帰る家は遠くに

「……というわけで、こういう結果になりました!」

「待て、貴様っ。なにが、というわけで、だ!」

「グレイヴ王子、往生際が悪いわ」

「グレイヴ王子、諦めた方が良いわ」

「くっ。軽く言ってくれるがな、これは大変なことなのだぞ。竜騎士団の東部遠征? 国境の森を耳長族と共同で開拓し、多種族間交流の村を作る!? 国内に巨人族を招き入れ、働きの場を作るだとっ!?!?」

「はい。お願いしますねっ」


 僕たちは、ヨルテニトス王国の東の国境にあるとりでに戻ると、早速グレイヴ王子に事の顛末てんまつを報告した。

 大森林でなにが起きているのかは、先に中間報告を入れたフィレルが語っていたので、報告は簡単に済んじゃった。

 だけど、僕たちの最終報告を受けたグレイヴ様は目を白黒とさせて仰け反り、ふるふると震えて絶叫していた。


 まあまあ、そんなに興奮していると、寿命が縮んじゃいますよ?

 落ち着かせようと手を伸ばしだら、ばちーっん、と払いのけられた。


「ええい、やはり貴様なんぞに一任するべきではなかった。こうなれば、俺が直接……」

「再交渉にでも行こうと言うのかしら? エルネアが粉骨砕身ふんこつさいしんで頑張ったというのに?」

「うっ……」


 ミストラルがにっこりと微笑ほほえむ。すると、グレイヴ様は顔を青くして硬直した。


「いけませんよ、殿下。エルネア君はヨルテニトス王国の使者として、又、長年争い続けてきた二つの種族の仲を取り持った調停者として、交渉をまとめてきたのです。戦巫女いくさみこではありますが、聖職者としてわたくしも立ち会ったのです。それを無下むげにするということは、神殿を相手にするということになりますよ? いくら王族とはいえ、それは横暴でございます」

「ぐぬぬっ……」

「グレイヴ殿下、どうかよろしくお願いいたしますわ」

「くうぅぅっ!」

「んんっと、ユンユンとリンリンもよろしくって!」

「ぐはっ」

「そうですよ、グレイヴ殿下。こうなったら、巫女頭みこがしらの私が直接……」

「貴女は自重しなさい!!」

「しくしく……」


 なぜか、戻ってくると砦に滞在していたマドリーヌ様に、全員で突っ込む。

 冒険の匂いでも嗅ぎつけちゃって来たのかな?

 それにしても、巫女頭様がほいほいと好き勝手に動くのは駄目ですよ。

 ユフィーリアとニーナにさとされながら、マドリーヌ様は渋々と退席していく。見送った僕たちは、改めてグレイヴ様にこれからのことをお任せした。


「なにか問題が起きた場合には、手を貸してもらえるのだろうな!?」

「それは、もちろんですよ!」

「王都の件もあるしね」

「交渉の張本人ですしね」

「うっ……」

「んんっと、ユンユンとリンリンがお願いしますって」

「そ、そうだね……」


 なぜだろう。気づくと、今度は僕が窮地きゅうちに立たされていた。

 今ならわかる。つい少し前の、グレイヴ様の心境が!

