反撃の狼煙
「ニーナ、行くわよ!」
「ユフィ姉様、行くわよ!」
「姉様たち、ちょっと待った!」
両手を握り合うユフィーリアとニーナ。そこへ、妹のセフィーナさんが割り込む。
「今回、あの魔物たちに接近戦は無理なのよ。だから、私も姉様たちに混ぜてください」
黒い岩肌の魔物は、体内に
そこで、二人の姉に加わるみたいだね。
「姉様たちは、全力で竜術を放って。そこで私が指向性を操るわ!」
「まあ。妹のくせに生意気だわ」
「まあ。妹のくせに
と言いつつも、ユフィーリアとニーナはセフィーナさんを招き入れる。
そして三人で手を取り合うと、容赦のない竜術の準備に入った。
「ユフィと」
「ニーナと」
「セ、セフィーナの」
「「「
これぞ、双子王女様の本領!
容赦なく撒き散らされる、無数の竜槍。
しかも、今回は四方八方に撒き散らされた竜槍をセフィーナさんが巧みに操る。
魔物のいない方角へと飛んでいきそうになった竜槍が、突然進路を
派手に爆発し、周囲の建物ごと魔物を消し飛ばす竜槍乱舞。
「神族の人たちに当てないようにね?」
「それは、神族次第かしら?」
竜槍の雨は神族が蹴散らす魔物の大群へも降り注ぎ、神術と
何人かの神族がこちらを振り返り、手を取り合って竜槍竜術を乱舞させる三姉妹にぎょっと顔を引き
「ああ、ああぁっ! 止めてくれ! 都市を、遺跡をこれ以上破壊しないでくれ!」
そして、三姉妹の竜術の威力に驚愕したのは、神族たちだけではなかった。
有翼族のスラスタールとセオールもまた、人族と
だけど、スラスタールだけは他の人たちと違った反応を示した。
押し迫る魔物の脅威や始祖族の巨人の恐るべき存在よりも、地下都市が術によって破壊されていくことに
でも、こちらも命が掛かっているわけだから、手加減なんてしている場合ではない。
ユフィーリアとニーナとセフィーナさんは、何度も竜槍乱舞を放って魔物を殲滅していく。
そして、その度に破壊される石造りの街並みを見て、スラスタールだけが何故か絶望の表情になっていた。
どういうことだろう?
さっきから、どうもスラスタールの言動に違和感がある。
セオールに「自分と共にいれば安全だ」と言っていたことに疑問が湧く。しかも、そう言っておきながら、実際には魔物に狙われたり巨人から容赦なく攻撃されたりしたことで、本人が動揺していた。
それに今も、自分の命の危機よりも地下都市遺跡のことを心配しているだなんて、異常なくらい奇妙だ。
いったい、スラスタールは何を知っていて、何を隠しているのか。
もしかしたら、この
スラスタールの異常な言動を注意深く観察していると、竜槍の激しい爆発で一時的に周囲が
だけど、すぐに暗闇が勢力を取り戻して、地下空間を暗黒へと変えようとする。
もう、エスニードが遺した光の神術の効果はあと僅かだ。
神族も各々で光を生み出して魔物と戦っているけど、光量が足りなくて先まで見通せない。
だからなのか、暗闇の奥から湧き出てくる魔物は無限に湧いているように思え、地下都市遺跡全てを埋め尽くしているのではないかという絶望感が精神を
実際に、まだ戦いだして間もないというのに、半数以上の神族たちが肩で荒々しく息をして、疲労を蓄積させていた。
ルイセイネとマドリーヌ様の法術はまだかな!?
家族全員の注目が二人に向けられた。
「お待たせしました。これより、導きの満月をこの地下空間に下ろします」
とルイセイネが宣言した通り。
地下の巨大な空間、その遥か頭上の天井付近に、満月が
正確には、あれは満月に似せた法術の幻覚なんだろうね。
高位法術なのか、ルイセイネとマドリーヌ様をもってしても長い
だけど、効果は圧倒的だ。
広大な地下空間の全てを、満月の明かりで満たす。
エスニードの神術のように、日中のような明るさはない。でも、満月の夜のような優しい光で全てを照らし出していた。
「法術『
「ですが、エルネア君。月光を維持するために、わたくしとマドリーヌ様は集中し続けなければいけません。ですので、あとはお願いしますね?」
「うん、任された!」
ルイセイネとマドリーヌ様は、法術の維持に専念するようだね。
「それじゃあ、わたしはあの巨人をどうにかすれば良いのね?」
「さすがはミストラル。言わなくてもわかってくれてるね!」
「でも、瘴気の咆哮に対応するのは難しいわよ? 何発かは竜術で相殺できるでしょうけど、連発されたらこっちの竜気が枯れてしまうわ」
「それは、ニーミアに任せるね?」
「にゃん。がんばるにゃん!」
と言って、ニーミアが本当の姿に戻る。
さっきまで僕の頭の上で寛いていでいたり胸もとに潜り込んで寝たりしていた子猫のようなニーミアが巨大な翼竜の姿に変身したことに、有翼族のスラスタールとセオールが驚愕のあまり尻餅をつく。
「ニーミア、ルイセイネとマドリーヌ様を背中に乗せて護ってね」
「にゃん」
僕はルイセイネとマドリーヌ様に触れると、空間跳躍を発動させる。そして、二人をニーミアの背中に移した。
これなら、二人が法術の維持に集中していても安心だね。
「巨人の瘴気は、にゃんに任せるにゃん!」
大きな翼を広げるニーミア。
ミストラルも、力を解放させると
「きょ、巨竜を
「飼ってるなんて、失礼にゃん。にゃんもエルネアお兄ちゃんたちの家族にゃん」
大きくなったニーミアから抗議の視線を向けられたセオールが、悲鳴をあげて震える。
僕たちからすれば、大きくても可愛いニーミアなんだけど、竜族や古代種の竜族と交流を持ったことのない者たちにとっては、最上位の捕食者として恐ろしい存在に見えるんだろうね。
「ああ、そうだ」
と、ニーミアにもうひとつお願いする。
「この有翼族もお願いするね?」
僕が指差したのは、セオールだった。
ニーミアは僕の心を読んで、快諾してくれる。
「仕方ないにゃん」
ニーミアが巨大な前足をセオールに向ける。そして、恐怖に悲鳴をあげるセオールを、がしりと掴む。
セオールは恐怖の限界を超えてしまったのか、ニーミアの手の中で泡を吹いて失神してしまう。
ニーミアはセオールを落とさないように掴むと、広げた翼を柔らかく羽ばたかせた。
ふわり、と巨体からは想像できないほど優しく浮き上がり、ニーミアは広い地下空間へ舞い上がる。
「……さて、と」
ルイセイネとマドリーヌ様が地下空間を満月の明かりで照らし、押し迫る魔物の大群はユフィーリアとニーナとセフィーナさんが、神族と共に撃退してくれている。ミストラルは始祖族の巨人に接近すると、竜術を放って注意を引きつけてくれていた。
ライラ?
