからね。

 でもいつか、みんなで世界旅行がしたいね。

 そのときは、レヴァリアやニーミアたちに頑張ってもらいましょう!






 湖畔の離宮を飛び立ったのは夕方前。さすがに、太陽が見えているうちに東の砦には到着できなかった。

 僕とレヴァリアは、荒野で夜営することにする。


 レヴァリアは前日に牛を丸ごと一頭食べたせいでまだ満腹なのか、獲物を獲ってきてはくれませんでした。

 仕方なく、僕は非常用の携帯食をかじる。

 鹿肉しかにく燻製くんせいと、かんパン。それと、離宮でもらった山羊やぎのお乳を温めた飲み物でお腹を満たす。


「ヨルテニトス王国には山や森だけじゃなくて、こうした荒野もあるんだね」


 暗くなったとはいえ、瞳に竜気を宿せば遠くまで見渡すことができる。

 ぐるりと周囲を見渡すと、木はまばらにしか生えていないし、草が生えている場所も少ない。あとは、ごろごろとした石が転がっていたりと、殺風景だ。


 平坦な土地なのか、ずっと先まで見渡すことができる。

 だけど、夜だというのに焚き火のあかりはひとつも見えず、この周辺で夜営をしているのは僕たちだけなのだと知る。


 レネイラ様が昨晩話してくれたように、ヨルテニトス王国にはまだまだ人の住んでいない場所が残っているんだね。そして、こうした荒野にもいつか、誰かが住み着いて村や街を築くに違いない。

 そして、そういう時代を早く呼び込むためにも、東の国境付近の治安を安定させなきゃいけないんだね。


 冒険者か商人さんたちがどこかで夜営でもしていたら、一緒に楽しく夜を明かしてみたいな、とも思ったんだけど。暗がりが広がる平原に、僕は諦めた。


 ちなみに、僕も焚き火を起こしてはいない。

 というか、起こせませんでした。


 それは、日が暮れる直前のこと。

 僕は、疎らに生える周囲の木を周って薪木になりそうな枯れた枝などを持ち帰ると、レヴァリアにお願いをしたんだ。


「ねえねえ、レヴァちゃん。薪に火をつけて!」


 可愛くお願いしたつもりだったのに、レヴァリアは容赦なく紅蓮の炎を吐いた。

 薪どころか、僕まで真っ黒焦げになっちゃうところだったよ!


 そんなわけで、苦労して集めた薪が消し炭になり、今夜は暖をとる炎はなしです。

 仕方なく、夕食を食べ終えた僕は、丸まって休むレヴァリアの懐に潜り込む。


 レヴァリアって、全身が硬い鱗に覆われているんだけどさ。実は、鱗から体温が漏れてあったかいんだ。


 春とはいえ、風が吹きっさらしの荒野の夜は冷える。

 だけど、レヴァリアの大きな身体が風よけになってくれて、しかも暖かい体温のおかげで僕は凍えずに夜を過ごすことができます。


 ちらり、とレヴァリアは懐に入ってきた僕を見たけど、なにも言わずにまた目を閉じた。


 もしかして、レヴァリアは『焚き火で温まらずに、我のそばで暖をとれ』と言いたかったのかな!?


 いいや、そんなはずはないよね?


 ……よね?






