真相

 天上山脈の地下に出来た広大な空間。その天と地を支える、一本の巨大な柱。地面からは、柱を支えるように支柱が何本も生え、天井にもはりが伸びる。

 僕たちは、その巨大な柱を見て、あるものを連想した。


 それは、霊樹だった。


 石造りで再現された霊樹が在るとすれば、このような威風堂々とした姿で表されるだろうなと。

 そして、地下空間を支える霊樹のような柱を目にしたことで、思い至ったんだ。

 スラスタールの話してくれた、幽冥族の物語の真相に。


「最初に疑問を持ったのは、天空から取れる果実ってなんだろうね? というところなんだよね。でも、僕の仮説を当て嵌めてみると、その謎も解き明かされるんだよね」


 大きく成長した霊樹は、雲よりも高く伸びる。そして枝葉は何処までも広がり、大空に慈悲のかさを造る。

 その霊樹からは、果実が採れるんだ。

 霊樹の実はどんな果物よりも瑞々みずみずしくて甘く、種は宝石のように美しい。


「天空の果実が霊樹の果実だとしたら。貴方が話した慈悲深き巨人とは、霊樹そのものを示す隠語いんごということになるのかな? 僕たちは知っているよ。霊樹の存在はおいそれと他言して良いようなものじゃないってね。だから、貴方や貴方の先祖は、霊樹の存在が『巨人』と言い換えられた物語を幽冥族から教わり、これまで伝承してきたんじゃないの?」


 僕の話を、息を呑んで聴くスラスタール。


「それにね。死んでしまった動物の腐敗は早いんだ。それなのに、命の灯火ともしびを消した巨人が長い間存在しているなんて奇妙だよね?」


 他種族を圧倒するような力を持つ竜族でさえ、死後の肉体はすぐに腐敗して自然へと還る。それなのに、スラタールの話では幽冥族が生まれて文化が花咲くくらいまで存在していたんだよね?

 それって、やっぱり違和感しかないよね。


「でも、巨人が本当は霊樹だったとしたら。動物と違って、植物は命が尽きてもなかなかち果てないんだよね。草花ならまだしも、霊樹なら尚更だ」


 寿命なのか。病気なのか。それとも、もっと違う要因でれてしまったのか。どちらにせよ、霊樹だって生きている以上は必ず死期が存在する。

 だから、かつてこの地に霊樹が在って、枯れて倒れたのだという話が残っていても、僕たちは驚かない。


「ここからは僕の推論になるけど。幽冥族なんて、本当は存在しなかったんじゃないかな? でも、霊樹の根もとで生きる心優しき人々は存在した」


 僕たちのお屋敷がある禁領にも、二千年以上前に霊樹が在ったという。そして、霊樹が生えていた霊山の麓には、心優しい人々が平和に暮らしていたのだとか。

 もしも、この地でも霊樹と共に生きる者たちが存在していたとしたら。


「彼らは、霊樹が枯れて倒れた後もこの地で平和に暮らしていた。きっと、本当にい人たちだったんだろうね。貴方の話には、悪い者が全く出てこないから。だからこそ、思うんだ。死の間際。命が枯れようとしていた霊樹も、自分と共に生き、これからも営みを続ける者たちにいつまでも慈悲を与えたいって」


 だけど、命の終わりは必ず訪れる。


「霊樹の慈悲深さや、逆に自然の厳しさを僕たちは知っているよ。でも、どうだろうね。人々を思う優しい心が、自分の死に際になって未練へと変わってしまったら。たとえ霊樹といえども、負の感情に触れてしまうなんてことはあるかもしれないよね? それじゃあ、もしも霊樹が最後に未練を残したとしたら」


 僕は、ミストラルに向かって巨大な腕を振るう始祖族の巨人を見上げた。


「始祖族は、うらみやねたみ、恐怖や絶望といった負の感情が長いときを経て凝縮し、そこから生まれると教わったことがあるんだ。そして未練もまた、負の感情のひとつだよね」


 もしも、霊樹が未練を残して枯れてしまったとしたら。

 霊樹ほどの存在だ。たった一本の大樹が遺した負の感情であっても、始祖族が生まれる土壌くらいにはなるかもしれない。


 これまで僕の推察を無言で聞いていたスラスタールが、喉の奥からしぼり出すような声を漏らした。


「君は……。いったい、何処まで知っているのだ? なぜ、そこまで……」


 スラスタールは眉間に深いしわを刻み、深く息をしながら僕を探るように見上げる。


「なぜ知っているかって? こう見えても、僕たちはいろいろな経験を積んできたからね。その中で多くのことを知ったり体験してきたんだ。そして、だからこそはっきりと言える。このまま貴方が真実を隠し続けていたら、大切なものを失う最悪の結果になると思うよ?」