彼女もちゃんと行動中です。まだ何をしているかは秘密だけどね!
ともあれ、少しだけ猶予ができた。
それで、僕はこの場に取り残されたスラスタールにようやく正面から向き合うことができる。
「スラスタールさん、邪魔な目と耳も排除したことだし、そろそろ話してもらいましょうか」
何を、とニーミアの姿に驚いて腰を抜かしたままのスラスタールが僕を見上げた。
僕はスラスタールに手を貸して起こしてあげながら、話に切り込む。
「この地下遺跡。滅びたという
ミストラルが特大の竜術を放った。
始祖族の巨人は防ぐ術もなく右半身を吹き飛ばされる。だけど、エスニードの時と同じように、すぐに再生し始めた。
巨人は、動きは
実に厄介な相手だ。それでも、ミストラルは始祖族の巨人の周りを飛び回り、攻撃を続けていた。
「はっきりと言いますよ? 僕たちは何がなんでもこの地下都市遺跡を脱出して、外に出てみせます。この地下空間の全てを破壊してでもね?」
そんなことができるものか、と疑念を抱くスラスタールに、側から声が飛んでくる。
「エルネア君なら、こんな都市は簡単に破壊できるわ」
「エルネア君なら、こんな魔物や始祖族なんて相手にならないわ」
加減なく竜槍乱舞を連発するユフィーリアとニーナとセフィーナさんに、僕は
「馬鹿な! たとえ竜人族の女や巨大な竜族がいたとしても、人族がそれほどの力を持っているわけがないだろう!?」
「ええっと。疑われるのは仕方がないのかな。今まで僕は殆ど力を見せていないからね。でも、僕は本気だよ? 貴方がこちらの言葉を信じないならそれで良いけど、その結果に後悔しても遅い。僕は家族を護るためなら、何だってやる男だからね!」
躊躇いなく言い切った僕に、それでもスラスタールは疑念を抱いているようだ。
人を納得させるのって難しいね。特に、こういう緊迫した状況なら尚更だ。
「ともかく、僕は本気だよ。だから、隠していることを全て話してほしい。そうじゃないと、手遅れになるよ!」
脱出だけに専念すれば、この危機的状況を乗り越えられるかもしれない。
ミストラルが巨人の気を引いている隙に大通りに群がる魔物を殲滅して、神族の人たちごと退却する。
だけど、嵐の竜術をここで使ってしまうと、地下都市は破壊されるだろうね。無限に湧き続ける魔物だけを狙って吹き飛ばすなんて余裕は、白剣も霊樹の木刀も所持していない今の僕には無いからね。
「でも、貴方はその結果を受け入れられないでしょう?」
と、意味深な視線を向ける僕。
スラスタールが何を隠しているのか。
本当は、何となく気付いているんだよね。きっと、家族のみんなも薄々と勘づいているはずだ。だから、僕とスラスタールにこうして猶予を与えてくれているんだ。
でも、確固たる確証がない。だから、スラスタールの口から真実を聞いておきたい。
この地下都市遺跡や幽冥族に纏わる真実を彼が握っているのは確かだ。そして、僕たちの勘が正しければ、スラスタールがひた隠しにする真実を知ることが、この地下都市遺跡の保全と僕たちの安全を両立させるための最低条件なのではないかと考えている。
「わ、私は……。いや、言えぬ。例え誰であろうと、ましてや
はあ、と大きくため息を吐く僕。
とはいえ、このままではみんなが稼いでくれた時間の猶予もなくなってしまう。
だから、僕は言う。
「貴方が言わないなら、僕が代わりに言うね」
僕は、始祖族の巨人の背後に見える一本の巨大な柱を指差した。
「あれは、霊樹を模した柱じゃないの? 幽冥族の起源となった巨人とは、本当は霊樹のことなんじゃないの?」
僕の言葉に、スラスタールは目を見開いて絶句した。
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