廃村の歴史

 ヨルテニトス王国への旅、二日目。


 前日の夜は、いろいろと大変でした。

 思い出しただけで……


「にゃーん」


 居残り組のミストラルたちには言えません!


「エルネア君、帰ったら覚えておいてくださいよーっ!」


 飛び去るニーミアの上から、ルイセイネがこぶしを振り上げて叫んでいます。

 僕は、別れ行く母親連合の本隊に大きく手を振って見送る。

 ニーミアはルイセイネたちを乗せて、シューラネル大河を北上していった。


「さあ、僕たちも行こうか」

「エルネア様、帰ってから大丈夫でしょうか。この際、わたくしと二人だけで!」

「ライラ、な、なにを言っているのかな!?」

「エルネア様は大変なのですね」

「レネイラ様、これが僕の日常なので、大丈夫ですよ」


 ふふふ、と僕たちを見て笑みを零すレネイラ様は、とても楽しそうだ。

 そんなレネイラ様とライラと僕を乗せ、レヴァリアはシューラネル大河の上空を横断すると、さらに東へと進む。


 母親連合の皆さんは、予定通りカッド砦に行き、僕たちは南の山岳地帯と森に沿って、湖畔こはんの離宮へと向かう。

 王妃様や母さんたちとレネイラ様はこれでお別れになってしまうけど、昨夜は最後のうたげとばかりに騒いだから、悔いはないと思うんだ。

 あとは、ライラとレネイラ様が遺恨いこんなくしばしの別れを迎えられれば良いね。


 僕はレヴァリアにお願いをして、なるべくゆっくりと飛んでもらう。

 なにせ、レヴァリアが本気を出しちゃうと、下手をすると今日の夕方か陽が暮れて間もない時間には離宮にたどり着いちゃうからね。

 レヴァリアは僕の要求に威嚇の咆哮をあげながらも、いつもよりゆっくりと飛んでくれた。


 高度を下げて、山並みに沿って優雅に飛行するレヴァリア。


「なんだか、珍しいね!」

『貴様の要求だろうが!』

「レヴァリア様、ありがとうございますですわ」

「レヴァちゃん、私のためにありがとう」

『ふんっ』


 僕には不満たらたらなのに、ライラとレネイラ様に鱗を撫でられるとまんざらでもないレヴァリアが可愛いね。


 ふふふ、ニーミアもリリィもいないから、思考を読まれない。なので、自由になんでも思考できちゃう。

 今の僕の心は自由だーっ。

 晴天の大空に解放感を覚える僕。


 今の僕なら、空も飛べるはず!


 なんて思っても、無謀な行動には移りませんよ。

 ユンユンやリンリンじゃないんだから、空中浮遊は絶対に無理です。

 だけど、自分の限界を知っている僕とは違い、無謀な行動に出た者が現れた。


 ライラじゃないよ?

 レネイラ様でもないよ?


