霊樹の精霊剣
「いったい、何をするつもりだ!?」
霊樹の若枝とアレスちゃんの存在に表情を固めるスラスタールに、僕はにこりと微笑んで言う。
「もちろん、障害を排除するんだよ!」
「障害……」
スラスタールは、魔物へ視線を向ける。
僕たちの周りには、魔物は迫ってきていない。
ユフィーリアとニーナとセフィーナさんが竜術を乱舞させ、神族が道を切り開こうと奮戦しているおかげだ。
だけど、周囲から
それでも、ユフィーリアたちの奮戦によって周囲の建物や脇道の奥から現れる魔物たちは確実に撃滅されていた。
僕とスラスタールがこうして安全に会話できているのは、ユフィーリアとニーナとセフィーナさんがこちらに魔物を寄せ付けないように戦ってくれているからだ。
スラスタールは次に、始祖族の巨人へと視線を向けた。
理性のない雄叫びと共に、始祖族の巨人が瘴気の塊を飛ばす。
「にゃんっ!」
ニーミアが鳴く。瘴気の塊が白い灰と化し、ひらひらと地下都市遺跡に雪のように舞って散っていく。
大技を繰り出した後の隙を突き、ミストラルが襲撃をかける。
気合いの声と共に漆黒の片手棍を連続で振り、始祖族の上半身を粉々に打ち砕いた。
それでも、残った下半身から始祖族の巨人は見る間に再生を始め、頭部が再生するよりも前に
暴走する始祖族の巨人には、かつて地下都市を守護していたような慈悲深さも叡智の欠片も見受けられない。
「……だ、だめだ。あの巨人は」
「敵だよ!」
スラスタールの言葉を
「昔は幽冥族と地下都市の守護者だったかもしれない。でも、今は僕たちが無事に地下を抜け出すための障害であり、地下都市遺跡を自ら破壊する敵だよ!」
スラスタールの心情は理解できる。
遥か昔から受け継いできた伝承を守り、冥獄の門を見守ってきた。先祖から脈々と語り継がれてきた歴史と地下都市の伝説を疑うことなく、今も守護者が存在しているのだと信じてきた。
実際に、こうして地下都市へ足を踏み入れ、侵入者を排除するように現れた始祖族の巨人を目にして、スラスタールは自分が受け継いだ伝承が真実だったのだと感慨深い思いを持っているだろうね。
でも、それは真実に触れていたとしても、正しくはない!
「あの巨人は、幽冥族を滅ぼした呪いを吸収し続け、魔族の
しかし、と口籠るスラスタール。
スラスタールだって、理性ではわかっているのだと思う。それでも、先祖から脈々と受け継がれてきたものが目の前で崩れ去る情景に、心がついてこないんだろうね。
だけど、こちらとしてはスラスタールが納得いくまで言葉を重ねて待ち続けるなんてできない。
三羽目の鶏竜術を送る。
僕の竜術でユフィーリアとセフィーナさんは竜気を回復させるけど、いつまでも続けられるわけではない。
二人は竜気の激減と回復を繰り返している状態だ。平気な振りをしていても、精神的にはかなりな負担になってきていると思う。ニーナだって、ユフィーリアの竜気を錬成するために気を張り続けているから、消耗しているはずだ。
このまま悠長にスラスタールの納得を待っているような余裕は、僕たちにはないんだ。
「アレスちゃん、やろう!」
「はいじょはいじょ」
僕が呼びかけると、アレスちゃんは躊躇いなく僕と同化した。
身体の内側に、温かい生命を感じる。自然そのものを取り込んだような奥深い癒しと慈悲が広がっていく。
続けて、僕は竜宝玉を解放させた。
アレスちゃんの優しい存在とは対照的に、荒々しい嵐のような
どくん、どくんっ、と脈打つように竜宝玉から力が溢れ出し、僕を満たしていく。
「き、君は……!」
霊樹の精霊と同化し、瞳を金色に光らせて力を増幅させていく僕の姿に、スラスタールはまたもや息を呑む。
「スラスタールさん、僕は家族のためなら妥協も出し惜しみもしない。どんな障害があったとしても、僕は家族のみんなを無事に地上へ帰還させるよ。だから、貴方もどうか邪魔をしないでね」
スラスタールが始祖族の巨人を護ろうとして僕の前に立ちはだかるのなら、スラスタールも敵だ。僕の意図を理解したのか、スラスタールは無言になって僕を見つめたまま、動かない。
僕はスラスタールの意志を確認すると、霊樹の若枝を両手で持って、暴れ狂う始祖族の巨人へ向き直った。
一度目を閉じて、何度か深く深呼吸をする。
地下だというのに不思議なくらい澄んだ空気と、周囲で繰り広げられる戦いの熱波が胸を満たす。
さあ、ここからが僕のやるべき仕事だ。
自我を失い、暴走する始祖族の巨人を排し、周囲の魔物たちを全て消滅させる。そして、これ以上は地下都市の遺跡を破壊せずに、全員で無事に冥獄の門を抜けて外に出るんだ!