 僕は惜しみない協力をグレイヴ様に約束すると、慌てて退席した。そして、急いで充てがわれた客間へと戻る。そのまま寝具に飛び込むと、お布団を被って丸まった。

 に、逃げ出したんじゃないんだからねっ。ただ、ちょっと疲れただけです。


「エルネア様っ」

「うわわっ」


 すると、間髪おかずにライラが潜り込んできた。

 さすがはライラだ。ちゃっかりあの場を抜け出して、僕について来たらしい。

 もぞもぞ、と暗いお布団のなかでライラが僕に抱きついてくる。入ったばかりのお布団は冷たいので、僕もライラを抱き寄せて温もりを共有した。


わたくし、今回はご一緒できなくて寂しかったですわ」

「うん。でも、フィレルといっぱいお話しできたんじゃない?」

「はい。王子様はたくさん冒険をしていらっしゃいましたわ」

「ヨルテニトス王国の王族では、第三王子のキャスター様が一番自由気ままな性格だと思っていたけど、どうやらそれはフィレルだったみたいだね」

「フィレル殿下が一番、自由奔放ですわ」

「うん、それに……!」


 いや、誰の弟だとは言うまい。

 僕はお布団おむねさまの暗闇のなかで、ライラに微笑む。

 ライラは、不在だったぶんの不満を補うように、僕に強く抱きついた。


「エルネア様……」

「ライラ」


 暗闇のなかで、顔の位置を動かす。竜気を瞳に宿さなくたって、狭いお布団のなかでライラの顔がどこにあるかくらいわかる。

 閉ざされた世界では、感覚が敏感になっていた。

 少し上気したライラの吐息を感じる。

 僕はライラの腰に手を回す。そして身体ごと引き寄せると、そっとライラに顔を寄せた。


「はい、そこまでっ!」

「ぬわっ」

「はわわっ」

「エルネア君、ライラさん?」


 ばさっ、と勢いよく、布団が引き剥がされる。そして僕たちは見た。ミストラルとルイセイネの「阻止してやった」という満足気な顔を!


「まったく、あなた達は。昼間からなにをしようとしていたのかしら?」

「や、やあ。早い戻りだったね」

「エルネア君とライラさん的には、もう少し後に戻って来た方が良かったのでしょうか」

「はわわっ。違いますわ。これは、その……」

「言い訳しても無駄ですよ? 一部始終をユンさんとリンさんから聞いてますからね」

「な、なんだってー!?」


 なんということでしょう。まさか、不在のニーミア以外に新たな監視者が現れるとは。

 これは、うかうかと乳繰ちちくり合っていられませんよ!


 姿は見えないけど、探れば確かに近くで気配を感じるユンさんとリンさん。

 普段の二人は、僕たちの力の消耗を考えて実体として顕現はしてこない。だけど、絶えず誰かの側にはいるんだよね。まあ、大概はプリシアちゃんの近く、というのが定番になりつつあるけど。


「さあ、遊んでないで。わたしたちには、まだ仕事が残っているのよ?」

「はい、急いで準備します!」

「ライラさんは先に行って、レヴァリア様の機嫌をとっておいてくださいね」

「はい、急いで行って来ますわ!」


 監視者からの報告で、ミストラルとルイセイネに見つかり妨害されたけど、とくにおしかりということはない。だって、僕たちは夫婦なんだからさ。

 妻たちで妙な協定があるようだけど、いちゃいちゃ出来るときにいちゃいちゃすることは問題ない。なので、こうして妨害はされても、正座はしなくて良いんです。

 それよりも、僕たちにはまだやらなきゃいけないことが山積みで残っていた。


 砦のグレイヴ様には、報告を済ませた。なら次は、ヨルテニトス王国の王都へ飛んで、王様への挨拶です。来るときは簡単な挨拶しかできなかったからね。改めて、新年の挨拶をしなきゃいけない。

 それと、竜の森の耳長族に報告を入れるために、カーリーさんを早く送り届けないといけないし。

 そして、そのあとは……


「新年早々、大忙しだね」

「貴方が言わないの」

「そうですよ。大概はエルネア君が原因です」

「ぐぬぬ……」


 今回はライラが持ち込んだ案件だったけど、結局は僕が引っ掻き回しちゃったからね。

 僕って、問題児なのかな?

 僕も勇者リステアのように、優雅で落ち着いた立ち振る舞いを目指そう。そうだ、今年の目標はそれにしよう!

 去年の目標?