 それは、大鳥おおとりの魔獣だった。


 普段とは違い、低空を飛ぶレヴァリア。すると、大鳥の魔獣はなにを勘違いしたのか、上空から急降下でレヴァリアに強襲してきた。


『愚か者め』

「みんな、レヴァリアにしっかり掴まって!」


 自分に向けられる敵意に気づかないレヴァリアじゃない。

 自分よりも高い位置から襲いかかってきた大鳥の魔獣に対し、すぐさまレヴァリアは反撃に移る。


 大小四枚の翼を巧みに羽ばたかせると、急旋回きゅうせんかいで大鳥の魔獣の急降下を回避する。

 そして、咆哮一発。


 大鳥の魔獣は、自分が何者に喧嘩を売ったのか、ようやく気づいた。

 でも、それはもう遅い。


 レヴァリアは四つの瞳で大鳥の魔獣に狙いを定め、猛然もうぜんと襲いかかる。


 今度は、大鳥の魔獣が悲鳴をあげる番だ。

 だけど、大鳥の悲鳴は断末魔だんまつまになった。


 大鳥の魔獣とレヴァリアでは、飛行能力に歴然とした差が存在する。

 恐怖にかられ逃げ惑う大鳥の魔獣へ瞬く間に接近したレヴァリアは、問答無用に凶悪な爪を振り下ろす。


 人族の武器ではなかなか傷つかないだろう大鳥の魔獣の羽毛も、竜族のレヴァリアの前では意味をなさない。

 レヴァリアは手の鋭い爪を大鳥の魔獣の翼に食い込ませ、足でしっかりと胴体を押さえる。

 間髪おかず、ぎらりと光る巨大な牙で、大鳥の魔獣の首にかぶりつく。

 そして、苦もなく噛みちぎった。


 首と胴とに千切られた大鳥の魔獣は、それで絶命。

 だけど、レヴァリアはさらに腕を振る。すると、大鳥の魔獣の翼が千切れた。


『不味い』


 レヴァリアは噛みちぎった肉を吐き捨てる。そして、地上に落ちていく大鳥の魔獣の死骸へ向けて、紅蓮の炎を放つ。

 大鳥の魔獣は、地面に落ちることなく灰になり、春の風にあおられて散っていった。


「うわぁ、残忍だねぇ」

『我に敵意を向ける者には容赦しない』


 レヴァリアの激しい動きに振り落とされないように、ライラの竜術で必死にくっついていた僕たち。

 レヴァリアが通常飛行に戻ると、全員でほっと胸を撫で下ろした。


「レネイラ様、怖かったですよね?」


 まったくもう。お客さんが騎乗しているんだから、もう少し手加減してほしいよね。

 レヴァリアなら、ささっと回避して、ぼぼーっと炎を吐くだけで倒せたと思うんだ。それなのに、あんなに残虐ざんぎゃくな殺し方をするなんて。


 だけど、僕の心配をよそに、レネイラ様は頬を染めて興奮気味にライラと喜んでいた。


「レヴァちゃん、素晴らしいです! 私、感動しました!」


 しまった。

 この人は、竜騎士団を要する国の王妃様だった!

 勇ましい竜族の活躍は、レネイラ様にとって喜ばしいことになるんだね。


「ライラは、こんなに強いレヴァちゃんと仲が良いのですね」

「はい! レヴァリア様は、竜峰で最も強い竜族ですわ」


 レネイラ様がレヴァリアを褒めるもので、ライラも嬉しそうだ。

 二人で手を取り合って、きゃっきゃと乙女のように跳ねて興奮している。


 そんな二人を見て、僕はレヴァリアを労いながら思う。


 竜峰には、影竜が潜んでいるんだよなぁ。

 それに、ニーミアやリリィの方が……


 思っても、口には出しません。

 ああ、自由な心って幸せだね。


「それにしても。レヴァリアは本当に強いね。僕たちなんて、負けない戦い方を身につけようと必死なのにさ」


 ちょっぴり、レヴァリアには申し訳ない思考を挟んじゃったけどさ。本来ならニーミアや影竜は古代種の竜族だから別格だよね。

 少し前に、バルトノワールの傍らに控える虹竜にじりゅうに不意打ちを受けたようだけど、あれは不運だっただけだ。むしろ、古代種の竜族から不意打ちを受けて生き延びたレヴァリアは凄い。