竜宝玉から解放された荒々しい竜気が体内を巡り、一気に外側へ噴き出していく。
先ずは、一段階目。
内側の力を外に向けて解き放ち、全てを解放していく。
解放された竜気は可視化するほど濃く、緑色の
竜気の靄は、すぐに動きを見せる。
地を
竜剣舞で嵐の竜術を使っていないのに、自然といつもの流れになっていく様子に、僕は更に力を解放させていく。
僕を中心にして、竜気の渦はどこまでも広がっていく。
竜槍乱舞を繰り返すユフィーリアとニーナとセフィーナさんを覆い、神族たちを越え、魔物たちを飲み込んでいった。
神族の何人かが異変に気付き、渦を巻く靄の発生源を辿って僕を見る。そして、驚愕に目を見開く。
広がれ。
地下都市遺跡の全てを満たすくらいに、広がれ。
竜気の渦が範囲を拡大させていくと、周囲の気配も詳細に読み取れるようになる。
やはり、魔物は僕たちの周囲だけでなく、地下都市遺跡のあらゆる場所に出現しているようだ。そして、全てがこちらへ向かって迫ってきていた。
グエンたちの気配は感じない。もう地下都市遺跡を抜けて、地下道まで到達したのかもしれないね。
もしも気配を掴めていたら、竜気の渦に巻き込んで引き寄せようと思ったんだけど、残念だ。
竜気の渦は、地表だけでなく地下空間全体に広がっていく。
ざわり、と風が巻き起こる。
地下空間に生まれた風の流れに、更に複数の神族が僕に視線を向けた。
視線を向けたのは、神族たちだけではなかった。
ミストラルに
灼熱のような真っ赤な瞳が、僕を捉えていた。
「エルネアの邪魔をさせないわ!」
ミストラルが漆黒の片手棍を振るい、始祖族の巨人に攻撃を仕掛ける。それでも始祖族の巨人は僕だけを見据え、口腔に瘴気の塊を生み出す。そして、咆哮と共に解き放った!
「エルネアお兄ちゃんを護るにゃんっ」
ニーミアが負けじと咆哮を放つ!
瘴気の塊と灰の咆哮がぶつかり合い、頭上で爆発が起きる。
瘴気は白い灰になり、雪のように舞う。それが渦を巻く竜気に流され、
始祖族の巨人に狙われたことで、スラスタールは恐怖を顔に張り付かせていた。悲鳴こそあげなかったけど、完全に怯えてしまっている。
だけど、僕は平気だ。みんなが阻止してくれると信じているからね!
始祖族の巨人は、力を解放した僕を宿敵と見定めたようだ。
瘴気の咆哮を放った後も、ミストラルやニーミアに気を向けることなく僕を見下ろす。
ミストラルとニーミアが、僕の邪魔をさせないとばかりに攻撃を仕掛けて、始祖族の巨人の動きを阻んでいた。
僕が何をしようとしているのか、みんなは知っている。
だから、僕を護りながら時間を稼いでくれている。
それなら、僕は全力で自分のすべきことを成すだけだ!
