お土産は一人ひとつまでです

 副都にたどり着いた僕たちは、送ってくれた巡回兵の人にお礼を言って馬車から降りた。


「おわおっ、凄いよ」


 プリシアちゃんは目の前に広がる街並みを見て、目を輝かせていた。

 そうだよね、プリシアちゃんはこんなに大きな都なんて初めて見るんだよね。


 僕もプリシアちゃんの視線を追って、副都を見渡す。

 副都は緩やかな丘陵に沿って街並みが広がっていて、おかげで遠くの方まで見渡すことができた。


 街道はそのまま副都の中心を通り抜け、丘陵の半ばで南北に二股に分かれている。

 道沿いには街路樹が等間隔で綺麗に並び、都の至る所には濃い緑を湛えた公園が整備されている。


 王都は、稀に飛竜の襲来があることを警戒して、石造りで頑丈な家が多いけど、副都は木造の建物が目立つ。

 王都が石の都なら、副都は木の都だね。

 でもどこから木材を持ってきているのかな。

 相変わらず南には竜の森が広がっているけど、あそこの木は伐採禁止だよね。


「木造の家が多いわね」


 ミストラルも町並みを眺めながら僕と同じ感想を持ったみたいだ。


「北東の山岳地帯から伐採して持ってきているらしいですよ」


 ルイセイネが教えてくれる。博識だね。


「そうか。この辺りまで来ると北部に飛竜の狩場はないから、その分だけ北にも行けるんだね」


 北方は危険だから立ち入れない地域、という先入観が僕にはあったから、新鮮な思いだ。


 北の方にも町並みばずっと続いているけど、丘陵に遮られて北東にあるという山岳地帯はここからでは見えなかった。

 代わりに、丘陵のいただきに建つ大きな建物に目がいく。


「うわあっ、あれって王様が住む宮殿だよね」


 丘の上に目一杯に広がるのは、副都の中心である王宮だよ。

 王都はお城で確かに立派なんだけど、やっぱり飛竜対策で防御重視の外見なんだよね。

 だけど、副都の王宮はきらびやかだ。

 遠く離れた都の入り口からでも、絢爛豪華けんらんごうかさが一目でわかる。


「うわああ。綺麗」


 プリシアちゃんも、目をきらきらさせて王宮を眺めていた。


「んんっとね、プリシアはあそこに行きたいよ?」

「あはは、さすがに僕たちじゃあ入れないよ」

「入れませんが、近くから眺めるだけでしたら」

「見たい見たい」


 嬉しそうに跳ねるプリシアちゃんを、ミストラルが捕まえる。


「見学はまた今度ね。今日はまず泊まる所を探しましょう」

「むうう、行きたいの」

「わがままを言っていると、もう外には連れてきませんよ」

「ミストのいじわる」

「はいはい、いじわるで結構よ」


 ミストラルはプリシアちゃんのあやし方が本当にうまいね。

 じたばたと悪あがきをするプリシアちゃんを逃さないように抱きとめたまま、ミストラルは都へと入る。

 僕たちも続いて都に入った。


 街道はそのまま副都の中央通りになっているんだけど、人の多さは王都以上じゃないのかな。

 行き交う馬車や人々に目が回って酔いそうだよ。


「宿屋は通りから一本入った奥の道なんかに多いと聞きますよ」

「あれ、ルイセイネはたまにお使いに来ているんだよね。なんで聞いた風なのさ」

「ええっと、わたくしはお使いに来たら、そのまま神殿に泊まるんですよ。ですから今夜は、わたくしだけは皆さんと一緒には泊まれないんです」

「ええっ、そうだったのか」

「ルイセイネとお別れ」


 プリシアちゃんが瞳をうるうるさせる。


「あらあらまあまあ。大丈夫ですよ、また明日には会えますよ」


 プリシアちゃんのほっぺたを撫でてあげるルイセイネ。


「そういえば、お使いって何だったの」

「言われてみると、確かにお伝えしていなかったですね」


 言ってルイセイネは、首から下げた巾着を摘んで持ち上げた。


「この中に貴重な薬草が入っているのです。竜人族との取引でしか手に入らないものなので、手に入ったらこちらの神殿まで運んでいるんですよ」

「へええ、そうだったのか。見てもいい?」

「はいどうぞ」


 好奇心を見せる僕に、ルイセイネは巾着の口を開いであっけなく見せてくれた。

 貴重な薬草だから見せてくれないかな、と思ったんだけど言ってみるもんだね。


 僕だけではなくてミストラルも覗き込む。

 そしてミストラルに抱っこされたプリシアちゃんも。


 巾着の中には、白く淡く光る葉っぱが何枚か入っていた。


「これは……」

「この葉っぱを他のお薬に混ぜて使うと、いろんなお薬の効能が上がるんですよ」

「えへへ、凄いね」