 レヴァリアは、普通の相手なら遅れをとることはないだろうね。

 そんなレヴァリアは、きっと僕たちの苦労なんてわからないに違いない。

 レヴァリアはいつだって至高で、絶対王者なんだ。

 レヴァリアの格好良さは、何者にも屈さない誇りを失わないことと、それを裏付ける圧倒的な力を持っていることだよね。


『ふんっ、貴様におだてられても、嬉しくもなんともない』


 ライラとレネイラ様に合わせて僕もレヴァリアを褒めたのに、鼻で笑われただけでした。


 だけど、その日の夕方。

 山奥に見つけた野営地に僕たちを下ろしたレヴァリアは一度飛び立って、帰ってくると大きな牛を捕まえてきた。


『我が空腹なだけだ』


 なんて言うけどさ。レヴァリアはちゃんと、僕たちに美味しい部分のお肉を分けてくれた。


「ところで、ここはどこだろう?」


 星空が綺麗だということでお外で大きなお肉にかぶりついているけど、見渡すと僕たちの周囲には古びた家屋が幾つか見える。

 僕たちは、廃村の広場で夕食を食べていた。

 ライラとレネイラ様も、き火を前に美味しそうにお肉を頬張っている。

 すると、僕の質問にレネイラ様が答えてくれた。


「ここは、開拓に失敗した村の跡ですね」

「えええっ!」


 人の気配がないので、廃村だとはすぐにわかっていたけど。まさか、開拓に失敗して放棄された場所だなんて。

 ライラも、ヨルテニトス王国の南部山岳地帯にこうした場所があるとは知らなかったのか、驚いていた。


「どうして、開拓に失敗したのかな? もしかして、凶暴な魔物とか魔獣とかが出たりする!?」


 僕の驚き具合に、ふふふと微笑むレネイラ様。


「なにも、こうした場所が珍しくはないのですよ。辺境に行けば、ここと同じような廃村や道が途切れていることなどは、よくあることなのです」


 ふむふむ、とお肉を頬張りながらレネイラ様の話を聞く。


「国境のはしまで道が続き、町や村があり、国民が安全に暮らせているのは、王都から西の地域だけなのです」


 ヨルテニトス王国の北部は、地竜が住む山岳地帯が広がる。東の国境には広大な森林が広がり、魔物の巣窟そうくつとなっていて、一般の国民は危険で近づけない。そして、僕たちがいま滞在している南の山岳地帯や森も、開拓途中なのだという。


「まず、勇敢な冒険者の方々が未開の地に足を踏み入れます。そこで何か得られるものがあれば、彼らは森や山を拓き、住み着きます。彼らは交易のために最寄りの村や街に出入りするので、往来に必要な道ができるのです。すると、辺境に住む者たちを商売相手として、商人たちがその道を使い、交易が活発になる。商人が行き来しだすと開拓された集落には徐々に活気と人が溢れ出し、集落から村へ、そして街となり都となっていくのです」


 ですが、とレネイラ様は続ける。


 勇敢で前途のある冒険者たちが努力して開拓しても、物事は上手く進まない時もある。

 ときには、僕が口にしたように凶悪な先住の獣たちの妨害にあったり、思ったほど利益が見込めなかったり。

 なかには、自然災害で撤退を余儀なくされたり、不便さゆえに放棄したりと、辺境の開発は意外と難しいらしい。


 そんな、未開の地を開拓する者たちに、国はなにをしてあげられるのか。とレネイラ様は少しだけ顔を曇らせた。


 一進一退の開拓では、採算が取れるか確約できない。そして、そうした冒険者主体の開拓には、なかなか国費を投じることはできない。

 そのかわり、立派に事を成したときには、開拓に携わった者たちに特権を与えたり、場合によっては貴族として迎え入れるのだとか。

 冒険者も、未来の報酬が大きいからこそ、命をかける。

 だけど、その命が対価として支払われながら、失敗することの方が多い。

 この廃村も、そうした冒険者たちの破れた夢の跡なのだという。


「それでも、人は進むのです。進出しては撤退し、を何度も繰り返しながら、安全に住める土地を広げていきます。この山岳地帯のずっと南には、神族しんぞくの国があるといいます。いつの日か、勇敢な者たちによってヨルテニトス王国と神族の国の国境が接するときが来るかもしれませんね」


 レネイラ様は、夜空の星々を眺めながら、そう締めくくった。


 ああ、この人は王妃様なんだ。

 僕は、どのように国が発展していくのかを正しく知っていて、それをうれうレネイラ様を見てそう感じた。

 ライラも、感慨深かんがいぶかすたれた建物を眺めていた。


「僕たちって、恵まれていたんだね。最初から安全な家を貰って、不自由なく往来できている。本当はいちから開拓しないといけないところを、一足飛びで超えちゃってたんだね」

「はい。伝説の大工様に建てていただいたお屋敷のありがたさを痛感しますわ」


 僕たちの住まいと暮らしは、僕たちが意識する前に整えられていた。

 足もとはしっかりと固まっているんだ。

 なら、あとは後顧こうこうれいを払い、お膳立ぜんだてしてもらった幸せな暮らしをしっかりと掴むだけです。


 僕とライラが決意を新たに手を握り合っていると、レネイラ様は幸せそうにこちらを見つめていた。


 そして、レヴァリアは牛を丸ごと食べてお腹いっぱいになったのか、早々に丸まって眠ってしまっていた。

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