 なんだっけ、忘れました。


「ところで、プリシアちゃんは?」


 砦に長居はしない。ということで、早速移動の準備に取り掛かる。だけど、僕以上の問題児の姿が見当たらなかった。


「変ね、さっきまで居たのだけど?」

「どちらに遊びに行ったのでしょう?」

「嫌な予感しかしない!」


 プリシアちゃんが理由もなく姿をくらまませる……ことはよくあることです。だけど、僕とライラの邪魔をする、という楽しい遊びがあって、それに食いついてこないなんて。

 僕とミストラルとルイセイネは、お互いの顔を見あう。三人とも、同じように顔を引きつらせていた。


「と、とりあえず、探そうか」


 なんとなく、居場所はわかるんだけどね。

 重い足取りで、僕たちはプリシアちゃん探しを始めた。そして間もなく、無事に発見する。


「んんっと、新しいお家には、こーんなに大きいお部屋があるの。そしてね、ぬいぐるみがいっぱいあるの」

「いっぱいいっぱい」

「まあ、それは素敵ですね。私も是非、行ってみたいわ」


 砦内にも、兵士たちがお祈りをするための小神殿か礼拝堂くらいはある。そこに隣接する、聖職者が滞在するためのお部屋のひとつで、僕たちはプリシアちゃんを見つけた。

 今更だけど、アレスちゃんの気配を辿れば探す必要もなかったね。いや、最初から答えはわかっていたのだから、やはり探すというかは、目的地に来ただけだ。


「マドリーヌ様、プリシアちゃんとアレスちゃんを返してください」

「あら、エルネア君。いらっしゃい。どうぞ、ゆっくりと寛いでいってちょうだいね」

「いやいや、僕たちはもう出発するんです」

「まあ、奇遇ですね。私もそろそろ王都へと帰らなきゃいけないと思っていたところなのです。おほほほほっ」

「お帰りは、自力……」

「んんっと、それならリリィに乗っていくといいよ!」

「あああっ!」


 僕が「自力で帰ってくださいね」という前に、プリシアちゃんが爆弾発言をしちゃった。

 僕を追って入室してきたミストラルとルイセイネが肩を落としてため息を吐く。


「まあ、素敵ですね。それじゃあ、急いで帰る準備をしなきゃいけませんね」

「まったく、プリシアは……」


 マドリーヌ様の膝の上で、お菓子を頬張っていたプリシアちゃんとアレスちゃんは、満足そうな顔でこちらへと駆けて来る。そして、お菓子をどうぞ、と小さな手のひらに乗った山盛りのお菓子を僕たちに向けた。

 どうやら、僕たちが入室したときにはときすでにおそし、だったんだね。幼女たちは見事に餌付えずけされていたわけだ。


 というか、グレイヴ様の前からマドリーヌ様を引っ張っていった双子王女様はどこにいったんだろう?

 元冒険者らしく、素早く荷物をまとめるマドリーヌ様に聞く。すると、これまた予想通りの返答が帰ってきた。


「あの二人なら、きっと今頃は食堂じゃないかしら? 王都から珍しいお酒とおつまみを持ってきたと話したら、飛んでいきましたよ」


 さすがはもと仲間。双子王女様のあしらい方は完璧です。

 やれやれ。僕たちはマドリーヌ様の思う壺で動かされているみたいだね。


「……仕方ないわね。それじゃあ、リリィに話を通しておかなきゃ。そうそう、リリィでなきゃ乗せられない人が増えたから、エルネアはレヴァリアに乗ってちょうだい」

「そうだね。レヴァリアは身内しか乗せたがらないしね」

「あっ、ずるいですっ」

「マドリーヌ様。さすがにレヴァリア様には乗せられませんよ。無理に騎乗しようとすれば、怪我じゃ済まない大ごとになってしまいます」

「くうっ。戦巫女が巫女頭を裏切るというのですか!?」

「残念ですが、わたくしは現在もアームアード王国所属ですので、緊急時でない限りはヨルテニトス王国の巫女頭様の影響は受けません」

「とはいえ、高位の人なのだから無下にもできないでしょう? ということで、ルイセイネはリリィ側ね。ユフィとニーナもマドリーヌの制御のためにリリィ側かしら。そうすると、定員を考えてわたしはレヴァリアの方ね」

「あっ、ミストさん、ずるいですよっ」

「プリシアは、今度はリリィの背中に乗りたいよ?」

「あら、そう? なら、プリシアはリリィの方に乗りなさい」

「やったー」


 あっという間に、レヴァリアとリリィに騎乗する人割りが完成してしまった。

 レヴァリアの背中には、僕とミストラルとライラ。リリィの背中には、ルイセイネとユフィーリアとニーナと、プリシアちゃん。それと、お客さんのカーリーさんとマドリーヌ様。

 なんだか、リリィの方が圧倒的に人口密度が高い。しかも、混沌としています!


 僕は半笑いを浮かべながら、これからリリィの背中で起きるだろう騒動を予想した。そして、巻き込まれてはかなわん、とミストラルと二人でそそくさと退散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る