両手で握った霊樹の若枝に意識を向けた。
「アレスちゃん、いくよ!」
『がんばれがんばれ』
同化したアレスちゃんが、僕の内側から応援してくれる。
僕はアレスちゃんの応援を受けて、今度は霊樹の力を解放させた。
更に、放出される竜気の一部を、霊樹の若葉へと流し込む。
竜気を受けた若枝が、まるで霊樹の木刀のように元気になっていく。
竜気が若枝を通して霊樹の力となり、渦を巻く竜気の流れに乗って周囲へ広がる。
『不思議な力だわ』
『懐かしい』
『ああ、これは!』
すると、地下都市空間に存在していた精霊たちが活性化し始めた。
地下の空間に満ちた竜気の流れに乗って、精霊たちが踊り始める。
霊樹の力を感じたのか、地下には存在数が少ないはずの光の精霊や風の精霊までもがどこからともなく集まり出して、にわかに騒がしくなり始める。
精霊の気配を感じ取れないスラスタールや神族たちも、周囲の空気が変化したことに気づき始めていた。
「アレスちゃん!」
精霊が集まりだしただけで終わりではない。
次は、二段階目だ。
ありったけの力を解放するばかりだった一段目から、次の段階へ移る。
今度は、放出していく力を我が身に取り込み、内側で凝縮していく。
竜脈さえも吸い上げて、放出していた外向きの力を、内向きへと切り替えた。
渦巻く竜気と霊樹の力が、一転して僕へ収束し始める。
激しく渦を巻き集まってくる自分の力を、僕は身体の内側へと取り込んでいく。
体内で荒々しく流れる竜気と霊樹の力を押し込めようと、僕は集中する。
全ての力を取り込んで圧縮していき、無駄な力の放出を押さえるんだ!
僕の力が上昇していくにつれて、始祖族の巨人は更にこちらへ意識を向ける。だけど、ミストラルとニーミアが、集中する僕を護るように立ち回って始祖族の動きを妨害する。
すると、今度は魔物たちが動きを変えた。
眼前の神族や竜術を乱射する三姉妹には目もくれずに、僕に向かって迫り出した。
竜気を地下空間全体に広げたことで、魔物の動きも手に取るようにわかる。
あれは、始祖族の巨人が生み出した
魔物ではない。だから、倒しても
何もなかったはずの大通りや家家の間の道から、まるで植物が生えるようにして魔物が生まれてくる。そして、僕に襲い掛かろうと進む。
「エルネア君の邪魔はさせないわ」
「エルネア君の妨害はさせないわ」
「姉様たち、行きますよ!」
三姉妹が息を合わせる。
「ユフィと」
「ニーナと」
「セフィーナの」
「「「
三姉妹が手を取り合う周りに、無数の竜の鱗が出現した。
ある鱗は激しく回転しながら鋭い刃と化して魔物を斬り裂く。さらに別の鱗は、僕やスラスタールの周りに飛来すると、魔物の侵攻を阻む盾となった。
「ありがとうね!」
お礼を言うと、三人が嬉しそうに微笑む。そうして、更なる竜鱗剣盾を放ち、僕を援護してくれる。
みんなが、僕のために手を合わせて頑張ってくれている。
ならば、僕もみんなの想いに応えなきゃね!
今や嵐の
本来であれば、身に宿った強力な力は瞳へと流れていき、魔眼になるというけど。でも、今は瞳に力を流す場面ではない。
吸収し、圧縮した力を、僕は両手に握った霊樹の若枝へと贈る。
僕から力を受け取った霊樹の若枝が、元気に小さな枝葉を揺らす。そして、新緑色に
大樹が力強く大地から水を吸い上げるように、僕から力を受け取っていく霊樹の若枝。
すると、新緑色に輝いていた細く小さい枝が変化し始めた。
『汝に霊樹の想いを与えよう。汝が思うがままに霊樹を導くのだ』
普段の幼女「アレスちゃん」ではない、大人の「アレスさん」の声が身体の内側に流れる。
僕は精神を最大現にまで研ぎ澄ませると、声に出して呼び出した。
「我が手に、霊樹の精霊剣を!!」
僕の声と想いに反応するかのように、光り輝く霊樹の若枝が姿を変えた。
ああ、懐かしい。
両手で握る若枝の感触が変化していた。
ずっと左手に馴染んできた硬さ。そして、重さ
何よりも馴染む手の感覚に、僕は自然と笑みが零れる。
霊樹の若枝はその姿を変化させ、見慣れた形状へと変わっていた。
僕は、霊樹の木刀を両手で握り締めていた。
ただし、この霊樹の木刀は今までの物とは違う。
現に、僕が握りしめる霊樹の木刀は姿こそ昔とそっくりだけど、木刀のような質感ではなかった。
そもそも、物質ではないのだと思う。
霊樹の木刀は姿こそ懐かしい見た目だけど、いまだに新緑色に輝いていた。
これが、霊樹の若枝を
僕は、新緑色に眩く輝く霊樹の精霊剣を、ゆっくりと振り上げる。
始祖族の巨人へ狙いを定めた。
『霊樹の精霊剣よ 我らが力 我らが祈り 全てをもって
そして、力と想いを込めた言葉と共に、霊樹の精霊剣を振り下ろした。
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