 神殿は法術での治療の他にも、薬草を使った診療をしていた。

 というか大怪我でもしない限り、法術ではなくて薬草での治療の方が多いくらい。

 そのため、神殿では広く薬草の買い付けを行っているらしい。


「この草にはそんな効果があったのね。知らなかったわ。群生地を知っているから、今度採ってこようか」

「ええっと、あの……」


 貴重な葉っぱじゃなかったんですか。群生地て……


「これって、物凄く高価なんですけど」

「お金はいらないわ」

「その……」


 もしかして、竜人族に吹っ掛けられていたのかな。


「ああ、これの群生地はとても危険なところで、普通の竜人族では近づけもしないわ。だから高価なのじゃないかしら」

「ですが、ミストさんに持ってきてもらっても、神殿の方々にどう説明すればいいのか……」

「そうだね。これを取りに行ける竜人族が知り合いにいる、なんて言ったら大変な事になっちゃうよ」

「それもそうね」

「い、今のは聞かなかったことに」


 言ってルイセイネは両手で耳を塞いだ。

 真似してプリシアちゃんも帽子の上から耳を塞ぐ。


「ごめんなさい。変に気を使ってしまったわね。忘れてちょうだい」

「はい」


 苦笑し合う僕たち。


 その後はルイセイネと別れて、僕たちは宿屋を探した。


 さすがに大きな都なだけあって宿屋不足ということはなく、条件にあった部屋を探すことができた。

 といっても、何故か三人部屋なんだよね。

 僕はてっきりひとりだけで部屋を取らされると思ったんだけど。

 ミストラルは意外にも僕との相部屋を自分から提案してきたんだ。

 プリシアちゃんはみんなが一緒の部屋ということで、とても喜んでいた。


 ちなみに、この日の宿代も神殿持ちなんだ。

 特殊な模様が入った木簡をルイセイネが別れる間際に渡してくれて、これを宿屋に渡せば代金は神殿持ちになるんだとか。


 本来は神殿の公認冒険者に渡して利用してもらうものなんだって。

 僕は公認冒険者じゃないのに、何で渡してくれたのかな。

 宿屋の人もミストラルから木簡を受け取る時に疑う素振りも見せなかったよ。


「公認冒険者?」


 一旦部屋に荷物を置き、僕たちは食事をとるために外へと出た。

 するとミストラルが不思議そうに僕に聞いてきた。


「普通の冒険者とは違うのかしら」

「うん、ちょっと違うね」


 僕はプリシアちゃんと手を繋いで歩きながら、竜人族のミストラルにもわかるように人族の社会の仕組みを説明をする。


 一般的に言われる冒険者とは、冒険者組合に加入して活動する人たちのこと。

 組合には、基本的な試験を受ければ大概の人が加入できるらしい。

 組合に加入すれば、いろんなお店で冒険者支援割引を受けられたり、組合から仕事を斡旋してもらえるんだ。

 もちろん、組合に加入しなくても冒険はできるけど、周りからの信頼性はがくんと落ちるから、普通の人が冒険しようと思ったら、必ず組合に加入する。


 そして、神殿の公認冒険者とは。

 冒険者組合に加入している人の中できちんと功績を持っていて、更に周りから品行方正な人だと認められた人に、神殿から依頼が来ることがある。

 だけど、神殿からの依頼の報酬は微々たるもので、ほとんど奉仕活動のようなものなんだって。

 それでも、その依頼を受けてさらに実績を上げると、周囲からはもちろん賞賛されるんだ。

 神殿からの仕事を率先してこなす冒険者は褒め称えられる。

 そんな冒険者を神殿は優遇する。

 貴重な薬草を分けてくれたり、今回のように宿代を見てくれたり。


 つまり、最初はほとんど報酬がなくて大変だけど、実績を積めば優遇されて周りからも賞賛される。

 名誉を手に入れるわけだね。


 そして、その名誉を手に入れた冒険者のことを、神殿が認めた「公認冒険者」と一般的に呼んでいた。


 なるほど、と頷きながら僕の話を聞くミストラル。


「さっきの宿屋の人は、わたしが公認冒険者と思ったのね」

「ぐぬぬ、悔しいけどきっとそうなんだろうね」


 ミストラルは美人で、見るからに清楚そうだし、腰に帯びた漆黒の片手棍はいかにも業物って感じがする。


 宿屋の人は冒険者を見慣れているだろうし、仕草なんかでお客さんの腕前がすぐに分かる人もいるのかもね。


 僕たちが話している間、プリシアちゃんは店先に並ぶいろんな商品に目を輝かせていた。

 ふらふらとお店の方に吸い寄せられそうなプリシアちゃんを、僕は手を握って引き止めていた。


「んんっと、あっちに行きたい」


 美味しい匂いにつられて露店に足を向けるプリシアちゃんに、僕たちは苦笑する。