 もう、時間がない。

 いつまでもミストラルに始祖族の巨人の相手をしてもらっておくわけにはいかない。

 単調で鈍重な動きであっても、相手は始祖族だ。ミストラルだって全力を出し続けていなければ、遅れをとってしまう。


「そういえば。話は少しれるけど、あの始祖族は僕たちの知っている他の始祖族とは随分と違うね?」


 何が、と言うスラスタールに、僕は答える。


「始祖族は、生まれた時から多くの知識と巨大な魔力を持っていて、恐ろしい存在なんだ。でも、あの始祖族は魔力こそ凄いかもしれないけど、全然強くは見えないね? うなり声はあげているけど、人の言葉は口にしないし、動きも単調だ。そこに、叡智えいちなんて欠片かけらも感じられないよね」


 僕の言葉に、スラスタールも始祖族の巨人へ視線を向けた。


 巨人が、瘴気の咆哮を放つ。

 ニーミアが迎え撃つように灰の咆哮を放って相殺する間に、ミストラルが襲撃をかけた。

 漆黒の片手棍から流星のような尾が流れ、始祖族の巨人の頭部を吹き飛ばす。

 衝撃波が地下空間に広がり、建物や地上で戦う者たちを激しく揺らした。

 巨人は仰け反って片手を巨大な柱に掛けると、すぐに頭部を再生し始めた。


 始祖族の巨人は再生力こそ脅威だけど、攻撃は単純だし、魔法の威力も巨人の魔王やシャルロットと比べると話にならないくらいに弱い。


 始祖族の巨人の様子と、それを圧倒するミストラルやニーミアをじっと観察していたスラスタールが、ようやく重い口を開いた。


「あれは……。私の知っている、伝承にある巨人とは違うように思える」

「と言うと?」


 二羽目の鶏竜術をユフィーリアとニーナとセフィーナさんへ送りながら、僕は問う。

 スラスタールは、決意したように僕へと視線を戻す。


「どうやら、君には伝えるべきのようだな」


 と言って、一度大きく深呼吸を入れるスラスタール。


「君の言う通りだ。かつてこの地に存在した雲を突き抜けるほどの巨人とは、霊樹を指すのだ」


 そこからは、スラスタールの一族が幽冥族から教わり、先祖代々語り継いできた真実の話だった。


 僕の推論通り、霊樹はかつてこの地に根付いていた。

 もちろん、霊樹が在るなら守護者も居たはずだ。

 だけど、ある時。邪悪な者の襲来によって、守護者は討たれてしまったという。


「伝承では、守護者の攻撃をも弾く、漆黒の化け物だったらしい」

「それって、邪族じゃぞくかな?」

「……君は、本当に何でも知っているのだな。だが、そこまでは私たちにもわからない」


 守護者は、邪族によって倒されてしまった。それでも、守護者は最後に相打ちという形で邪族を道連れにしたという。

 その後は、新たな守護者もなく、霊樹は心優しき者たちと共に生きた。

 だけど、その平和に終焉しゅうえんが訪れる。霊樹は次第に生命力を失っていき、最後には枯れて倒れた。

 それでも人々は枯れた霊樹の側で暮らし続けた。


「だが、それも長くは続かなかった」


 不治ふじやまいが急速に蔓延まんえんし始めた。

 最初は身体が思うように動かなくなり、症状が進行すると全身が石のように固まって、死に至るという。


「それって、幽冥族の不治の病?」

「そうだ。幽冥族の不治の病は、霊樹が枯れた後から流行り始めた」


 スラスタールによれば「幽冥族」とは、霊樹の根もとで生きた様々な種族の者たちを総称する隠語だという。


「地上の空気が汚染され、幽冥族が次々と不治の病にかかっていった。そこで、人々は地下へと逃げたのだ」


 汚染された空気は、何故か霊樹の近くだと薄らいだ。

 それで、人々は汚染された空気から逃れるように、かつて霊樹の根が張り巡らされていた地下へと移り住んでいったという。


「地上よりも、地下の方が空気は澄んでいた。だが、完全にははらえなかったようだ」

「それでも、この地に生きた者たちは他所よその土地へ移らなかったんだね?」

「そうだ。幽冥族は、霊樹と共に生き、滅びることを望んでいた」


 誇りがあったのかもしれない。

 霊樹に許され、根もとで平和に暮らしていた者たちは、最後まで自分達の矜持きょうじを貫き通したんだね。


「それで、あの始祖族の巨人は?」

「あれは、人々が地下に生活基盤を移してしばらく経った後に、地下の、この大空洞に生まれたと言い伝えられている」

「外の汚染された空気や、霊樹の遺した未練を魂の根幹として生まれた始祖族なんだね」

「私にはそこまで詳しくわからないが、おそらく君の言う通りなのだろう」


 始祖族の巨人の誕生に、当初は大混乱が起きたという。

 だけど、始祖族の巨人は聡明そうめいで優しく、地下に生きる幽冥族を守護するように行動していたという。


「伝承では、幽冥族は守護の巨人と深く交流し、長い間この地下都市で平和に共存していたらしい」

「でも、今の巨人は理性なんてないように暴れているよね? 何なら、自分から地下都市遺跡を壊しているようにさえ見えるよ」


 再生した巨人が、巨大な鉄槌てっついを振り下ろす。ひらり、と余裕の羽ばたきで回避するミストラルをすり抜けた鉄槌は、かつて守護していたはずの地下都市遺跡の建物を粉砕してしまう。