 こごえることなく、しかも安全に夜を過ごし、翌日も元気に朝を迎える。

 夕食と同じものを食べて、今日の活力を蓄える。

 レヴァリアにも干し肉を食べるか聞いてみる。すると、凶暴な牙の間から舌を出したので、持っていた干し肉で一番大きなやつを乗せてあげた。

 レヴァリアは、咀嚼そしゃくすることなく飲み込んだ。


 そりゃあ、そうだよね。

 大きな身体のレヴァリアにとって、人が食べられる大きさに切り分けられたお肉の断片は噛むまでもない。きっと、風味が楽しめる程度のものだよね。


 だけど、僕からのお裾分すそわけに気分を良くしたのか、この日もレヴァリアは僕を背中に乗せて飛んでくれた。


 空高く舞い上がり、悠然ゆうぜんと飛行するレヴァリア。

 どこを飛んでも、レヴァリアは空の覇者だね。

 竜峰の空だろうと、見知らぬ土地の空だろうと、羽ばたけばそこはもうレヴァリアの支配する庭になる。


 僕なんて、いったいどの辺を飛んでいるのかわからないというのに、レヴァリアはあたかも知っている空だと言わんばかりに、東の砦を目指す。

 そして、迷うことなくたどり着く。


 遠くに、砦が見えてきたのはお昼前。

 最初は小さな点だったものが、徐々に大きくなっていき、輪郭をはっきりさせていく。


 ここでもまた、西の空から飛来する僕たちに素早く気づいた砦の飛竜騎士団が飛翔してきた。


「おお、エルネア殿ではありませんかぁああぁぁっっー……!」


 白い全身鎧が格好いい飛竜騎士さんは、挨拶もほどほどに空の彼方かなたに行ってしまわれました。


「レヴァリア、誰かれ構わず脅すのは良くないよ? ほら、砦の人たちも困っているじゃないか」

『ふんっ、あの程度で尻尾を巻いて逃げ去る者など、我は知らん』


 とはいうけどさ。ヨルテニトス王国で働く飛竜のほとんどは、もともとが竜峰に暮らしていた飛竜たちだ。そうすると、暴君として名をせたレヴァリアの恐ろしさを見に染みて知っているはず。

 もちろん、レヴァリアは現在では更生してい竜になったけどさ。それでも恐ろしい咆哮を向けられたら、本能から逃げちゃうよね。


 それに、飛竜騎士団はまだしも、砦の兵士さんや巨人族きょじんぞくなんて、竜族にはあまり慣れていないんだから、レヴァリアが脅すと無条件で怖がります。


 ということで、僕とレヴァリアは砦のみんなをこれ以上怯えさせないように、旋回しながらゆっくりと降下していく。


 兵士の人たちや巨人族の人は、降りてくるレヴァリアに最初こそ騒いでいたけど、徐々に冷静さを取り戻して空を見上げていた。


 ……ところでさ。

 当たり前のように巨人族の人が東の砦にいるんですが、これはどういうことでしょう?


 くずれた砦の外壁の周りに、巨人族が五人。

 人族の五倍はあろうかという巨大な姿は、どうしても目立つ。


 はっ。

 まさか、今度は巨人族が攻めてきた!?


 という僕の心配は的外れだった。


 飛竜が着地してもいい広場に着陸すると、砦を預かる騎士隊長の人に出迎えられた。そして、巨人族のことを話してくれた。


「グレイヴ殿下が許可をくださり、フィレル様が連れてきたのです。巨人族の方々には、砦の修復を手伝ってもらっています」


 なんでも、大森林の西に交流の村を作る計画は着実に進んでいるらしい。

 とはいえ、大森林の西側は未だに魔物の巣窟になっている。

 それで、フィレルが提案をしたらしい。「先ずは巨人族と耳長族の代表団をヨルテニトス王国へ入れてはどうでしょうか」と。


 そういえば、巨人族を王都に迎えて復興のお手伝いをしてもらう、という予定もあるんだよね。

 その報酬として、食べ物を提供したり交流を深めることによって、巨人族とわかり合うというのが目的だ。


 でもその前に。

 本当に巨人族が交流を持てる種族なのかを見極めなければいけない。

 もちろん、僕やフィレル、グレイヴ様なんかは巨人族と接して彼らが信頼に足る種族だと知っているけど、そうじゃない人たちだっているからね。


 なので、先ずは東の砦の修復を手伝ってもらい、理解者を増やす。それから徐々に信頼と友情を増えめていく。


 地道だけど、これが国を運営していくということなのかもしれない。

 国民の不安をひとつひとつみ取っていき、新たな未来を示す。

 肩の荷なんてない僕とは違い、フィレルは国の王子として頑張っているんだね。


「それじゃあ、僕も巨人族のみんなにも挨拶をしなきゃね」


 ということで、僕は隊長に案内されて巨人族の人たちに会いに向かった。

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