「プリシア。今おやつを食べたら夕ご飯が食べれなくなるでしょう」

「んんっと、別腹」

「プリシアちゃん、誰にそんな言葉教わったのさ」

「お母さん」


 お母さん、何教えているんですか。プリシアちゃんが太っちゃったらどうするんですか。


「別腹は今度ね。今はもうご飯の時間です」

「ううう。じゃあ、あそこのお店を見たいよ?」


 頬を膨らませるプリシアちゃんは、ひとつのお店を指差した。

 店飾りがとても可愛らしいそのお店の軒先には、棚に幾つものぬいぐるみやお人形が飾られてあった。

 幼女にはお人形さん、というのは種族共通なんだね。


 どうしよう、とミストラルを見たら、彼女は微笑んで。


「夕食前に少し見てみましょうか。食べ終わった後に店が閉まっていても困るし」


 あらま。意外にもミストラルが乗り気です。


「やった」


 プリシアちゃんは跳ねて喜び、僕の手を引っ張ってお店に向かう。


 しかたないなぁと言いつつも、僕はこういった女の子向けのお店には入っことがなかったので、興味津々で付き添う。


 お店の中に入ると、店内も可愛らしい飾り付けで、いかにも子供心をくすぐるようなお人形やぬいぐるみが所狭しと展示されていた。

 僕たち以外にも何組かの親子連れが居たけど、子供は全員が女の子だ。


 プリシアちゃんは僕の手を離れると、早速いろんなぬいぐるみを物色しだす。

 お人形派ではなくて、ぬいぐるみ派なんだね。


「んんっと、んんっと。これ可愛い」


 と言って、プリシアちゃんは大量のぬいぐるみを抱えてよたよたと持ってくる。

 そのあまりにも可愛らしい姿に、僕たちだけではなくて店員も他の親子連れも微笑む。


「こら。そんなには買えませんよ。どれかひとつにしなさい」

「いやいやん」


 ふるふると首を振るプリシアちゃんに、店内は爆笑。なんて可愛いんだろうね。

 僕はお父さんじゃないけど、もしもこんな子供が自分の娘なら目に入れても痛くないよ。

 ぬいぐるみも全部買ってあげそうだ。

 でもね、僕はあんまりお金を持っていないんだよ。


 何気なく値札を見たら、思っていたよりも値段が高かった。ぬいぐるみって、意外と高いのね。


「どれかひとつ。でなきゃ買ってあげません」

「ううう、ミストはいじわる」


 うるうると瞳を潤ませて僕を見上げるプリシアちゃん。


「ぐぬぬ。そんな可愛い目で訴えても駄目だよ」


 プリシアちゃん、君はなんて恐ろしい兵器を手に入れてしまったんだ。

 愛らしい仕草と涙を湛えた大きな瞳は、最強の兵器だよ。


「エルネア、甘やかしては駄目よ」

「う、うん。わかってる」


 ミストラルに注意されて、僕は何とか理性を保てた。きっと、プリシアちゃんと二人だけで来ていたら、有り金叩いて買えるだけ買っていたに違いない。


「さあ、欲しいものを一個だけ選びなさい」

「いやいやん」


 全部欲しいと駄々をこねるプリシアちゃんを、ミストラルは苦笑しながら説得する。


 側から見ると、本当の母娘に見えなくもない。ただし、ミストラルがプリシアちゃんの見た目年齢に対して若すぎるのに違和感があるくらいだよ。

 僕はお父さんに見えてたりするのかな。


「可愛い妹さんですね」


 店員の何気ない一言に、僕はずっこけた。

 お父さんじゃなくてお兄さんかいっ。


 あはは、と頭を掻いて苦笑する僕。


「どうぞご自由に商品を手にとって見てくださいね」


 店員さんは笑顔で僕たちにいろんなぬいぐるみを勧めてきた。

 そして、その全てを欲しがるプリシアちゃんを、僕たちは必死に説得して選ばせる。

 だけど結局、ミストラルが最後は根負けしてしまった。


 プリシアちゃんは、丸くて大きくて座布団にもなる魔物を可愛くしたやつと、白色の熊のぬいぐるみ。

 ニーミアは、二頭身の緑色の翼竜のぬいぐるみ。

 そして何故か、ミストラルも買っていた。

 彼女は丸い胴体が長く連結した芋虫のような、でも可愛いぬいぐるみを買った。


 お金は……


 なんと、ミストラルが全額出していた。

 あ、お金持ってたんですね。


 ちなみに僕は、あれやこれやと楽しそうに選んでいるみんなの姿を見て満足したので、何も買っていません。


 ほくほく顏の僕たちは、その後に食堂を探す。


 そして食事中、大きなぬいぐるみを買ったミストラルとプリシアちゃんは置くところに困って苦笑していた。

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