 唸りのような咆哮をあげ、瞳を赤く光らせた始祖族の巨人からは、叡智どころか知性さえ感じられない。

 その様子を見て、僕は更なる推論を立てる。


「もしかしたら、だけど。あの巨人は、生まれてからも周囲の負の感情を吸収し続けていたんじゃないかな?」


 始祖族が誕生し、地下都市の守護者となってからも、幽冥族をむしばむ不治の病は治らなかった。

 きっと、霊樹の守護者を撃つほどの邪族が遺した怨嗟おんさは、始祖族が誕生した後も遺っていたんじゃないかな?


「ああ、そうか。霊樹や守護者の想いを強く吸収したから、始祖族は幽冥族を護る本能を持っていたんだね」


 代わりに、邪族の負の感情を吸収しきれなかった。そう考えると、遥か昔に起きた出来事の辻褄つじつまが合うような気がする。


「そして、始祖族の特殊な能力として、生まれた後も周囲の負の感情を吸収する力を持っていた? 霊樹と守護者の想いを始祖族が受け継いでいるのなら、幽冥族を不治の病から救おうとするはずだからね」


 だから、地上で一度は蔓延した不治の病が、地下では緩やかになったんじゃないかな?


「だけど、その能力が後々に誤算を招く結果になったんだ」


 数年前、魔族の大軍が冥獄めいごくもんを潜って地下都市遺跡へ侵入してきた。

 幽冥族は滅んでしまっていたけど、始祖族の巨人は地下都市の守護者として存在してした。

 そして、魔族と守護者との壮絶な戦いが繰り広げられて、魔族は行きで半数以上を失い、帰りで全滅に至った。


「でも、数万の魔族が遺した呪いや負の感情を吸収しすぎて、始祖族の巨人は暴走を始めてしまったんだ。濃い呪いに自我を失い、知性を失い、都市を守護するという本能さえ忘れてしまって、地下に侵入した者を排除するだけの化け物になってしまった」


 僕の言葉に、眉間に深い皺を刻んだスラスタールが、苦しそうに頷く。


「かつては、幽冥族と地下都市の守護者だったはずの、始祖族の巨人。だけど、今はもう違う。あれをこのまま放置しておけば、遅かれ早かれ自らこの地下都市遺跡を破壊し尽くしてしまうと思う」

「何ということだ……」


 先祖代々、冥獄の門を守り続け、地下都市に纏わる伝承を継いできたスラスタールが、絶望に打ちひしがれていた。

 逆に、真実の歴史を知って、幽冥族の秘密や始祖族の巨人の正体を理解した僕は、方針が決まって心がみ渡る。


「幽冥族と、地下都市遺跡。それと、始祖族の巨人と魔物のむれ。僕がこの地で何をすべきか、ようやくわかったよ。これはきっと、女神様のお導きなのかもしれないね! 女神様も、きっと憂慮ゆうりょされていたんじゃないかな? この地で生きた心優しき者たちの結末がこんな酷い有様じゃ、女神様のお膝下へ旅立った者たちも悲しんでいるだろうからね」


 何を言っているんだ。と理解に苦しむようなスラスタールの視線を受けながら、僕は勝手に納得して頷く。

 そして、首から下げて懐に大切に仕舞っていた物を取り出す。


 それは? というスラスタールの疑問に、僕はよどみなく答えた。


「これは、霊樹の枝だよ。若葉が芽吹めぶいたばかりの枝先を貰ってきたんだ」


 僕の言葉に、スラスタールが目を見開いて驚く。

 だけど、驚くのはまだ早い。


「アレスちゃん」

「よばれたよばれた」


 ぽこんっ、と僕の傍に顕現した幼女姿のアレスちゃんを見て、更に大きく目を見開くスラスタール。


「この地は、霊樹に纏わる土地なんだって。だから、霊樹の精霊たるアレスちゃんに協力して欲しいんだ」

「おまかせおまかせ」


 にこり、と頷くアレスちゃん。

 霊樹の精霊と聞いて、スラスタールは石像のように固まってしまう。


「さあ、ここからが僕たちの出番だよ!」


 情報が出揃い、準備は整った。

 あとは、全ての問題を解決するだけだ!

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